ねずみの行列
夜になると両親は、日課のようにけんかをする。かなきり声で父を責め続ける母と、焦点のあわないうつろな目をして違う次元を生きている父。
それが始まると、彼らはもう華にとっては保護者ではなく、遠い場所でうごめく宇宙人になる。
猫を一匹胸に抱き、華は押入れへと逃げ込む。被害をさけるにはここが一番だ。わずかな空間に身を沈める。闇の中にのびる光の筋のむこうでは、二匹の宇宙人が戦っていた。
大人しく抱かれているミケ猫のサチの温かさが、胸からゆっくりと広がって、頭のてっぺんから足の先まで流れていく。目を閉じていると、それは猫ではなく、大きな神さまの手でかくまってもらっている気分になる。例えばサチはそんなとき、ニャンとも声をたてないし、目を閉じているのに、サチの体からうっすらと光がもれているように感じることがある。だから華は、一瞬神さまに変身したサチが、今日はどんな夢を華に見せようかと考えているんじゃないかといつも思っていた。
よく見たのは、ねずみの行列だった。
たくさんのねずみたちが後ろ足で立ち、行儀よく並んで行進する。せまい場所なのに、不思議とどこにもぶつからず、一方向に向かってだまって歩く。
みこしのようなものを担いでいるときもある。祭りの準備のようにも見えるし、どこかへ貢物を届けにいくようにも見える。もしかしたらお嫁入りの行列かも知れないとも思う。
よくわからないけれど、とにかく彼らはひたすら歩く。
うっかりふすまの向こうに出たら、宇宙人に食べられてしまうかもしれないのに、と華はいつも心配になるけれど、声をかけることはできなかった。
息をするのも恐いくらいの世界の中にかくれていなければ、すぐに見つかってしまう。衝撃音と、ののしり合う声だけが交錯する世界へとまたひっぱり出されるかも知れないのだ。
だから、見守るしかないのだ。細く、小さく息を吐きながら、ただ黙って見ている。
そうするうちに、闇は霧へと変わり、ねずみたちはまたどこかへと帰ってゆく。
みんな、それぞれの場所へと帰ってゆく。
華は華に、宇宙人は父と母に。
窓ぎわで、やっぱりミケ猫にかえったサチが、ふわりと大きなあくびをおいて夢の世界へ逃げてゆく。
cocoa