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―Tales of D―  作者: snoil
13/13

第十二話

 十分以上も歩いて森を出ると、太陽はやや西に傾きかけていた。エルフたちは三人が森から出るのを見届けてから縄を解き、小声で悪態をつきながらその場を立ち去って行った。

「今日は最高の一日だぜ、全く」トムが吐き捨てる。

「陽も昇らないような時間に早起きして、人混みにもまれ、衛兵に追っかけられ、挙句の果てにエルフに殺されかける。なかなかできない体験だったよな?」

「ああ」

 ウィルトは上の空だった。

 エルフの森を離れ、付近の小さな村の中心部にあるセフィロトに向かって歩きながら、ウィルトはずっと無言で考え込んでいた。もうちょっとだけ、マックスと話をしていたかったな、とウィルトは悔やんだ。もっと母についていろいろなことを聞きたかった。たった四年半しか一緒に居られなかった母のことを――。いったいどんな性格で、どんな喋り方で、どうして人間に恋をしたのか。ウィルトには知らないこと、長い年月を経て思い出せなくなってしまったことが、あまりにも多かった。

「おーい、ウィルト、聞いてる?」トムの声で、ウィルトは現実に引き戻された。

「……ごめん、何?」

「だから、もうこれで帰るってことにするのかって」トムの目の前にはセフィロトがあった。どうやら、いつの間にか村の中心に辿り着いていたらしい。

「それとも、まだ帰らずに調べたいことがあるか? せっかくルーから三日間の許可を貰ったわけだし、このまま一日と経たずに帰るのも何だかもったいない気がしてさ。そりゃ、確かに今日は疲れたけどな」

「僕は――」ウィルトは口ごもった。

「どうした?」

「僕は……その……」

「遠慮しなくていいんだよ、ウィルト」

 セリーヌが歌うように話しかける。

「あの世の生き物みたいに、自由に気ままに言ってみて」

「あの世に生き物がいるなんて、初耳だよ」トムは小さく笑った。

「あのさ、僕、行ってみたい場所がある」

 ウィルトはセリーヌの勧めに従って、思ったことをそのまま自由に口にした。

「どこだ?」

「僕の生まれ故郷――ペンブルックシャーだよ」ウィルトは言った。

「僕は母さんが死んでからすぐに、カーマーゼンの孤児院に引っ越した。……ペンブルックシャーには辛い記憶しか残っていないから、昔からあんまり行きたくなかったんだけど、気が変わった」

「思わぬ場所で、叔父さんに会えたからだろ?」

「それもあるけど、純粋に知りたくなったんだ、僕の両親のことを」

「そこで何か得るものはある?」

「わからない」ウィルトは苦笑した。

「とにかく、僕は行ってみたいんだ。トムとセリーヌは、カナーヴォン城に帰っても構わない。一人でも行けるさ」

「馬鹿言うな」とトム。

「忘れたわけじゃないよな、君は仮にも王宮から追われてる身だぜ? そのうえ手負いだ。そんなやつを一人で行かせるような奴の気がしれない。だろ?」

「ありがとう、トム」

「あたしも行くよ」セリーヌも言った。「そこに行けば、もう一度あんたのご両親に会えるかもしれないから」

「よし、決まりだな!」トムは言った。「ウィルト、目的地は?」

「ペンブルックシャー、フィッシュガード」

「了解。……ペンブルックシャー、フィッシュガード!」


 ウィルトはセフィロトの樹の洞から出ると、陽射しに目を細めつつ、立ち止まって辺りを隈なく見渡す。当然のことながら、懐かしき生まれ故郷はすっかり見違えていた。全く別の街だと言われても違和感がないほどだ。市場の店の様相はことごとく変わり、家族でいきつけだったパン屋や理髪店も、今や立派な一軒家に取って代わられていた。

 それでも、家までの道のりまでは大きく変わっていない。よく父の出勤を見送りに、母と一緒に家からこの樹まで往復したものだ。ウィルトはおもむろにその道を歩き出した。

「とってもいい所だね」セリーヌが言った。

「ああ。人混みがないのが特にいいね」

「僕が住んでいたころは、もっとたくさん人がいたんだ」ウィルトは答える。

「もっとたくさん家や店もあって、緑もいっぱいあった。昔に比べると、少しさびれた感じかな」

「きっと、ご両親がいなくなったせいだよ」

 トムは冗談半分、といった様子だった。

「それもあるかもな。人殺しが起こった町となれば、そりゃ評判は落ちるだろうし」とウィルト。

「父さんもちょっとした有名人だったから、この町の賑やかさに一役買ってたのかもしれない」

 その後はウィルトは口を閉じ、行く道の途中でかつての知り合いの家や、馴染み深い店などを探した。だが、それらのほとんどはすでに姿形もなく、空地や売地になっていたり、新しい物件が建っていたりした。

「ここだ……」

 大通りを右に曲がったところにある、ひっそりとした住宅街の外れに、かつてのウィリアムス家は今も変わらずそこにあった。多少傾いてしまってはいるが、落書きや目立った傷などは一切なく、ウィルトはタイムスリップしたかのような錯覚に襲われた。今にもあの扉が開いて、幼い自分と両親が笑いながら出て来そうだった。周囲の代わりぶりに比べれば、その不変さはまさに奇跡と言っても良いくらいだった。

「ウィルト……」

 トムの声と、頬を伝う液体の感触で、ウィルトはふと我に返る。汗かと思ったが、違う。どうやら無意識のうちに涙をこぼしていたらしい。ウィルトは慌てて顔を背け、必死で涙をぬぐった。

「ウィルト、大丈夫か?」

「も、もちろんさ。全然心配ないよ……」

「こんなこと僕が言うのも何だけど、まず先にご両親の墓に行って、きちんとお参りしてからの方がいいんじゃないか?」

「いや、墓はここにはないんだ。父さんの墓は治安維持官専用の墓地、母さんは別の場所の共同墓地に眠ってるから。そもそも父さんは右耳しか戻って来なかったしね」

 ウィルトは最後に大きく鼻をすすってから、辺りに誰もいないのを確認する。人前で廃屋に押し入るのは憚られたからだった。ちょうど一番暑さが厳しい時間帯で、誰も好き好んで出てくることはなさそうだ。

 ウィルトは意を決して歩み寄り、十年ぶりに我が家のドアノブを捻った。

 屋内には夥しい数のクモの巣が張っており、廃屋特有のカビ臭さがツンと鼻を突く。ウィルトは思わず顔をしかめた。この十年間、取り壊されなかったのが不思議なくらいだ。

 まずは、ダイニングルームを回ってみる。家に行ったところで何をどうすればいいのか、という具体的な方針は立てていなかったので、ウィルトは思いつくがままに行動することにしていた。手当たり次第に食器類を探ってみたのち、テーブルの方を見やる。ダイニングには普通のサイズの椅子が二つと、子供用の足の長い椅子が一つ、それれぞれ置かれている。子供用の椅子はもちろん、ウィルトの為のものだった。テーブルの上には、すっかり枯れて干からびた花が、花瓶の中にポツンと立っている。母がエルフに殺される日の朝まで、たっぷりの花瓶の水を吸って、生き生きと咲き誇っていたに違いなかった。

 次に、居間に足を踏み入れる。優雅なカーペットにソファ、整然と本の詰め込まれた本棚、煤だらけの暖炉。しこたまホコリを被っていることを除けば、何もかもがあの日のまま、まるで時間が止まっているかのようだった。

「ウィルトの家って、割とお金持ちだったんだな」トムが言った。

「うん。父さんが早く出世してくれたし、家族も少なかったからね」ウィルトが答える。

「でも父さんが死んでからは、残りの財産を切りくずしかなかった。母さんが死んだあとには、遺産まで全部親戚に持って行かれちゃったしな」

「ひどい話だ。でもさ、今のこの家の所有者は、長男であるウィルトってことになるだろ?」

「まあね」

 ウィルトは笑った。――トムの言葉で実感した。そうだ、この家は現在、僕の所有物なのだ。唯一僕だけの立派な財産なのだ。

「ここは、父さんの書斎だ。僕も入るのは初めてだ」

 二階に上がって一番近くにある扉を、ウィルトはゆっくりと開く。治安維持官という職業柄、父は書斎はおろか家にさえ帰ってこないことがしばしばあった。それでも定期的にこの書斎にこもっては、何かを一心不乱に書いているのを、ウィルトは扉の隙間から見た記憶があった。

 書斎の中は今やダイニングに増してホコリっぽく、薄暗かった。大量の本や書類が無造作に並ぶ棚、そして机と木椅子以外は他に何も存在しない。不要なものが一切省かれた殺風景な部屋だった。ウィルトは書斎の中をひっきりなしに見渡しながら、ゆっくりと机の方に近づいた。

「これは……」

 ウィルトは、机の上に置かれた、折り畳まれた一枚の羊皮紙を見つける。それを手に取り、ひっくり返してみる。宛先や差出人などは一切書かれていない。ウィルトは好奇心に耐えられず、そろそろとその羊皮紙を丁寧に広げ、黙読した。



『親愛なるエドウィンへ


 おとといはウィルトの四歳の誕生日ということで、まずはおめでとう。せっかくの家族水入らずのバースデーパーティーに、ラングフォードと一緒にお邪魔させていただいて済まなかった。お蔭で久々にとても楽しい時間を過ごせた。見たところ、早速ウィルトに格闘術を仕込んでいるらしいな。そのせいで困ったことに、もはや彼と遊ぶのさえも命がけだ。特にジュウドウとかいう東洋の武術は、敵の動きを利用するので腕力を必要としない。相手をしてやっていたら、私も危うく彼に引き倒されるところだった。その拍子にウィルトの部屋の窓を粉々にしてしまったが、すぐに直しておいたのでご心配なく。とにもかくにも、彼には実に才能がある。きっと君の素晴らしい後継者になるだろうと期待している。

 さて、本題に入ろう。最近私が手に入れた情報によれば、近々君たちに出動命令が下されるそうだ。現在、南東部モンマスシャー地区の我が軍がサクソン兵数千余名に包囲され、深刻な危機的状況にある。是非とも勇猛果敢な君やラングフォードをはじめとする、カーマーゼン地区部隊の力が必要とのことだ。モンマスシャーは現在最大の激戦区ゆえ、君たちの武運を切に祈っている。順調にいけば、一か月ほどで決着はつくだろう。

 そしてついでに、例のものに関することだ。あのバースデーパーティーの夜、あれを他人に貸していると君から聞いた時は本当に肝を冷やした。相手は完璧に信頼できる友人とはいえ、安易にそのような愚かな真似はすべきではない。何度も言うが、一刻も早く手元に戻し、厳重な管理の下に置くことを強く勧める。君にはそうする義務がある。それともう一つの方だが、あちらに関しては恐らく心配することはなかろうと思っている。二年前にかけたあの呪文は、我ながら見事なアイデアだったと思う。欠点があるとすれば、燃えたり破損した場合はともにダメージを受けるということだろう。くれぐれも防火、衝撃には気を配ってもらいたい。

 では、一か月後にまた君と会えることを願っている。  


   ――アドキンスより』



「アドキンスって、あのアドキンスか?」

 隣で覗き見していたトムは、驚きのあまり飛び上がらんばかりだった。 

「この手紙から読み取れる状況からして、まず間違いないな」

「へぇー、驚き、桃の木。君のお父さんとアドキンスって、こんなに親しい仲だったの?」

「僕、知らなかった。……いや、そうだ。確かにアドキンスみたいな老人が何度か家に来たことを、本当に薄らと思いだした。部屋の窓を粉砕したり、投げようとしたことまでは覚えてないけど」

 ウィルトは改めて手紙を眺めた。

「……きっと、父さんが死ぬ前にもらった最後の手紙だ。この手紙を読んですぐ、モンマスシャーに出動して、そこで戦死したんだ」

「不幸を運ぶ手紙ってわけか」トムが呟いた。

「そんな物騒なものじゃないって。でも、最後の『例のものに関する』ところはかなり興味深いぜ」

 ウィルトはその部分だけ何度も読み返した。

「個人的な手紙なのに、どうして代名詞ばっかり使ってるんだ? 不親切な手紙だな」

「念には念をってことじゃないか? だいたい、この部屋の様子から察するに、僕の父さんは割とずぼらな人だったみたいだ。手紙は置きっぱなし、本棚はぐちゃぐちゃ、おまけに部屋の鍵までかかってないし。だからアドキンスは、今みたいに手紙を他人に読まれても、何のことを言ってるのかわからなくしたんだろう」

「なるほどね」

「つまりは、そこまでして隠したいほど大事なものってわけさ」

 ウィルトは手紙を懐に大事にしまいこむと、机の棚や本棚を引っ掻き回して、他に面白い記述や書類がないかを三人で協力して探した。しかし結局見つからず、ウィルトはすごすごと書斎を後にした。

「次は僕の寝室だ」

 ウィルトの部屋は、これまで見てきた部屋の中では一番保存状態が良かった。蜘蛛の巣こそあるものの、ホコリは比較的少なく、ベッドの毛布もきちんと整えられている。部屋に入ってすぐ右手にある小さめの本棚には、いくつもの絵本がぎっしりと並べられていた。ウィルトは本棚を素通りして、ドサリとベッドに座り込み、ぼんやりと天井を見上げながら思い出に浸った。――父さんが死ぬ直前まで、母さんはほとんど毎日絵本を読み聞かせてくれたっけ。

「懐かしいなあ。『泥んこチップとしゃべるネコ』なんて、もうほとんどストーリーを覚えてないよ」

 トムとセリーヌはウィルトの許可も取らずに、勝手に絵本を読み漁っていた。ウィルトは別に咎めもせず、押し黙ったまま回想を続ける。

「おっ、『青色イモムシの大冒険』これもあるのか……この本、手が込んでるよな」

「『五人の偉人たちの物語』」セリーヌが言った。ウィルトは突如回想を中断した。

「……セリーヌ、ちょっとその絵本を貸してくれ」

 ウィルトはほとんどひったくるようにその本を受け取ると、パラパラと一気にページを捲った。

「おい、いったいどうした?」

「思い出したことがあるんだ。……ちょっと待って……この辺だ……あった!」

 ウィルトは、ちょうど猛者がゾンビたちを駆逐するところのページで手を止める。左側のページにはすらすらと大きな字で文が書かれ、右側にはページいっぱいに、<愛の指輪>と<漆黒の聖剣>の絵が書かれている。その右上――金色の字で刻まれた『D』という文字をウィルトは見つけた。

「D?」トムとセリーヌが同時に尋ねる。

「ただの落書きか?」

「違う。くっきりと覚えてる。この印に触れると、変な声が聞こえるんだ」

「変な声?」

「ああ。すごく苦しそうな声だ。僕が触れれば聞こえるんだけど、母さんが触っても何も聞こえ無かったって言ってた気がする」

「そりゃ怪しいな」とトム。

「触ってみなよ」とセリーヌ。

 言われるまでもなかった。ウィルトは、十年以上前のあの夜のように、何かに魅入られたようにその印を見つめ、無意識に手を伸ばしていた。もう少しで触れる。もう少し、もう少し――。

 指が印に触れた。

 その瞬間、印がカッと強烈な光を放ち、ウィルトは思わずのけ反った。トムもセリーヌも、悲鳴を上げて両手で顔を覆う。ウィルトはのけ反りながらも、指はまるで縫い付けられてしまったかのように印から離れていないのを感じた。眩い光の海の中で、ウィルトは確かにあの声を聴いた。


罪人(つみびと)ヨ、罪人ノ子ヨ……ドウカ我ヲ救イタマエ! 罪人ヨ、ソノ罪ヲ思イ知ルガ良イ!」


(イタ)ッ!」

 光がやむと同時に指先に鋭い痛みを覚え、ウィルトはサッと手を引っ込めた。見ると、赤々とした鮮血が流れている。どうやら切ったらしい。

 それもそのはず。いつの間にやらウィルトの前には、細長く黒い長剣が横たわっていたからだ。その横には、鈍い光沢を放つ黒い指輪。そして絵本の挿絵からは、指輪と剣の絵だけが消えうせていた。もちろん、『D』の金文字も――。

「何が起こったんだ?」しきりに瞬きしながら、トムとセリーヌがゆっくりと近寄る。

「……絵の中からこれが」

 ウィルトは恐々(こわごわ)と剣と指輪に手を伸ばした。片手に剣の(つか)を握り、他方の手に指輪を乗せる。

「まさか――」トムが唇を舐めた。

「<漆黒の聖剣>と<愛の指輪>? 本物か?」

「馬鹿な」ウィルトはへらへらと笑う。

 しかし心の中では、目の前の二つの物体が間違いなく本物の秘宝であるという確信が、なぜかウィルトには有った。しかもそれは、自分こそが継承すべき秘宝なのではないか、とも感じた。ウィルトは居ても立ってもいられず、剣を無造作に傍らに置くと、黒い指輪を左手の中指に嵌めた。

「ウィルト……?」

 一瞬の沈黙の後、最初に声を上げたのはセリーヌだった。セリーヌはウィルトの顔をしげしげと見つめたかと思うと、急に挑発するような艶めかしい表情になり、ウィルトの近くにすり寄ってきた。

「セリーヌ?」

「ウィルト、あたしには見えるよ」

 セリーヌは目の焦点が合っていなかった。桜色のジャケットを脱ぎ捨て、その細い肩を露わにする。

「あんたと一緒にここで暮らしてるあたしの姿が、はっきりと見える……」

「セ、セリーヌ、何を?」

「ウィルト・ウィリアムス様……」

 今度はトムだった。トムは額が床に付かんばかりに頭を下げ、妙にかしこまった口調で言う。

「わが君、ウィリアムス様。私にできることがあれば何なりと」

 トムはウィルトににじり寄り、その手の甲に優しく口づけする。ウィルトは鳥肌が立った。

「や、やめろ! 僕に近づか――」

 しかし言葉は続かなかった。セリーヌに思いきり抱きつかれ、後ろにひっくり返ったからだ。

「いったいどうしたんだよ、二人とも! ふざけてるのか?」

「ふざけてなんかいないよ」セリーヌはウィルトに馬乗りになり、自分の背中に手を回して、ワンピースのファスナーを降ろし始める。

 まずい、本格的にまずい。いったいどうすれば――ウィルトはここでハッとした。もしかして、指輪のせい? とっさに浮かんだ考えを吟味している間もなく、ウィルトは指輪をサッと取り外す。途端にセリーヌが動きを止め、我に返ったようにブルッと身震いした。

「あれ、あんた、どうしてこうなってるの?」

「君が僕を押し倒したんだろう!」ウィルトは憤慨した。「さあ、早くどいてくれ」

「ウィルト、セリーヌに何したんだ!」

 セリーヌがどいたので上半身を起こしたのも束の間、今度はトムに肩を掴まれ、再び床に背中をつける羽目になった。

「トム、話せばわかる」

「言い訳はよせよ!」トムはウィルトが指輪を外してもなお、理性を失っているかのようだった。

「君は床に寝そべってる! セリーヌはワンピースのファスナーが半分下がってる! そのうえ君の上に馬乗りになってた! いったいどういうことだ?」

「君は僕の手にキスした!」ウィルトは怒鳴り、トムを押し返した。腕力ではトムに負けるはずがない。

「この指輪のせいだ! 指輪のせいで皆おかしくなったんだ」

「指輪?」トムの顔からスッと怒りが引き、目の前に突き付けられた指輪に注目する。

「そうだ。もう一度嵌めて証明するつもりはないけどな」

「その指輪を嵌めた者は、皆から愛される」

 セリーヌが再びジャケットを羽織りながら言った。先ほどの行為には何の恥じらいも覚えていない様子で、それがウィルトには腹立たしかった。

「だから、あたしたちはおかしくなったの?」

「たぶんな。つまり――」

「指輪は本物」トムが引き継いだ。

 ウィルトは静かに指輪を手の平に置く。やはり<不死の壺>と同様、その指輪からは微かな鼓動と温かみを感じた。

「信じられないけど、たぶんその通りだ」

「でも、いったいどうして、こんな貴重な秘宝がウィルトの家に? アドキンスが手紙で言ってた『例のもの』はこれのことだったっててわかるけど……」

「簡単なことじゃないか」

 ウィルトは、言葉が無意識に口をついて出てくるのを感じた。ついさっきまでまるで事態が呑み込めていなかったのに、なぜか今のウィルトには全てわかっているような気がした。

「僕は<猛者>の末裔だったんだ。この二つの秘宝はいずれも<猛者>のものだった!」

「……そうか。待てよ、それで君の一族には武術の才能があるんだ!」ウィルトは頷いた。

 ウィルトは傍らの剣を手に取り、先端から柄まで舐めるように観察する。

「<漆黒の聖剣>――穢れたゾンビを打ち倒せる剣だよな」と呟く。

「そこが奇妙なんだよ」トムが言った。

「どうして?」

「僕が読んだかなり古い書籍によれば、それぞれの持つ秘宝の特質は、お互いついになるものであるはずなんだよな」

「対になるもの」

 ということは、と三人は顔を見合わせた。

「この剣を持った者は、嫌われる?」

「おいおい、二人とも、そんなことないよな?」ウィルトは不安そうに尋ねた。

「残念ながら、ない」とトム。

「じゃあきっと、その理論が間違ってるんだよ」

 ウィルトは再び床に剣を置いた。




 それから三人は(主にウィルトとトムの二人でだが)夜通し、ウィルトの先祖のこと、秘宝のことについて飽きることなく議論を続けた。ウィルトもトムも、図らずして秘宝を手に入れるという目の前の出来事に興奮冷めやらぬ状態で、他にも無いだろうかと家中を探し回った。


 


 気づけば時間は矢のように通り過ぎ、窓からのぞく朝日が三人の疲れ切った寝顔を照らしていた。








泥んこチップとおしゃべり猫、青色イモムシの大冒険はいずれも出鱈目な題名です^^;イモムシの方は、かの有名な「はらぺこいもむし」から思いついて適当に命名しました。

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