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魔女の時計  作者:
11/12

詐欺師っぽい


奈義沙が紹介したかったという、盾波たてなみ 千歳ちとせと名乗った人物は、今まで出会ってきた人達の中でも最高ランクだった。何がって胡散臭さが。


「ちょいと君達。私のこと不審者だとでも思ってるだろう。顔に出過ぎ。いくらなんでも傷付くんだけど」


「あっすいません。つい」


「そこは慌てて否定するところ!」


君達って、僕も表情に出てしまっていたとは。紅野のことを馬鹿には出来ないな。


「さっ、お名前は?」


ニコニコというよりは、ニンマリと笑う彼女には一種の恐怖を感じる。具体的に言うと、変態的な…………。


「すみません。知らない人には教えちゃいけないって言われてるので」


変態に遭遇して、名前を言う間抜けがいるだろうか。いや、いないだろう。てか、間抜けじゃなくて馬鹿か。


「えっ?私名乗ったよ?奈義沙からの紹介もあったと思うんだけど。これって普通だったら『名前教えたから、これで知らない人じゃないよね』って流れじゃないの?」


「ああ、少女漫画的な……」


なんて紅野が漏らしたが、そんな事は知りません。それよりも紅野が少女漫画を、読んでるかもしれない事に驚きなんだけど。


「世の中そんな甘くないし、優しくないですよ。素性が分からない人は知らない人です」


そんな浮遊?魔術が得意な魔女なんて、怪しいに決まってる。奈義沙や真穂だって信用してないのに、胡散臭い態度の奴を警戒しない道理は無い。


「えっと……。私これでも国境警備やってます」


「そうですか」


「ガード堅っ!人妻口説いてるみたいだよ!」


「やめてください。不愉快です」


成程。奈義沙が言ってたのにも頷ける。千歳と仲良くなれる人は中々居ないだろう。


プライドの高い奈義沙のことだ。やけに高いテンションの軽い口調でバカにされたら、そりゃ黙ってはいられないだろう。


早々に千歳との会話を放棄した紅野は、次の本を探すべくどこかへ行ってしまった。おい、僕にこいつを押し付けるな。


「中々にグサグサと言ってくれるねぇ……」


「あははははっ!ざまぁみろ!良いわよ、呉葉。もっと言ってやりなさい」


僕の態度を奈義沙はいたく気に入ったらしい。豪胆にも高笑いをし、千歳を罵っている。完全に相手のことを嘲る奈義沙は、今まで見た中で一番生き生きとした顔だ。うん。ゲスい。


「自己紹介は終わりましたよね?帰って良いですよ」


僕と紅野は名乗ってないけど。


「うん。奈義沙よりは私の方が信用出来ると思うよ?」


「は?」


急な話の流れに頭がフリーズする。


「だからね。そこの怖ーいヤツより私の方が優しいよ」


「…………」


口を三日月に歪めた千歳は不気味だ。さっき迄は怪しさ満載だったが、会話が可能な軽さがあった。だが今は違う。言葉を発することが憚られる。返答次第で人生が決まってしまう。


「私があんたち二人を渡すと思ってるの?」


至極不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、奈義沙は千歳を見下す様に睨み付ける。


僕の無言を肯定と受け取ったのか、奈義沙は強制的に話を終了させた。


こっちの意見は無視ですか。とも思わなくもないが、千歳は奈義沙よりも情報が無い。何も分かっていないこの状況で、安易について行くの危険だ。だったら“何も言わない”というのが一番利口だろう。


「こいつを追い出して来るから、そこで大人しくしてなさい」


高飛車に言い放ち、千歳の首根っこを掴んで階段の手摺から飛び降りる。その際グエッなんていう声は聴こえなかった事にしよう。きっとその辺でカエルでも潰れたんだ。うん、きっとそうだ。そうに違いない。





「奈義沙ぁ。私、あの子達欲しいなー。ちょうだいよ」


図書館を出て開口一番に言われた台詞は、数分前から予想していたというのに、酷くイラついて口より先に手が出た。


「そんなに死に急ぎたいなら、お望み通りにしてあげましょうか?」


首根から手を離してほおり投げて、千歳の正面から脛部を掴んで地面に押し付ける。


「声帯を潰して、その後に気管と食道も潰して、最後は首の骨まで折ることだって出来るけど……どうする?」


くぐもった音を漏らす千歳に構わず、少しずつ少しずつ力を強めていく。


そこで千歳は私が本気なのを悟ったらしい。苦しそうだっただけの表情に、焦りと恐怖も浮かぶ。


…………馬鹿な子。私に勝てないことは充分、解っていたでしょうに。それとも私に、千歳を殺す気が無いとでも思ったのだろうか。つまりは私は侮っていたということ。なんて軽率で愚かな思考。


「謝るっ!」


「フンっ」


直ぐに命乞いの如く言われた謝罪に、鼻で笑って冷淡な視線を送る。簡単に謝る位なら、最初から言わなければ良いものを。


千歳の細首から手を離し、両手を叩いて少し付いた土を払う。千歳は半身を起き上がらせて、激しくむせ込んでいた。


「次は無いわよ」


「あの子達にバラそっかな」


呼吸を整えて出た言葉がこれか。まだ懲りないようだが、まともに相手にするのも疲れる。相手にするだけ無駄だし、こっちが逆に損だ。


挑発する様に笑う千歳。“何を”とは言わないところが小賢しい。さっきの今でこの態度。余程面の皮が厚いとみえる。


「どうぞ。勝手にしなさい」


何を言われたって関係ない。私にそんな陳腐な脅しは効かない。千歳なんて見向きもせず、温度の無い声だけをくれてやった。





千歳という嵐が過ぎ去った後、やっと休憩に入れると、奈義沙が用意してくれた生チョコに手を伸ばした。


「………学校の女子を相手にするより疲れる」


疲れた時には糖分。肘を付いて口に放り込んだ生チョコは、上品な味で直ぐに口の中で溶けた。美味しい。凄く美味しい。けど、僕が求めていた甘さとは違う。もっと甘ったるいのが食べたかった。


「お疲れ様」


「って言うなら、僕に千歳を押し付けないでよ」


本棚の陰からひょっこり顔を出した紅野に、少しの恨みを混ぜて苦言を呈す。


さて、今日はまず千歳をどう思ったかの検討だ。二人の答えは多分一致すると思うけど、今後のこともあるから話し合いは必要だろう。


疲れ切った僕は、行儀悪くも机に突っ伏しながら、紅茶と生チョコを口に放り込んでいると、奈義沙が眉間に縦線を作って帰って来た。どうやら相当ご立腹らしい。不機嫌オーラが垂れ流しだ。いや、でも彼女の場合はこれが通常か………。


「ただいま。呉葉。貴方食べ過ぎ」


「……なんかお腹空いて」


ムッとしながら返すが、食べ過ぎと言われてはバツが悪くて強くは出れない。


何処からか懐中時計を出現させて時間を確認する。ほんの少ししか見えなかったが、蓋の装飾品が見事なその時計で綺麗だった。流石真穂といった所だろうか。センスが良い。


そんな思考をグゥーという音が割って入った。


「………!」


「………。」


「……お昼にしましょう」


紛れも無くそれは僕の腹が空腹を訴える音で、腹の虫が鳴らした音は誤魔化すには大き過ぎだ。


紅野はキョトンとし、奈義沙は目を逸らして昼食を告げた。奈義沙の気遣いが返って恥ずかしい。だって今の今まで大量にあるのをいい事に、紅茶と生チョコを暴飲暴食していたから。加えて食べ過ぎと言われたばかりなのに。


「…………昼にしては遅いし、育ち盛りなんだからお腹位空くわよ」


そしてこのフォローである。奈義沙が気を遣う程だ。穴を今すぐ掘ってダイブしたい!


「でっでも!今日が異常っていうか……特別お腹が空くってだけで、前はこんなんじゃなかった!こっちに来る前は普通だったよ」


「確かに。呉葉って、あんまり食べる方じゃなかったよね」


最早何を主張したいのか分からない言い訳をしてしまうが、紅野が同意してくれる。ただし一つ訂正するのであれば、僕は別に少食なわけではない。


「本当に今日だけが特別空腹なの?」


恥ずかしい。たったそれだけの事だった筈なのに、何を思ったのか奈義沙は目を鋭くさせた。たかが腹が空いただけなのに、まるで医者が患者に症状を聞くように言われて、困惑した。


「えっ……どうだろう。昨日までバタバタしてたから気にならなかったというか、気にしてられなかったというか……………」


「つまり今日気付いたというだけで、何日か前から空腹だった可能性もあると」


何だろう。不機嫌とは違う厳しい顔をして、口に手を当てて考え込む奈義沙。そんなにマズかっただろうか。もしかして、これからの食費の心配をしているとか?!


「紅色。呉葉の最近の様子はどうだった?」


「最近の様子って例えば?」


「ねぇ何で本人居るのに紅野に聞くの」


口を尖らせながら言えば、溜息を吐かれた。………何故。解せぬ。


「貴方どうせ自分の体調の事、把握してないでしょ。だったら紅色に聞いた方が早いし確実じゃない」


「そんなこと……………」


無い。とは言えなかった。自分がどういう健康状態にあるのか、多分ちゃんと分かっていない。


「例えば睡眠時間。食事量に運動量。ストレスは当然掛かっているでしょうけど、呉葉の忍耐力が如何程かは知らない。それに対する比率。耐えられるか耐えられないか答えてくれれば良いわ。あとは、変な物をとか珍しい物を口にしたとか」


「睡眠時間は前より多いと思うけど、疲れのせいだと思ってあんまり気にしなかったから微妙。食事量はもしかしたらちょっと多いかも。甘い物は嫌いじゃないけど大好きって程でも無いから、ケーキを二つも食べると思わなかった。運動量は…………うーん。学校の行き帰りと体育が無いから少ないかなぁ?ストレス具合は現在進行形で耐えられてると思う。変な物は、ここに来る前の蓮の浮いた池の水位だと思うけど、言わせてもらえば出されたものが変な物じゃないとは言いきれないよね」


「そう。分かったわ。私が見ている所以外での食べ物だから、その辺は気にしなくて良いわよ」


二人の間で見えない火花が散る。落ち着こうよ。


今にも言い合いが始まりそうな不穏な空気を、最初に破ったのは奈義沙だった。紅野からふいっと視線を外すと、今度はこっちに視線を向けて来て、何故自分の方を見たのか理解出来なくて、キョトンとしたまま首を傾げる。


「呉葉。喉が相当渇くんじゃない?」


「えっ?」


「今まで何も言わずに黙って観てたけど、どうやら無自覚無意識みたいね。貴方、ずっと紅茶を飲んでるわよ」


そんな馬鹿なと思いつつ、テーブルへと目を向ける。


「嘘…………」


大きなティーポットに入っていた、一人では飲みきれない程の紅茶はいつの間にか消えていた。自分の手元には紅茶の入ったティカップがある。一瞬で血の気が引いた。


「えっと…………奈義沙の趣味の悪い悪戯とかじゃなくて?」


そうだよ。何も無い所から物を出せるんだ。ティーポットの中身だけ取り出して、別の場所に移すくらい簡単に出来る筈。


「やらないわよ!」


瞬時に否定されて、紅野を見る。


「ごめん呉葉。俺も気付いてて言わなかった」


本当に申し訳無さそうにして謝る紅野は、絶対に嘘は付いていない。そもそも嘘を付く様なやつじゃない。


「空腹と喉の渇き、どっちが酷い?」


「あ…………喉が渇く方が酷い」


他人に指摘されて、初めて自覚するなんて。無意識だったと思うと怖い。自分が大事件を起こすかもしれないと思うと怖い。


「やっぱりね。直ぐに昼食の仕度をするから、紅茶はそれ以上飲まないで。血中濃度が薄くなると危ないから」


「うん。分かった」


そう頷いたものの、喉の渇きを自覚した今、さっき以上に水分が欲しくて堪らない。


ああ、辛い。喉の渇きも空腹も限界で、最早耳鳴りがするのに加えて、目眩までし始めた。


キーンと耳の奥で鳴る音が五月蝿い。わずらわしい。


「さっきから静かだけど大丈夫?」


紅野の声だけど、誰に向けられた言葉なのか分かるまでに十数秒を要した。頭痛が酷くてまともに頭も働かない。


顔を上げただけなのに立ち眩みの様な目眩がして、咄嗟に脚を踏ん張るも思うように力が入らない。驚いた時には変に脚がもつれてしまって、「マジか。最悪なんだけど」なんて思う頃には椅子から転げ落ちて、床に肩を強打した後だった。


「呉葉!?」


なんか紅野がドタバタやってるみたいだけど、視界の端から段々と黒く塗りつぶされていって、生憎とそれを見る事は出来なかった。あーあ。さぞ面白い光景だったろうに。残念だ。


多分名前を呼ばれているんだろうけど、どこか遠くに聴こえてよく聴き取れない。その内に僕は意識を手放した。空腹が一体どうなれば、失神にまで到達するんだろうか。って最後に思ったのは覚えてる。




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