気付いた月曜日
私、高槻飛鳥が『私』を認識したのは婚約者とよばれる人と相対したときだ。
彼に出会った瞬間に濁流のように私とは別の『私』の記憶が流れ込んだのだ。
失神するかと思うくらいひどい衝撃であったのだが、如何せん無表情であるので、その衝撃は周囲の人に伝わらなかった。
『私』はどうやら、私の前世のようだ。
『私』はありふれた家庭で生まれ育ち、平々凡々な生活を送っていたようだ。
ただ、『私』が他の人とほんのちょっと違っていたことは、乙女ゲームにハマっていたことくらい。
『私』は平々凡々に生きながら、ほんのちょーっぴり恋に興味のある、31歳だった。
『私』の最後は呆気なかった。
雨の日に駅の階段を全速力で駆け降りていたときにつるっと逝ったのだ。
母よ、ごめーんね!
そんな31年生きた記憶が流れ込み、気づいた。
(あ、ここ、『恋する一週間』の世界だ。)
つまり、私は『私』がハマっていた『恋する一週間』という乙女ゲームの登場人物のなかの一人だったのである。
しかも、ヒロインではない。
恋敵の一人にもなれない、ただ名前だけが出てくる脇役中の脇役なのだ。
この『恋する一週間』はヒロインである町田天が私立海鳴学園でイケメン御曹司6人と恋をし、様々な苦難を乗り越えるというストーリーだ。
ただ一人と結ばれるエンドもあれば、逆ハーエンドもある、まぁよくある乙女ゲームだ。
(恋敵だったらちょっと面白そうで良かったのにとか、思ってないんだからねっ)
無意味にツンデレているのは、前世を思い出したことによる現実逃避ではない。
「htヴぃあtghgs;szろrpsbgytdmんあjfヴぇおうsぽrんb」
何かしらを訴えてくる婚約者から現実逃避しているからだ。
なんと、私、高槻飛鳥は日本語が分からないらしい!
そもそも、この高槻飛鳥という役どころは婚約者である、相川旭に中学生の頃、捨てられる役なのだ。
だからといって逆恨みをするわけでもなく、ただ、高槻飛鳥という婚約者がいたと名前だけ紹介される。
それにしても…。
(何言ってるんだろう、うるさいなぁ。黙ればいいのに。)
「Shut up…(うるさい黙れ)」
思わず言ってしまった。
相川旭はぽかんと口をあけたあと、また何かしら話しかけ始めた。
(うわ、まだしゃべんのかよ。)
取り合えず、私の婚約者殿がまだ話しているので、今の私のことを紹介しようと思う。
高槻飛鳥、世界のTAKATSUKIとよばれるくらいの大企業高槻グループCEOの御令嬢、6歳だ。
生まれは日本だが、1歳のとき、アメリカに引っ越したのだ。
ちなみに父親が高槻隼、母親がEmma Garcia。
母親が日本語を話せないので、外でも家でも英語で会話をするから、私も日本語を話せないのだ。
いくら日本人の記憶が戻ったからといって、日本語が話せるようになったわけではない。
なぜか、英訳されてあったのだ。
こういうわけあって、全く、この目の前にいる婚約者殿が何を言っているのか分からないのである。