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入学式と新幹線。

新幹線って、山手線に抜かれたりするんだ!

京都で一緒の新幹線になった彼と彼女の出会いから、物語は始まる。

「あれっ、あれれ、切符きっぷキップ!」

コートのぽっけにも、スカートのぽっけにも、お財布のなかにも、ない、ない、ないー

京都駅の新幹線改札の前まで来てるのに、どうしても切符が見つからない。どこかで無くしてしまったかとあわてるわたし。

”その制服、交通学園の学生さんだろ? 学生証は?”と駅員さんに言われて思い出す。

「あった!」

学生手帳に挟んであった学生証と切符を大慌てで駅員さんに渡す。

「今日、入学式なんだね。ハサミを使うのも今はこんな時くらいだなぁ」

と切符にハサミを入れてくれた。

改札を抜けるとホームから発車のベルが聞こえてきて、慌てて階段を駆け上がる。ホームにあがり目の前のドアにとにかく飛び乗る。の前に急いで1枚、パシャリ。

背中でドアが閉まり、”駆け込み乗車は危ないのでおやめください”の電子音声だけど追加の放送。

「ふぅ、間に合ったー」

車掌さん、ゴメンナサイ。

今日は入学式の日。

♪いちばんいい席~ いちばんいい席~ と口ずさみながら車両を渡って前に向かう。

♪今日のわたしはいちばんいい席~ あれ、わたしの席に誰か座ってる。

壁に掛けられた濃紺のPコートと、特徴あるダブルのブレザーの制服、同じ学校の学生だと思う。

「あのぅ、そこ、わたしの席じゃ…」

「えっ、ごめん。」

彼はすぐに席を立つとわたしと席を代わってくれる。

仮にも交通学園の学生なら指定席とかまちがえないでよね。でもすぐに代わってくれたし、よかったよかった。

腰を落ち着けて窓のそとをみて、

 ”ふわぁ今日は朝からばたばただぁ。”とふぅーと一息ついた はと だけど、実のところ彼女はいつだってばたばたです。

「あ、あの!」

 ひゃっ 気がゆるんだところに声をかけられてちょっとびくっと。

「やっぱりそこ、僕の席みたいなんだけど。」

さっきの男の子が携帯端末に自分の学生証をかざし、切符情報を見せてきた。

 こだま94号 京都7:25 東京9:38 1番E列

「きみのもみせてくれない?」

 はい、と学生証を彼の端末にかざすと

 のぞみ4号 京都7:27 上野9:38 1番E列

「それ、次の新幹線の切符みたい。車掌さん、呼ぶね。」と彼は行ってしまう。

 あ、間違ってたのわたしだった!あわてて飛び乗ったから違う新幹線に乗っちゃったんだ!!

 あの男の子、車掌さん呼んでくるって、わたし切符ないから窓から放り出されちゃうの!?

 それとも運賃+罰則金で3倍払えかな、そんなにお金もってないよー!

 お金ないとやっぱり窓からポイッて

あわあわとパニックしてるとさっきの男の子が車掌さんをつれて戻ってくる

「あわわごめんなさいごめんなさい、次で降りますから窓からは放りださないで」

 半べそになってるはとの慌てぷっりにさっきの男の子がぷっと吹き出す。

「もうちょっと君たちの先輩を信じてくれてもいいんじゃないかなー」よほどだったのだろう、

”僕も交通学園の卒業なんだ”と車掌さんも笑ってる。”席、ここでいいよね”、”じゃ学生証だして”と、ささっと列車変更してくれる。「兄ちゃん、ありがと。助かった。」「なかなかかわいい子じゃないか、席、隣にしといたからな」「な、なにいってんだよ」「な、一番いい席だったろ?」「に、兄ちゃん!」「あー、あと。ひばりさんに弁当のお礼、いっといてくれ。」

車掌さんは男の子と知り合いなのか、仲良さそうに談笑すると仕事に戻っていった。

今日からわたしが通う交通学園は、くるまが実用性を大きく損なったリバースモータライゼーション後の運輸について学ぶ5年制の、いわゆる高等専門学校。

人命を預かる交通機関でリーダーに相応しい人材を育てる、とかそんな感じのことが入学案内には書いてあったっけ。

なぜ女子なのに交通学園かって?

うん、わたしにはお姉ちゃんがいるのだけど、そのつばめお姉ちゃんも交通学園に在学中。

学園には中等部、高等部、研究科、研究科博士課程(前期・後期)とあって、つばめお姉ちゃんはほんとに中等部からずっと交通学園の課程を進んで今年が最後の15年目、博士課程後期在学中。もう来年の就職先も決まっいて、就職先のJ.N.R総研で研究兼アルバイト兼博士号論執筆、と効率のよい人生を満喫中。けれど詰め込みすぎで、さすがにちょっと忙しいらしい。

活発なお姉ちゃんと違ってちょっとぽやっとしてると両親にも思われていたらしいわたしは、中学時代を私立の、いわゆるお嬢様学校で過ごした。高校からは全寮制になるそのお嬢様学校をそのままエスカレーターで進学してお嬢様になっちゃうのもいいかなー、なんて、わたし自身も実はちょびっと思ってた。

でも、お姉ちゃんが高専生だった頃に遊びに行った列車寮の寮生のみんなに遊んでもらった楽しい思い出が忘れられなかったわたしには、堅苦しい御嬢様学校の寮より交通学園の列車寮の明るくて仲良しなみんながすごく魅力的に見えたんだ。

だからわたしは外部受験で交通学園を受験した。

せっかく入ったお嬢様学校をやめると言ったとき、両親は意外にもすんなりと受け入れてくれたのはわたしもちょっと意外だったけど、ぽやっとしてると思っていた娘が自分からなにかを言い出したことに思うところがあったのかもしれない、なんて想像したりもする。

交通学園高等部の入学式の案内には

”入学式当日は指定場所まで公共の交通機関を用いて集合すること。”

と書かれていて、

”なお、式に参列を希望する保護者の方は、交通機関のチケットを配布いたしますので御申告ください”とあった。要は

”いつまでも保護者に頼ってるんじゃない。学生となった自覚を持て”

ということらしい。

ちなみに高校生は生徒、高等専門学校は学生、ちょっと身分がちがう、とこれもパンフレットに書いてあった。

そんなわけで末っ子の過保護→お嬢様学校の過保護と被過保護道15年の古参、いまや免許皆伝の被過保護むすめとなったわたしは、今日、うまれて初めての1人旅、と相成ったわけです。

「梅小路さん、席とれたんだし座りなよ。」

「は、はい」

 …? あれれ、「なんでわたしの名前しってるの?」

「さっき学生証見せてもらったから」

 それはそうでしょうとも。名前の書いてない学生証とかないよね。

「あ、あの、さっきはありがとう。おんなじ学校、だよね?名前、教えてくれないかな…」

「月光。北国月光。僕も今日入学の1年生。」

「わたしも今日から!って学生証見たんだし知ってるか

 車掌さん呼びにいくとか言うから、無賃乗車で走ってる電車から捨てられちゃったどうしようとか思っちゃった。そんなわけないのにね。あはは。さっきの車掌さんは月光くんのお兄さんなの?」

”月光くん”と呼ばれたとたん、耳まで赤くなった月光は、顔の赤みをごまかすように下を向き、

「に兄ちゃんは…近所に住んでた兄ちゃん。」

 ”は、反則だ、この子、名前呼びとか反則だよ!

 髪の毛つやつやだし、いいにおいするし、髪飾りのところ、細い三つ編みになってんだ…

 女子の学校指定のコートもなんでこんなにかわいいんだよ、ほんわりやわらかそうで…

 って俺、なんでそんなに観察してるんだよ!

  しかも名前呼びとか、反則すぎる!”

しどろもどろになられるとわたしも意識しちゃう。

「? !、き、北国くん。ごめんさない、いきなり名前で呼ぶとか慣れ慣れしすぎたよね。」

「い、いや、月光で、いいよ」

「うん、じゃぁわたしのことも はと でいいよ。これからよろしくね!」

う、うわー、言っちゃった、言っちゃったよ。初対面の男の子に”はとでいいよ”だって、きゃーっ じたばたしたいー と、こちらも内心はどっきどきのはと。

ふたりとも中学を卒業したばかり、背伸びをしたってウブなのだ。

微妙に会話が途切れて、話題を探しつつ、そうだ!と思い出す。

「月光くん、おなか、すかない?朝ご飯、もうたべちゃった?」

「まだだけど、」

「お、おにぎりだけど、たべる?」

はとはまだ膝に乗せていた革の3Wayからおずおずと包みを取り出す。

なめし革の3wayバックは、まだ幼さを隠しきれない面持ちのはとの背中にあると、どことなくランドセルを思いださせる。学校指定の赤7マルーン色のコートは、ケープがついたフェミニンなデザインでとてもかわいいのだけど、はと+3wayバッグ+コートの組み合わせに限って言えば、少女っぽさを若干通り過ぎて、ロリータに踏み込みつつある。

「あの、わ、わたしね、今日から寮生活じゃない?だからお母さんにね”はとも1人暮らしするんだから、お弁当くらい自分で作りなさい”って。だからわたしがつくったんだけど、いいかな?」

ここまで状況が揃うとさすがの月光も”いや、これはもうご褒美じゃないだろうか?”と思い始めるも、しかし悔しいかな女子には免疫がない。

「うん、たべる。」と素っ気ない返事がせいいっぱい。

「料理になれるまではあぶないからおにぎりの具はお漬け物か佃煮か梅干しにしなさい、って言われてるから、あんまりおいしくないかもしれないけど…」

 いただきます。

女子力高そうな小さめのおにぎりは、具までぱくっとひとくちで…

 あは☆ これはたしかにおいしくないネ!

これ、梅干しじゃないよな!梅酒の梅だぜ!。でもこっちのおにぎりははだいじょぶお漬け物。って あはは☆、これは奈良漬けですよ。うん、実にわかりやすい。わかりやすい方向性だなぁ!

わかりやすすぎてこれは全部僕が食べなきゃ、きっとこの子は入学式でのドジにレバレッジ掛かるよという伏線ですなぁ。うん、僕もね、きらいじゃないよ、ドジっ子。もうね、ドジっ子ばんざーいってな具合ですよ。…ちっきしょー!(泣)、ここで男見せとくしかないのかヨ!。

と葛藤する月光だったけれど、

期待するようなそれでも心配そうに

 ”おにぎり、おいしい?”

と目で訴える女の子に真実を告げるだけの勇気は無かった。

かわりに

「女の子の手作り弁当なんて初めてで、ぜんぶ食べちゃってごめん。もしよかったら、こんなのしかないけど…、僕もお弁当つくってきたんだ。」

だなんて、とんでもなく紳士なセリフがさらさらと出てきた自分に驚く月光。しかもなんだかふわふわした気分になってきた。このおにぎりの具、破壊力はばつぐんだ!

セリフといっしょにクッキングペーパーに包まれたフレンチトーストを差し出す。

キツネ色というにはこげ色、むしろタヌキ色のついたフレンチトーストは、パンも昨日の残りのものに、特売のたまごを白いぐにゅぐにゅも取らずに牛乳と混ぜたフレンチ汁(?)に浸して焼いただけの横着なもの。クッキングペーパーだって飾り気のないワックスペーパーで包んだ程度、お世辞にも見た目がよいものではない。

そんなものを戸惑いもなく差し出せたのも、臆面もなく”女の子の手作り弁当は初めて”なんて恥ずかしいことを言えたのも、多分にさっきのおにぎりの具のせいだ、と思いたい男子の純情。

実のところ、渡したフレンチトーストは月光の焼いたものではない。

今朝、目を覚ますと姉のひばりが珍しく”お弁当つくってあげるよ”と料理をしていたのだがどうも様子がおかしい。おいやめろフレンチトーストはフランベしないぞ、いやそのフランベっぽいのは酒じゃないよな、わかったぞ!その炎の正体はバターだな!!いやだからねーちゃん僕がつくるからそこを代わってくれ!。と、いう感じで途中から月光が代わって焼き上げたのがこのフレンチトーストなのだ。

焼きあがったフレンチトーストはきつね色(おとうとメイド)たぬき色(あねメイド)に分けられ、それぞれがお弁当に包まれる。ひばり姉ちゃんはうつむき加減で目をそらし「こっち、渡してあげて。今日、彼の新幹線でしょ。」ときつね色を差し出してきた。「姉ちゃん、おとめじゃん。」と言ったらふつうにぶん殴られた。「こっちがあんたの」とたぬき色を渡される。

”でも姉ちゃん、そっちのきつね色のは僕が焼いたやつじゃん…”

でもひばり姉ちゃんからの弁当と聞いて、兄ちゃんめちゃめちゃうれしそうだったし、まぁいっか。

おにぎりの具のせいか、それとも隣でフレンチトーストをほおばる女の子の笑顔のせいか、気持ちはどんどんふわふわしてしまう。今朝にも姉ちゃんから兄ちゃんへのメッセンジャーをさせられたばかりだし、そのお届け物だったフレンチトースト、意識もするよ、そりゃ。

通りかかった車内販売に、浮つく気持ちを少しでも押さえようとホットコーヒーを二つ頼む。

砂糖は二つとも彼女に渡して、

「ちょっと甘み足りないと思うから、かけて」と自分のコーヒーはミルクだけ入れてひとくち飲んだ。

ちょっとぶっきらぼうになってしまった口調と顔の赤みは、おにぎりのせいだけではなさそう。

ちょっと緊張は残っているけれど、それでもはとの作った魔法のおにぎりは目覚ましい効果を発揮し、ぎこちなさは残るものの会話を続けることはできた。

時速360kmのたわいもないおしゃべりで、はとの実家が京都にあること、月光は金沢の出身だけどちょっと早起きして入学の報告も兼ねて兄ちゃん車掌の乗務する新幹線で入学式に向かっていること、その兄ちゃんに”今日はいちばんいい席取っておいたぞ”と渡されたのは1番E席だったこと、はとにもお姉ちゃんがいていつもかまってくれること、切符を買うときは窓口で”いちばんいい席をくださいと言うんだぞ。”とその通りにしたらやっぱり1番E席になったこと、甘いものが大好きでコゲ風味のフレンチトーストも”これかなり素敵!”と感想を言ってくれたこと、くらいまでは覚えているけれど、月光はいつのまにか寝てしまっていた。

朝早かったから?おにぎりの具の破壊力のせい?それとも隣の女の子のかわいらしさに緊張しすぎた気疲れ?まぁお漬け物程度のアルコールじゃ寝ちゃうわけないよね、 頑張れ男の子。

「月光くん、起きて、そろそろ着くよ。」

揺すられて目を覚ますと鉄道唱歌のオルゴールがこの列車の終点が近いことを告げていた。


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