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―Tales of D―  作者: snoil
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第五話

相変わらず物語の進行が早いです。

今回も急転直下の展開です。

 ウィルトはそれからの数日間、パーシーから父親の思い出や、戦場での出来事、または宮廷内の実態の話を聞いて過ごした。パーシーは久々に人と触れ合えたこと、しかも尊敬する人の息子と出会えたことが嬉しいらしく、みすぼらしい姿は相変わらずなものの、日に日に生気を取り戻していくようだった。ウィルトは一時の間とはいえ、囚われの身であることを忘れ、今まで知らなかったことを知る喜びに浸かっていた。

 初めて見た時は暗かったのでわからなかったが、パーシーの右の太ももには一本のナイフが深々と突き立てられていた。だが、ウィルトの視線がそのナイフの方に行くたびにパーシーの眼つきが変わるので、ウィルトはナイフについては追及しないことにした。




 数日後のとある昼下がり、支給された粗末な昼食をとっていた時のことだった。

 不意にウィルトの目の前の石床から、紫色の湯気が立ち上るように、何かがぼんやりと出現した。ウィルトは思わずスプーンを放り出して素早く後ずさり、その物体の姿をまじまじと見て、あんぐりと口を開けた。

「さ、宰相!?」

「こんにちは、ウィルト」クリフォード・アドキンスは煙のような姿のまま、素っ気なく挨拶した。前に王座の間で呼び出された召使とそっくりだった。

「アドキンス!」パーシーが嬉しそうに呼びかけるが、アドキンスは無視した。

「ウィルト、君に伝えねばならぬことがある。もちろん、君の取引に関することだ」

「何ですか?」

 ウィルトは沸々とわき上がる怒りを必死で抑えつつ尋ねる。アドキンスの顔を見ただけで、腹と後頭部がまたズキズキと痛んだ。

「これはつい昨夜、皇太子閣下及び重臣たちによる秘密の会議で決定したことだ。我々は君の非礼を許し、再び協力を求めることで合意した」

「へえ、そりゃ朗報だ……どうもありがとうございます」ウィルトは皮肉ったが、アドキンスは気にも留めない様子で続ける。

「そこで、改めて聞く。取引に応じる気はあるかね?」

「有りません」ウィルトは即答する。「皇太子が僕に謝罪しない限りはね」

「無礼者!」アドキンスは怒鳴った。魔法は唱えていないはずだが、ウィルトはプレッシャーに押されてまた少し後ずさった。

「良いか、次はないと思え。命は大切にするのだ。……よかろう、君がそのような態度をとるだろうということも予測して、我々は別の手も打ってある。ウィルト、私の部屋に来るのだ。今から看守を迎えに行かせる――」

「その前に、聞きたいことがあります」ウィルトはしっかりと言い放った。

「またかね。後にしてもらえるとありがたいのだが?」

「いや、今この場でです。……宰相閣下、十年前に僕の母の(かたき)を釈放したのは、あなたですね?」

 アドキンスの表情がみるみる強張った。

「な……何を根拠にそんなことを」

「とぼけないでください」ウィルトは語気を強めて言った。「あなたはエルフだ。だから、同じエルフである母の仇からも、真の動機を聞き出すことができた。そしてその後、報酬として無罪放免にした。違いますか?」

「……なるほど」アドキンスは気を落ち着けるように深呼吸をして、パーシーとウィルトを交互に見つめる。「ラングフォードから余計なことを吹き込まれたらしいな」

「余計なことじゃない!」ウィルトはとうとう怒鳴ったが、アドキンスは片手を前に出して素早くウィルトを制した。「そうだな、すまん。今のは失言だった。むしろこのことは、君が知るべき事実として私の口から言っておくべきだった」

 アドキンスが素直に謝罪したので、ウィルトは拍子抜けしてしまった。アドキンスはゆっくりと、掛けていた色つきの眼鏡を外す。その瞳は、母と全く同じ濃い紫色をしていた。眼と同じ色のローブから覗く肌も、やはり病的なまでに蒼白だった。

「ウィルト、君が先ほど言ったことは、半分は当たっておる」アドキンスは眼鏡を掛け直しながら言った。

「半分?」

「そう、私がエルフであるがために真の動機を聞き出せたという点だ。彼は、私がエルフであることを証明してみせると、すっかり信用して全てを打ち明けた。動機はもちろん、自分の意志ではなく、命令されてやったということもな。……だが、私は決して個人的な理由から彼を釈放したわけではない。ここだけは理解してほしいものだ」

「……あなたがエルフの社会から追放されたこと、社会的正義を重んじていることも既に知りました」ウィルトは、これ見よがしにパーシーをちらりと見ながら言った。

「あなたは善かれと思ってそのような行為をした――国家の危機を招かないために?」

「……そうだ」

「では、個人的にはそれが正しい行為だと感じましたか?」アドキンスは一瞬黙り込んでから、小さな声で「いや」と答えた。

「彼の犯行は明白だった。私も、同族とはいえ死刑に値する者を釈放することを正しいとは思わん。君たち人間が、人間の死刑囚を許し難いのと全く同じだ」

「……それを聞いて安心しました」ウィルトは、アドキンスが本心から言っているのかどうかまだ決めかねていたが、とりあえずは話を切り上げることにした。

「では最後に一つだけ、どうしてラングフォードさんは、罪を着せられてこんなところにいるんですか?」 

 ウィルトがそう言うと、パーシーはちょっと嬉しそうに微笑む。

「信用に値する者からの密告があったのだ」アドキンスは答えた。「こやつが自身の地位を悪用し、エルフどもと組んでアングルシー州を乗っ取る計画を立てているとな」

「それは嘘の密告でした」

「……なぜそう言い切れる?」

「彼が自分は無罪だと言っているからです」

 アドキンスは呆れた返った表情で、軽蔑するようにフンと鼻を鳴らした。「そして、君はそれを信じたわけかね? 罪人という生き物は、たいてい無罪を主張するものだということを、まさか知らぬわけではあるまい?」

 言われてみれば、確かにウィルトはパーシーが無罪であるという確固たる証拠を掴んでいるわけではなかった。しかしそれでもウィルトは―父の友人という事実を除いたとしても―パーシーは無実であるという確信があった。「でも、もし冤罪だったら――」

「そこまでだ」アドキンスは非情に言った。「ラングフォードのことは、君が口を出せるような問題ではない。未遂に終わったとはいえ、こやつが犯した罪は、国家転覆をも狙った極めて重大なものだ。無関係な一般市民、それも成人にすら達していない君のような者が、この件に関わる資格はない」

「僕にはわかるんだ! この人はそんなことをするような人じゃない」

「いいや、君にはわからぬ!」アドキンスは負けじと怒鳴り返す。

「牢獄に空きがなかったのでやむを得なかったが、君をラングフォードと同房にしたのは間違いだったようだ。……さあ、もう話は終わりだ。間もなく看守が来るだろう」

「ウィルト、もういいんだ」

 アドキンスが姿を消すと、パーシーは精一杯微笑みを保ちながら言った。

「君だけがわかっていてくれればそれでいい。もう十分だよ」





  数分後、ウィルトは両手両足を頑丈なロープで椅子に縛られた状態で、宰相執務室の机の前に座っていた。机の向こう側では、険しい顔のアドキンスが机の上で指を組んで腰掛けている。その手の傍らには、紫色の布が被せられた<不死の壺>が置かれていた。

「君も父親と同じく武術の才があると聴いているのでな。あくまでも念のためだ。すまぬが我慢してくれんか」 アドキンスはきつく巻かれたロープを見ながら言った。

「全然大丈夫です」

  ウィルトは皮肉を込めて無愛想に応える。

「左様か。では早速、本題に入るとしようかの」アドキンスはそう言うと立ち上がり、ウィルトと机の間をゆったりと往ったり来たりし始める。何かを話す時の癖なのだろうな、とウィルトは思った。

「さて、ウィルトよ。君があの牢獄に入れられていたのは、皇太子閣下に対して無礼を働いたためだ。よってその罪が許された以上、君は自由の身だ」

「……これのどこが自由の身なんでしょうか?」

「おお、もちろん、君が我々の条件を呑んでくれればだ」アドキンスは当然のことのように言う。「さて、どうかね?」

「宰相閣下、少々誤解していませんか?」ウィルトは言った。

「僕はあなたたちが望む有望な人材のはずだ。牢獄の中で一生を終わらせる気は無いのでしょう?」

「もちろん、無い」アドキンスはきっぱりと答える。「だからこうして、どうにか君の協力を得ようと手を尽くしておるのだ」

「宰相閣下」ウィルトは努めて丁寧に言った。「ですから、誤解しています。もし僕の協力を得たいと言うのなら、条件を出すのは僕の方ではありませんか?」

 アドキンスはピクリと片眉を吊り上げる。「君の条件?」

「はい。……まず一つ目、母の仇を見つけ出し、始末すること。二つ目、皇太子閣下に『利用価値』という言葉を取り消していただくこと。三つ目、パーシー・ラングフォードを解放すること」

 最後まで言い終わらないうちに、アドキンスはウィルトの座る椅子の前で立ち止まり、感情のこもらない表情でゆっくりとウィルトを見下ろしていた。

「ウィルト、残念だが」アドキンスは、重々しく口を開く。「一つ目以外、特に三つ目に関しては全くの論外だ」

「拒むことはできないはずですよ。この条件以外では、僕は絶対に協力しませんから」

「……数日前にあれほど痛い目に遭ったというのに、君は学習しておらんのか?」アドキンスはやや語気を荒げる。

「身分をわきまえるのだ。あるいは、相手のそれを尊重するということを、そろそろ覚えるべきだ」

「そちらこそ、身をわきまえたらどうです? 僕の方が有利なんだ。あなた方は僕に協力を願い出ている立場ですよ?」ウィルトは礼儀もかなぐり捨て、ケンカ腰で言い返した。

「ほう、君の方が有利とな? 本気で言っているのかね?」アドキンスはますます眉を吊り上げながら言う。

「ならば、誤解しているのはやはり君だ」

「何とでもどうぞ。僕は一生牢獄で暮らす覚悟はできてます」ウィルトは精一杯胸を張り、本心から言っているかのようにアピールした。アドキンスはやれやれと肩を竦めて溜め息をつくと、再びウィルトの前を往復し始める。

「……ふむ、君がそのような態度をとり続けるのであれば……我々としても最終手段に訴えるしかあるまいな」

 アドキンスはウィルトに話しかけるというより、自分自身を納得させるような口調で言った。

「さて、ウィルト、君はカーマーゼンの孤児院で育ったのだったな?」

「はい」

「あそこは良いところだ」言いつつも、アドキンスはうっとりしているような素振りは一切見せない。

「カーマーゼン――実に良い街だ。豊かで活気があり、治安も良く、自然にも恵まれておる。君は素晴らしい土地で育ったのだ」

「……はい」

「あの街の富豪と言えば、やはりブレイズ家、コールマン家、クロムウェル家、オースティン家、それにブラックストーン家が五本指に数えられるかの」ウィルトは聞き覚えのある名前に反応し、ピクリと身体を動かした。

「……そう言えば確か、君はブラックストーン家のご令嬢と、孤児院に連れて来られてからの幼馴染だと聞くが」アドキンスは言葉を切り、チラリとウィルトを盗み見る。部屋の温度が一気に下がってしまったかのように、ウィルトの顔からみるみる血の気が引いて行った。

「慈悲深いブラックストーン家の方々も、君に温かく接してくれているそうだな。特にご令嬢は、君の唯一の話し相手だったとも聞いておる。器量も性格も実に良い、聡明で優しい()だ――」

「ふざけるな!」ウィルトは怒りに震える声で叫び、何とか立ち上がろうともがいた。

「フェリシアは関係ないでしょう!」

「ああ、そうだとも」アドキンスはあくまで穏やかだった。

「君は関係ない者を巻き込みたくなかろう? ならば、取るべき選択肢は一つしかあるまい」

「卑怯者!」ウィルトは椅子の上でのた打ち回りながら、無我夢中で喚いた。「こんなことが許されてたまるか――立派な犯罪じゃないか!」

「君が我々の条件を呑みさえすれば、そのような犯罪は起こらぬ」

「こんな非道なやり方で、僕が心からあなたたちに仕えるとでも思うんですか!?」

「思わん」アドキンスはウィルトの喚き声など何処吹く風で答える。

「だから最終手段と言っただろう。好きでこのような脅迫行為をしているわけではない」

「好きでやっているわけじゃない?」ウィルトはあまりの理不尽さに歯軋りした。「また、社会的正義の為ですか? いったいどこが正義だって言うんだ! 母さんのことにしろ、どうして僕だけが、そんな馬鹿げた正義の犠牲にならなくちゃいけないんですか?」

「君のような者がいてくれるからこそ、社会は成り立っている。君は社会の――いや、この国の礎となるのだ」

「それを名誉なことだと思えとでも?」ウィルトは満身の力で立ち上がろうとしたが、とうとう椅子ごと音を立てて倒れてしまった。

「胸糞悪くなるだけですね、こんな国。宰相も皇太子も、腐臭がするような――」次の瞬間、ウィルトはアドキンスの無言の呪文によって、見えない両手に下顎と脳天を押さえ付けられ、それ以上何も言えなくなった。唇がしっかりと縫い付けられてしまったかのようだった。

「ウィルトよ、私にならいくら憎まれ口を叩こうとも一向に構わん。だが、神聖なる王族に対しては、この私が断じて許さぬ!」

 アドキンスは机の上の壺を手に取り、指をパチンと鳴らしてウィルトを再び座らせる。口が利けなくなったウィルトは、ありったけの憎しみを込めて宰相を睨み付けた。

「さて、それでは三たび訊こうかの。寿命を魔力を交換して、我々に仕えるか? あるいは再び牢獄に戻り、我々が残虐極まりない行為に及ぶのを指をくわえて見ているか? 今、この場で選ぶのだ」

 ウィルトが答えず、尚も全身から憎しみのオーラを発していると、アドキンスはグッと顔を近づけ、これまでになく恐ろしげな形相で凄んだ。

「今すぐ選べ」

 追い詰められたウィルトの答えは、ただ一つしかなかった。

「……仕えます……あなた達に」

「よろしい!」アドキンスは、先ほどまでの表情が嘘だったかのようにパッと顔をほころばせる。

「ただし、予め忠告しておきます」ウィルトは、極力抑えた声で言った。

「正義の為だろうが何だろうが、僕はあなたを――この国を、どんなことがあろうと絶対に許さない。これから先、ほんの少しでも隙を見せれば躊躇うことなく裏切り、たとえサクソン人やエルフと手を組んででも、この国をあなたもろとも、めちゃめちゃに壊してやる。……そのリスクを背負う覚悟はありますか?」

「当然だ」アドキンスは即座に答える。「私はそうなることは絶対にないと確信しているし、それを防ぐために全力を尽くす覚悟はとうにできておる。……君の方こそ、腹は括っているのだろうね? 君はこれから莫大な寿命と引き換えに莫大な魔力を手に入れ、短期間に過酷な訓練を終えたのち、この上なく激しい戦いが繰り広げられている最前線へと送り込まれるのだぞ」

「もちろん。望むところです」ウィルトは決然と言い放った。

  「なるほど。大いに結構だ!」

  アドキンスは怯むどころか、満足そうな笑みすら浮かべて言った。

「では早速、取引に入ろうかの。まず君は――」

 


 その時だった。

 執務室の扉が勢い良く開き、何者かが倒れ込むように中に入って来た。よく見ると赤いローブを着た若い召使の男で、四つん這いになって肩で息をしながら、血相を変えて何かを伝えようとしている。

「いったいどうしたというのだ? 私が許可を出すまでは、入室を禁じたはずだが」アドキンスが緊張の面持ちで召使に駆け寄る。召使は顔をアドキンスに近づけ、怯えた声で途切れ途切れに言った。

「さ、宰相閣下……お逃げください」

「何とな?」アドキンスは仰天して、素っ頓狂な声を上げる。「何事だ」

「国王陛下が、閣下の例の計画をお知りになりました」召使は今にも泣き出しそうだった。

「陛下はひどくお怒りで、皇太子閣下は現在国王の自室で尋問されています。つい先ほど、宰相閣下にも連行命令が下されました。また、そこにいる混血(メクシタス)を殺せと……間もなく衛兵がここにやって来ます!」

  アドキンスは全く信じられないとばかりにしばし呆然と立ち竦み、召使を見下ろしていたが、ふと我に返り、パチンと指を鳴らす。

  途端にウィルトをきつく縛り付けていたローブが解け、ウィルトは反射的に立ち上がって後ずさった。アドキンスは切羽詰まった様子で言う。

「……君だけでも逃げるのだ。この部屋を出て右に曲がると、四つ目の扉が移動の間になっておる。官僚専用のセフィロトが植えてある」

「いったいどういうつもり――」

「説明している時間はない!」アドキンスは見るからにうろたえ、必死だった。

「よいか、行き先はグウィネスのカナーヴォン城だ。そこに行けば、全てを説明してもらえるはずだ」アドキンスは言いながら大股でウィルトに近付くと、何かをぶつぶつと呟きつつウィルトの胸の前に指で渦を描く。目に見える変化は無いが、ウィルトは自分の中で鍵のような何かが外れるような感覚を覚えた。

  そうこうしている間にも、開け放たれたドアから慌ただしい足音や人の声が聞こえてくる。アドキンスはウィルトから離れ、今度は召使に命令した。

「お前はあの者を移動の間まで速やかに誘導し、護衛するのだ」

「か、かしこまりました」

  召使はガクガクと痙攣するように頷く。それを見届けると、アドキンスはウィルトの手を乱暴に引っ張って、ドアの前まで引き寄せ、言った。

「君は我々の希望なのだ。必ずや生き延びてくれ」

「宰相閣下……?」

「さあ、もう行くのだ!」

  アドキンスに背中を押され、ウィルトは召使と共に回廊に出た。ところがちょうどその時、左側の角を曲がって来た二人の衛兵と鉢合わせしてしまった。さらに悪いことに、右側からも四人の衛兵が姿を見せる。ウィルトは一瞬の迷いの後、右側の衛兵たちを力づくで蹴散らそうと身構える。

「<衝撃(インパクト)>!」

  聞き覚えのある声とともに、四人の衛兵が仰向けに吹き飛んだ。

「ここは任せろ!」アドキンスが、左の衛兵も吹き飛ばしながら叫ぶ。

「こちらです、急いで!」

 ウィルトと召使は吹き飛ばされて呻く衛兵たちを乗り越え、一直線に回廊を走った。一つ目の扉、二つ目、三つ目――。

「動くな!」突然、銅鑼声が二人を呼び止めた。正面の角から回って来た新手の三人の衛兵が、槍を構えて走ってくる。ウィルトが素早くアドキンスを振り返ると、どうやらあちらも別の新手の対応に追われ、ウィルトたちをサポートする余裕はなさそうだった。

 ウィルトは大声で悪態をつくと、意を決して三人に向かって突進した。不意を突かれた衛兵の一人のこめかみを殴りつけ、さらに槍を避けて屈むと同時にもう一人の足を蹴り払う。格闘術に関しては父の素質を受け継いでいるうえ、孤児院の格闘家志望のガキ大将にみっちり鍛え上げられている。ウィルトは最後の一人にも首にハイキックをお見舞いしてKOすると、四つ目の扉に疾走した。召使は感心したような声を上げ、慌てて続く。ところが辿り着いたは良いが、ささくれ立った古い木の扉には、しっかりと錠前がかけられていた。ウィルトはまたも口汚く悪態をつく。

「くそっ! 鍵は?」

「いえ……」

「……蹴破るしかないのか」

 ふと、ウィルトは呻き声を耳にして横を見る。先ほどアドキンスに吹き飛ばされた四人が、再び立ち上がりつつあった。

「僕が蹴破る。それまで援護してください」

「は、はい」

 召使は甲高い声で答えると、指をパチンと鳴らす。どこからともなく現れた短い槍が、その手に握られていた。

「あなたも魔法を使えるの?」ウィルトは、緊急事態だというのにどうでも良いことを尋ねる。

「はい。城の者たちは大抵使えます。……そんなことより、早く扉を!」

 城の者たちは大抵使えるだって? ウィルトは肩から思い切り扉に体当たりしつつ、急に不安を覚えた。ということは、衛兵たちも使えるということなのでは……?

 悪い予感は不運にも的中した。

 立ち上がった衛兵が「<衝撃(インパクト)>!」と唱えると、ウィルトは脇腹に衝撃を食らって横向きに倒れこむ。アドキンスほどの威力はないものの、ウィルトはあまりの痛みで小さく悲鳴を上げた。数秒の悶絶の後にウィルトがよろよろと立ち上がると、召使が槍を片手に振り回しながら、次々にナイフを出現させ、相手に投げつけて奮戦していた。ウィルトはとっさにある考えを思いつき、移動の間の扉を見て確認する――かなり古びていて、頑丈だとは思えない。ウィルトは小声で召使に言った。

「この扉を魔法で破壊してくれないか?」

「魔法?」召使は衛兵から目を離さずに尋ね返す。

「衝撃呪文でですか?」

「そう、それ」

「私程度の威力で、通用しますか?」

「あの衛兵たちと同じくらいなら、いけると思う」

 わかりました、と召使はうなずくと、素早く片手を扉に向けて叫んだ。

「<衝撃(インパクト)>」

  呪文が命中し、ベキッという音と共に扉がへこみ、歪む。しかし、それ以上は動かない。それでもウィルトには十分だった。ウィルトが渾身の力で再度ぶつかると、扉は部屋の内側へ吹き飛ぶ。現れた部屋は吹き抜けになっていて、カーマーゼンの広場にあったものよりか幾分小さいセフィロトの樹がそびえ立っている。

「うっ!」

  不意に召使いがうめいた。振り返って様子を見ると、槍を持った方の右手を、深々と衛兵の長槍に貫かれている。ウィルトはその槍の柄をへし折り、召使を庇うように前に出る。

「もういい加減諦め、神妙にせよ!」

「嫌だ」ウィルトは言い返しつつ、背後の召使に囁く。

「あなたは抵抗した。捕まれば僕もろとも殺される。……僕と一緒に行こう」

「無理です」召使は言った。

「移動の間の木は、官僚あるいは許可を受けた者以外は使えません」

「そんな……」

  ウィルトは眼をぎらつかせてじりじりと迫って来る衛兵たちを見ながら、他に方策はないものかと急いで考えを巡らす。

「私などに構わず、早く逃げ延びるのです」

「でも――」

「私は仕えた者に全てを捧げる身、命令を遂行した後に死ぬのは本望です!」

  召使はウィルトを睨み付けながらそう言ったかと思うと、腕に刺さった槍の先端を引き抜き、ウィルトの脇から衛兵に向かって素早く投げつけた。槍は一人の衛兵の太ももに突き刺さり、鋭い悲鳴が回廊にこだまする。

「さあ、今のうちに!」召使はウィルトを横に押しのけると、傷ついた片腕をだらりと下げたまま、他方の手で再びナイフを投げつけ始めた。

「行かせん!」

 衛兵の突き出した槍がウィルトの鼻先を掠めた。ウィルトはその槍を強く引っ張って衛兵をよろめかせ、同時に顎にガツンと強烈なアッパーを浴びせて失神させる。ほっとしたのも束の間、もう一本の槍が今度は肩を掠め、鮮血が舞い散った。ウィルトは手刀で素早く槍を振り払うと、意を決して移動の間へと足を滑り込ませる。

 ウィルトは最後にちらりと召使を振り返った。召使もこちらを一瞬見やると、力強く笑みを浮かべて見せた。ウィルトは口に出さずに心からの礼を述べると、小声で「グウィネズ、カナーヴォン城」と言いながら、セフィロトの洞へと勢いよく飛び込んだ――。



 景色がぐるぐる回転し、あっという間に暗闇に包まれる。


 そしてウィルトは、またしても何も見えなくなった。






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