その7
最終話です。
数ヵ月後。
やっと千鶴は退院できた。もう、他は完治したのだが、唯一足だけは動かない。
退院の日、両親が車で長野から迎えに来て、そのまま長野へ向かうことになった。お世話になった病院関係者にお礼を言い、車椅子で病院の正面玄関を出る。母親の千代子が車椅子を押し、父親の忠男は荷物を運んでいる。番匠はまだ来ていない。
(仕方のないことだけど、これで拓海ともサヨナラになっちゃうのかなあ)
自分はこのまま一生歩けないかもしれない。だから、番匠にとっては重荷に感じるのかもしれない。だから、別れるといわれればおとなしく受け入れる気でいたのだが、番匠はそれについては全く触れない。足しげくお見舞いには来てくれたが、長野と東京に離れてからも続いていられるかどうか自信はない。でも、自分からは怖くて聞くこともできないまま、退院の日を迎えてしまったのだった。
ちょうどそのとき、番匠が病院の正門からこちらへ歩いてくるのが見えた。
「拓海」
「千鶴、悪かったな、遅くなって。」
番匠は車椅子に乗った千鶴の横にしゃがみ、千鶴と目線をあわせた。千鶴はいたたまれなくなって、自分が先に口を開いた。
「拓海、元気でね。・・・・他にオンナ作ってもうらんだりしないから安心して」
「はあ?何言ってんだ、おまえ」
そういうと着ていたジャンパーのポケットから小さな箱を出して言った。
「俺は、おまえが長野でほかに男作ったら、そいつをぶん殴りに行くからな、覚悟しとけ。・・・・ほら、これやる」
水色の小さな箱。小さな石のついた、指輪が入っている。
「拓海、これ・・・」
「いいか、リハビリに目処がついたら結婚するからな。・・・・・毎週ってわけには行かないかもしれないけど、週末には会いに行くよ。親父さんたちにも了解とってあるからな」
「え?!」
車椅子を押していた千代子は笑いをこらえていて、荷物を運んでいた父親の忠男は車に荷物を積み込みながら
「おう、拓、週末は酒用意しとくからよ、早めにこいよ」
なんて言っている。
千代子がこっそり耳打ちした。
「拓ちゃん、本当はずっと前から病院に来てたのに、指輪渡すのに緊張して入ってこられなかったのよ」
「お袋さん、勘弁してよ」
番匠がばつの悪い顔をする。こいつは自分の両親といつの間にこんなに打ち解けていたんだろう?ちょっとしゃくに障る。
「拓海・・・あんたまた勝手に根回しして」
「いやか?」
「いやじゃないけど・・・・」
「じゃないけど、何?」
千鶴はなんだか頭に血がのぼってきた。
「も、ふざけんなって感じ?もうちょっとロマンティックにプロポーズできないわけ?」
「俺、蘇芳じゃないもん」
「たしかにあの人なら平気でやりそう・・・じゃなくて」
「で、返事は?」
千鶴は思いっきり赤い顔でふくれっ面だ。拓海は、そういうところもかわいくて仕方がない。つい、からかってしまう。
「・・・・・早くリハビリ終えられるようがんばります」
「イエス?ノー?」
「だ~か~ら、リハビリに目処がついたらって自分で言ったんじゃない!」
「で?」
「・・・・・・もー!!イエスだよ、イ、エ、ス!」
とたんに、玄関先にいつの間にか集まっていた病院関係者からわーっと歓声があがる。番匠は「やりました!」的なかんじでガッツポーズを決めている。
まだまだリハビリに時間もかかるし、両親やまわりにも迷惑をかけてしまうだろう。でも、決して明けない夜はない、とあのとき彼は言った。朝は嫌いだけど、この人と迎える朝は嫌いじゃない。
歓声はしばらく止まず、病院じゅうに響いていた。
最後までお付き合いいただいてありがとうございます!
中途半端な終わり方で申し訳ないのですが、Hermit本編につながるエピソードなので、謎解き的な部分は本編につながります。
カップル至上主義、ハッピーエンド主義の筆者としては、最後がちょっと暗いですが楽しく書くことができました。
気に入っていただけたら幸いです♪
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