新歓、大阪、入学式の夜。
MCFCと、大阪新都心の再開発と、おいしいご飯と、コスプレコンテンスト。
明日はお買い物。今日は楽しい一日だったな!それじゃみなさん、おやすみなさい。
大阪都心をぐるっと回って神戸側から宮原客車区に進入したさくら寮は、手ブレーキと車止めで停泊させるための手順を進めていく。
マヤ77に外部電源が繋がれ、1/120秒のもやっとした電圧降下とともに電源供給が外部に切り替わる。発電用エンジンは回転数を落としてしばらくのクーリング運転を始めた。
「91079、申し送り事項ありません。快調でした!」
「91079申し送り事項無し了解です。」
名古屋から先を運転してきた女子が、OGなのだろう、顔見知りの様子でJ.N.Rの運転士に機関車を引き渡す。
「ねぇ、みすずちゃん、今日って入鋏式でしょ? イケメン、いた?」
「いたいた!一人めっちゃイケメン!!けど、やよいちゃん先輩のお手つきみたいなんすよねぇ~」
「へぇーあの天塩が!3つ下を!やるわねぇー。年下もいいわよねー素直だし、私色に染まるし、」
「先輩、7つ下はだめっす、犯罪っす。」
一緒の機関車の足まわりの点検をしながら軽口をかわす。
点検を終えると東海道600kmを牽引したEF57は吹田機関区に引き上げていく。
大阪にある3つのおおきな操車場。
77系客車12両のさくら寮が停泊中のここが宮原客車区。入鋏式からここまで牽引してきたEF57が入庫していった先が吹田機関区。それともう一つ、大阪駅に隣接する大阪都心の一等地にも大きな操車場がある。
その梅田貨物駅は大阪都心部の一等地にあって、一度は廃止され、跡地は国鉄の赤字の清算のために売却された。
大阪都心部まで大型トラックを入れる事もいろいろと課題があるし、ヤード式の巨大な平地は地価と生産額を考えると、廃駅と土地の売却という選択は常識的なものだったろう。
さて、土地再開発のため、廃駅となることになった梅田貨物駅、廃止のために吹田に同じ規模の貨物駅が作られることになった。けれど、これにはなんだかんだと時間がかかり、実際に土地の売却が始まった頃の梅田貨物駅周辺はすっかり開発されてオフィス街となっていた。都市化の後に売却された梅田貨物駅跡地は、時代の要請もあって、まわりのオフィス街を圧倒するような高層ビルが林立する大阪の新都心となった。
…のだけれど、今のビルはすべて2代目。
ポストモータライゼーションの時代、梅田貨物駅は大阪の物流拠点として復活している。
梅田貨物駅跡地がもう一度梅田貨物駅に再構築できたにはいくつか理由があるけれど、
第一に、
線路の跡そのままにビルが建っていたため、地権者との交渉が簡単だったこと。
第二に、
物流各社とその口利きにで商社までもビルの立て替えに協力してくれたこと。
-これは商社のグループ企業の不動産会社との関係にも好影響だった。
第三に、
空き地がまだ残っていたため、新しくビルを建てて引っ越してもらって、それから空いたビルを立て替える、という工程を踏めたこと。
の3つが大きいだろう。
物流各社が協力的だったのは、梅田貨物駅の上に作られる下層倉庫上層オフィスの高層ビル群への優先再入居権が与えられるからだ。
建て替えられるビルの土台の人工大地に引き込まれたのが東海道貨物線の梅田貨物駅。その直上に作られた倉庫群は全国への鉄道物流と大阪北港からの国際海運に直結する。建て替え後の高層ビルの低層階が倉庫、というよりも梅田貨物駅と倉庫群までが人工大地で、その上に高層ビル群が建っているような構造だ。そしてビル入居者にはその倉庫群の利用権が付いてくる。
この物流上の経済的なメリットは運輸各社にも商社にもなんとも魅力的な条件だった。
梅田貨物駅の立地は大阪商圏の物流ハブに好適であるのはもちろんであるが、大阪港や関西国際空港から東海道への物流が通過する位置にあることの意味も非常に大きい。
梅田貨物駅の国内コンテナ輸送は、そもそも東海道貨物線の主要駅であることに加え、鳥飼貨物(新幹線鳥飼車両基地)、摂津信号場、吹田貨物、新大阪、梅田貨物の経路で三条軌化され、在来線直通運転で梅田貨物発着の新幹線コンテナ便が設定されていた。
関空を経由する航空コンテナ輸送は、関空線、阪和線、環状線が整備され、到着した航空コンテナがそのまま梅田まで持ち込まれるようになっていた。
税関が梅田貨物駅構内の一角に出張所を設けたことで、通関も梅田貨物駅で行えるようになり、航空物流が手早く行えるようになっていた。もちろん受け取りコンテナだけでなく、送り出しコンテナも梅田で搭載手続きができるようになっている。
ただし、航空コンテナの授受は税関の管理する専用ホームのみ。
このホーム、あるいはこのホームを持つ梅田貨物駅はFCATとも呼ばれ、この専用ホームは書類上も実務上も空港の出張設備として扱われている。
梅田貨物駅行きの未通関の航空コンテナ、あるいは通関済みの関空行き航空コンテナを運ぶ列車はFCAT便と呼ばれ、梅田貨物駅から関空貨物駅まで途中停車しない。さらにFCAT便にはヨないしコキフが最後尾に繋がれ、車掌にくわえて税関職員、空港職員の2名の併せて3名が詰める。3名はいずれもそれぞれの職務領域で警察権限をもつ担当職員が充てられ、密輸防止に万全をはかっていた。
こうして梅田貨物駅で通関した国際航空貨物は、新幹線コンテナに積み替えられて関西全域に配り給されていく。
もう一つの国際航路、北港経由の国際海運コンテナ、こっちは北港の税関で通関し12ftコンテナに積み替えられる。
北港での通関とコンテナの積み替えはセキュリティ上の事情が大きい。
もし、爆発物入りコンテナが大都心にある梅田貨物駅で爆発したとしたらどうか。
やはり北港での通関は必要だ。
同じ北港経由でも国内航路は40ftコンテナをそのまま大阪の中心地である梅田まで持ってこれるよう、車両限界などが書面上も実際の線路整備も整えられている。ただ実際には大きな40ftコンテナを梅田に持ち込んで荷捌きするのは地価を考えると得策ではない。北港の貨物駅で荷捌きされるのが通常だ。そのような事情もあり線路やホームなどは40ft対応だが、荷扱いの設備類の40ftコンテナ対応は準備工事にとどまっている。
運輸各社と商社、航空各社に加え、税関まで整備された大阪梅田、いわゆる”キタ”は日本の台所、商人の町の面目躍如だ。梅田貨物駅の物流は大阪だけでなく関西圏すべての工場を商社を世界に近づけた。
その活気は町の整備にも表れていて、トラックが通らなくなった道路は石畳やウッドチップ、あるいは芝生のなんとも雰囲気のいい遊歩道のようなたたずまいをみせ、その遊歩道の中央部では路面電車や新交通システムがオフィス街に交通と運送を提供している。
はとたちは宮原客車区でさくら寮を降りて乗り換え。
今晩は入学の歓迎会で大阪駅のそばにある大阪サテライトで夕食会。
交通学園の列車寮の定員は42名+ゲストルーム+先生。列車によってはもう少し定員の少ない寮もあるけれど、だいたい各学年6~10人×5学年の40人くらいが住んでいる。寮列車は全部で16編成あって、全学生数は640人。
普段は40人の寮毎に寮の食堂で食事をするのだけど、さすがに640人となるとけっこうな食事の量で、交通学園の大阪サテライトで、といっても実際には梅田貨物駅の上の高層ビル群に入居しているホテルの宴会場を借りての歓迎会。
コンテナ荷役用のホームに降りるのは今日二回目。
はとは後ろ向きで手すりに掴まり、デッキのはしごでホームに降りる。
「えいっ」
ピコちゃんと、
「よっ、と」
つづいて月光くんが1メートル近いデッキから飛び降りてくる。
隅田川のときは制服のスカートが大サービスしちゃってたけど、今回はキュロットスカートでめくれないし、足もとは二人ともスニーカーでまったくあぶなげない。
ピコちゃんの洋服はフリルの多めで、スカートはシンプルなキュロットで、黒いサイハイソックスで足もとは締まった印象。ツインテールとフリル多めの女の子感と、足もとのすっきりした活発感で、上下でメリハリの利いた元気な女の子を主張する着こなし。
それにしてもピコちゃんはフリル多めなのがかわいいなぁ、髪の毛もリボンもフリフリ揺れるアイテムが多くて目を引くのよね。全体的にボリューミーならゴシックでもカントリーでも着こなしちゃうし、でもピコちゃんのボディラインあってのバランスだもんなー。
ホームに降りると、となりの車両からもマコちゃんチワちゃんも後ろ向きで梯子を降りてきた。
反対の車両、雨竜くんは月光くんと同じくデッキから飛び降りてくる。いちいち動作がかっこいいんだよ、雨竜くん。
飛び降りた雨竜くん、すぐに振り返るとデッキに手を差し伸べる。いちいち気遣いとかイケメンすぎるだろ、雨竜くん。
その手につかまって天塩先輩も飛び降りて、あー、スカートばっさぁーって。
あーぁ、雨竜くん叱られてる叱られてる。けど飛び降りたのは先輩で、雨竜くんはむしろ気を使って手を差し伸べただけなのに。
むっ!こういうときに必ずベストビューを押さえる月光くんは!うん、よしよし、今回は天塩先輩のほうは見てなかったっぽいな。
天塩先輩がこっちに来る。途中でマコちゃんちわちゃんも声をかけられ連れてこられてる。
天塩先輩は入学歓迎会の会場まで引率してくれるらしいのだけど、
「どうする?せっかくだし新大阪まであるいで電車乗るか?それとも学校の用意してくれたヤツ乗ってく?」
「この時間、新大阪駅はお仕事のお客さんで混雑してるとおもう、せっかく学校が用意してくれているのならそっちの方が、」
月光くんが即答する。
「うむ、彼の言う事ももっともだな、じゃぁ梅田行きの汽車は向こうに停まってる。行こうか。」
歩き出し先頭を行く天塩先輩のすぐ後ろを着いて行く雨竜くんが、
「やよいちゃん、汽車じゃないよ、電車!」
「おっと。地元じゃみんな未だに汽車言うからな。春休みに帰省したせいで、うつってしまったようだ。」
なんてことを言っていると、すぐに乗り換え列車の前、
「なーんてな! どうだ、かーくん、みてみろ、汽車だろう?」
臨時列車用の朱色の客車4両。青い電機が繋がっている。
「たしかに電車ではなかったですけれど…」と微妙なもやもや感で言葉を濁す雨竜くんと、どや顔の天塩先輩。
月光くんの”汽車の用例的には間違ってないし、これは確かに電車ではないから、どちらかといえば和政に分がないね”と呟くも、たぶんそれはどうでもいいんじゃないかな、天塩先輩的には。
乗り込んだ赤い客車は、先輩たちの姿はちらほら見えるけれど、
「うちの学校って、こんなに人数少ないんですか?一年生だけでももっと居たような気が…」ちわちゃんが気にする。
「あぁ、だって、みんな乗せたまま宮原まできちゃうのはうちの寮くらいだからな。」と天塩先輩が答える
「うちの寮、古いじゃん?伝統がある、って言えば聞こえはいいし、このレトロな見た目もお好きな人にはたまらないらしいけど、出足も鈍いし、飛ばせないし、あと部屋も他の寮より狭いんだ、知ってたか?」
と言われても今日から寮生活の1年生、他の寮の部屋を見たこともなく、いまいちピンときてない様子。
「ちなみに、かーくんは私がこの寮に推薦しといた、やーいやーぃ!」
「えー、オレ、広い部屋の寮が良かったー!」
口ではそういっても、雨竜くんはあまりこの寮を嫌がってないみたい。
「そんなわけでほかの客車寮は牽引機がいいからな、大阪には結構早く着いている。それで一度梅田貨物駅に入ってみんなを降ろしてから機回しして吹田でスイッチバックして、なんてことをやってももう入線してるんじゃないかな。」
時刻的にはもう4本の客車寮が宮原客車区に停泊しているようだ。
「電車や気動車の寮はさらにスイッチバックに抵抗がないからな。みんないちど梅田貨物を経由してきてる。ほら、言ってるそばからおおぞら寮が入線してきたぞ。」
学生を梅田貨物駅で降ろしてきた空っぽのおおぞら寮が入線してくる。
「やよいちゃん、この汽車、出発まだ?」
「もうちょっとかかるよ。寮列車に残ってる運行実習のやつら全員が乗ってからの出発だからね。」
やがて停車した14Dおおぞら寮も運行実習の学生が降りてきて停泊の手順を進める。
けれど、キハ159系の車両は主機関を完全停止させることはしない。
おおぞら寮は電気式ディーゼル気動車の、発動発電機を燃料電池に置換した構造をしている。
ただ、ディーゼルエンジンよりさらに発電量の調整が面倒な燃料電池を扱うため、まだまだ趣味の人たちでなければ常用したくない程度に気難しい車両だ。幸いなことに、ここはそういう”趣味の人たち”がいっぱい集まってくる学園。だから運用出来ているキハ159系14Dおおぞら寮は、LNGを使った高温溶融塩燃料電池の常用移動プラントとして最大出力の発電設備を誇っている。
さて、機関をなぜ停止出来ないか、それは14D、キハ159系が採用した燃料電池の構造による。
キハ159系が採用している燃料電池は、効率と運用を重視した運転温度650度の高温熔融塩型で、常温まで温度が下がってしまったら再起動に時間がかかる。
このタイプの燃料電池は名前の通り、電解質として高温で熔融させた炭酸塩を使っていて、温度が下がりすぎればこの塩が固化してしまう。当然、固化したときには液体よりも体積が小さくなってしまうために微細なひだや小穴で表面積を広げたセパレータや電極などを引きちぎって壊してしまうこともありえるし、そもそも電解質が熔融してくれないと発電出来ないので数時間掛けて溶かす必要があるのだ。
その代わり、水主体のものや高分子ポリマーの電解質では達成出来ない動作温度で動作するため、反応速度が良いことと、触媒への依存の少ない事がメリットになる。
触媒への依存については、LNGのような入手性のよいガス燃料では一酸化炭素の触媒毒性、つまり触媒の表面にCOが集まり過ぎてしまって触媒が失活してしまう現象がおき易いのだが、動作温がこの温度帯になると触媒がなくても水素-酸素の主反応は進行する。低温の燃料電池の触媒では問題となるCOも、この温度帯では燃料として燃えてしまい発電に寄与してくれるのが高温動作でのメリットだ。また反応速度が良いということは、小さい反応面積でも多くの電流を生成出来ると言うことにほかならない。
つまり、高温動作で得られる特性は鉄道車両には魅力的で、わかり易くいえばLNGやLPGを燃料にして、小さい機関で大きな出力が得られるという事だ。これらの特性は他の方式の燃料電池では両立が難しい。
鉄道の場合、蒸気機関の石炭炊きのボイラーを構えていたくらいだから高温の機関を搭載することは昔からの伝統芸。というのも高温動作型を採用出来た理由のひとつだ。
燃料電池といえば、高純度の水素と酸素で水だけが出るクリーンな!みたいなイメージが強いけれど、そんなことはない。
広く入手出来る燃料を使おうとするとほとんどの燃料は水素と炭化水素(メタン、ブタンなど)とCO、CO2の混合物であって、炭化水素を燃やせば二酸化炭素が発生する。この列車の燃料電池は改質LNG、改質LPGを燃料にしているため、排気は二酸化炭素と水が主なもので、特に二酸化炭素は排気の7割を占める。けれど、燃焼による黒煙や煤塵などはないし、発電効率は50%を越える。そういった点ではクリーンといえるかもしれない。それよりも159系一番の課題は燃料のエネルギー密度の問題だ。高圧縮の液化ガスは、貯蔵器が大げさになることもあって設備込みで考えると重量でも体積でも軽油のエネルギー密度に及ばない。燃料をただタンクに入れておけばよい他の気動車寮と違って高圧低温圧送の燃料充填設備が必要な上、一回の充填での航続距離は他の寮より短い。つまり軽油ディーゼル機関よりも地上設備へ要求する機能が多くて高価な地上設備になり、しかも航続距離が短いから多くの箇所に設置する必要があった。
さらに燃料コストにも課題がある。アスファルト分解菌の大繁殖以後、C重油などの低質重油を発酵プロセスで軽質油に改質できるプラントが実用化され、さらにトラックによる消費が減ったため、国内の軽油価格は下落している。
これらの要因があり、走行距離あたりの燃料コストでディーゼル気動車にまったく太刀打ち出来ていない。
運用コストは経済機構としての鉄道では無視できない課題であって、燃料電池による電気式気動車はまだまだ改良を要する鉄道システム、という評価が正しいだろう。
ちなみに、おおぞら寮のお風呂は人工温泉。炭酸温泉でよく暖まる。
排気には煤塵や油分などがなく、主成分は水蒸気と二酸化炭素。お風呂ボイラーで水に直接排気を通すだけで、含まれる二酸化炭素がお湯に溶けて人工炭酸泉の出来上がり。
はとたちは青いモケット地の垂直な背摺り、朱色の客車の平凡な車内設備の中で出発を待つ。
「ちょっと暑いわね。」手塩先輩のつぶやきに雨竜くんがだまって窓を開ける。「ありがと、かーくん。」
ほどなくすぐ横の停留線にブロアーファンを響かせながら4レみよし寮が入線してくる。
屈強な男どもが丁寧な手順確認で停泊の手順を進めていく。
そして全16本の寮列車が宮原客車区に停泊手順を終えた。
「よし、これで全部かな。」
手塩先輩が車掌室に入り、
「各寮で未乗車いませんか?定刻通り発車します。」と車外スピーカーも使って呼び掛ける。
特に連絡もないので定刻通りに発車。
ピーッ 笛を吹き
「戸締め、」ドアボタンを操作、車側表示を確認、
「よし。」連絡ブザーを押し下げ機関車に通知。
カクンと小さな揺動のあと、短い5両の臨時列車は貨物線経由で大阪都心部へ走り出した。
時刻は18時過ぎ、折しも夕方の通勤時間帯。都心のターミナル、大阪駅にダイヤの余裕はなく、この時間の長距離列車は長い連絡通路を渡って梅田貨物駅構内に作られた、いわゆる大阪駅列車ホームに発着する。たとえば関空特急は梅田貨物経由だし、また電車ダイヤになじまないディーゼルカーや、各地へ向かう夜行客車列車も梅田貨物駅の東海道貨物線経由になっている。こうして大阪駅の通勤路線の運輸容量向上に寄与している。
梅田貨物駅は地上高的には地下ホームではないのだけど、その上には人工大地と倉庫とオフィスビルがあって、感覚的には地下駅。外はもう夕やけの時間帯で、けれどここの照明は明るくて、しかし水銀灯の青白く緑味を帯びた照明は日の光とはまったく異質で、ここに居ると昼なのか夜なのかそんな感じはまったくわからない。
この駅は物流拠点、夜間便も多く発着する。24時間眠る事を知らない駅の一つだ。
しかしはとたちの乗った列車はもうすこし暖かみのある人工照明に照らされたホームへ滑り込む。いわゆる”大阪駅列車ホーム”に到着する。
改札を学生証でタッチして抜ける先輩に、はとたちもついていく。
大阪の玄関口でもある長距離列車専門のこの大阪駅の出張ホーム、その改札前のコンコースから大理石張りのホテルのエントランスへ。そのまま通過して大ホール前で今度は学生であることを改札して確認。
会場はもう歓迎会が始まっているようで、今回のスポンサーなのかな?、ホテルの支配人が観光とビジネス出張をネタに祝辞を述べていた。続いての石油元売大手の役員は経済とエネルギー物流をテーマに祝辞をくれた。それからデハ657系芙蓉寮を制作した、車両メーカーとしても有名な機械製造大手。
最後に小売り業大手の役員さんが「ここの食材もみなさんの卒業生たちが運んだ物もたくさんあるのですよ」と締めて、会食が始まった。
偉い人たちが先生たちとお酒のある別室に引いたのを見計らって
「それじゃ、今年もコスプレコンテスト、はじめるよーっ!!」
駒種先輩がマイクを握り、壇上に飛び乗った。
「さーて、毎年恒例の品川駅運転停車でのコスプレコンテスト。優勝者の居る寮には今年一年の優先運行権だ!」
”ねぇやよいちゃん、優先運行権ってなに?”の問いに、”つまり、寮列車の運転ダイヤを優先して選ばせてもらえるってこと。だって休日なのに16時発のスジしか空いてなかったら遊べないだろう?”手塩先輩の答えに”それは重要だ”と雨竜くん。
壇の幕が開き、大きなスクリーンがあらわれる。
会場の照明が落ち、立食形式のテーブルの上にはキャンドル型の明かりが灯る。
内陸系少女2名はそんなことにはお構い無くお寿司に夢中だ。
”なるほど、これは重要なコンテストね!” もぐもぐ。
”ねぇうちの寮は誰がでたの?” もぐもぐ。
「まずはエントリーナンバー79。青春の幻影だーっ!」
壇上の大きなスクリーンに「撮影:我が青春のカシロテ」とキャプションの入った写真が大写しになる。
「ぶふぉっ」マコちゃんが吹き出す。ちわちゃんが「先輩、似合ってるじゃないですか!」と笑ってる。
会場も結構沸いているみたいだ。
黒いファーの帽子、黒いファーのロングコート、金髪ロングのウィッグは小西先輩。
横には黄土色のつば広帽子で黄土色のポンチョ、無理矢理のひきつった笑顔の間宮先輩。
ふたりが写っているのは79レの最後尾、展望デッキで、ご丁寧にまるいテールマークまで掛けてある。
写真には頭2つ、小西先輩の背が高いように写っていて、確かに小西先輩の背は高いし、間宮先輩はけっこう小柄だけど、さすがに写真までの身長差はない。
「小西にハイヒール履かせたんだ。15cmの。」と手塩先輩がばらす。
「”あたしこんなにおっきくないもん!”とか、”俺だってこんなに小さくない!”とか2人はだだこねたけどな!」ワハハと手塩先輩が笑う。
「定番といえば定番ですが、早速きましたねぇ、どうですか?秋葉さん」
「背景といいますか、77系さくら寮に頼りきった舞台設定、これは悩ましいですねぇ。けれど元ネタに忠実な身長差、これはポイント高いですよ!」
「では中野さん、お願いします。」
「カノンじゃなくて、駒種くんとの禁断の逃避行だったら点数高いと思うわ、中野的に。」
「…ご勘弁を。」
「では次です。エントリーナンバー5。トラベルミステリー!
この作品は動画でのエントリーです、でわどうぞ!」
ブルートレインの天の川寮。舞台はカメラマンがいっぱいいる品川駅の臨時列車専用ホーム。頭に作り物のナイフが刺さった学生がデッキの手すりに掴まったまま死んでいる演技をしている映像から始まった。
そこに警備員に学生証を見せて、鉄道カメラマン進入禁止のロープを乗り越えてくるトレンチコートの2人。
「警部!」大きく字幕がでる。なるほど無声トーキー仕立てのようだ。
倒れている演技の学生に駆け寄り、首に手を添えたあと、細い刑事がナイフを舐めて
「ぺろっ、これは青酸カリ」とさらにテロップ。
会場に笑い声が聞こえる。
カメラがパンすると全身黒タイツの人間がホームに降りてくる
「やつが犯人だ!」
「はい、警部!」と細い刑事にテロップがかぶる
会場がどっと沸いて、
”そっちの警部かよっ!”と月光くんが小さくつぶやいて、つっこみを入れてた。
と、ひとしきり小芝居をしたところで発車のベルが鳴り、4名は列車の前に並ぶとホームのみなさんに一礼。
列車に乗り込んだところでfinの文字。
「さて、これも定番ですねぇー、さしずめ、寝台急行天の川殺人事件、というところでしょうか、身体的に一部が部分的にオトナの探偵が出てきそうですね!中野さん」
「これは高得点ですね!あの二人の関係が、わたし、気になりますっ!あとオトナの部分についてもっときになりますっ!」
「おまえ、男でてればそれでいいんかい! で、秋葉さん、」
「行きつけのクラブのママはまだー?」
「あー、これはわかり易いですね。男に興味はない、年上okと。評価員の人選、間違えましたね!!」
「では気を取り直していってみましょう、今度は秋葉くんもご満足でしょう。
エントリーナンバー22、横浜のハイカラさん、モデルは桜木みなみさんです!」
壇上のスクリーンには、22Mの前ではにかむ袴の乙女。
「「うわー、かわいいっー!!」」そこかしこで感嘆のため息がもれる
”和装なら私でも着こなせるかなぁ…”なんてはとが目をきらきらさせる
「好評のようですね!もう1枚、行ってみましょう!」
さらに男子の制帽をかぶって首を傾げての敬礼のポーズ。
照れくささを混ぜたさわやかスマイル、袴に制帽がこんなにもえるとは!
「桜木みなみ…、なかなかやるわね。」となりでピコちゃんが対抗心を燃やしている。
「では秋葉さん、講評をお願いします。」
「去年の入学から、彼女には光るものがあると思っていました。やっと開花しましたね!!まさに学園のアイドル!」
「ありがとうございます。中野さん、お願いします。」
「ミナミちゃんはかわいいのです!」
「中野さんからのまさかの好評価、今年の乙女寮は優勝も期待できそうです!
いよいよ最後のエントリーです。エントリーナンバー4、数学の女王です。」
スクリーンに大写しの写真は、濃いメイクでクレオパトラに仕立てられた女子を屈強な男子が御輿に乗せて担いでいるシーン。よく見ると細いとはいえ御輿の梁は双頭レールで、御輿だけでも300kgはありそうだ。
スクリーンに写真が映されてすぐ、ホールの入り口がどうも騒がしい。
「うわ、なにをするやめろ、もう品川で十分に恥はかいた、おまえらー!」
「うふふ、しなのちゃんってば大変ねぇ」
いつの間にかアイリス先輩がわたしたちの横に居て、にこにこ笑ってる。
大ホールの後ろにスポットライトが当たる。
「みなさん、ホール後ろをご注目ください!」
ホールの両開きドアが開き、作業服に黄色いヘルメットの警備員が笛を鳴らして通路を確保していく。
続いてホールに入ってきたのは制服のまま御輿に担がれた女子と、御輿を担ぐ屈強な男子たち。
担がれた女子は顔をまっかにしてあわわあわわしていたが、前より右側の男子が”姐さん、こらえてください。優先運行権があれば、もっといろんな場所の線路がみれるんです。こらえてください”御輿の女子に必死に話しかけている。
御輿は一巡してからホールを出ていった。
ホールのドアが閉まるまえに「おまえらー!おぼえとけよー!!」と叫び声が聞こえたような。
「うふふ、しなのちゃん愛されてるわねー。」アイリス先輩はクレオパトラ役の女子の受難にあらあらまぁまぁといった感じでにこにこ眺めている。
「美乃坂しなの女王、愛されてましたねー! では中野さん、お願いします。」
「い、岩村田くんのぷりっぷりの背筋、いいわぁ… 男御輿から見下ろす屈強な従属たち…、そういうのもあるのね…」
「な、中野さん?なかのさーん! 中野さんがニューワールドに旅立たれたようなので秋葉さん、なにか一言。」
「ナチュラルメイクばかりが上手なメイクではない。ってことですね。ある意味、フィギュアはデフォルメすることでより魅力的になるよう造形する、みたいな。”美人”という記号化、ですね。いやまて、僕は三次元なんて興味ない、はず、だ、だがこの場合、ぶつぶつ・・・」
「あ、秋葉さんまで… とにかく美乃坂組組長しなのさんのクレオパトラ、人を狂わす魔性のコスプレでしたっ!」
「以上ですべてのエントリーをご紹介しました。みなさんお近くの投票器でどの寮が一番だったか投票ください! 投票結果は後ほどこの会場で発表いたします。それではみなさん、しばしご歓談ください。」
立食形式の歓迎会は続く。
気が付けばピコもはともだいぶ満腹で、いまはデザートをやっつけている。
スクリーンには今日一日の写真がコラージュされた映像が流されている。
品川の運転停車はカメラマンへのサービスではあるのだけど、いろいろなサイトなどで公開されていた写真を拾ってきてダイジェストでスクリーンに流している。
「ぶほっ」っとピコちゃんが噴き出して笑う。
あー、月光くん、私たちにイジられたベリーショートツインテールのまま、部屋片づけしてたんだ。ホームから撮ったらしい写真には窓から顔を出す月光くんが写っていた。
コンテストは乙女寮の桜木みなみ先輩が優勝。
奇をてらわない王道のアイドルアピールが男女ともに好印象だったようだ。
歓迎会も終わり、電車寮と気動車寮の学生は大阪駅列車ホームに迎えに来たそれぞれの列車寮に乗りこんで行った。
来たときと逆のカラーリング、ピンクの電気機関車の引っ張る青い6両の客車には客車寮6編成の寮生たちが乗って宮原客車区に戻る。
明日はお買い物。今日はいろいろいっぱいあってもう眠いや。今夜はシャワーでいいかな。ピコちゃんと連れだって、マコちゃん捕まえて、お風呂上がりは食堂車で冷たいお茶をもらって。糊のきいたシーツとまくらはちょっとごわごわだけど、今夜はきっとすぐ寝付ける。だから、歯磨きしたらおやすみなさい。