列車寮79レ あるいはEF58の93。
入学式からちょっと経ったときのおはなし。
入学式から2週間を過ぎた4月中旬、わたしは車窓を流れる遅咲きの八重桜を眺めてほんわりしていた。
車がすっかり減ってからのこの国は冬がちゃんと寒くなり、四季の変化はとても鮮やかになった。平均気温もだいぶ下がって4月はまだ肌寒い季節、車窓を過ぎていく景色もまだ春を残していた。
2週間暮らして列車寮での生活には慣れてきたけれど、少々引っ込み思案のわたしは同寮の先輩の前ではまだ緊張しちゃう。
「時に月光くん、いまこの79レは160km/hで順調に東海道を下っているわけだけど、牽引機のEF58は戦前の設計なんだよ。」
通路から聞こえてきた会話、いつまでも人見知りしている寮生活はわたしだって望んでない。これはチャンスかもしれない、話しかけてみなきゃ!
「わ、わたし知ってます、戦前で160km/hといえば東海道 新 幹線計画、弾丸列車ですよね!」
ちょっと勇気を出して、ひょこっと顔を出して、会話に飛び込んでみた。ちょっと声は裏返りぎみだったけど。
飛び入りにちょっとびっくりしたような駒種先輩はすぐにニヤっと笑うと、
「たしかに東海道の速達列車計画ではそれは有名だよね。でもそれは残念な脳味噌で電化を反対した軍部のおまぬけのせいで蒸気機関車の計画だったんだよ。今日の牽引機EF58は電気機関車だしもうすこし新しいかな。まぁ弾丸列車というより、つばめ か はと だね。」
「!?え、わたし?」
きょとんとするわたしに駒種先輩は、
「あー、そかそか。梅小路さん、名前ははとちゃんだったね。いやいや、はとちゃんのことじゃなくて… ま、実際に見るほうがはやいよね。とりあえず機関車が見える一番前までいこう。もちろんよければ月光くんも。」と1号車にむかう。
列車寮79レさくら寮は、最後尾が展望車で一番前の1号車が教務車、つまりは移動する教室で、学生寮でもある79レの自習室的な場所でもある。
一番前寄りの教務車まで、何枚かくぐり抜ける79レの貫通幌のとびらはすっかり飴色になった木造で、整備も行き届いて開閉もスムーズだし、なにより木の温もりが、わたしのお気に入り。
たどり着いた教務車には先客が二人、妙高先輩とアイリス先輩が何かを相談していた。
「じゃまするよ。おや、相変わらず妙高は八雲さんと仲良しだなぁ」
と、ちょっかいをだしながら妙高先輩の横に駒種先輩が座る。
「おまえこそ、いつもの妹ちゃんはどうした?」
そんな二人の当てこすりをにこにこしながら見守る八雲アイリス先輩。でもそんなことよりアイリス先輩!先輩のそのボディ、ブラウンアイのぼんきゅっぼんはちょっとずるいと思います。
通路を歩きながらずっと携帯端末をいじっていた月光くんがつられて駒種先輩の横に座ったので、私もつられてその横に座る。
窓の外を電柱がビュンビュン横切っていく。
「163km/hかー。」
月光くんはGPSで速度を見ていたらしい。
「で、あれが戦前設計のEF58。」と駒草先輩が指差す先、一番前の連結部のドアの窓からみどり色のような不思議な色の機関車が見えた。
「あ…不思議な色…」
「あの色、不思議な色よね、淡緑色っていうらしいわよ。」
それよりも、 とアイリス先輩は続けて、
「こんなに速いのにぜんぜんゆれてないでしょう?」
ぜんぜん気にしてもいなかったけれど、そういえば揺れてない。横の月光くんが
「でもこの列車って、木造だしすごく古いですよね?」
その意見には私も賛成。
「それに機関車が戦前だって駒種先輩が… えっ、戦前って何年前ですか!?」
と続けた月光くんに
「設計が戦前ってだけで、この機関車の製造は新しい方だから…、それでも1950年ごろだよ。」
口を挟む妙高先輩に駒種先輩は
「さすが妙高、博識だね。」と返す。
そんな掛け合いの横でアイリス先輩が妙高先輩のPCをこっちむけてウインク。あはは、妙高先輩こっそり調べてたんだ。端末をのぞき込んだ月光くんが駒種先輩に聞く
「先輩、この機関車、最高速度100km/hってなってますよ。スピード違反じゃないですか?」
駒草先輩が待ってましたとばかりに答える。
「最初の設計だとそうだね。今の速度域での運用はいわゆる魔改造ってやつだ。この79レだってこの速度で走るには結構手が入ってるんだよ? ところで月光は初めてこの79レを見たとき、どう思った?」
「銀河鉄道?」
うん、月光くん、ルックスよりはロマンチスト。
「化石の墓守、あんなに想われたら幸せよね」
と横からアイリス先輩。
「そんなエピソードありましたっけ?あの雰囲気が好きなんですよ。機関車もそうですけど、この寮列車もそうとう古いですよね。」
うんうん、この列車、木の床とか、布の内装とか、木の窓枠とか、素敵だと思います、とってもかわいい!
「まぁそうだね、この列車の車両はほとんどが博物館とかで展示されていたりしたものだよ。たしかにどちらの銀河鉄道もこういう雰囲気だよね。」
「じゃぁ、わたしたちって博物館の展示物に住んでるんですか?」
「ははは、そういうことになるかな。
で、はと なんだけど…。妙高、はとの写真とかある?」
えっ、えっ、私の写真って!いつのまに撮られたんだろう!?
「これでいいか?」
妙高先輩が見せてきた写真には色こそ違え79レが写っていた。 はと っていう列車があったのかー。ぷー、私じゃないじゃん!おどかさないでほしいな。
「うん、これこれ。」
先輩が見せてくれた写真には目の前で揺れている機関車と、葡萄色のさくら寮とは違って機関車と同じ淡緑色の、それでもさくら寮にしか見えない列車と、展望車から手を振る家族連れと、おおきなまるい はと のテールマーク。
「こんな列車が走ってたんだ…」
ほとんどが白黒で、何枚かカラーの写真もあったけれど、背景の空や木々の色はだいぶ色褪せていて、写真の淡緑色がほんとうに往年の はと の色かはわからない。
PCをのぞき込んだとき、79レがすーっと減速をはじめて、一緒にのぞき込んでいた月光くんと頭をぶつける。「ごめん。」と目をそらして無愛想に彼がいう。
「東京ー大阪間の駅間キロ約550km、当時の所要時間が7時間30分。79レの今日のスジだと4時間30分ってところか。」
「それって速いんですか?」
「結構速いよ。どれくらいかというと開業当時の新幹線並みに速い。」
「新幹線並みって新幹線ってそんなに早くないんですね。」
「いやいやあくまでも開業当時の新幹線と同じくらい、ってだけさ。今の新幹線は開業当時に比べたら倍近く早いよ。もっとも、ただ速いだけの移動手段なら飛行機が一番だよね。一応鉄道ってことになってるけど中央リニアとか日本海レイラインは、あのへんはなんていうか反則かな、あれらは超える気になれば音速も超えられるシステムだけど、駆動や車体保持は鉄輪と鉄のレールじゃないからね。鉄輪駆動に限るとそのあたりの物理的な限界もあるからさすがに最高速は数段落ちるけど、それでもトンネルや橋梁をいとわない線形計画や法的な整備とか新幹線には別物感があるよね。レイライン、リニア、新幹線、やっぱりこの3つはシステム全体として別格だよ。でも79レは在来線を走る以上、線形が悪ければ減速しなければならないし、前の列車に追いついても同じ線路を走る以上追い越せない、いや安全対策上、閉塞制を使う鉄道では一定距離未満に近づくことすらできないかように作られている。だからどこか駅とか信号所で前の列車が側線に避けてくれるまで追い越すことはできない。それに在来線はスジが混んでるからね。どうしたって追い越しや速度制限やらのなかで上手に運行設計しないと最高速度だけじゃどうにもならないんだ。なにより在来線である以上、運転には前方注視義務がついてまわるしね。そのなかでの表定平均120km/h超えは、やっぱり速いよ。」
道路の物流がまったくあてにならなくになったのは、やはり大きな変化だ。その物流を肩代わりした鉄道の列車本数はとても多くなっている。トラックがまかなっていた輸送力のほぼすべてを肩代わりする事になった鉄道は、列車本数や編成両数を増やすのはもちろんのこと、考えつく限りの手段でこの輸送需要に対応することになった。高速道路が負担していた長距離の貨物輸送は貨物営業を始めた新幹線が担い、列島を縦貫するような輸送は日本海の海上にできた日本海レイラインが支えている。それでも都市間の物流は在来線がその重責を一手に背負うことになった。都市間のトラック物流を一手に引き受けた在来各本線の輸送力は貨物需要ですぐに逼迫した。東京、名古屋、大阪とその先が北九州まで続く東海道は、いまや昼夜問わず通勤電車並みのダイヤで貨物列車が往来している。貨物営業を始めた新幹線は高速貨物運搬のために、関空支線、セントレア支線、成田支線と延伸し、いまや新幹線のスジはほとんどが貨客混載になった各駅停車のこだまタイプだ。
「客車特急のはとが走っていた当時の客車列車って最高速度95km/hですよね。それでも表定平均80km/hって。」
「そう、停まらない譲らない待たないで一気に駆け抜けたんだ。」
と言う駒種先輩の続きを次ぐように妙高先輩が
「この79レも特別甲種幹線規格の東海道本線だと、今となっては遅いくらいさ。他の寮の運用最高速度は190km/hだしね。いまどきの多くの特急、急行用車両は190km/h運用に対応してるよ。79レより遅いのは近郊通勤用の145km/hとか、高速コンテナの165km/hとかかな。速達といえば…なぁ駒種、生徒会、高鉄研、エネ研あたりは東京-大阪3時間半、いけるんじゃないか?」
「表定平均…160km/hってことだよね。行けるんじゃないかな。ちなみに3時間30分ってのは開業当時の新幹線東京-大阪4時間よりも速い在来線ってことになるよね。」
「実際、夜間の仙台-大阪高速コンテナは表定平均150km/h近いし、スジさえあいていればいけるだろうね。」
「たしかにね。でもさ、わざわざ在来線にそんな速達スジを引いても、誰かそのスジに乗るか、というのはないか?新幹線に夜行も貨物もあるのにさ。そもそも東海道はいまのダイヤでもびっしりいっぱいいっぱいだから、今日の21Mが乗ってるスジ以上の速達スジは引けないような気もするよ。」
新幹線も地道に進化している。300系以後の速度向上策は続く500系で300km/hを超え、開業当時の東京-大阪4時間も、一時は速達列車が2時間を切る勢いだった。鉄道輸送のもう一つの利点である大量運輸も二階建てタイプのE1と続くE4で乗車定員1,600人を数えるまでになった。けれど速達旅客需要が中央リニアにシフトしたこと、トラック運輸代替えの貨物需要を受け入れたことで現在の東海道新幹線は2時間30分にまで到達時間を落としている。ただしこの所要時間も各駅に停まるこだまタイプでの話だ。中央リニアにシフトした旅客の長距離速達需要に代わり、中距離のインターシティ客貨コミューターとして役割を期待されるようになった新幹線は、ダイヤの8割を各駅停車のこだまタイプで埋め、さらにすべてのこだまタイプに貨客混載の新型車両を導入するという大胆な方策にでた。新しい車両は高床構造をとり、客室には沿線の富士山や海の眺望を確保するとともに、床下にはコンテナ式の荷室を確保した。輸送される貨物は駅に停車中のわずかな時間にコンテナごと差し替えられ、荷扱いがあっても停車時間は最低限に留められた。結果、全駅停車で貨客混載のこだまタイプの所要時間が東京-大阪2時間30分である。停車駅数が増えた分は必然的に最高速度で速達性を確保することになる。増えた積載車両重量を摩擦係数を増し通勤電車クラスの5.2km/hsの加速性能を実現することで、停車駅間距離が短くなったにも関わらず、営業最高速度を360km/hにまで引き上げていた。
「そうですよ、新幹線より速くなんて、そんなにスピードだしたら、脱線しちゃいますよぅ」
「そうよね、はとちゃん。スピード出しすぎはこわいわよね。でもそれはきっとタエちゃんと駒種くんが説明してくれるんじゃないかしら」
だから外でタエちゃんって呼ぶなよ と妙高先輩がぶつぶつ言っていたけれど、ほんとなかよしさんだなー、アイリス先輩と妙高先輩。
79レはいよいよ速度を落とし、ポイントを渡って待避側ホームに滑り込んでいく。
「すべてはレールへの追従性を確保することと、車輪の蛇行をどう押さえるか、だな。それよりもブレー」駒種先輩は続けたのだけれど、
「あら、もう浜松なのね、おやつの時間かな! ね、おやつよね? 」とにっこり微笑んだアイリス先輩がおやつを主張するとわたしにウインクする。なので、わたしもおやつ派に組みすることにしました。
「わ、わたしもおやつに賛成します。」
おやつの嫌いな女の子はいませんから!
「じゃぁ食堂でお茶をいれるわね。」
うん、じゃぁわたしの役割は、っとメールでピコピコっと。
というわけでティーブレイク。残りのお話はお茶うけにする事になりました。
浜松では後続の21M、22M、14D、つまり、自治会、高速鉄道研、エネ研の後発先着組に道を譲る。
「停車時間もあるし、ホームを歩きましょうか。」
学生寮として機能させるため個室を中心に構成される寮列車は、さすがに通路幅に余裕がなく、列車の中でのすれ違いはちょっと気を使う。停車中はホームを歩いてしまった方がいろいろと面倒がない。
ドア横の検札機に学生証をかざし、ホームに降りる。
寮列車のドアは一応、電子認証になっている。一般列車も停まるホームに停車する事も多いので誤乗も怖いし、年頃の女子高生の部屋もある。降りるときも学生証でドア扱いをすることで学生が下車したこともわかるから、夜の長距離移動でも置いてけぼりを出さずに済む。
「でも、この子のとびらは手動なんだけどね。」
・・・。たしかに自動ドアではない79レではこっそりぬけだすことも簡単そうだ。
降りたホームの反対側に、電気制動のVVVF音を鳴らしながらグレーをベースにオレンジと白のツートンカラーの帯をまとった22Mが入線してくる。
停車した列車のドアがいくつか開き、ホームに何人か降りてきた。
他寮の友達のところに遊びに行ったりする時は、こういう追い越し交換のある駅でお互いの列車を乗り換える。各列車にはロビーや食堂もあるし、仮泊り用の部屋がいくつかあり自分の部屋よりも幾分不便であることを我慢すれば1日2日は過ごすことができる。
寮列車といえど列車である以上ダイヤ通りに走る。いわるゆ団臨スジとか予備スジとかそういうのを使って一般の列車を縫うように走る。だから寮には門限とが無い。そう聞くと一見不思議な感じもするが、つまり定刻で走る寮列車に乗り遅れる=翌日の授業に遅刻することが確定。なのだ。遅刻する講義が実技だったら目も当てられない。乗り遅れ→即補習確定→夏冬休み返上。とそういう仕組みになっている。だから半年も寮列車生活を過ごすころには、寝ていたって遊んでいたって予定の時間になると目が覚めるし、予定を思い出すようになる。と先輩が言ってた。
ホームを歩き始めて自販機の横をすぎるとき、ジュースを選んでいる男の先輩と目があった。
「お、水沢じゃないか。なぁ駒種、さっきの続きをするなら水沢はちょうどいいんじゃないか?」
「うん、そうだね… 水沢くん、またいつもの缶コーヒーでしょ?僕らはこのあとアフタヌーンティーとシャレ込むつもりなんだけど、一緒にどうかな?」話しかける駒種先輩、妙高先輩を振り返ることもなく、水沢先輩はずっとわたしを見たまま、
「えー、と、うん、そうだ、ね、」と若干うわのそらな返事。
えっ、えっ、さっきから先輩の視線が私に刺さったままだよ!!なになに、もしかしてわたし今モテ期?でもわたし水沢先輩とはあんまり話したこともないし、けど、でも、そうね、これはきっとひと目ぼれされたのかしらね!なんだかあたまくらくらし始めたーっ
「はい、はと、今よ! ニャァ~ 」
すぽっ わたしねこみみ装着!
「にゃ、にゃぁー!」
わたし、うっかりねこのポーズ。 えっなになに?なにがおきたの!?
いつのまにかこっそり後ろに近づいてきたピコにすぽっとネコ耳カチューシャを取り付けられたわたし。えーとこういうこと?、水沢先輩はわたしじゃなくて、ピコのいたずらが気になってただけってこと?ちぇー。
「って、ピコ、やめてやめてみんな見てるし」
「いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃないし、むしろ耳ふえてるし!つーかポーズまでとって、ノリノリじゃん」
「もう!」
ぽーっと見てた月光くんと目が合うと、彼はあわてて目をそらした。
「はやてせ・ん・ぱ・い さっきからずーっと、こっち見てましたよね~、でもしょうがないかなー、ネコ耳はとちゃん、かわいいもんなー。えっ!もしかしてはとちゃんじゃないの!? 先輩もしかしてあたし?先輩のターゲットって、あ・た・し?」
ピコは早速水沢先輩をいじりにかかってる。明るくて快活なピコちゃん。表情もころころ変わってかわいいなー。でも、残念!ピコちゃんには無敵のシスコン先輩が漏れなくついてくるのだ。
「水沢、きみはすごい奴だけど、ピコはだめだからね!ピコもね、水沢くんは見た目もいいし、将来性もあるし性格もいいけど、そんなやつを女子が放っておくわけがないんだぞ、事実隠れファンも多いんだからね!もちろん浮気するような彼じゃないけど誘惑が多いのはきけんだ、お兄ちゃんはみとめませんからね!水沢くん、ピコはほんとうは猫かぶりで中身は割とがさつで、あっピコごめん、ピコはかわいいよ、かわいいよピコ!いまはそれより水沢くんにどうにかしてピコのことをあきらめてもら」
「いいよ駒種、そこまでだ(苦笑) 水沢、寮列車がなぜ速く走れるか、みたいな話の途中だったんけど、どうだろう?お菓子くらい出すよ。」
「(苦笑)僕は駒種からの評価が妙に高いことはよくわかった。うん、僕もたまには蘊蓄の開陳もやぶさかじゃない、いいよつきあうよ。」
ピコちゃんこと駒種みどりちゃん。さっきピコピコしたメールの宛先。だっておやつだもの!メールでお知らせするのは女子の友情よねっ。ピコは駒種なぎさ先輩の妹で、わたしや月光くんとおなじ79レの乗客?住人?とにかく一緒のさくら寮の寮生。セミロングの髪はちょっとくせっ毛なのかな、活発そうな揺れているツインテールの先っぽはくるんとかわいく跳ねている。わたしだって妹なのに、ピコちゃんの妹力には負ける。ついでに女子力でも負けてる、とくに走ったときの跳ね具合とかが!くやしいからドコがとは言わない、わたしはまだ成長期だし!、き、きっと、だいじょう、ぶ!…ぶ。…ぶ?…はぅん…。 おなじ妹でも、”おにーちゃんの妹”と、”お姉ちゃんの妹”だと、おにーちゃんの妹のほうが妹力補正が強いのかな、きっとそうに違いない!だからだよね、わたしが成長途中なのは!それにピコちゃんの場合はお兄ちゃんの愛が強すぎるのも補正値大きい要因っぽい。でも、でもね、ちょっと駒種先輩の愛、ちょっと、ちょっとよ?ちょっとだけね、兄妹の愛をはみ出してない!?
「おや、みなさんもうお揃いか。八雲にお茶にさそわれたんだが…」
「しなのちゃん、まってたわよー、さぁおやつにしましょう!今日のお茶の水はねー、御殿場蒸留所のお水なのよー、富士の伏流水なのよー」
「あいっかわらずだな、八雲の水マニアも。紅茶期待してるよ。」
「あー!、美乃坂さんと水沢、二人ともいるのかー!これはもう願ったり叶ったりだね!」
「ん、駒沢、なんの話だ?」
「いやぁ、お菓子部はいかにして東海道を190km/hで走れるようになったのかって話だよ。」
「あぁなるほど(笑)それで私と水沢か、いいよ、私の話でお茶請けになればいいが。」
「みんなそんなところにいつまでいるの?おやつ、いらないの?みんな食べちゃうわよ?」とアイリス先輩にせかされてみんなで79レの最後尾、展望車食堂に乗り込んだ。
「月光くん、はとちゃん、デッキに出てごらん。」
と妙高先輩に言われ、アイリス先輩の お茶、沸かしとくわねー の声を背に展望デッキに出た。
デッキから目を凝らすと、遠くから電警の音が聞こえる。遠くに小さく見えた列車は遠くてもすぐにわかる赤と白のツートーンカラー、自治会の21Mだ。小さく見えた列車はすぐに大きくなり、海からの風に舞った桜の花吹雪の中、すぐ横の通過線を駆け抜けていく。ふわっとした風が花びらをはらんだままほほをかすめ、15両の連接台車らしい走行音と駅構内半ばから再加速するVVVFインバーターの発振音がデッキのすぐ横を抜けていく。手を伸ばせばさわれそう。
一瞬の出来事。だけど圧倒的な存在感があった。
「どうだった?」
「赤と白の列車、ピンクのさくら吹雪、綺麗、でした…」
いつのまにかぎゅっと握っていた手をひらくと、花びらをひとひら、握り込んでいた。
「うふふ、じゃぁご期待通りにおやつは道明寺とチェリータルトよ。」
デッキから戻りテーブルにつくと先にしなの先輩がお茶に口をつけていた。
「はとちゃん、ピコちゃん、道明寺にする?タルトにする?選べないわよねー。うん、両方ねっ!」
二つともお皿に載せようとするアイリス先輩
アイリス先輩のナイスバディはこうして維持されているのか… ちょっと秘密を知った気分。
「ふたつも食べたら太っちゃいます!ピコちゃん、半分こしようよー」
「うん、いいよー。」
といいつつもピコちゃん、そのお口でもぐもぐしてるのはなに?もう道明寺一個たべちゃったの!!ピコの妹力がたくましい理由もこれだったのね…、ぴきーん!これは女子力向上には甘いものが効くという傍証では!!
「先輩! わたしも両方いただきますっ!」
もぐもぐ。たしかにこの道明寺はピコちゃんが はもっ と勢いよかったのも納得のおあじ。
紅茶が”やすかったのよー”とあえて去年のファーストフラッシュで若葉の香りをあわせているのがすばらしいわ。道明寺をもうひとつ… ダメ、ダメだってば。おいしくても我慢よ、だって、タルトも食べてみなきゃだわ!
と、わたしが葛藤を始めた頃、
「さて、この79レのひみつだけれども。ま、ヒミツとかはないよね、普通の高速走行対応改造を、
あ、ひとつヒミツ、あるかもしれないな。
金に糸目をつけてない。」と、まずは駒沢先輩が苦笑しつつ口火を切る。
「そうよねー。外観を生かすために台枠作り直すとか、酔狂よねー」アイリス先輩
「台車だって作り直しだよ。見た目はまるで同じなのにカーボン複合材で60%軽量化、軸箱バネも非線形特性でしょ、あれ。でも電磁吸着非常ブレーキについては評価する。」妙高先輩。
「ボルスタにアクティブハイドロマチック組み込んで、制御機に全路線データを持たせて強制車傾だよ、客車でそこまでする?」水沢先輩。
「踏面勾配だってだいぶ寝てるぞ。新幹線までは行かないまでも1/50、山岳区間で不足する自己操舵はアクティブヨーダンパで強制操舵とか、やりたい放題だ。おかげで路面の偏磨耗とかにも気を使う。」しなの先輩。
とりあえずタルトをくわえたまま目をぱちくり。
ピコちゃんとわたしの目が合う。妹力がわたしたちに告げている”あ、これ、あかんやつや…”と。
これはおねーちゃんが酔ってわたしに仕事の研究を話すときの勢いだ。これは一晩じっくり解放してもらえないときの流れだ。
先輩たちの勢いにのまれた月光くんはなにかを言おうと口を開こうとするから、ピコちゃんとわたしは妹力を全開にして目で訴える。
”これは長くなるぞ、流せ”と。
しかし時すでに遅し
「先輩、すごそうな改造でいっぱいお金がかかっていることはわかりましたが…、それっていったいどういうことですか?」
あ、月光くん、それ、聞いちゃだめ…
「「「「よくぞ聞いてくれました!!」」」」」
あーぁ、今日は長くなりそう…
そしてティーパーティーへつづく。




