表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

その5

そのとき、足音がして、誰かが近づいてきた。だが番匠は顔もあげなかった。

「拓海、千鶴ちゃんは」

蘇芳の声だ、と気づいたが、顔を上げる事が出来ない。

「・・・・今夜が峠だそうだ。助かっても、障害が残るかもしれないって・・・」

息を呑む声がする。やっと顔を上げると、蘇芳と一緒に夏世もいた。

「蘇芳・・・夏世ちゃんも・・・」

蘇芳はすっと眼鏡をはずし、目を細めて集中治療室の窓から中の様子をみている。しばらく黙ってそうしていたが、そのうち眼鏡をかけなおし、番匠を振り返った。

「背骨が損傷してる。肋骨も、それから足もだ。内臓は・・・よかった、ちゃんと全部治療してある。頭は・・・・無事みたいだな。すごい事故だったみたいなのに、ラッキーだ」

「・・・蘇芳?どこかで聞いたのか?」

「いや、今見た」

「・・・・・・?」

蘇芳は穏やかに笑っているが、夏世が不安そうな顔で蘇芳のそばへ行く。

「蘇芳・・・」

「いいんだよ、拓海の役に立ちたいからな」

それから、思い切った様子で口を開いた。

「拓海、僕はもうひとつだけおまえに隠し事してたんだ。信じるか信じないかはおまえの自由だけど・・・」

「?」

「僕は、人の考えてる事がわかる。それから、今みたいに、見えないものを見る事が出来る。」

「・・・なんだそれ、超能力ってやつか?ばかにすんなよ、そんなのにつきあっていられる精神状態じゃないんだ」

「だから、信じるかどうかはおまえ次第だって言っただろ?ただ、もしも信じてくれるなら、千鶴ちゃんを助ける手助けが出来るかもしれない」

「・・・・・・どういうことだ?」

「いま、千鶴ちゃんの心は眠っている。っていうか、事故の恐怖ですくんで閉じ込められてる状態だ。このままだと・・・彼女自身が、生きることを放棄してしまう。そうなると、治るものも治らなくなるぞ。・・・だから、拓海、おまえが千鶴ちゃんを呼び戻せ」

「どうやって」

「だから、僕がそれを中継する。拓海の心と、千鶴ちゃんの心をつなぐんだ」

「・・・そんなことが、できるのか」

「夏世、手伝って」

「うん」

「?」

蘇芳と夏世は番匠の横に並んで座った。番匠と夏世の間に座った蘇芳が、両腕を上げて二人の肩に手を置く。

とたんに、何が起こったかわからないが、番匠にも千鶴の心が伝わってきた。


(本当だ・・・本当に、蘇芳の言ったとおりだ)

千鶴の心は奥底にいて、事故の瞬間の映像を何度も繰り返し見ている感じだった。恐怖に囚われ、そこから動けないでいるのが見える。

「千鶴!」

番匠は声をかけた。

「千鶴!俺だ、拓海だよ」

それでもまだ千鶴はこちらに気がつかない。

「千鶴、戻ってこいよ・・・千鶴がいないと、俺、だめなんだ。もう、千鶴のいない毎日なんて考えられない。戻ってきて、そばにいてくれよ」

千鶴の心がぴくりと反応する。

「千鶴のご両親も心配してる。千鶴の実家のある長野からかけつけてきたそうだ。あ、俺、おつきあいしてますって親父さんに挨拶しちまったからな」

「・・・・た・・く」

千鶴が更に反応をかえす。

番匠はここぞとばかりによびかけた。

「千鶴!いますぐ戻ってこないと、おまえの恥ずかしいいろいろをご両親に全部しゃべっちまうぞ!いいのか!」

「なあんですってえ?!」

千鶴はがばっと跳ね起きた。目の前に番匠がいる。

「拓海・・・」

「千鶴、戻って来い。絶対だぞ。さもないと、俺は悲嘆にくれて酒の飲みすぎで身を持ち崩して、最後はホームレスになって不良高校生にホームレス狩りにあって終わってやるからな」

「なにそれ」

番匠はにやっと笑った。それから、とんでもなく優しい目で、言った。

「千鶴・・・愛してる」

「拓海・・・・」


「たぶん、もう大丈夫だ」

はっと気がつくと、集中治療室の前のベンチに3人で座っていた。

「千鶴」

番匠は立ち上がって集中治療室の中を覗く。丁度、スタッフが計器の数値をチェックしているようだ。医者がなにやらうなずいて看護士に話しかけ、それからその看護士が外へ出てきた。

「長谷川さんのお身内の方ですか?」

「・・・はい」

「長谷川さん、血圧や脳波が安定してきました。もう、大丈夫ですよ」

番匠が驚きの表情をして、それが満面の笑みに変わっていった。

「あ、ありがとうございます!!」

看護士はまた集中治療室へ戻っていき、番匠はすぐに蘇芳と夏世を振り返った。二人とも、疲れた顔をしている。

「蘇芳・・・ありがとう」

「はは、中継するのはさすがにちょっと骨が折れるな。夏世にも手伝ってもらったよ。」

「・・・夏世ちゃんも、そうなのか?」

「うん。夏世は、他人の能力をパワーアップさせる能力を持ってるんだ。おかげでなんとか、な。」

「ありがとう」

番匠がいうと、夏世も疲れた顔でにっこり笑った。

「拓海、千鶴ちゃんのご両親に連絡しろよ。喜ぶぞ。僕らはもう帰るから」

「そうか、そうだな。タクシー呼ぶよ」

「いいよ、一平呼ぶから」

「一平?」

一平は蘇芳の義理の弟で、今は高校3年生。大学受験に忙しく、運転免許も持っていないはずなのだが。

蘇芳は近くにあった公衆電話から電話をかけた。

「あ、一平?悪いけど、迎えに来てくれないか。うん、僕と夏世といるよ・・・悪いな。じゃ」

蘇芳が受話器を切った瞬間だった。

「人使い荒いよ、蘇芳」

横に突然人が出現した。

「悪いな、一平」

「い、一平?!」

番匠もよく知っている、蘇芳の弟の一平だ。

「あ・・・・ありゃ?!拓にい?!」

番匠に気がついて、一平は焦っている。

「や、やばいよ蘇芳、拓にいに見られちゃった」

「いいんだよ、今全部話したところだから。もう、拓海に隠し事したくないし」

そういって、蘇芳は番匠に視線をもどした。

「そういうわけだ。こいつも僕たちの同類でね。これで、隠し事は全部だよ。・・・夏世」

夏世が蘇芳と一平に近寄る。

「拓海、もし気味が悪くていやなら配置転換するから言ってくれよな。かまわないから。・・・じゃ、先に帰るよ」

そういうと、3人はふっと消えた。今までもだれもいなかったかのように、そこには番匠しかいなくって、ひたすら静かなだけの場所になった。

番匠はしばらく呆然としていたが、やがて頭をぐしゃぐしゃと掻いて、それから携帯を取り出した。

「あの野郎・・・・あとで一発ぶん殴ってやる。気味悪いだあ?親友をみくびるな、ってんだ」

それから、千鶴の両親に連絡をするために、屋外へのドアを出て行った。



明朝5時にあと2話公開します。これで最後です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ