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―Tales of D―  作者: snoil
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第七話

ちょっとしたエピソードみたいなシーンです。

物語がひと段落して、ほっと一息つけるかと思います

 翌朝、ウィルトがトムと一緒に食堂へ降りていくと、十メートル四方ほどの決して大きくない部屋の中に人々が所狭しと座り、パンや干し肉などの粗末な食事をとっていた。

「これ、全部この城で暮らしてる人なの?」

「もちろん。アドキンスの計画に賛同してて、ほとんどが魔力を持った魔法使いさ」

 ウィルトは朝食をむさぼる人たちを、一人一人観察してみた。

 本を読みながらチビチビと食べる者、カップルと思しきお互いに食べさせ合っている男女、一人でぶつぶつと何やら呟いている少女――。ふとその少女と目が合い、ウィルトは反射的に目を逸らしてまた別の人を観察した。しかしどれをとっても、魔法使いの見た目には程遠い者たちばかりだ。

「ウィルト、あそこで食べよう」トムが指差した席は、幸か不幸か、例の怪しげな少女の正面だった。嫌だとも言えず、ウィルトはできるだけ少女の方を見ないようにしてトムの隣に座った。トムはテーブルの上の大盆からパンを二つ引っ掴み、一つをウィルトに投げてよこした。

「干し肉はあっちのテーブルにある。欲しかったらご自由に」

「うん」牢獄ではまともなものを食べていなかったので、ウィルトはすぐにパンにかぶりついた。

 出来る限り食べることに集中していても、少女の囁き声は嫌でも耳に入ってくる。しかも「あなたはパリから来たの?」「あたしはカーディフから逃げてきたんだ」「ところで、ウサギのシチューが食べたいなぁ」などというほとんど意味不明な内容で、ウィルトは少女は頭がおかしいのではないかと疑い始めていた。同時に、こんな席を選んだトムの気が知れなかった。一方のトムはというと、もう三つ目のパンをかじりながら、面白そうに少女のことを見つめている。少女の方は二人に気付いていないのかと思いきや、トムと同じくらい大きな茶色の瞳で、じっとウィルトの顔を覗き込んでいた。ウィルトは危うくパンを落としかけた。

「どうした、ウィルト?」

「い、いや――」ウィルトは慌ててパンを口に押し込み、干し肉をとりに行くふりをして席を立とうとした。

「待てよ、ちょっとこの子に君を紹介したいからさ」

 トムはウィルトを席に引き戻し、少女に向かって話しかけた。

「おーい、セリーヌ、聞こえる?」

「ねえ、そこにウサギはいるの? いたら嬉しいな」

「おい、セリーヌってば!」

「なあに? 聞こえてるよ、トム」セリーヌはウィルトから目を離さず、ニコリともせずに言った。セリーヌは、ベージュのノースリーブのワンピースを一枚着ているだけで、せっかくの長い金髪はぼさぼさ、腕は少し強く握れば折れてしまいそうなほど、病的に細く、青白かった。

「ねえトム、教えてよ、この子は誰?」

「それを今言おうと思ってたんだ――この子はウィルト・ウィリアムス。新入りだよ」

「ふーん」セリーヌは規則正しく、五秒に一回ずつ瞬きしながら言った。

「じゃあこの子も、例の<エクスタシー>ってやつなの?」

「はあ? 何だって!」

 途端にトムは腹を抱えて笑い転げた。<メクシタス>の間違いだろうと察しはついたが、ウィルトにはおかしくも何ともなかった。少女あまりの不気味さで、それどころではなかった。

「ウィルト、この子はセリーヌ・ダッシュウッド。変わったやつだけど、仲良くしてやってよ」トムはまだヒーヒーと脇腹を抱えたまま言った。

「あんたは、トムと違って魔力を持ってないのね?」

「う、うん」

「あたし、あんたを知ってるよ」セリーヌは言った。

「あんたのお父さんとお母さんにも、会ったことがあるもん」

「えっ?」ウィルトは思わずパンでむせ返った。「いったいどこで?」

「あの世に決まってるじゃない」セリーヌはにっこりと笑いながら言った。笑った表情はどこか可憐と言えなくもなく、きちんと手入れをすれば器量良しなのだろうな、とウィルトは思う。

 と、ここで突然セリーヌが真顔に戻り、ガタリと立ち上がった。その拍子にワンピースがだらりと下がって、右肩が剥き出しになる。セリーヌはそれを気にする風もなく、でたらめな鼻歌を歌いながらその場を離れて言った。

「あの子はただの人間なの?」

「そうだよ」

「……本当に変わった子だね」

「ああ。でもね、あいつ物凄く勘がいいんだ。あいつが言ったことは大抵、当たるんだよ。今の君みたいにさ」

「超能力ってやつかな?」

「かもね。超能力者ってみんなおかしな人だし」トムは四つ目のパンの最後のかけらを飲み込みながらモゴモゴと言った。

「あいつも君と同じで、計画に賛同してるわけじゃないんだ。親からも気味悪がられて捨てられてたところを、ルーワリンがたまたま見つけて連れて来ちゃったんだって」


 食堂を出ると、二人は城の見廻り役のナイジェル、オリバーと遭遇した。

「おはよう、ウィルト、トム」

「おはよう」

「……そうだ、ちょうど良かった、ウィルト」ナイジェルが思い出したように言った。「さっき、君に会いたがってた人がいたんだ。ちょっと来てくれ」

 ナイジェルに手を引かれ、ウィルトはトムとオリバーをその場に残し、早足で人気(ひとけ)のない回廊の奥へと進んでいった。

 暗い回廊の脇にはいくつもの扉が並んでいたが、ナイジェルは大分奥まで来てから、周りのものよりかなり小さい扉の前で立ち止まった。

「ここだ」

「誰がいるんだ?」

「会ってからのお楽しみだよ」ナイジェルはニヤリとしながらそう言って、コンコンと扉をノックする。すると中から「どうぞ」という返事が返ってきた。上品な高い声からして、どうやら女性らしかった。ナイジェルが扉を開けると、中は暗い回廊と違って大きな窓があり、外の光をたっぷりと取り入れた明るい空間になっていた。

「おはよう、ナイジェル」

「やあ、コンスタンティア。こちらがウィルト・ウィリアムスだ」

 ナイジェルが脇にどき、ウィルトはコンスタンティアと呼ばれた人物と対面した。

 それは、ウィルトがこれまで見てきた中で最も美しいと思える女性だった。流れるような長いブロンドの髪をたたえ、水色の正装に身を包み、朝日を浴びて燦然と輝くその姿は、まさに女神そのものと言っても過言ではなかった。コンスタンティアは円卓を挟んだ向かい側の椅子に座り、透き通るようなグレーの瞳でウィルトの姿を眺めている。

「はじめまして、ウィルト・ウィリアムス。どうぞそこに腰掛けて」

 コンスタンティアは、春の優しい風のような微笑みを浮かべながら言った。

「あ、あの、はじめまして」舌がもつれる。端から見ればさぞまぬけだろう、とウィルトは焦った。

「貴方に会いたかったわ……」

「えっ!? い、いや、その……どうも」

「それじゃあ、俺はこれで」

 ナイジェルはその場の空気を変に察したのか、そそくさと部屋から出ていってしまった。残されたウィルトはまともにコンスタンティアの顔も見れず、ドギマギしながら俯くばかりだった。

「貴方が混血(メクシタス)であることを、ルーワリンから聞いたわ」コンスタンティアが艶めかしく唇を動かす。

「王宮での出来事も何もかも――勇敢にも権力の横暴に立ち向かったそうね」

「いや、そんな」まだ陽が昇ってすぐだというのに、ウィルトは異様に暑かった。しわくちゃのフロックコートの上着を脱ぎ捨てたい衝動に駆られるも、それを必死で抑える。

「ウィルト、私は貴方のような勇敢な人をずっと待ち望んでいたの」

 コンスタンティアはそう言って立ち上がると、長く美しい髪をなびかせながら、ウィルトの椅子の後ろにゆっくりと歩み寄った。甘美な香りが嗅覚を刺激し、ウィルトは今や天にも昇る心地だった。

「実はね、ウィルト、私はこの国を作った偉人の一人――<美女>の末裔なのよ」

「<美女>の?」ウィルトは驚きながらも、それでこの異常なまでの美しさにも説明がつく、と納得していた。ゆっくりと後ろを振り返り、その完璧な容姿をまじまじと観察していると、コンスタンティアはフッと笑ってウィルトの顔を愛撫する。

「ねえ、それで、貴方に頼みたいことがあるのよ」

「頼みたいこと?」

「ええ」コンスタンティアはほっそりとした指で、ウィルトの頬を包み込む。

「あの宮殿に、<常若の香水>が保管されているのは知ってるでしょう?」

「はい」

「あれは本来、美女のものだわ。その子孫である私たちがこそが、受け継ぐべき秘宝だとは思わない?」

「お、思います……」ウィルトが答えると、コンスタンティアは耳元に口を近づけて囁いた。

「貴方はとても勇敢だし、アドキンスとも顔見知りだわ……もう一度宮殿に侵入することくらい、わけないわよね?」

「……ま、まさか」ウィルトは唇をなめた。「秘宝をとって来い、ってことですか?」

「貴方ならきっとできるわ……武術にも優れているそうじゃない?」

「そ、そんな、僕は――」

「もし、<常若の香水>を取り戻してくれたら」コンスタンティアはほとんど頬がくっつきそうになるくらいに顔を近づけて言った。「私は朽ちぬからだと究極の美を手に入れ、それを永遠に保持できる……そう、永遠に。そして貴方も、私とともに――」

 コンスタンティアは両腕をウィルトの首に巻きつける。豊かな胸を後頭部に押し付けられ、ウィルトはこの上ない幸福感に包まれる。女神とともに永遠に――まさに夢のようだった。夢見心地のまま、ウィルトは口を開く――。

「ちょっと待った!」

 まさにその時、扉が勢いよく開き、茶髪の少年が足音も荒くずかずかと乗り込んできた。トムはコンスタンティアを無理やり引き剥がすと、ウィルトを立ち上がらせ、おぞましい悪魔から庇うようにコンスタンティアの前に立ちはだかる。

「ナイジェルから話を聞いて来てみれば、やっぱりか」

「久しぶりね、トム」コンスタンティアは、ウィルトの時とは打って変わってつっけんどんとした態度で言った。トムの背後では、ウィルトが我を忘れて喚いている。

「おい、どいてくれ!」

「いいかウィルト、君は騙されてる」トムはきっぱりと断言した。「こいつは君を利用しようとしてただけだ――僕も以前、危うく引っ掛かるところだった」

「あら、人聞きの悪い」コンスタンティアが言った。

「愛されたい女性に尽くしてこそ、男ってものじゃない」

「なんて女だ……!」トムは口汚く悪態をついた。「外見はともかく、性根が腐り切ってる」

「そのひとにそんな口を利くな!」

「ちょっと黙ってろ、ウィルト」

「あなただって、いつまでもこの美貌を見ていたいと思わないの、トム? 香水を取り戻せれば、私は永久(とわ)に美しいままなのよ」コンスタンティアはうっとりとした表情で言った。

「ほらな、ウィルト。こいつは恐ろしい魔女だ。関わらないほうが身のため――」

「うるさい、どけよ!」

 ウィルトが叫んだ次の瞬間、トムの小さな体は宙に舞い、そして背中から床にしたたかに打ち付けられていた。ウィルトはコンスタンティアの前に駆け寄ってひざまずく。

「承知しました。僕はあなたのために――」

「<束縛バインド>」

 トムが素早く立ち上がって呪文を唱えると、ふっと現れた銀色の光のロープがウィルトを縛り上げ、トムの傍らまで引きずり戻した。

「畜生、東洋の武術なんか使いやがって!」トムは痛そうにうなじをさすった。

「それもこれも全部お前のせいだ、コンスタンティア」

「その子、東洋の武術まで使えるの? ……ますます凄いじゃない!」

「父さんから習ったんです」ウィルトが答えると、光のロープが伸びてウィルトの口までも塞いだ。

「これ以上は無駄だよ。王宮の警備は牢獄の何倍も厳重なんだ。ウィルトにだって破れるはずがない」

「やってみなきゃわからないでしょ」

「そうやって、これまで何人の男どもの人生をめちゃくちゃにしてきたんだ?」

「さあね。いずれにせよ、その中に貴方が含まれていないのは残念だわ」コンスタンティアは言った。

「僕にとっちゃ幸運だったけどね……。だいたい秘宝が欲しいなら、お前が自分で王宮に乗り込んで、アドキンスをたぶらかせばいいだろ」

「嫌よ。秘宝を手に入れるためとはいえ、そんな老いぼれの前でクネクネするなんて」

 コンスタンティアはあからさまに嫌悪感を浮かべた。

「私の好みは強くて若い男なの。ウィルトみたいにね」

「へえ、年下好きだったんだ? そりゃ初耳だね。どうりで僕のことも誘惑したわけだ」トムは痛烈に皮肉った。

「馬鹿言わないで! 本当は年上のくせに……」

「でも外見は年下だよ?」

「そうね。でも貴方みたいに、一生子供のままの不気味で気色悪い男なんて、こっちから願い下げよ」

 トムの表情が変わった。同時に、ウィルトが何か叫ぼうとしてもがく。

「ウィ、ウィルト?」

「なんてことを!」ウィルトは口のロープを振り解き、叫んだ。

「トムの気持ちも知らないくせに」

「あら、じゃあ貴方にはわかるって言うの? つい昨日、ここに来たばかりの貴方に?」コンスタンティアは美しい顔のままでせせら笑った。

「私だったら嬉しいことこの上ないわ。ずっと若さを保っていられるんだもの!」

「……トムの言うとおりだ。確かにあなたは綺麗だけど、中身は醜悪だ」

 ウィルトが言った。コンスタンティアは怒りもせず、見下すような眼差しでウィルトを見つめている。

「あなたの頼みには絶対に応じられない」

「本当にいいの? 後悔しない?」

「するわけがない」

「……そう、残念ね。せっかく私の好みだったのに――これは本当よ」

 ウィルトはそれ以上は何も言い返さず、トムの方を見る。

「トム、こんなとこ早く出よう。このロープを解いてくれ」

「わ、わかった」

 トムはパチンと指を鳴らして拘束を解いた。ウィルトはもうコンスタンティアのことなど見向きもせず、トムと一緒に足早に部屋を後にした。


「ウィルト、ありがとう」

 蝋燭が灯る回廊の中で、トムがぼそりと言った。

「僕のセリフさ。君が来てくれなかったら、誘惑されて身を滅ぼすところだったよ」

「僕だって、君があの女に反論してくれたから――」トムは口ごもった。そして一瞬黙り込んだかと思うと、急に足を止めた。

「なあ、ウィルト、正直に答えてくれ」

「何?」

「……僕はこの先、運が良ければ一〇〇年以上も生きることになる」トムは言った。

「その間、ずっと子供の姿でだ。老衰で死ぬときだって、そのままだ……。ウィルト、僕のこと、不気味だと思わないか? これから先、君は僕と違っていずれ大人になる。そんな時、子供の外見のままの僕と、まともに口を利いてくれるか?」

 トムは、自嘲的な悲しい笑みを浮かべながら、蚊の鳴くような声で尋ねた。

「トム、そんなの答えは決まってるよ」

 出会ってまだ一日と経っていないというのに、ウィルトにはトムがもう何年もの付き合いがある親しい友人のように思えた。それほど、トーマス・リンドバークは気さくで温かい心を持つ男だった。

「セリーヌ・ダッシュウッドに比べれば、君はちっとも不気味じゃないさ。僕が大人になったら――先のことはわからないけど、たぶん変わらず君と接していけるんじゃないかな。いや、絶対にそうなってるはずだ」

「本当?」

「もちろん」

「良かった!」

 途端にトムの表情には、暗い回廊をも明るく照らす、いつもの快活な笑顔の輝きが戻った。

「ところでさ、トム」

 ウィルトは、はしゃぎ回るトムに尋ねた。

「さっきコンスタンティアが言ってたけど、君って本当は何歳なの?」

「知りたい?」トムは悪戯っぽく笑う。「ウィルトよりは、たぶん年上だよ」

「僕は十五だよ」

「ふーん……そうだな、コンスタンティアが君より三つ年上、とだけ言っておこう」

 トムはあいまいに答え、この話題を打ち切ってしまった。







コンスタンティアの詳しい描写はあえてしていません。

皆さんの思う最上の美を彼女に投影してあげてください

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