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―Tales of D―  作者: snoil
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第一話

『<サクソン人にご用心!> 昨今の話題になっているサクソン人が、このカーマーゼンの街の付近でも目撃されたとの情報が入っています。サクソン人は極めて好戦的で、装備も我々の常備軍のそれを遥かに凌駕する性能です。素人ではまず太刀打ちできません。彼らは抵抗しなければ一般民衆を攻撃することはないと宣言していますが、安易に信用してはなりません。仮にそうだとしても、結局は脅され、家族や自分の命と引き換えに土地や財産を失うことになるでしょう。武装したサクソン人、あるいはそのスパイと思しき不審人物を見かけた場合は下手に手を出さず、速やかに最寄の治安維持官駐屯地(通称PKB)、もしくは巡回中の治安維持官に必ずご報告下さい』

 

 黒髪で長身の青年――ウィルト・ウィリアムスは立ち止まり、そのエメラルド色の瞳で、昨日までは貼られていなかったポスターを見ていた。顔が火照ってくるのを感じる。もちろん、真上から照り付ける夏の太陽のせいではない。爪が手の平に食い込むほどに強く拳を握り、ポスターにでかでかと掲げられたサクソン人の顔を今すぐにでも引き裂きたい衝動に駆られる。そうしないのは、ポスターの右下に小ぢんまりと「ポスターを損壊すれば罰金として銅貨三枚を徴収します」と書かれているからだった。ウィルトは小声で悪態をつき、また人通りの中を歩きだした。

 早く明後日が来ないだろうか、とウィルトは思う。――明後日になれば、僕は晴れて十五歳だ。治安維持官育成学校に入学できる資格を得られるのだ……あそこに入れば、惨めな孤児院生活ともおさらばできる。

 ウィルトは賑やかなカーマーゼンの街中を歩いていた。市場では珍品から日用品までありとあらゆる物が売られているが、そんなものを買う金などない。だがそんな暮らしもあと二日でお終いになるのだ。治安維持官育成学校には、既に入学の確約を取り付けてある――それは特別待遇、つまりは学費免除で通学を許可するということも意味していた。

 ウィルトは地面を見つめながら想像を膨らませる。――そしてゆくゆくは一人前の治安維持官として、サクソン人を駆逐する戦いに参加できる。さらには上層部に食い込み、連中にこの手で復讐することさえできるのだ……。

「ウィルト?」

 急に自分の名を呼ぶ聞き覚えのある声がして、ウィルトは足を止めて顔を上げた。そこには輝くような白い肌をした長い茶髪の少女が、清潔なピンク色のワンピースを着て、その大きな黒い瞳でウィルトを見つめていた。

「フェリシア」

 ウィルトは幼馴染の名を呟く。

「何かいいことでもあったの?」

「どうして?」

「だって、笑ってたじゃない」

 フェリシアが言う。どうやら残忍な目標を考え込んでいるうち、無意識のうちに笑みを浮かべていたらしい。

「そうか? ……光の悪戯だろう」ウィルトはごまかした。

「そんなことより、ここで何してるんだ?」

「買い物よ」フェリシアは片手に持っている、ワラ編みの洒落た手提げかばんを振った。

「リンゴとパンを買って来てくれって、母さんに頼まれたの。ウィルトは?」

「あー……見物さ」ウィルトはつとめて気楽に言った。

「品定めしてたんだ。そろそろ新しい服が欲しくて」

 これは本音だった。ウィルトが今着ているのは、継ぎ接ぎだらけのズボンに黄ばんだ白いシャツ、深緑色の革のベストと、お世辞にも普通以上の生活を営んでいるとは思えないものばかりだ。


「あっ」二人で並んで市場を歩いていると、フェリシアが不意にパッと口に手を当てる。「そう言えば、ウィルトの誕生日って明後日だよね?」

「えっ、まあ……そうだけど」

「プレゼント、服にしようか?」

 とんでもない、とウィルトは首を振ったが、内心ありがたかった。確約を取り付けてあるとはいえ、この格好のまま面接や試験を受けるとなると、試験官の印象にどう影響するかは明らかだ。

「パパとママもきっと賛成してくれるよ」フェリシアが言った。「どんなのがいい?」

「要らないって。どうせ育成学校に入れば新品の制服が支給されるんだし」

「だめよ」フェリシアはきっぱりと言い切った。

「悪いけど、普段からそんな格好じゃ、ガールフレンドどころか男の友達さえも寄って来ないわ」

「友達なんか必要ない」ウィルトは反論した。「何度も言うけどさ、フェリシア、僕は友達やガールフレンドを作るために育成学校に入るわけじゃないんだ――」

「そうね。でも、こっちも何度も言うけど、どちらもいないよりはマシだと思わない?」フェリシアはフンと鼻を鳴らす。

「とにかくあなたは明後日、私に新しい服をもらう。それで決まり」

「勝手に決めるなよ」

「あなたこそ勝手に決めないで。私があなたに何かプレゼントしようがしまいが、私の自由よ」

「僕だって、君のプレゼントを受け取るかどうかは自由だ。受け取らずに放置するかも」ウィルトはフェリシアよりも明らかに小さな声で言った。

「そうね。でも、あなたはそんなことをするような男の子じゃないもの」

 褒められているのか上手く言いくるめられたのかわからず、ウィルトは立ち尽くした。その間にフェリシアは大股でどんどん歩き続け、やがて人ごみの中に消えて行ってしまった。


 


 ウィルト・ウィリアムスの両親、エドウィンとカトリーナは、十年前にサクソン人とエルフによって殺害された。エドウィンはカーマーゼン地区治安維持官自衛部隊隊長で、卓抜した格闘術を身に着けていた――その才能はウィルトにも受け継がれている――。しかしモンマスシャーでの戦いに敗れた際、奮戦及ばず戦死した。一人で十人ものサクソン人兵士を倒した末に力尽きたのだという。それでサクソン人の恨みを買ったのか、エドウィンの遺体は見るも無残な姿にされたらしく、帰ってきたのは右耳だけだった。カトリーナは悲嘆にくれた。自ら命を絶って後を追おうとした回数も少なくなかった。しかし数ヶ月が経過し、ようやくウィルトの為にも気力を取り戻さねばならないと再び立ち上がりかけた矢先、カトリーナはエルフの刃に倒れた。その後治安維持官に捕まったエルフの刺客は、人間の女が縄張りを侵したから殺した、という不可解な動機を供述した。結局、エルフたちと揉め事を起こすことを恐れ、上層部はそのエルフの言い分を認めて無罪放免としてしまった。

 こうしてウィルトは孤児院に収監され、サクソン人・エルフ・上層部に対する激しい憎しみの炎を燃やしつつ育った。ウィルトの孤独を好む性格や奇異な言動から、孤児院の子供たちは皆ウィルトを避けた。口をきいてくれるのはせいぜい孤児院の親切な職員や、十年来の幼馴染のフェリシア・ブラックストーンとその家族くらいの者だった。




 ふと気が付くと、辺りはもうオレンジ一色だった。西陽が鋭い刃の切っ先のようにウィルトの眼を突き、思わず眼を細める。

 そろそろ帰る時間だ。ウィルトは太陽に背を向け、孤児院へ戻る道を歩き始めた。


 林の中にひっそりと建っている木造の孤児院の前には、男の職員が一人だけ扉の前に立っていた。どうやら戻ってきたのはウィルトが最後のようだった。職員はウィルトを見つけると、手を振って早く来いと合図を送った。

「何ですか?」ウィルトは早足で職員の元に向かいながら尋ねる。

「君に手紙だ」職員は片方の手に持っている、金の糸で丁寧に巻かれた高級羊皮紙を手渡した。

「手紙?」

 ウィルトは巻紙を受け取り、まじまじと見つめた。思えば誰かから手紙を貰うのは、人生で初めてかもしれない。

「手紙だって? 僕に?」

「そう、間違いなく君にだ」職員は言った。「しかもただの手紙ではなかった。それは――それはおそらく、勅命だ」

「勅――え?」

「私は勅使からそれを受け取った。勅使は君に渡せと言っていた」

「ばかな」ウィルトは口の中が乾いていくのを感じた。「何かの間違いでしょう?」

「残念ながら、違う」職員はにべもなく言った。

「その紙は誰にも見られないよう、必ず自分の部屋で開けること。いいな?」

 職員はそう忠告すると、呆然とするウィルトをその場に残してさっさと建物の中に入って行った。






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