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その2

カーテンから漏れる眩しい光で目が覚めた。

と同時に、激しい頭痛に見舞われる。喉も渇いた。気持ちが悪い・・・二日酔いだ。

朝は嫌いだ。仕事が嫌いなわけじゃないが、やはりごろごろしていたい衝動には抗いがたい。千鶴はごろんと寝返りをうち、いつも枕元に置いてある時計を探る。が、探る手はむなしく空気を掻き分けるばかり。

「あれ・・・・?」

目を開けて探そうとしたが、その前に妙なことに気がついた。

知らない部屋で寝ていたのだ。

紺無地のまくらと布団。千鶴のは白の花柄のはず。部屋は6畳くらいで、ベッドのほかは鏡とウオークインクローゼットがあるくらいの、シンプルすぎる部屋。壁にダークカラーの男物のスーツと、自分のベージュのジャケットがかけてある。

がばっと跳ね起き、頭痛がガーンときて頭を抱える。

「~~~~~~!」

ぐわんぐわんと鳴り響く頭痛に悶え苦しんでいると、

「お、起きたか。」

男性の声がした。

「・・・・だれ?」

「ひでえな、夕べはあんなに・・・」

「はあ?!」

ばっと顔を上げ、番匠の顔を確認して、また頭を抱えて突っ伏してしまう。

「勘違いすんなよ。『あんなに面倒見てやったのに』 、だ。あんたが酔いつぶれて寝ちまったから、「てまり」の女将さんに聞いてあんたんちまでタクシーで送ったんだ。でも、オートロックでマンションに入れなくて、仕方なく俺のうちまで運んだ、というわけだ。」

「それは・・・どうも」

千鶴は自分が夕べと同じ服を着たままなのを確認する。ベージュのパンツスーツ。さすがにジャケットは脱がされていたが、それ以外は夕べのままだ。一方の番匠は、Tシャツにジーンズというラフなスタイルだ。片手にマグカップ、もう片手に500mlのペットボトルを持っている。

「ほら、ポカリ」

ペットボトルを渡されて、ありがとう、とそれをちびりと飲む。気分は最悪だ。

「今、何時?」

「もうすぐ8時」

今日は土曜日。休日だ。千鶴はちょっとほっとする。

「ごめんね~・・・迷惑かけちゃったね」

「ちょっと飲みすぎたな」

言いながら、マグカップからコーヒーを飲む。

「今日、仕事休みなんだろ?寝ててもいいぞ。俺は、持ち帰りの仕事があるから、隣の部屋でやってるから」

初対面ではないにせよ、話したのが初めてという男性の部屋にそうそう長居するものではないと思いつつ、あまりの二日酔いのひどさに歩けそうにないのでお言葉に甘えることにする。もぞもぞと布団にもぐりこんでみたが、ちょっと緊張してさすがに眠れない。

番匠はドアをあけたとなりのリビングでダイニングテーブルにパソコンを広げ、こちらに背を向けている。

「番匠さんさあ、彼女とかいないわけ?」

「いないよ。いたらあんたを連れ込んだりしないって」

「そっか、誤解されて修羅場はやだからね」

「長谷川さんのほうは?俺も巻き込まれるのはごめんだからな」

「ないない。仕事忙しくてそんなひま、ない」

「そっか」

それきり静かになり、かちゃかちゃとキーボードを叩く音だけが室内に響く。千鶴はいつのまにかうとうとし、目が覚めたときは11時を過ぎていた。

気分もずいぶんすっきりしている。シャワーを借りてさっぱりしたら腹の虫が鳴いた。

番匠がパソコンに向いた顔だけ笑ってる。

「・・・番匠さん、ほんとにお世話になりました!で、お礼したいし、よかったら一緒にお昼食べにいかない?おごるよ」

「いいね。俺も腹減ってきたし」

ノートパソコンをぱたんと閉じ、薄いVネックのカーディガンを羽織ると、二人は家を出た。


もう持ち帰りの仕事は終わったと番匠が言うので、足を伸ばして新宿まで出た。しつこいものは胃に入りそうになかったので、ランチで和定食を置いている店に入る。

のんびりランチを食べ、店をでたものの、何となくそのまま街を一緒にふらっと歩き、お茶を飲んでウインドーショッピングをする。

「・・・なんかデートみたいだなあ」

「そうだなあ」

そんなことも言ってみるが、なんだか居心地がよくてそのまま夜までずるずると遊んでいた。

夕食も一緒に食べ、一杯飲んで、もう夜も遅い時間になってしまった。

「もう帰らなきゃなあ・・・昨日帰ってないから、部屋がぐちゃぐちゃのまんまだ」

千鶴がぽつりと言う。

「そうだな」

番匠もぽつりと言う。それから。

「・・・・・千鶴」

「へ?」

突然呼び捨てにされて、心臓が跳ね上がる。

「明日、ひまか?」

「暇って言えば暇だけど・・・部屋の掃除しよっかな~位にしか考えてなかった」

「じゃ、明日もどっか行かないか?」

「いいよ。何時にどこ?」

そう答えてから、ちらりと時計を見る。

「でももう日付が変わっちゃうよ。・・・・なんか、数時間後にまた会うってのも変な感じ」

「おまえな。そんなこと言ってると送り狼になっちゃうぞ。これでも紳士のつもりなんだからな」

「うちまで送ってくれんの?」

「当たり前だろ。こんな時間に女の子ひとり帰せるかよ」

大通りにでてタクシーを捕まえる。

千鶴のマンションまではほんの15分ほど。タクシーの後部座席で並んで座っていると、千鶴はなんだかどきどきしてくる。

「千鶴、明日・・・ってか、もう今日か。10時に新宿の東口改札でどうだ?」

「うん、わかった。」

送り狼になるのはやめたんだ、と、ちょっとがっかりする。そして、そう思っている自分にびっくりする。

ほどなく千鶴のマンションに着き、二人でタクシーを降りる。いいと一度は遠慮をしたが、結局番匠は千鶴の部屋のドアの前まで送るといって聞かないのだ。

4階建てマンションの3階にある千鶴の部屋に着き、千鶴はバッグから鍵を出してドアを開ける。

「あ・・・あのさ」

ドアを開けたまま、目をあわさずに千鶴が言う。

「送ってくれたんだから、その・・・・コーヒーくらい、出すよ」

「え」

「散らかってるけどさ、入ってよ」

そういって千鶴は番匠の手をとって引き入れた。

「お、おい千鶴」

もう丸1日以上一緒にいて、なんだか離れがたくなってしまった。すごく隣にいるのが自然で、心地いい気がする。

玄関を入ると短い廊下があり、左側にユニットバスがある。つきあたりが8畳ほどの広さの居室になっていて、キッチンは廊下のユニットバスの向かいにあった。

室内は千鶴が言うほど散らかってはいなかった。背の低い水色のソファと、その前にガラスのサイドテーブルがあり、ダイニングテーブルは置いていない。一番奥にベッドがあるが、その上に脱ぎ散らかしたパジャマがあり、白い花柄の布団はめくれていた。千鶴はあわててパジャマとベッドを片付けると、コーヒーを淹れ、ふたりでソファに座った。

「今日は楽しかった」

「うん」

「デートなんて久しぶりだったし」

「やっぱ、ありゃデートだよな」

「うん。明日もね」

「千鶴、明日はどっか行きたいところあるか?」

「いつの間にか呼び捨てにされてるし」

言いながら千鶴がコーヒーをすする。

「いやか?」

「いやじゃないけど・・・あたし、番匠さんの下の名前、知らないから不公平だよ」

「・・・拓海、だよ」

「たくみ?」

「そう」

「じゃ、あたしも拓海って呼ぼう。拓海」

「千鶴・・・」

瞬間、無言で見詰め合う。これからどうなってしまうのか、わかっているけど、少し怖くて少し期待している。

二人ともサイドテーブルにコーヒーのカップを置く。ごく自然に頬を寄せ合い、唇を重ねた。お互いの背中に腕を回し、熱く、深くキスをする。今までしていなかったのが不思議になるくらい、お互いが求めあっていたのがわかる。

「送り狼になるのはやめたんじゃなかったの?」

「そんなこと誰も言ってないよ」

ソファからベッドに運ばれた千鶴の腕がサイドテーブルに伸び、部屋の照明のリモコンをオフにした。

朝は嫌いだけど、明日はいつもと違う朝かもしれない。

そして、10時の待ち合わせは必要なさそうだ。



月曜日、出社した番匠が自分のデスクで仕事をしていると、蘇芳が出社してきた。蘇芳は番匠の勤務している昴グループの会長、番匠はその蘇芳の秘書。おまけに、蘇芳は番匠の高校からの親友だ。金髪碧眼、どこからどうみても北欧系の人種にしか見えない彼は、戸籍上は立派な日本人。ずっと一緒にいたのに、番匠には自分が会長だということを隠し通していたワルだ。それを番匠が知ったのは。彼が入社して会長室に配属されてから。あごが外れるほど驚かしてくれたお礼にと、番匠は仕事中はいやみったらしいほど四角四面な秘書を演じ続けている。

「おはよう番匠・・・・・・いや、拓海。何かいいことあったか?」

蘇芳は番匠のことを仕事中は「番匠」、プライベートでは「拓海」と呼び分けている。

「いや、別に?」

番匠は努めて平静を装う。が、蘇芳が番匠の左の首を覗き込むように顔を傾けた。

「あれ?なんだ、首筋が赤くなってるぞ」

反射的に首筋を手で隠してしまう。すると、蘇芳がにや~っとした。

「へえ~。そうか」

「・・・騙したな」

「そうかそうか、拓海に彼女ができたか」

「・・・おまえのそんなオヤジくさい顔、初めて見たぞ、蘇芳」

「今度会わせろよ。いつにする?」

「勝手に話を進めるな!」

「で?名前は?」

「・・・千鶴」

「千鶴さんかあ。年は?職業は?」

「おまえ、いつからそんな近所のオバハンみたいなヤツになった!」

「だって、聞いとかないとあとで夏世に締め上げられるからな」

ちなみに夏世は蘇芳の恋人だ。もう、3~4年はつきあっている。

「夏世ちゃんに話すのかよ」

「あたりまえだ。知ってるのに話さなかったら殺される」

「・・・・その話はもうやめ!もう仕事するぞ。」

はいはい、と蘇芳も自分のデスクに座り、仕事モードの顔になる。

「じゃ、始めようか。番匠、今日のスケジュールは?」

ひとしきり朝の決まった伝達事項が終わってから、番匠はふと思い出して聞いた。

「会長、キングケミカルってご存知ですか」

「名前だけはな。可もなく不可もない会社だと思ったが。どうかしたか?」

「いえ、ちょっとヘンな噂を聞いたもので」

番匠は千鶴から聞いた話をした。

「聞いたことないな、そんな話。断片的にでも流れてきてておかしくないんだけど」

蘇芳が難しい顔をして、番匠が頷く。

「キングケミカルについて調べたんですが、おっしゃるとおり可もなく不可もない。大きな業績があるわけでもなく、また、大きなトラブルも聞いた事がない。・・・そもそも、難病のための薬を開発してるっていう噂自体を聞いた事がないのがおかしいんです。新薬開発は臨床実験に持ち込めるまで最低でも5年から8年はかかるのが普通。それだけ時間があれば、漏れ聞こえるものもあるはずなんですが・・・」

「そうなんだよなあ。」

蘇芳がう~んと考え込む。

「もし、何かわかったらまた報告してくれ。俺のほうでも調べてみる」

「わかりました」


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