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プロローグ

そヾろ神神の物につきて、またたびに青春を過ごす。

僕らはずっと旅をする。

電子の速度って知ってる?

みんなが思うより、ずっと遅い。

電子がみんなを引きつける力の強さって知ってる?

みんなが思うより、ずっとずっと強い。


目に見える物質は電子と核とが絡み合ってできていて、僕たちのからだだってそれはおんなじ。

あのおっきなビルも、空を飛ぶ飛行機も、みんなおんなじ。

それと僕の目の前に停まっているこの列車も。


 さあポケットの切符を出して!


僕らの生まれるずっとずっと昔、3枚窓のひかり号は、それは夢の超特急で、ひかり号を作ってる電子は、ひかり号を支えながら、電子の移動速度よりずっと速く、ひかり号の速度で進む。前へ前へ。


 ”となり町にひかり号がくるんだって!”

僕がうまれるずっと前、そんなうわさが町で聞こえた頃は、ポニーが引いてたちいさい貨車と、その後ろの木の客車と木の椅子と、それから硬くて小さい切符。

古城のほとりで乗り換えて上野へ続く本線の、右と左と電気と歯車の4条のレール。

そこを行く小さく茶色い2両の機関車は、とおい空の向こうの電子たちの伝言ゲームに耳を澄ます白くてとても大きなアンテナに夢を掛けた人を乗せたかもしれない。

星の情報を伝えてくる電波は光の速度で伝わるけれど、光の速度で電子が飛んでくるわけじゃない。電子はちょっとだけ、そうほんのちょっとだけ体をゆらして隣の電子を起こす。

それを繰り返しが伝わるのが電波で、電子の伝言ゲームはとっても速くて、それはびっくりするくらいだけど、でも、電子の移動速度は人が歩くより遅いんだぜ?


 僕らが鉄に魅かれるのは、たぶん電子のせい。


僕らのからだだって電子が引きつけあってでいてるんだ。そして鉄は宇宙で一番電子が安定してるんだ。だから鉄は世界が最後にたどり着くところ。生物としての本能とかじゃなくて、もう物質としてそう。

満天の星空のひかりの点のひとつひとつが、水素がヘリウムに、ヘリウムは炭素に、それから鉄に変わっていく、そうやって自分をきらめかせている。だからこの世界はこんなにも輝いている。


きっと宇宙に青春をおいかけた学生たちはそんなことは知識では知っていて、でもそれを見てみたいからもっと大きなアンテナを作った。真っ黒だけど小さい体で真っ白だけどおっきい煙を吐き出すポニーが引っぱる貨車や客車に何度も乗って。

そんな学生たちが先生と呼ばれる頃には4条のレールが2条になった峠越え、そこを登る長い電車もそれを押し上げる重たい機関車も、彼らが名誉教授と呼ばれる頃にひかり号が来ると、みんな姿を消してしまった。


けれど今、僕は66.7パーミルを列車に揺られて眠る。圧を抜いた空気バネの振動を子守り歌に。


朝です。

山と山の間からお日様が差し込み、 うーん と伸びをして、 おなかすいたー とおふとんを抜け出します。ぬくぬくのおふとんはお名残惜しいけど、とりあえず歯磨きと洗顔。あと、お布団はたたんで押入に。


窓際の無骨なラジエータから聞こえてくる暖房の蒸気のコーと鳴る音を聞きながら、

「あぁ、ぬくいですねぇ…」

ついうっかりぽやーとしてしまう。これは布団に入っていないだけで、たぶん二度寝。


食堂車からの

「もう朝ご飯できるわよー、はやく起きてー」

ほわっとした声に呼ばれて、慌てて身支度にとりかかる。

あ、みなさんおはようございます。はじめまして。わたしたちは旅の学生です。

だって、わたしたちの学生寮は列車なんです。なので入学してからずっとマタタビです。

でもわたし、そんな青春、けっこう気に入ってます!


「先輩おはようございます」

顔を洗いにでた洗面所には妙高先輩がいて、

「おはよう。しかし碓氷越えはうるさいよね、トンネルとか響きすぎ」

とかちょっと寝不足そう。

そういえば昨日はゴトンゴトンがいつもよりうるさくて夜中に目が覚めたんだった。

気分転換にホームに出てみたら、先輩は”今時の動力分散方式なら補機はいらないよな”とかつぶやきつつ、去っていく機関車を見てたっけ。


最後尾の食堂車に行くと、

”碓井越えの機関車はがが がが がが がが がが がが ごごごん ごごごんだよね。”

とつぶやく駒種先輩に妙高先輩が、

”3軸台車はどうしても横圧が、特に坂路は地形の制約で…”

となにか言いたげだったけど、そんなことはおいといて、とりあえずおなかすいた。

今日はアイリス先輩が食事当番、メニューはたぶん洋風なブレックファースト。


最後尾の展望デッキに出ると外は一面の雪景色。

寝起きにはちょっと寒くて、ぶるっと身震いして、あわてて食堂に戻る。

っと、その前に1枚!今日をレンズに写しておく。

窓から見えるふんわりと積もった一面の雪原に車のわだちはなく、あるのは動物と人の足跡だけ。

遠くに海が望める車窓は珍しく快晴で、日本海レイラインの軌道が玉虫色の構造色で海と空の境い目はここだよと主張している。


朝食のオムレツをつつきながら、窓の外のライトレールを眺める。路面電車(ライトレール)は通勤の人でいっぱいで、だいぶ市街地に入ってきたようだ。

むかしは交通渋滞の原因と言われた路面電車(ちんちんでんしゃ)も、いまは悠々と我が物顔で町中を走っているし、渋滞なんかもつくらない。

うーん、”作れない”が正確かな、今はくるま通勤なんて、むり。


だって私たちが生まれた年に、ありとあらゆる道路のアスファルトが溶けた。


最初は九州で、それから山陰。太平洋側も東海と関東の海沿いは早かった。

東北はしばらくアスファルトが残ってたけど、結局最後は北海道以外は道路が全部、砂利道にもどってしまった。

大きな地震からの復興も途中だったのに、道路が全て砂利道になったのだ。


その年の夏は例年にも増して暑かったのはたしかにそうだったらしいけど、

アスファルトがぜーんぶ溶けて砂利道になるほど暑い、というのはさすがに、ない。

結論から言えば、アスファルトが溶けちゃったのは菌による分解。

重合した炭化水素を切り離してクレオソートを作って、他の菌と生存競争する菌の仕業。

でもこの菌はちょっとおちゃめさんで、クレオソートに出来るのはほんのちょっとだけ、ほとんどは軽油にしちゃう。

でもこの菌にしてみれば、アスファルト舗装の道路はまるで専用の培地のよう。しかもトラックのタイヤに付着して遠くまで運ばれる。幸い、フェリーでしかトラックの往来の無い北海道はなんとか菌の被害を免れたが、原因が菌と分かった頃には、九州四国本州と直通するトラック便があるような地域、すべてに菌は広がってしまっていた。

こうなっては時既に遅し、道路は何度舗装しても夏になるとアスファルトは溶けて、秋にはすっかり砂利道。

舗装工事の焦げたアスファルトのにおいと、溶けていくときの軽油のにおい、苦情に耐えかねたお役所は早々に道路の舗装をあきらめた。


舗装のない街路、足下がぬかるむよりは、と駅前商店街のアーケードは活気が戻って来たけれど、郊外のスーパーの利便性はくるまが前提で、いつのまにやら全部無くなっちゃった。


それでも都市部はコンクリで道路を舗装してがんばっていたけれど、どうせコンクリ舗装するのならとガイドウェイが設置され、どうせガイドウェイがあるならと架線が張られ、そうして気が付けば都市交通はトロリーバスと路面電車になっていた。


それがわたしの生まれた年の出来事。

だから、私には路面電車のある町並みが普通。だってモータライゼーションでどんどん廃止された路面電車なんて図書館でしかみたことないし。


当然、長距離のトラック輸送なんてできるはずもなく、今や物流は完全に鉄道に頼っている。

それで困るか、といえば実のところ困ってないみたい。

地理学的には河川港湾を中心とした港湾都市の同心円上の産業と街の構造、それとまったく同じ物流基地としての港湾を駅に置き換えただけの都市構造を全国の地方都市が持つことにはなったけれど、そもそも都市と都市を繋ぐよう延びていた鉄道の地理的な特性は、トラック物流のなくなったこの国の経済をよく支えた。多彩な専用貨車と工場引き込み線はあらゆる工業を支え、宅配と卸物流は路面電車にまで鉄道コンテナの運用がひろがることで解決された。


とか、学校で習ったことを復唱してるだけなんだけど。


そうこうしているうちに寮列車79レさくら寮は静かに減速をはじめ、いくつかのポイントを渡る。

直江津駅のホームを徐行で通過し、列車は直江津車両区へ進入していく。

「さて、今日の講義は…」


ポスト・モータライゼーションを書いてみます。


寝台列車を学生寮にしたらおもしろいんじゃね? ってのがモチベーションで、しばらくうんうん悩んでたのですが、「これだけのアスファルトがある地面で、このアスファルトを代謝する菌は十分に繁殖出来るんじゃね?そしたら車終了のお知らせ?」という仮定を思いついたらあとはそれで世界を再構築するだけでした。って感じのアイデアで突っ走ります。


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