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上野駅、入学式!

青春は啄木の歌碑の前で始まるのだ。

「月光くん、起きて、そろそろ着くよ。」

揺すられて目を覚ますと鉄道唱歌のオルゴールがこの列車の終点が近いことを告げていた。

「みてみて、窓の外、通勤電車が新幹線を追い抜いていくよ。」

品川を過ぎて山の手線と並走するこの辺りはカーブが急で、新幹線の制限速度は山の手線よりも遅い。田町、浜松町、新橋と各駅に止まってはまた新幹線を追い越していく通勤電車は、なんだか船の周りで泳いで遊ぶイルカみたいだ。


車内放送は乗り換え列車の案内が続き、乗客がざわつく。有楽町の街並み、空気ブレーキの動作音、断続する減速感、ゆっくり過ぎていくビル。列車は400mの真っ白い編成を龍のようにしならせていくつもの分岐器を渡る。すぐ横を下りの新幹線が出発してゆき、ホームドアが視界をふさぐ。京都から2時間、ふたりのこだま号はいよいよ終着、東京駅へ滑り込む。


東京駅のホームに降り立った二人だったが、入学式の集合場所は上野駅地平ホーム。

はとが乗る予定だったのぞみは新大阪発仙台行きの直通だったので上野駅まで直接行けたのだけれど、二人が乗ってきたこだまは東京止まりで、上野駅の集合場所にいくには東京駅で乗り換えることになる。このまま東京発の新幹線でひと駅進んで上野まで、とも思ったけれど、お兄ちゃん車掌の「上野の新幹線ホームは地下深いから、東京で山手線にのりかえておきな」のアドバイスに従い、中間改札を抜けて山手線に乗り換える。


乗り換えた山手線、ホームからも見える銅葺きの駅舎の屋根はだいぶ落ち着いた色を取り戻していた。

走り出してすぐの雑多な神田の雑居ビル、神田川を渡ればキラキラしてる秋葉の電気街、御徒町を過ぎると電車はアメ横の上を走り、左手に見えた緑の多い坂の上は動物園と博物館と美術館。と知識だけでつかのまの東京観光気分。でも大した時間はかからずに山の手線線は坂の上、高いホームに到着する。


上野駅、山手線の高架ホームから入学式の地平ホームへと降りる連絡階段から、もう集まりつつある学生たちが見える。交通学園の制服は、特に正装した礼服として帽子まで着用すると鉄道員のそれに似ている。もちろんそのようにデザインしているのだから当たり前ではあるのだけれど、集合場所の優等列車専用地平ホーム中間改札前は、まるでちいさい駅員さん達でいっぱいのようにも見えた。中学生を卒業したばかりの150人がピシッと礼装をまとっているのは、特に男子はどうしたって礼服に着られている感があって、それはやっぱりちょっと”かわいい”と評したくなるのは仕方ないかもしれない。


でも、女の子は15才になれば立派にレディなのだ。まだ寒い季節にもかかわらず短めのスカートにサイハイの絶対領域で頑張ってる子も、ちょっと背伸びした黒ストッキングの子も、あったかそうなふわもこ白タイツの子も、みんな足もとまでおしゃれに余念がない。

マルーンか濃灰かを選べる外套は、ケープのついた柔らかいシルエットと、お揃いの色のふんわりしたベレー帽ともあわさって、どちらの色もかわいらしさ全開だ。

その過剰気味のフェミニンさはむしろ彼女たちから大人っぽさを引き出してすらいた。


 ”まぁどうせわたしをのぞいてですけどねっ!べっ” はとは内心舌を出す。

たしかにはとの着こなしは大人っぽさがだいぶ少な目。

制服の外套は小柄なはとにはちょっと丈が長めで、制服のスカートは外套の裾にかくれてしまって見えない。黒タイツやニーハイの女の子が多いなか、くるぶしよりちょっとうえの細くなったあたりで折り返しのフリルがついたさくら色のロークルーと、きれいに磨かれたまるいラインの黒い靴は、大人っぽさはなくなってしまうかわりに彼女のかわいらしさを存分に引き出していた。

まわりを見渡せばセミロングの黒髪ストレートに濃灰コーディネイトの大人びた子や、ツインテールにのマルーンのベレーの子、ともすればボーイッシュになりそうなショートカットもケープのついたデザインの外套とは趣深いバランスを見せていた。

まだ寒い4月初旬、集まった彼女たちは、つぼみが膨らみきらない上野公園のさくらよりもよほど春めいて映えたことだろう。


「いこう、みんな動き出したよ」

月光くんに促され、

「あ、ちょっと待って」とカメラを取り出し、階段を降りる前に地平ホーム前広場をパシャリ。

みんなが向かった優等列車専用ホームへ向かう。

中間改札の上にある、列車案内板に”交通学園の新入生は…”と指示がスクロールしていた。

とりあえずその指示のとおり、普段は近距離の自由席特急券とホームライナー券を売っている券売機に学生証を通す。

ICカードを忘れないで、チケットをとって、指定の席に行ってね。と電子音声が告げる。

出てきたチケットには、

 ”入学おめでとう。 梅小路はと 1番E列 上野11:00”

入学式の席の指定があった。「ん、なんだか今日はいい日だ♪」とごきげん。

何気なく裏返したチケットは

 ”途中下車前途無効”

の印刷のある台紙。近距離切符専用のこの台紙を券売機に仕込んだのは多分OBの仕業だろう。

でもわたし、こういういたずらけっこう好き。


青いモケット地の張られたパイプ椅子にすわると、一つ席を空けて月光くんが座る。

この椅子、電車のイスの布地だ!とか、みんな大人っぽいなー!とかとか思いつつ時間が過ぎていく。


そろそろ11時になるのに月光くんとの間の席が空いているのが気になる。ここにはどんな子がくるんだろう。

ふと高いホームからの連絡階段に目をやると、ベレー帽を右手で押さえツインテールをぽんぽん跳ねさせて少女が駆け下りてくる。駆けてくるその子を見つけた在校生が大げさな身振りで券売機に行けと伝えている。方向転換して一直線に券売機に駆け寄ったその子は、チケットを受け取るとあたりをくるっと見渡し、そしてわたしに目があったと思うや一目散にこっちへ向かってくる。

「ふぅーまにあったー!」

「あ、あの!、わたし、梅こ

話しかけようとした矢先、在校生が入学式の開始を告げる。

ツインテールは”ごめん、あとでね”と身振りで伝えてきた。


「交通学園高等部、入鋏式を始めます。」

入学式は国土交通大臣の挨拶から始まった。


交通学園は私立ではあるけれど、その資本構成をたどれば直接的間接的に10%に相当する国庫金が入っている。

一番大きい資本は鉄道会社ではあるけれどそれも48%止りで、学生自身やその保護者、鉄道ファン(つまりは交通学園のOB、OG)が51%の株式を持っていたり、交通学園と鉄道会社も資本の持ち合いをしていたりもする。資本を安定かつ学生自身が持つ資本構造は、中等部の12歳~博士課程後期(順調に行っても27歳修了)と広い年齢層が在籍する学園ならではの学生間互助もあって、背伸びをしないでも自然に自治が成り立っていたし、(自称)リョウシキアルオトナなる、自己都合の価値観ガデンインスイを押し付けてくるエネミーの介入を撥ね付ける根拠ともなっていた。 実際、何とか委員会からの縄張り争い的な横やりにも”じゃぁ私塾になります。大検もあるし、うちは海外の大学の日本教室という体裁でも別に構わないですよ。”と言い放った、という噂がある。そのうわさはこう続く。国の血管たる交通を外国に握られてはかなわないとオエラい系から圧力が掛かり、省庁間の駆け引きの後、その委員会がスケープゴートにされそれなりの人数が辞任した、と。残念なことだけど、どこでも大きな組織になればそういう下品な人間は寄ってくる、特に鉄道は。


つづいて壇に登った人の話が長かった。

なんでえらい人はこうも長話が好きなのだろう?


しかし、この国の鉄道は時間に正確だ。

挨拶が始まり10分ほど経って、高いホームで発車のベルがなり響く。主に優等列車の発着に使われる地平ホームが入学式で使えなくなっているため、優等列車は高いホームの11番12番ホームに振り分けられている。直上のホームの発車ベルはいつもより音量が大きいんじゃなかろうか。これもたぶんOBの仕業。

おじさんは顔をしかめるも話を続けようとする。在校生が右手をあげてどこかに合図を送るとベルは鳴り止み、高いホームから特急列車が発車していく。おじさんが満足そうにまた口を開きかける。

合図を出していた在校生が右手を裏返すと、今度はピィーッと甲高い警笛がおじさんを黙らせる。

警笛は結構な音で場を一瞬凍らせるには十分で、警笛が鳴り止むと

「ありがとうございました。続いて…」

招待貴賓の挨拶に礼を述べ、在校生が式を進行する。


「やー、にぃにぃに聞いてたけど、長っ尻対策、すごいなー」と隣の女の子がなんだかすごく楽しそうだ。

式は続き、交通学園の親会社でもある鉄道会社、JNR代表からの祝辞が始まる。

さすがに鉄道員、こっちは時間通りのスピーチ、お見事です。


「車両入場」入学式(入鋏式と言っていたが)の開始を告げた在校生の女子が寮列車の入線を宣言する。

ヒョッと警笛が1度鳴り、列車番号1番の寮列車が15番ホームに入線してくる。

学生の位置からは見えないが、D級永久連結構造のH級電機が青い車体にゴールドの帯をまとった11両を推進運転で押し込んでくる。先頭で入ってくる客車は貫通路の扉が開き、推進運転士が前方の安全確認をしている。


自弁の操作はしていないのだろう、機関車の単弁での減速操作、機関車の空気ブレーキのシリンダー、動作音が高いホームで跳ね返ってここまで聞こえてくる。

列車は停車位置の少し手前、初めての自弁での減速操作、機関車が自動ブレーキの引通し管から圧を抜く。

240mの引通し管は機関車に近い車両から、それでもコンマ何秒のズレではあるけれど、機関車の自弁へ圧が抜けていく。引通し管の減圧、三動弁の擦動、ブレーキ溜めから作動圧がブレーキシリンダーへ流れ、シューは慣性を熱に変える。

機関車が止まり、連結器のバッファーが伸びる。電源車が止まり、3両目との連結器が伸びる。そして順に連結器を伸ばしきり、列車は停止位置にぴたりと車体をあわせた。

追いかけるように14番ホームには3列車が進入して、機関車と色を揃えた落ち着いたグリーンの車体を規定位置に停車する。

推進運転での入線であるにも関わらず、並んだ2つの列車は寸分違わず最後尾をそろえる。


停車作業を終えた列車から回送運転を担った機関士と列車長がマスコンと日報をもって降りてきて、JNR代表の前に整列する。

1列車の機関士が列車長にマスコンを預けると、列車長がJNR代表に日報とマスコンを引き継ぐ。

「1列車定刻通り。申し送り事項ありません。」

「1列車定刻了解。ごくろうさま」

「3列車定刻通り。申し送り事項ありません。」

「3列車定刻了解。ごくろうさま」


列車の入線が続く。11D列車がディーゼル音を響かせて18番に入線する。ベージュの車体に赤い帯、特急色の車体は真っ赤な翼の意匠のも誇らしげだ。停車した列車はエンジンの回転数を落とし、そして停止した。

一番奥の13番ホームにも同じく特急色の電車、25Mが入線し停車する。式典会場の目の前17番ホームにはステンレスに水色の帯をまとった展望のよさそうな低運転台の列車12Dが入線してきた。

そして先着の1レ、3レと同様、運転士と列車長が降りてきては日報とマスコンを預ける。


電警がフォンとひと鳴りホームに響き、最後まで空いていた16番線に列車が入線してくる。

白地に赤い帯、展望車には二階に高運転台が特徴的な21M列車は、全電気ブレーキで息継ぎ無くすーっと減速し、停止位置にぴたりとのノーズを定める。

最後にエアシリンダーが大きく動作する笛の音のような排気音、車輪をロックする。

列車のプラグドアが開き、車側灯が戸が開いていると赤く灯る。


すべてのプラットホームが埋まり、地上ホームを6本の寮列車が埋める。

6本の列車の前で、JNR代表より交通学園校長に渡される6冊の日報と6本のマスコン。

「全般検査終了です。お引き渡しします。」

「寮列車受領致しました。ありがとうございました。」

JNRの工場での全般検査を終えたぴかぴかの寮列車は学園に引き渡された。そして列車はそれぞれの列車長に引き継がれる。

「列車長、前へ」

在校生が式を進行する。

正装の在校生が6人、校長の前に並ぶ。

校長先生はひとりづつ名前を呼び、

「1列車の列車長を任じます。」

と日報とマスコンを渡していく。

列車を預かった在校生はそれぞれの寮列車へ向かった。


乗務員室ドアを開錠し、ドアを開く。

起動操作。機関車が、電車がパンタグラフを上げ、気動車は機関を起動する。

電車のパンタグラフは架線を揺らし、コンバータのインダクタンスがかすかに発振音を漏らし制御電力を供給する。

気動車のエンジンは高らかに咆哮をあげ、すぐに回転数をさげて軽やかにアイドル音をたてる。

客車の発電セットは控えめながら力強く存在を主張し始めた。

制御系に火が入り、一斉にコンプレッサーが回りだす。

やがて出発準備が整い、テールサインと尾灯が灯る。そして列車が目を覚ます。


「新入生、入鋏」在校生の進行で式は続く。

「新入生代表 新庄つばささん」

「はい」

すらりとした少し高めの身長、黒髪のロングストレート、濃灰をチョイスした外套と、一見地味目な出で立ちで、大人びて見える15才。モノトーン調にまとまりつつも白に近いグレーのタイツとショートブーツの足元はお嬢様然としつつもすっきりした印象で彼女を魅力的に見せていた。

「入学許可証を。」

新入生代表はしっかりした厚みの、クリーム色の紙片を差し出す。

はとも自分の入学許可証を見て、「うわー、切符とおんなじだー」

ぱっと見はクリーム色に見えるそれは、細かい赤い字で台紙にびっしりと”交通学園”の文字がマイクロプリンティングされた、硬券の切符だった。

校長先生は新入生代表から紙片を受け取ると

「入学を歓迎します。」

と入鋏し、入学許可証を返す。


そして校長先生の挨拶が始まる。

それは 新入生に歓迎を伝え、前途を祝福するごく短いもので、

「交通学園はみなさんの入学を歓迎します。」と挨拶を締める。


「汽笛一斉」

在校生の号令で、6編成の寮列車が一斉に祝いの汽笛を鳴らす。


「以上で交通学園入鋏式を終了します。

 続いて入寮式に移りますが、お帰りのご父兄の方は係員の指示に従ってご退席下さい。

 学生に渡す荷物がある方は高いホーム12番線に隅田川駅行きの列車が停車しておりますのでご利用下さい。

 新入生の皆さんは寮に案内しますので着席のままお待ちください。」

在校生の案内で参列したえらいひとたちが退席する。


「うわー、すっごい音だったねー」

となりの女の子が話しかけてきた。

「式の始まるとき、話しかけてくれたでしょ! あたし、駒種みどり。

さっき、話の長いおじさんに警笛鳴らさせたあの人があたしのお兄ちゃん」

「わ、わたしは梅小路はと、駒種さんよろしくね。」

え、えーと、話題がないぞ、えーとえーと

「で!、この人が月光くん!」とおもわず力強く紹介してしまった。

「ぷっ そんなに緊張しないでよ。月光君もよろしくね。」

「よろしく。北国月光です。」基本的には月光は女の子の前では緊張するタイプ。内心、緊張してしまってどうもシンプルな返答を返してしまう。


そうこうとしばらく周囲も騒がしかったがすぐにそれも落ち着く。

「これより入寮式を始めます。」

教師の後ろに座って入鋏式を進行していた在校生は、引き続き入寮式も進行するようだ。

「名前を呼ばれた人から、前に出てきてください。

 芙蓉寮16番線 新庄つばさ、水沢こまち、…」

9人が前に呼び出され、順番に校長先生から入学許可証に入鋏を受ける。

入鋏を受けた新入生は指定のホームに向かい、今度は各寮の列車長に今度は学生証の改札を受け、寮列車に乗車していく。

新入生9人の乗車を確認して、列車長は校長の前に向かう。

その間にも各寮への新入生の配属が続く。

「つるぎ寮14番線 … 以上9名、前に出てきてください。」

「はつかり寮18番線 … 「 しおかぜ寮17番線 … 「白鳥寮13番線 … 

「富士寮15番線 … 以上9名、前に出てきてください。」

呼び出された新入生は校長先生に入鋏を受け、在校生に改札を受け、そしてそれぞれの寮列車に乗り込む。

乗車を終えた列車から列車長の在校生が校長先生の前に並んでいく。


停車中の6編成40名の新入生に入鋏を終えた校長の前には、既に新入生も乗り込んで出発準備を整えた4本の列車の列車長が報告待ちでひかえていた。

最初に新入生を受けいれた21Mの列車長が報告する。

「21M芙蓉寮、40名教員1名、出発準備出来ました。」

報告する列車長に

「定刻通りお願いします。」と校長先生から定刻発車の指示が出る。

続いて25M白鳥寮、11Dはつかり寮、12Dしおかぜ寮、1レふじ寮、3レつるぎ寮、それぞれの列車長が校長に出発準備完了の報告を行い、そして定刻発車の指示を受ける。

ちょっと時間が押したのかもしれない。21Mの列車長は15番線の1レふじ寮の報告を待たず小走りに寮列車に戻って行く。


16番ホームで短く発車ベルが鳴る。

列車長が戸締めする。21Mの車側ドア灯が消灯し、最後尾の乗務員室から身を乗り出した列車長がドア灯とホームを指差し確認する。

車輪をロックしていた空気ブレーキが解放され、インバータは動作音を変調する。すうっと構内進行速度まで加速すると音は止み、21M芙蓉号は40名の学生を乗せ、静かにホームを離れて行った。


続き18番線からエンジン音が響き始めた。

聞こえてくるエンジン音はすぐにコロコロと安定したアイドル音に変わり、発車ベルが時刻を告げる。

ドアが閉まり、出力を上げたエンジンは野太く高鳴る。一拍遅れてブレーキシューを弛めるシリンダからの排気音。

電気式ディーゼルの11Dはつかり号はエンジンを轟かせ加速し、あっさり構内制限に達すると、心地よさそうにコロコロとエンジンを鳴らして上野を出て行った。


先に空いた16番ホームは列車進入警告灯が灯り、次の列車の進入を告げる。

列車は続いて発車していく。17番線の12Dしおかぜ、13番線25M白鳥、14番線3レつるぎと順に発車し、最後に1レふじが15番ホームを離れていく。


列車が出発すると空いたホームは入れ替わりに次の寮列車が入線してくる。

13番線には24Mゆうづる、14番線5レ天の川、15番線2レ ニセコ、16番線22M乙女、17番線23Mとき、18番線15Dあすかの6編成が地平ホームに揃う。

クリームに青い帯、寝台特急電車のカラーリングの13番線24Mゆうづる。青い車体、大きな2枚の曲面ガラスとアイボリーの帯、曲面で構成された妻面を見せる14番線5レ天の川。15番線には切妻で青一色の四角い車体の2レ ニセコ。高いホームの陰で日中でも日の当たらない地平ホームの奥まった13、14、15番線。人工照明で照らされたホームに並ぶ夜を象徴するブルーの車両3編成。水銀灯と蛍光灯で赤みの欠けた照明に照らされたホームで、列車のテールランプだけが赤色を主張する。そこには夜行列車が出発を待っているターミナル駅の趣があった。


15番線と高いホームを支える柱を挟んでの16番線。そこにはグレーとオレンジの私鉄らしい配色は22M乙女寮、大きな曲面ガラスで大胆に斜めにおちたデザインの展望車と2階にある運転席。その横17番線にはボンネット型の特急が並び、さらにそのとなり18番ホームからはディーゼルエンジンの音が聞こえてくる。


寝台特急(ブルートレイン)といえば東京から九州へ向かう夜行列車が有名だけれど、大阪からは寝台特急電車もあった。名古屋や京都からはディーゼル特急も頻繁にあったし、御殿場線を回っての三島まではグレーにオレンジの私鉄特急も乗り入れていた。東海道を往来したそれぞれにデザインのルーツを持つ6編成の寮列車が、それでも並んでいてのなんとなく馴染んでいるのは、そんな繋がりを感じさせてくるからかもしれない。

それぞれに新入生が乗り込み、排気の多い18番線のディーゼルから順番に、最後に寝台電車特急が発車する。


150人を迎えた交通学園の入鋏式も、寮列車12本におくったあとの式場に残る新入生は40人にみたない程度。

16、17、18番線に寮列車が入線してくる。

16番線にはラベンダー色で細身の印象の高運転台の車両が入線してくる。14Dおおぞら、エンジン音のしないその列車は、けれどパンタグラフもなく屋根上からは廃熱だろうか陽炎が上っていた。

17番線にはスクエアな印象の朱色の客車4レみよしがローズピンクの機関車に押されて入ってくる。

18番線にはディーゼル機関の排気ブレーキで淡青色の排気を出しながら、ベージュの車体でパノラミックウインドウに赤い飾り帯を入れたディーゼルカー13Dはまゆり寮が入線し、停車する。

16番14Dおおぞら寮、17番4レみよし寮、18番13Dはまゆり寮の新入生が呼び上げられ、乗車していく。


最後に残されたはと、月光、みどりたち新入生6名、みどりちゃんのお兄ちゃん含め式典に参列した在校生はまだ式場に居るので不安ではないものの、みんなが出発してしまった式場はちょっと寂しい。

「梅小路はと、雨竜政和、北国月光、栗栖知和、駒種みどり、隼人真幸 以上6名はさくら寮になります。さくら号入線までそのまま待っていてください。」16番線の列車進入灯が点灯する。



ピィッと甲高く短かな警笛が響く。

今までとは違う大きなディーゼル音が聞こえ、16番ホームへ凸型のディーゼル機関車が列車を引いてくる。

機関車のデッキではさっき祝辞をもらったJ.N.R代表がヘルメットをかぶり、緑色の手旗を振って列車を誘導している。

赤い手旗が揚がり、ググーと空気ブレーキのシューが車輪踏面を擦り、列車が停車する。

列車の連結器の遊びが揺すられ、ガチャンガチャンと音をたてた。

プシューと大げさな音をたてブレーキ引通し管からエアが抜かれると、編成全車両のブレーキシリンダーは最大ブレーキ位置までブレーキディスクを絞め込み、さくらは車体をホームに固定した。

「DE10…」

頭端式ホームの啄木の歌碑のすぐまえ、式場の目前まで近づいたオレンジ色の機関車のナンバープレートを月光くんがつぶやく。

停止した客車と機関車の車輪にはすぐに車止めがはめられ、DE10と引通し管が解結される。


鉄道のブレーキは空気圧で制御され、それは負論理で制御される仕組みになっている。

つまり、ブレーキ引通し管に十分な圧力が加わるとブレーキはゆるみ、ブレーキ引通し管の圧力を下げるとブレーキがかかる。なぜか?それは列車が走行中に切り離されたりしたら、全力でブレーキがかかるようにするためだ。いまどきはもちろん、空気圧による制御だけではなくて電気信号でもブレーキ操作をしているけれど。フェールセーフ、なにかが壊れたときは安全な状態になるように壊れるように設計する。それが重要。


DE10の解放てこを引く。自動連結器のナックルを絞め込んでいた錠がはずれ、入線回送のDE10はさくらを解放する。

解結作業を見届けたJNR代表がさくら寮牽引機のマスコンを持ち、校長の前に立つ。

「寮列車16編成、全般検査完了です。今年も実り多い一年だとよいですね。」

「寮列車16編成、確かに受領致しました。ありがとうございました。」


「新入生、在校生、前へ。」

今日の式典で初めて教員から声が掛かった。

最後まで残っていた20人近い在校生が校長先生の前に並び、その横にはとたちも並ぶ。


「さくら寮、列車長八雲アイリス、前へ。」

ふわっとした金髪、色白の肌にマルーンのコートが似合ってる。背の高い、うん、女子じゃなくて、女性。そんな印象。

「さくら寮、列車長に任じます。」

「拝命いたします。」


「新入生、前へ」

教員の声でわたしたち新入生は前に出る。

「北国くん、入学を歓迎します。」

ひとりづつ声を掛けて、校長先生が入学許可賞にハサミを入れる。


「在校生、新入生、整列。」在校生の声でさくら号の前に並ぶ。

「以上、640名、入寮しました。」在校生の報告に、

「今年も学業、頑張って下さい。」と校長先生が返答する。

「以上で本年度入寮式を終わります。学生はさくら号に乗車してください。」

促され、わたしたちは79レさくら号に乗り込む。


ドアの前でアイリス先輩の改札を受け、靴を脱いで乗り込むデッキ。

出迎えは、あ、駒種さんのお兄さん。

「新入生は食堂に集まって。ピコ、食堂はそっちじゃない、後ろ、後ろ。」

「ん、お兄ちゃん了解ー」

「ふーん、駒種さん、ぴこちゃんって呼ばれてるんだー」

「そうそう。はとちゃんはなんて呼ばれてた?前の学校とかで。」

「うーん、名字で呼ばれることが多かったかなー。」

ちょっと雑談しながら食堂のある最後尾、マシロテ77へ。


マシロテは展望車、最後尾の開放展望デッキのすぐ向こうには、近くで見るととてもおおきなオレンジ色の車体、そして砲金でつくられたDE10の名板が見えた

「新入生達はそのテーブルに座ってて。」

在校生は窓側に並ぶ。ホームには校長先生、そして式典を最後まで出席した一部の賓客。

17番線のさくら号に最後まで式典に残っていた学生全員が乗車し、列車長のアイリスが「ドアよし」ドアを閉めた。

出発準備が整う。


最後尾から出発準備完了の連絡、ブザーが鳴る。

旧型電機EF57の運転台、運転台の各種インジケータは最小限で個別の警告灯が並ぶ武骨なスタイル。青黄緑の鉄製のデスクに自弁単弁マスコン電動機電流計架線電圧計。左ピラーに追加されたATSのパネルを確認、ATS-iの動作を指差し確認。警告灯パネルでドア、ブレーキ元空気溜め、制御電圧、架線電圧に指差し確認する。


戦前設計の旧型保存電機せいかつこっとうを本線で営業運転するためにはいろいろ無理も必要で、この旧態然とした運転卓に組み込まれたCID:セントラルインフォメーションディスプレイもそのひとつだ。この旧式電機の運転台は狭くてディスプレイの設置場所がない。だからCIDはフロントガラスに情報が投影されるオングラスディスプレイになっている。

さて、ときに鉄道車両の運転卓はなんのためにあるか? いや問うまでもないことで、それは安全を確保するためだ。安全こそが最重要課題であることなど改めて言うまでもない。CIDも安全性を確保する、そのためだけに設置されるものなのだ。だから制限を規制をいかに確実に運転に反映させるか、その一点こそがCIDに期待される役割であって、つまり視認性は重要で、7セグLEDの制限速度表示器が電流計のそばに追加されている。どんなに時代が進んでも乗り物の基本は「危なくなる前に止まれ。」だ。


構内の出発信号が青に換わる。

CIDの車内信号も出発許可に変わり、赤い7セグ表示器が制限速度構内25km/hを示す。

構内出発信号を目視、指さしで確認し、

「出発、」

単弁は釣り合いのまま自弁を緩めの位置へ、自動ブレーキ引通し管にブレーキ緩めの動作圧をかけていく。

客車12両を貫く自動ブレーキ引き通し管のなかを動作圧が伝わり、機関車に近い車両から三動弁が緩め位置に動作を変える。

ブレーキ圧を抜かれていくブレーキシリンダーは、押しつけていたブレーキシューを数ミリ、浮かせる。最後尾の車両のブレーキがゆるむ。

連結器のバッファーを伸ばしきって停車させた列車は、バッファーにたまった力でゆっくり長さを縮める。DE10が握っていたナックルを開いていく。

「場内進行。」もう一度構内信号を指さし確認して、目の前のLED制限速度計を読み上げる

「制限場内25km/h」

単弁を緩め、ノッチを進段する。

電流計は、だいぶ大げさに240[A]まで跳ね、動き始める列車の速度に電力を積み増しはじめる。

車輪に動力を伝え、回り始めるMT38。逆起電力が電流を妨げ、古めかしいクローバーの指針が下がっていく。床下から吊り架け構造の歯車のうなる音が聞こえ、さくら寮はホームを離れる。

ホームで見送る校長先生と教職員と、敬礼でみおくるJNR職員たち。

先輩たちは一礼し、そしてさくら号がホームから離れたところでわたしたちに振り返る。


「みなさん、お疲れさま。」

式を進行していた先輩が声をかける。

キッチンからはアイリス先輩の

「みんなすわってー。お茶にしますよー」の声。


本線に合流する鶯谷までへの線路はたくさんの分岐器を渡り、さくらはその車体を左右に振る。


車内の揺れも気にすることなく、

「さくら寮にようこそ!」

とトレーをもってテーブルのあいだからコーヒーを出してまわる。


EF57は直列段でノッチを進め、速度に電力を積み上げていく。

「場内進行、制限25km/h」地平ホームの側線は鶯谷の手前で常磐線をアンダーパスでくぐる。制限速度に達したEF57は本線への登り勾配の手前でノッチを戻す。

「本線進行」

最後の構内信号を指差し確認し、79レを東北本線へ進行させる。

「制限65km/h」指示器を読み上げ、ノッチは直並列段で主抵抗器(レジスタ)はシリーズに。

本線へつながるアンダーパスの登り勾配で失った速度にもう一度電力を積み上げる。

本線合流の分岐器を最後尾のマシロテが通過し、車内信号が変わる。

「本線進行、制限95km/h」


EF57、1600[kw]の重連非対応、設計最高速度はメタル軸受けもあって95km/h。

もちろん今の本線を営業運転する以上、走り装置にも必要な改修は行われている。

モーターは巻線の絶縁素材を樹脂に変更して巻き直し界磁には補償巻き線を追加、整流子は弱め界磁の常用を前提に材質と進角を変更。車重を受ける軸箱の軸受けはオリジナルのメタルからコロ軸受けに取り替えられて転がり抵抗は下がり、なによりPV値の改善は隔世の感がある。


日暮里のさくらの下、デッキ付き機関車は旧型客車12両を引いて走り抜けていく。


そういえば2014年2月の初旬、この執筆のためも兼ねて上野駅で写真撮りまくってきました。

高いホームから降りる階段、二つに分かれてるとか、けっこう焦りました。

矛盾しなくてよかった。


18番線が今はないのは知っているのだけど、上野駅の18番線は特別なんです。

気になる方は地平ホームの優等列車専用ホーム中間改札前広場の天井を見上げてください。


他にも中央改札前の高い天井から吊るされた大きな広告の旗で「入学おめでとう」とか、ゆうづるが入線した13番線は床が黒大理石で90度づつまわして貼ってあるので市松模様になっているとか、ゆうづるはほんとは17番線から発車させたかったとか、書きたいけど描けなかったことはいっぱいいっぱい、あるのですが、なかなか盛り込めません。


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