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入学式の日、大名古屋ステーション

もう名駅というのはない。ここにあるのは大名古屋ステーションだ。

そして大阪へ。

さくら寮は静岡を抜けて愛知県、大名古屋ステーションは7番線に停車する。大名古屋では二度目の運転士交代をする。

ATS-iや車両自体の限界の向上(アクティブセーフティ)、フェールセーフの徹底で事故防止に努めている今日日(きょうび)の鉄道は、居眠り運転でも安全に次の信号場に停車するくらいはする。

運転士は進行の指示だけを与えれば、全自動で運転出来てしまう、それくらいにまでは列車制御は進んでいた。

もちろん、前方注視義務をはじめとする運行の安全は運転士と車掌が実施し、列車長が責任を持つべきものだ。

けれど疲れてくるとどうしても注意は散漫になってしまう、列車運行実習は300km、あるいは2時間程度を目処に交代する。


「カノンちゃんお疲れさまー。お茶入ってるわよ。」

「ほい、お土産。アイリスちゃん、紅茶飲みたい~。ま一みや一、間宮も赤福食べる~?」

「おー、食べる食べる~」小柄な男子が元気いっぱいに返事をする。

「紅茶は何にする?」

「アイリスちゃんにおまかせ!」


上野から国府津まではアイリスと妙高が、国府津から大名古屋までをカノンと間宮が、それぞれ列車長と運転士を担当していたのだけれど、大名古屋ステーションでカノンと間宮が次の実習生に引き継ぎ、マシロテに戻ってきた。


マシロテ77、見た目は古く見えるこの展望食堂車、実際車籍は古い。

鋼製の車体、台枠、台車枠、どこにもオリジナルの部分は残っていない。いや残っているけれど、それはこの車両の中にではなくて、博物館の中に残っている。卒業生が部品を寄付し、在校生が車両を更新し、卒業生が書類を整える。そうして種車の車籍を残したまま車両はすっかり別なものになってしまっている。

展望デッキのために妻面が片側しか塞げず、車体の捻りに対する強度の確保には苦労する開放型展望車は、必要な車体構造の強化でどうしても重量はかさんでしまう。さらに調理設備の設置は消費する浄水と排水のタンクの重量に、熱源があれば消火設備も必要で、と昨年までは48tを超えてカ級のカシロテ77を名乗っていた。

そのカシロテ77は今年の全般検査前の整備で屋根を交換し、マシロテ77に1つ重さのクラスをおとした。


本年度の改修ではオリジナルではただ乗っているだけでなにも仕事をしていなかった屋根を、応力メンバーとして側壁のメンバーと一緒にモノコック構造に改修したことが大きい。

アーチ型の屋根と、それに一体形成されたの応力メンバを側壁内に台枠までしっかり伸ばした構造は、丈夫な台枠をもつ旧式な構造でありながらもモノコックボディのように応力を車体全体で分担、開口部が大きい開放型デッキをもつ車体に十分な強度を与えていた。

側壁内の鉄骨柱は撤去されたが、外見を決定づける外側の鉄板自体はそのまま使われた。

さらに旧型の鋼製車体には剛性を期待出来ないことを前提に台枠に配されていたクロスメンバなどの補強は、車体全体への応力分散を前提に再配置しなおされた。

側壁鉄骨撤去で0.3両、台枠のメンバ見直しで0.2両。計5tの軽量化でカ級からマ級になったマシロテ77。


ところで、今回に限らず、改修で取り外された部品は博物館に寄贈されている。今回の改修でも屋根と側壁の支持柱が博物館に運び込まれた。

これらに博物館に残されている部品を合わせて組み立ててみたところ、鋼製車体の展望車が1両作れてしまったので、博物館ではそのまま展示することにした。

吾が輩は1等車である。形式(なまえ)はまだない。


さて、6号車ロビーでの海に大興奮していた内陸系女子は、マ級に軽くなった展望車で大井川から先の長い静岡を抜けた。

「こっちで海みればよかったねー。」と展望車の開放感にちょっと未練。

大名古屋ステーションを発車すると1時間ほどで大阪に到着する。

空はすこし夕日の色になってきたけれど、4月のお日様はがんばり屋さんで、西に進む列車はお曰様を追いかけていて、まだだいぶ明るい。


「駒種さん、はとさん、そろそろ部屋片付いた?布団とりに行かない?重たいし手伝うよ。」月光くんが声を掛けてくる。

そういえば、今夜の布団、まだとりに行ってなかった。

”名字呼びサン付けかよ月光~、ちょっとかたいぜー”とピコちゃんが、

わたしも「”さん”、はたしかにちょっと堅苦しいかな… 」ともじもじ。

「じゃぁ、はと…、はとっち、はと…はと… ちゃん、はと姫?」と呼び方を考える月光くんに

 ”姫はない。”

とピコちゃんと2人でつっこむ。

「はとちゃんはちゃん付けでいいよ、月光」ピコちゃんが決める。

「じゃぁ、みどりちゃん、みーちゃん…、ぴ、ぴこちゃんとか?」

「おぅ月光!あたいのことは、ピコさまでいいぜ!」と芝居がかった態度で様付けを要求。すげぇノリがいい。

今日は新幹線や隅田川おぱんつ花吹雪事件もあって、月光くんともだいぶ打ち解けられたと思う。

だって、

「はとちゃんとピコさまだね。うんわかった!」

月光くん、それは素直とかじゃなくてわざとだよね?


”はとちゃんかぁ、中学校ではウメコージサンだったし、なんだか新鮮、この感じ。ちょっといいかも。”

ふわふわ気分で上機嫌のわたしは

「ピコさま、すぐにリネン室いく?」さっそくピコさまにちょっかいをだす。

「はと姫はすぐ行けそう?」さっくりとピコちゃんが返してくる。

「はと姫さま、ピコさま姫、では参りましょう。」もうっ、月光くんまでノッてきちゃったじゃない!

”ピコちゃん、姫ははずかしいよぅ””いやーやっぱサマはないわー”

とりあえず、はとちゃん、ピコちゃんで落ち着いた。月光くんは、月光くんのままで。


まだ共通の話題が少ない感じがするけど、同じ学校、同じ学年、同じ寮、同じ車両。2人とはいい友人になれるような気がする。

共通の話題とかはそのうち気にする対象ですらなくなるのも知ってる。

だからとりあえず今は、もう少しいろんなお話をしようと思う。


5号車から8号車のお洗濯物のクリーニング受付は1両後ろの7号車のリネン室。

大きくはないけれど、鍵のかかる個人ロッカーがあって、朝、講義の前に洗濯物を入れておくと、放課後には洗濯されて帰ってくる。”寮生活なら洗濯くらい自分でしろよ”という意見も聞こえてはくるものの、一般の高校生世代が洗濯を自分でするか?という所に還元しちゃえば、ケースバイケース。

さすがに列車の中に洗濯機をおくのは、消費する水の量を考えるとちょっと厳しいこともあって、基本的には洗濯サービスを使う事になる。(えーと、女の子用にはマヤ77に小さいけど洗濯機と乾燥機があります~。by アイリス)


寮列車には和室の寮列車と洋室の寮列車があるけれど、部屋には机とベッドがあってリネン室のシーツをつかってもいいし、お気に入りのシーツがあれば、リネン室の洗濯サービスが洗ってくれる。

でもさくら寮の6号車と7号車だけはベッドがない。

77系客車のさくら寮はもともと布団の寮だったのだけど、分散型電源の電源車の安全対策や車内改修のときに跳ね上げ式ベッドがつくなどで、今は2両10部屋が残るだけ。10人だけの特殊装備だ。

布団は持ち込めばお気に入りを使えるのだけど、用意できるまではレンタルのお布団を使えばいい。


「はと、毛布お願い。」

ピコちゃんが敷き布団を持って、月光くんが2組の敷き布団を持って、わたしは3組の毛布をもっていざ行進開始!のところで

「俺、持つよ。」

えーと、雨竜くん?かな。702号室から出てきてピコちゃんの敷き布団を運んでくれる。

”じゃぁあたしはシーツも持ってこよーっと。”ピコちゃんはリネン室からシーツを持ってくる。


揺れの少ない車内だけれど、3人分の毛布で前が見えない。幌をわたるときはちょっと恐かった。

「月光、鍵、開いてる?不用心だなぁ。そのお布団はここにお願いします。」

”はとはさすがに鍵掛けてるよねぇ~”と「月光、布団ひとつこっちー。」

自分の部屋の扉を開けて運び込ませる。


「よければ部屋まで運ぶけど、」

月光くんの申し出に、”うん、もう片づけたもん!”と

「ありがと!お願いします。」とドアを開ける。

布団を運んでくれた月光くんも、部屋をのぞき込んだピコちゃんも

「うわー、はと、この部屋、布団なくても寝れるじゃん…」

「えへへ」

ぬいぐるみに占拠された2畳半。

後日、アイリス先輩の「すこーし、乗車しすぎね~」の判断で、里子に出たり、実家に帰ったり。


もう1往復、掛け布団とまくらを運んで、わたしはぬいぐるみの低反発いぬじろうがいるのでまくらは辞退して、とおもったらピコちゃんがテディベアの低反発ダイトーリョーのだるんと伸びきったスタイルがツボに入ったみたいなので里子に出す。結局まくらは月光くんだけ。


布団は畳んで部屋の隅に、ぬいぐるみさんは一旦天袋に控えてもらって、ロビーにゆるみに行く。


「ぼくらもいいかな?」と雨竜《雨竜》くんたちが3人、6号車ロビーに顔を出す。

「どうぞどうぞー!」ピコちゃんが答えるとピコちゃんの横に雨竜くんが座る。

”さっきはありがとう””いえいえどういたしまして”とピコちゃんと雨竜くん。

「ここ、いい?」U字のソファー、一番奥で窓を背に座っていたわたしの横に細身のイケメンが腰掛けてから聞いてくる。”いいもなにももう座ってるじゃない”、というかU字のソファーは、イケメン ピコ はと イケメン で両側イケメンに挟まれるとか、これなんてsideM!?

「同じ1年生、もう一人いたよね?彼も呼ぼうよ、何号室?」と癖っ毛ショートのかわいらしい子が月光くんを呼びに行く。


窓の外は残雪だった。

春、入学式の日、さくら寮、79レは西へ向かって順調に走行中。

ここは東海道本線で唯一雪を気にするべきところ、関ヶ原。

線路には雪がなく、山陰の北向き斜面に少し残る残雪。

上越国境の深雪を知っているEF57は物足りなさそう。うっぷん晴らしのためか、元空気溜めのコンプレッサーを元気よく回しはじめる。


連れてこられた月光くん。「すわりなよ!」と促された月光くんをソファーの横に座らせる。

「自己紹介から、かなぁ。さっきは先輩からのレクチャーがあったからほとんど話せなかったものね。誰から行く?」月光を連れてきた子が切り出して”そうそう、やよいちゃん強引なんだもんなー”と雨竜くんがグチる。

「じゃぁわたしから! わたし、駒種こまくさみどり、長野の山奥から来ました!」ピコちゃんが口火を切った。

「次は俺、雨竜政和うりゅうまさかず! 北海道の山奥出身です!!」

「お、かーくんだ!」ピコちゃんがやよい先輩が呼んでいたあだ名でよぶ。

「あはは、かーくんになっちゃったかー!俺もピコちゃんって呼ぶことにするよ、おあいこな!」

なんなのこのイケメンオーラ。箱入りお嬢様ばっかりの中学の同級生とか遊びに来たらきっとみんなイチコロよ…、雨竜くんはキケン、とメモ。

快活な二人がばばーーんと自己紹介をすませると、のこりのシャイ組が顔を見合わせて順番の譲り合いになりかけ、「ハヤト、次行けよ」と雨竜くんに言われた細身のイケメンくんが、

「うん、ボクは九州の山奥出身の、」 …あれちょっと声高くない?

隼人真幸ハヤトマコ、…これでも一応、女の子だ。」

道理で人当たりが柔らかかったり、仕草が繊細だったりと、所作に男子のワイルド感が希薄だったわけだ。

あれ?、わたし、ピコちゃん、マコちゃん、クリスちゃん、

「ん~、たしか入学式のとき、男子3人、女子3人だったよね?」はとがつぶやくと、さっそく

「月光、あんた女子だったの!?」とピコちゃんがいじってる。ピコちゃんそれじゃ女子5人になっちゃうよ、月光くんは男の子だって。

「ちわちゃんが男子だよ、ハヤトは会ってすぐにレディってわかったけど、ちわちゃんは部屋に遊びに行っていいか聞いてから”ぼく、男の子だけどいいの?”とか言われたもの、いやぁ、ないわぁ~」

”ないわ~”、と言いつつも笑顔の雨竜くん。あんた、その女の子全方位アタックじゃせっかくのイケメンオーラが煤けてるよ。それよりクリスちゃんも受け入れちゃうような思わせぶりな態度はどうなのよぅ。

「えへへ、ぼくが男の子です。」クリスちゃん、じゃなかった栗栖クリスくんがおずおずと手を挙げる。

「栗栖知和、ちわじゃないよ、ともかずだよ。岡山の山奥出身です。むしろ桃の名産地だよ、だからぼく、むしろ桃太郎だし。」ぷんぷん。と擬音がちわちゃんのまわりに浮いてる。


「北国月光、金沢出身です。」月光くんはシンプルな自己紹介。

最後になっちゃったけど「梅小路はとです。京都出身です。」


私たち二人の自己紹介は特に盛り上がることもなく、雨竜くんの「あとで部屋にあそびに行っても… うん、やっぱいいや、あはは」とかなんか失礼なナンパがあったくらい。あとでピコちゃんが「あぁ、あんとき、後ろで月光が がるるるる って吠えてたわよ。」とか言ってた。ちなみに雨竜くんはピコちゃんにちょっかい出す気はないみたい。「かーくんはにぃにぃと同じ7号車でしょ?あー、うちのにぃにぃはシスコンこじらせてるからなぁ、ハハハ」ピコちゃんはちょっと乾いた笑いを浮かべていた。


「まもなく、大阪、宮原客車区に到着しまーす。今晩はお外でご飯ですよー。下車するときは部屋に鍵をかけてくださいねー。」と車内放送が流れる。

新大阪、大阪、塚本と東海道線をぐるっと周り、

「場内進行。場内制限15km/h」

列車は宮原客車区に入線する。


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