入学式の日、隅田川。
旅はいつだって”千じゆと伝所”から始まる。
旧型客車12両、EF57牽引の79レさくら寮は日暮里のさくらの下を駆け抜けていく。
上野を出るとそう走らずに列車は尾久客車区に停車する。
尾久の仕立て線に停車すると、駒種先輩が展望デッキ妻面の推進運転台格納箱を開け、中から推進運転台を取り出す。
いつのまにかヘルメットをかぶり線路に降りていた別な先輩がブレーキ引通し管を展望デッキに持ち上げると駒種先輩がそれを推進運転台につなげる。
「ブレーキ管接続よし」
ブレーキ管側の弁を開く。ゴムのブレーキ管が少し堅くなる。
簡易運転台の圧力系を指差し確認する。
「引通し管圧力よし」
「じゃぁ妙高、引き続きよろしく。」
「おぅ」
と軽く言葉を交わしてヘルメットの先輩は機関車のほうに戻っていった。
「にぃにぃ、なにやってるの?まだ出発しないの?」
「いま妙高が機関車に戻るからちょっと待ってね。ここからバックして隅田川駅に向かうんだ。で、その準備。隅田川駅は、ほらピコも知ってるだろう?”千住というところにて船をあがれば”の千住大橋のすぐ近く。奥の細道の出発の地だよ。」
「ごめん、にぃにぃ、それ、知らないや。」てへっ。
ジリリリンと推進運転台の電話が鳴る。
「着呼確認。」
「了解度試験です。了解度お願いします。」
「了解度良好です。」
「了解度良好了解しました。こちらも了解度良好です。」
機関車の妙高先輩と展望デッキの駒種先輩が手早く推進運転台の電話を確認していく。
「ブレーキ試験します。ブレーキ管解放」
「直通ブレーキ管減圧確認。」
「ブレーキ管減圧確認。以上推進運転前検査問題なし。」
駒種先輩が推進運転台の帳簿に日時と名前を記帳する。
簡易運転台のブレーキ操作ハンドルを締め位置に戻し、列車指令に無線で連絡する。
「79列車、出発準備出来ました。」
「79列車了解、信号変わり次第出発願います。」
ほどなく出発仕立て線の信号機が青になる。
「出発信号進行。前方よし。」
「車内信号確認、出発信号進行確認。」
推進運転台のブレーキ引通し管圧力があがり、三動弁がブレーキを緩める。
「出発進行、場内制限15km/h」
尾久の客車区の分岐器が切り替わり、常磐貨物線へと進路を開く。
いったん、山手線に近づくように分岐器で線路を右に渡っていく。
「田端場内進行制限20km/h」
「車内信号場内進行制限20km/h」
田端信号場の先で線路は左に向かい、すぐに尾久橋通りの踏切を越える。
「踏切よし。」
「進行制限45km/h」
駒種先輩が前方注視義務を担当し、それしかない推進運転台のブレーキレバーに手をかける。
最後尾の機関車では妙高先輩が車内信号と駒種先輩の信号読み上げで安全確認しつつ、列車を推進する。
頭上を成田へのスカイライナーがすぎてゆき、新交通の軌道をくぐる。
時速45km/hでゆっくりと進む79レを、つくばに向かう列車が、杉戸の動物園に向かう列車が、水戸を越えて仙台に向かう特急が追い越していく。
南千住のホームが左前方遠くに見えてくると、小さなデッキガーターの向こうにたくさんの分岐器と扇状に広がった線路が視野に入ってくる。
「隅田川場内進行制限15km/h」前方の信号を駒種先輩が読み上げ、
「車内信号場内進行制限15km/h」機関車の妙高先輩が車内信号も確認する。
79レは隅田川貨物駅中程の仕訳線に誘導されてゆき、ほどなくコンテナ仕訳けホームに停車する。
入寮式の最後まで残っていた先輩たちは、ここでそれぞれの寮列車に戻っていく。
「タキ、式典お疲れ様。今日の機関車くん、のんびりやさんだし、先に出るね。」
「じゃぁアイリス、しばらく先導をお願いね。」と式典を進行していた先輩が言う。
赤と白のツートーンカラーが特徴的な21M芙蓉寮に戻っていった。
アイリス先輩はくるりと振り返ると、
「じゃぁ一年生のみんな~ 部屋割りを決めるわよ~。まずは雨竜くーん」
「はーい、先輩。」
「いいお返事ね~。イケメンの雨竜くんは先輩がご指名でーす。」
「俺も第一印象から先輩に決めてました!」
「ほんとに!それは良かったわぁ♪。ではご紹介します。弥生先輩で~す。」
「よっ!政和。そっかぁ、第一印象っていうと幌加内の農協の寄り合いのときかな?」
と笑いながら女子の先輩がデッキから入ってくる。
「まじッスすか…。やよいちゃん、手加減してくれっすよー。」
二人は同郷の知り合いなのかな。仲良しさんっぽい。
「そういえばかーくんはいつもわたしにべったりだったよね。わたしが小学校を卒業するときも」
「わー、わー!、やよいちゃん、勘弁っ勘弁!。」
「かーくん、わたしが卒業したあと、1クラスしかない小学校の全部の女の子から告白されて、ハーレムつくちゃったでしょう?中学校とか私はもう卒業してるのに”政和のメルアド、教えてくれ”って大変だったんだから。
かーくんはどういうわけか昔から女の子を惑わすのよねぇ。」
雨竜くん、伝説の男だったのね。
「だ・か・ら、かーくんわたしの管理下においておくわ。だから部屋は7号車、わたしのとなり。じゃアイリス、荷物運びもあるし、かーくんは借りていくわね♪」
弥生先輩は雨竜くんに腕を絡めるとそのまま引きずっていってしまった。
「で、駒種(妹)、はとちゃん、月光くんは仲良しだから6号車ね♪ 空いてる部屋、適当に使っちゃって。入学許可証が表札になってるからお部屋決まったら表札入れに差しといてね。それと…、そうそう、みんなの荷物は降りたホームに届いているから、各自自分の部屋まで持って行ってね。」
6号車、と指定はあったものの”空いてる部屋はそこだよ”というだけの指示なわけで、つまりはあっさり部屋割りを丸投げされたのだった。
「はーい! はとちゃん行こっ!」ピコちゃんに手を引かれ 「月光くんも、行こう?」と彼にも声を掛け、6号車に向かう。
6号車、オハネ78−21。
デッキから客室に入ると木の香り、だけじゃない。甘いような、ちょっと煙いような。でも潤った森の中にいるような香り。
”この木はオークかな、うーんちょっと違うかな、なんの木だろう?” はとがつぶやく。
5部屋ある6号車の寮室は、後ろ寄りの3部屋のドアが空いていて、のぞいてみると荷物もなくて空っぽだった。
「わたし、この部屋にするー!」
ピコちゃんが車両のまんなか、3号室のドアに入学許可証を差し込む。なるほど表札になるのね。
「ねぇはとちゃん、となりにしなよ!」
”はい、入学許可証!”とピコちゃんに言われるがままに渡すと、ドアにさっくり差し込まれて私は4号室に決定。
月光くんは黙って5号室のドアに自分の入学許可証を差し込んで部屋割り終了。なやむまでもなく、あっさり終了。
「ふぅー、入学式おっしまいっ!」
”部屋も決まったしー!”
ピコちゃんがぐいっと伸びをして、
”荷物も運び込まなきゃだしー”
とデッキからぴょんとホームに飛び降りる。
「きゃっ、けっこう高いんだ!」
ホームに高さがない貨物ホームは、客車のデッキからは1mくらいの高さがあって、元気よく飛び降りたピコちゃんはちょっとびっくりしたらしい。
月光くんはさすが男の子、姿勢を低くするとひょいっと、難なくホームに飛び降りた。
わたしは女の子だし、さっきピコちゃんだいぶ大胆にスカートが風をはらんでいたし、デッキからのハシゴのようなステップを使って後ろ向きに、地面をコンクリ舗装しただけの貨物用プラットホームに降りる。
ホームには寮に持ち込む荷物が届いていて、とりあえず自分たちの段ボールを探し出す。
さてこの段ボール、とにかく列車に乗せなければ。
「荷物乗せるの、手伝うよ。もちあげるから、上から引っ張って。」月光くん、男の子力高い。
ピコちゃんとわたしは自分の荷物をデッキの下のところまで運んで、ピコちゃんがデッキに上がる。
「ほいっ」と月光くんが段ボールを持ち上げ、それを受け取ろうとかがんだピコちゃん、
「月光くん、まえ見ちゃだめっ」
”スカートの中、丸見えだよピコちゃん!!”と声を出さずピコちゃんに目で訴える。
一瞬逡巡したあと、ハッと気づいた月光くん、大慌てで顔を背ける
「はと、見ちゃだめってなに? あーっ」
うわー、ピコちゃんわるい顔してる。あれは毛糸玉を見つけたときのいたずら子猫の顔。
「月光、見た?見たわね~?」
「い、いや、みてない、目をつぶった。何にも見てない。」
「んー、そかそか。じゃさっさと荷物積み込んじゃいましょ。その段ボール、こっちにちょうだい。」
”あーっ!ピコちゃん、それはやりすぎー!!”
段ボールをもう一回持ち上げてデッキに持ち上げようとする月光の目の前で、
”えいっ!”
っとスカートをぺろんとめくっておしりを向けるピコちゃん。
スパッツ+絶対領域+ニーソwith振り返りツインテール。
うん、これはやりすぎです、ピコちゃん。
けれど本人曰く「へっへーん!、スパッツだからぱんつじゃないもん!」とテヘペロ。
”うわっ!”
と、突然の光景に思わず後ずさり、段ボールの上にしりもちをつく月光くん。
けれど今度はわたしとピコちゃんが慌てる番だった。
派手に崩された段ボールから、ぶわっと花びら(むしろぱんつ)が舞う。
「だめーっ、見ちゃだめーっ!!月光くん目を閉じろーっ!」
ピコちゃんも大慌てでデッキから飛び出して
「だめダメだめダメったらだーめー!!月光目をつぶれーっ!」
二人で大慌てで下着を拾い集める。
「月光くん、目を開けたら絶交だからねっ」とはと。
「月光!、あんたなんであたしのブラかぶってるのよ!!」とピコ。
ピコの言葉に一瞬、冷静になるはと。
”ん、かぶれるのそれって?”
見れば月光はしっかり目を閉じて、あたまはすっぽりブラのカップにそれはみごとにすっぽりと。
”ピコちゃん…あんたどんなおっぱいもってんのよ…あれれ、ブラって帽子になるんだね…おっきいな、帽子おっきいな…”はとは心のなかではらはらと涙を流す。
”それより今はわたしの下着、回収しなきゃ!!”現実に戻って今はとにかく下着を回収。
いつの間にかデッキに来ていたアイリスと妙高、3人のどたばたを見ながら
「うふふ、お洗濯が必要ね、最初にリネン室の使い方教えなきゃね。それとタエちゃんは見ちゃダ・メよ、ゼ・ッ・タ・イ♪」
アイリスは妙高の後ろから抱きつくように両手で目隠ししながら、いや、わりと力いっぱい、目隠しと言うより絞めてるな、これ。
「おー!月光、入鋏式、どうだった!」
新幹線車掌の制服のままのお兄ちゃん車掌が現れる。
「って初日から女の子の下着に埋もれてるって、なにをやってるんだおまえは。」
とあきれつつ、月光くんを引っ張り起こすとそのまま肩を組んで連れて行ってしまった。
お兄ちゃん車掌、女の子の下着に埋もれてた状況にはあきれていても、弟分が後輩になったことはちょっとうれしそう。
うーん、ふたりでなにを話してるのかちょっと気になる。耳を澄ますと「さっきの子と同じ寮か、やったな!おぱんつもあの子たちのか!」とか言ってるような言ってないような?おや?「やるなぁ!もう二人もか!で本命はどっちだ?新幹線の子か?ツインテールか?」って言ってるような!言ってるような!!
「兄ちゃんそんなんじゃねぇよ、やめろよぉ」とか月光くんが逃げてくる。
「おっと、もうこんな時間か。午後の乗務に間にあわねぇ」懐中時計を見ながらお兄ちゃん車掌は
「そうだそうだ。おい月光、」
と新聞紙で雑にくるんだ包みを投げてよこした。
「これは俺からの入学祝いだ。」
「おっとやっべやっべ。」お兄ちゃん車掌は懐中時計片手に走っていった。
二人が衣類を段ボールにしまい、”もう目を開けてもいいわよ”と目隠しをはずしてもらえた妙高先輩、
「そろそろ時間だから、早く荷物を積んで。」
目の回りにアイリス先輩の手のあとを残したまま、妙高先輩は機関車へと向かった。
あらかた段ボールをデッキに乗せ、デッキに上がるピコちゃんに手を差し伸べる。
デッキに上がってすぐに振り返り、すぐ後ろからデッキの取っ手に手をかける月光くんに
「おしりばっかりみて、月光くんのえっち♪ ってうそうそ、今日はありがと!」
ピコちゃんのちょっかいに表情を変える月光くんに二人でプッと吹き出す。
「月光、荷物積み込むときずっと気を使ってくれてたもんね。あの段ボール、お気に入りのマグカップが入ってて、割れなくてホントよかった!」
ピコちゃんが段ボール落としそうになったときもすっと手を添えてくれてた月光くん。
そういえばわたしの重たい段ボールも黙って手伝ってくれたし。
”むむ、月光くんって、男の子力、わりと高いかも。”
「とびら閉めます。6号車、荷物片づいてますか?」
カツンと小さく音がして扉の開固定機構が外れ、家のドアについているようなふつうのドアクローザーが内開きのドアを閉める。
カクンと軽く揺れがあり、再び79レさくら寮が走り出す。
車内放送が続く
「新入生のみなさん、さくら寮にようこそ。
この列車はこれから東海道本線を進み、大阪宮原車両区へ向かいます。
列車の最後尾、上野駅で乗った展望車が食堂車になってます。
おひるごはんは13時くらい、海か富士山を見ながらにしましょう。
ご飯はできたらまた放送します。
この先、品川をこえるまではちょっと揺れる事もあるから、注意してくださいね。」
デッキにいたはと、ピコ、月光はそれぞれの段ボールを抱えて部屋に運び入れるのだけど、隅田川駅から常磐線、日暮里で東北本線に渡り、さらに東海道本線に渡り、と駅を過ぎるたびに分岐器を分岐側へと進むので、列車が大きく揺すられる。
「きゃっ」その都度転びそうになるはとを見かねて月光が荷物運びを助けてくれた。
さっきの騒ぎで段ボールからタンクトップとかくつしたとかはみ出てるけど、もうぱんつも見られたし怖いものないし!ぶぅ。
はと、ピコ、月光の6号車は、前から1号室碓氷妙高先輩、2号室は寮長のえーと、列車長っていうんだっけ?の八雲アイリス先輩。3号室がピコちゃんこと駒種みどりちゃんで4号室がわたし梅小路はと。一番後ろ寄りの5号室が北国月光くん。
デッキは一番前寄りでトイレがデッキにあって、客室に入ってすぐがソファーのあるロビー。
ロビーには電子レンジと冷蔵庫、それに小さいシンクには給湯冷水器も揃っている。
荷物運びも一段落したのだけれど、段ボールも片づいてない自室はなんとなくまだ余所のおうち感があって、で、ロビーでちょっと一休み。
「あ、はとちゃん。はとちゃんも一休み?」
「ピコちゃんも来てたんだー」
列車は新幹線と山手線のすき間の線路、東海道本線のいわゆる列車線を進む。
”今朝ね、新幹線でここを通ったとき、新幹線だよー、なのに山手線に抜かされたの。”とか
”月光くん、とってもよく寝てました!”と写真見せたりとか。
ピコちゃんが長野は松本の出身で、”山と川とわさびしかないっ!”とか強調してた。
お話しながらも、いつの間にかピコちゃんに髪の毛をとかされていて、シュシュとかリボンとか横に結んだり三つ編み作られたり、やりたい放題だ。うん、今はわたしがおもちゃなんだねー、ピコちゃん的に。
そのピコちゃんはデッキから戻ってきた月光くんを見咎めると
「月光、ちょっと回れ右!」
「う、うん」
さっきの隅田川スパッツおぱんつ事変ですっかり躾がはいっちゃった月光くん、素直に回れ右。
ピコちゃんはわたしをささっとサイドツインテールに仕立てると赤いリボンを結んだ。ピコちゃん自身はツインテールを解くと軽くブラシを入れる。
ウェービーなピコちゃんの髪、これはこれでかわいいかも!
「月光、もうこっち向いていいよー。
で、月光~、ヘアスタイルを二人で交換してみたんだけど、朝のとどっちがいい?」
うん、この目は誰かをイジるときの目だね、ピコちゃん!
「こーら、ピコ、同級生の男子ををあんまりいじめるなよ。月光くん困ってるじゃないか。
ピコはツーテールが一番かわいい。よく似合ってるよ。」
と後ろのほうからから来た駒種先輩が言う。
「そろそろご飯になるよ。部屋、ちゃんと片づけるんだよ。ピコは散らかし屋だからなー」
「ぶぅ。それはいわないでいいの! それよりにぃにぃはどこ行くの?」
「ん、次の運転士に引継をねー。いまから妙高と引継事項確認しにいくところ。
みんなも部屋が片づいたら食堂にくるんだよー」
と手をひらひら振って歩いていった。
”そっか…ツインテール、かわいいのか…うん、じゃ今まで通りでいいかな…”ピコちゃんがつぶやく。
自分の髪をなおしたピコちゃんは”きょうはお揃いにしよっか。”とリボンで髪を留めた。