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―Tales of D―  作者: snoil
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第十一話

「ウィルト、ウィルト! おい、大丈夫か?」

 洞の底に顔面をしたたかにぶつけ、あまりの痛みでうずくまるウィルトに、トムが心配そうに声をかける。ウィルトは、顔を打ったのと同時に痛めた首をさすって、さらに顔をしかめる。顔の方は、どうやら頬の数か所と額から出血していた。

「首から上がめちゃくちゃ痛いけど、とりあえず死にはしないだろう。君たちは?」

 立ち上がったウィルトは、トムの背後で辺りをキョロキョロと見渡すセリーヌも見ながら訊ねる。

「特には。セリーヌもだ。幸運にも足から着地できた」

「そりゃ良かったな。……ところでさ、魔法で傷を治せないか?」

 ウィルトは絶え間なく鼻筋を伝っていく大量の血を、ひっきりなしに拭っていた。額はかなり深い傷で、太い血管が傷ついたらしく、出血が激しい。

「さっきから血が目に入って、見えにくくて仕方ない。最悪失血死するかも」

「悪いけど、<治癒呪文>は全くの専門外なんだ。戦闘魔法の訓練ばっかりしてたから」トムは答えた。

「でもまあ、清潔な包帯くらいならいつでも出せるぜ。……そら」

 ウィルトは、トムが出現させた包帯を受け取る。

 それを見たセリーヌが、ウィルトに駆け寄り言った。

「ウィルト、包帯を巻くならあたしに任せて。動物をいっぱい治療したことがあるから」

「ああ、頼むよ」自分は動物と一緒か、と少し落ち込みながらも、ウィルトは素直に従った。

「……トム、いったい何が起こったんだ? ここはどこだ?」

 ウィルトは治療されている間、洞の縁に腰かけて辺りを見回す。深緑色の巨大な木々が所狭しと生い茂る、薄暗い森の中だった。地面はフカフカとした柔らかい腐葉土で、体重を掛ければ容易に靴がめり込みそうだった。

「ウィルト、全部僕のせいだ」トムが深刻な口調で言った。

「僕、しくじった。追いかけられて慌ててたから、うっかり洞を作り損ねたんだ。そのせいで、とんでもないセフィロトの樹に飛ばされちまったらしい。本当にすまない、こんな怪我までさせて――」

「誰にでも失敗はあるさ。君だけの責任じゃない」ウィルトは慰める。

「僕が、もうちょっと慎重な態度をとるべきだった。マクベインを不用意に怒らせたせいで、こんなことになったんだ」

「どっちにしろ、異世界に飛ばされなくて幸運だったよ」

 トムは溜め息交じりに言った。

「……そういえばトム、どうしてさっき、衛兵の槍がかすっただけであんなにダメージを食らったんだ?」

「ああ。それは、あの槍の穂先には<守護霊の短剣(デーモン・ナイフ)>が使われてたからさ」

「デーモン・ナイフ?」

「そうだ」トムは頷く。

「<守護霊の短剣(デーモン・ナイフ)>は、常人に言わせれば単なるナイフだけど、僕たち魔法使いにとっちゃまさに天敵中の天敵。刺されば強弱に関わらずに魔力を封じられるうえ、耐え難い激痛を味わうことになる」

「そんなもの、いったいどうしてビューマリス城の連中が?」

「さあ、僕が知りたいよ」と、トムは肩を竦める。

「たぶん、アングルシーは魔力を持ったエルフが多いからじゃないかな。でも普通、入手は相当困難らしいね。詳しいことは知らないけど、人の命と引き換えに創るとかいう説もあるくらいだ」

「はい、終わり」

 セリーヌが唐突に言った。

「あ、ありがとう、セリーヌ」

「包帯だけじゃ見た目も変だし、頭巾もあった方がいいかなぁ」

 ウィルトはトムから白い布を受け取り、頭に巻いて頭巾の代わりにした。

「何だか海賊みたいだ。似合ってるよ」トムは小さく笑う。

「さあて、じゃあ、これからどうしようか」

 ウィルトは貧血気味の身体で立ち上がり、木くずを払い落とした。

「この樹を使って、城に戻るのは駄目なの?」とセリーヌ。

「駄目だな。こんな森の奥に生えてるってことは、恐らく野生のセフィロトだ。危険すぎる」トムが答える。

「じゃあ、やっぱりトムが洞を作るしかないんじゃないか?」

「うーん、そうなんだけど……」トムは尻込みした。「さっき、失敗したばかりだろ? 僕、自信失くしちゃってさ」

「今度は誰に追いかけられてるわけでもない。成功するはずさ」

「簡単に言うけど、見た目以上に難しい魔法なんだ」トムは弁明するように言った。

「だから最初に言っただろ、最終手段だって。そもそも、そんな日常的に使えるような呪文じゃない。成功率はよくて五~六割。心身ともに充実してて、絶対に成功するような状況下にある時以外、基本的に使うべきじゃないんだよ。緊急事態時を除いてね」

「今は絶対に成功する状況じゃないのか? 静かで敵もいないし、おまけに緊急事態だ」

「いや、むしろ絶対に成功しない状況下だな。二回も続けて使って魔力も消耗したわけだし、精神的に自信喪失状態だ」

 トムは力なく笑った。

「じゃあ、どうにかこの森を出て、きちんとした信頼できるセフィロトを探したほうがいいってことか?」

「そうだな」

「ねえ」セリーヌがまたも出し抜けに声を発した。

「あれ、何かな?」

「あれって?」

 ウィルトとトムはセリーヌの隣に立ち、その視線の先に目を凝らす。すると薄暗い森の奥から、なにか茶色い塊のようなものが、不気味な音を立てながらこちらに近づいて来ていた。

「ちょっと待てよ、もしかして――」トムは息を呑んだ。「この森、エルフの縄張りなんじゃ?」

 なぜトムがそう呟いたのか、理由はすぐに分かった。怒りのうなり声をあげてこちらに迫りくる塊は、

十数人以上ものエルフたちだったのだ。茶色く見えたのは服のせいで、青白いはずの肌を真っ赤にしながら、何かを叫んでいる。

「我らの縄張りに、汚らわしい人間の子供が入り込んだ!」

「許せぬ、殺せ……殺せ!」

「おいちょっと、どうする?」ウィルトはパニックになってトムに尋ねる。

「蹴散らすしかないか?」

「いや、そう上手くはいかないかもしれない」トムは頭を振った。

「見ろ、連中はほとんど武器を持ってない。これがどういうことかわかるよな?」

「武器なんか必要ない――相手も魔法を使えるってことか?」

 トムの返事を待つまでもなかった。わずかに狙いを逸れた<衝撃呪文>がセフィロトの幹に直撃し、その樹皮を抉り取ったからだ。

「逃げよう。いくら僕でも、魔力を持った何人ものエルフとやり合うほど馬鹿じゃない」

「わかった。……セリーヌ、逃げるぞ!」

 ウィルトは、呆然とエルフたちを見つめているセリーヌの手首を掴み、トムに続いて全速力で走り出した。

 三人は振り返らず、無我夢中で走っていたが、徐々に一人が遅れだした。ウィルトだった。さきほどの大量の出血のせいで 体力が続かず、目の前がぼやけてくる。

「ウィルト、どうした?」

 とうとうトムとセリーヌは立ち止り、ウィルトのところまで引き返してきた。

「駄目だ――僕は逃げきれない」ウィルトはその場に座り込んでしまった。

「出血のせいか? くそっ……」トムは唇を噛む。

「こうなったら駄目もとで戦うしかない」

 トムがそう呟き、エルフたちに向き直るのを、ウィルトは必死で諫めた。

「やめろ、僕のことは置いて早く逃げてくれ」

「<衝撃(インパクト)>!」

 トムは聞かなかった。

 その声がこだまするのと同時に、突き出した手の平から見えない衝撃波が飛び出す。そのまま一直線に突き進み、衝撃波は先頭のエルフの腹部をとらえた。瞬間、エルフの身体は宙に浮き、そして後ろに吹き飛んだ。背後の仲間に激突し、四人のエルフがそれに巻き込まれ、転倒する。アドキンスの同じ呪文とは比較にならない威力が、その様子から見てとれた。

「おのれ、よくも!」

 リーダーと思しきエルフが唸り、走りながらも持っていた弓矢を引き絞って、トムに照準を合わせる。

「<衝撃インパクト>」トムが再度唱える。しかし呪文はリーダーを外れ、背後のガタイのいい男に命中した。男はもんどり打って倒れる。

「食らえ!」矢が風切り音を立てて発射された。

「<守護壁(カウンター)>」

 トムが唱えると、ピンク色の半透明の壁が一瞬にして現れ、矢を遮った――かに見えた。ところが矢は障壁など無いかのように素通りし、驚愕するトムめがけて飛び続けた。何とか急所は避けたものの、矢はトムの左腕をズブリと刺し貫いた。トムは金切り声をあげる。

「トム!」ウィルトは這うようにしてトムに近づいた。

「動くな、青年! その魔法使いの少年と同じ目に遭いたくなければな……そこの娘も同様だ」 

 リーダーは、ウィルトたちの直前で仲間たちの足を止め、油断なく身構えたまま警告した。セリーヌは無言で両手を上げ、降参の意を示す。

「トム、大丈夫か?」

「ちくしょう、こいつも<守護霊の短剣(デーモン・ナイフ)>だ。何だってんだ全く……」

 トムは激痛に顔をしかめつつ、矢を引き抜こうともがいた。だが矢じりはいわゆるカエシのつくりになっていて、抜こうとすればするほど一層深く刺さってしまった。

「……幸運だったな。大人だったらこの場で直ちに殺しておくところだが、お前たちは見たところまだ未成年だ。我々気高きエルフは汚らわしい人間と言えど、子供をすぐに殺したりはしない」

 リーダーは冷たく言った。

「ついて来るのだ、人間の子供たちよ。尋問を行なう。理由如何によっては、命は無いと思え」


 リーダーの名は、仲間内での会話からして、ビリエルというらしかった。ビリエルを先頭とする総勢十三名のエルフたちは、トムに倒された五人のエルフを担ぎ、そして縄につながれた三人を引きつれて森の奥へと進んで行った。

「いったい、ここはどこの森なんだ?」

 道中、ウィルトは破れかぶれで一人のエルフに尋ねてみる。すると予想に反して、そのエルフはきちんと答えてくれた。

「ここはアングルシー州南西部にある、州既定で定められたエルフの居住区内の森だ」

 思っていたほど突飛な場所でなかったことに、ウィルトは少しだけ安心する。

「ついでに、どうして<守護神の短剣(デーモン・ナイフ)>を持ってるのかも教えて欲しいんだけど」

 当然、トムのこの質問は黙殺された。

「ねえ、トム」ウィルトは小声で話しかける。「どうして、アングルシーのエルフは魔力を持ってる者が多いんだ?」

「わからない。でも多いって話は何度も聞いたことがある」

「エルフは人間に協力しない。なのにどうして魔力を? <不死の壺>で取引する以外に魔力を手に入れる方法は無いんだろう?」

「そのはずだけど……」トムは言葉を濁した。

 その後は皆、無言で鬱蒼とした茂みの中を歩き続けていると、急に開けた場所が目の前に広がった。そこだけ木々が一切なく、きれいな円状の広場になっていることからして、意図的につくられた場所らしい。そこだけがまるで神聖な場所であるかのように、真上からの太陽の光に照らされ、輝いている。正面奥の切り株には、クリーム色のローブを着て、フードで顔まで覆っている人物が腰掛け、その近くを屈強そうなエルフの男

が武器を持って警備している。その男たちはビリエルたちの姿を視界にとらえると、サッと脇に退いてお辞儀をした。

「ビリエル様、侵入者の確保、お疲れ様でございます!」

「うむ」ビリエルは頷くと、そのままフードの人物の前に歩み寄り、片膝をつく。

「ベイラ首長様……」

「ビリエル、大義であった」フードの人物が言った。声からして、初老の男らしかった。

「首長様、侵入者は人間の子供でした。ただし魔法使いが一人。どうやら、セフィロトを使って我らの縄張りを侵した模様です」

「何、セフィロトとな?」

「はい。森の西に生えているものです」

「あれは野生のセフィロトだった!」不意にトムが叫んだ。「意図的にここに来たわけじゃない」

「黙れ!」ビリエルも大声を上げる。

「我らの縄張りをその汚らわしい両の足で踏み荒らしたばかりか、我らを相手に言い逃れようとする魂胆か?」

「言い逃れじゃない」今度はウィルトが言った。

「僕らは本当のことを言っているまでだ。あなたたちの土地を侵そうだなんて、これっぽっちも考えていなかった」

「ここに入ってきた人間は、皆そう言う」

 ビリエルは冷酷に言い放った。

「ビリエル、もう良い」

 首長と呼ばれた男は静かにそう言って、フードをサッと脱いだ。

 露わになったその顔には無数の傷跡が刻まれ、特に左目には痛々しい切り傷の跡が残り、失明しているようだった。蒼白な肌と対照的な黒髪で、その特有の紫色の瞳は、無感情な眼差しでウィルトたちの姿を窺っている。装飾などは王宮のそれの足元にも及ばないが、ウィルトはアーサー・エッジワースに匹敵する長たる者の威厳を、その姿から敏感に感じ取っていた。

「人間の子供たちよ、前に来るのだ」

 ロープを掴んでいたエルフに乱暴に押し出され、三人はよろめきながらもベイラ首長の前に進み出た。

「私はこの地区のエルフを統括する首長、ベイラだ。子供たちよ、何か弁明することがあれば、遠慮なく言ってみなさい」

「お言葉ですが首長様。人間どもの下らぬ弁明など、全くもって聴く価値は――」

「ビリエル、確かにこやつらは人間だ」ベイラはあくまで穏やかだった。

「だが、まだ純粋な子供ではないか。大人のように穢れた心や、人間特有のずる賢さはまだ持ち合わせてはいないはずだ」

 ビリエルは尚も反論しようとまた口を開きかけたが、すぐに諦めたように引き下がった。

「よろしい。さあ人間よ、気にせず本当のことを述べるのだ」

「はい。まず僕らはある人に会おうとして、ここアングルシーにやって来たんです」

 ウィルトはベイラの誠意ある態度に応えようと、出来る限り正直に話すことにした。

「ホーリーヘッドのとある親切な酪農家に話を聞いて、ビューマリスにその会いたい人がいることを知りました。でも行ってみたら、その人はとんでもない見下げ果てた奴で、僕らに武装した手下どもを差し向けました。そこで逃げようとしたら……」

 ウィルトはここで言葉に詰まり、トムと顔を見合わせる。普通に利用していれば、野生のセフィロトに飛ばされることなどまず無い。トムが人工的に洞を作れる、つまりは極めて強力な魔法使いであることをエルフたちに告げるべきかどうか、ウィルトは迷っていた。

「逃げようとしたら、どうしたというのかね?」

「えっと……」

「うっかり目的地を言い忘れちゃったんだよね」と、セリーヌが好タイミングで助け舟を出した。

「そう、そうなんです。つい慌てていて、何も言わずにセフィロトに飛び込んでしまって」

「そして、この森に飛ばされてしまったというわけだな」ベイラが言った。

「はい」

「されば、君たちに罪はない。これは事故のようなものだな」

 途端に、周囲のエルフたちから怒号や不満の声が飛び交った。

「首長様、どうかお気を確かに」

「理由はどうあれ、こやつらは我々の神聖なる森を穢した!」

「そのうえ、我らの仲間に危害を加えたのですぞ」

「人間どもには死を以って償わせるべきだ!」

「この子らを殺したところで、何の意味もない」

 ベイラはサッと手を上げて皆を制した。

「この子らに手を出すことは、この私が禁じる。速やかに縄を解き、森の出口まで案内してやるのだ。そして子供たちよ、二度とこの森には近づくことのないように。次に会ったときは、君たちの命を奪わねばならん。さあ――」

「その前に、二三(にさん)質問したいことがあります」

 ウィルトはその場から動かず、ベイラを真正面から見据えた。

「おのれ、慈悲深き首長様に罪をお許し頂いたばかりだというのに、何たる厚かましさ!」

「構わん、ビリエル。――何だね、若き人間よ?」

「……ここにいるエルフの中には、魔力を使える者が少なくありませんね?」

「いかにも」ベイラは頷く。

「何故ですか? 魔力を手に入れるためには、王宮にある秘宝で取引を行わなければならないはずでしょう?」

「残念だが、その質問には答えられんな」ベイラは(かぶり)を振った。

「そうですか……では、これだけ答えてください。魔力はどうやって手に入れたのですか?」

「もちろん、王宮の秘宝を使ってだ。それ以外に魔力を得る方法など存在しない」ベイラは言った。

「それと訊かれる前に敢えて答えておくと、<守護霊の短剣(デーモン・ナイフ)>に関しても、君らに情報を与えるわけにはいかない」

 ウィルトは溜め息をついた。これだけもらえる情報が少ないのでは、質問した意味がない。

 と、ここである別の質問がふと頭に浮かび、ウィルトは無意識のうちに声に出していた。

「カトリーナ……」

「何だね?」

「……以前、この森のエルフたちの中に」ウィルトは心臓の鼓動が早まるのを感じた。

「人間と結婚したカトリーナという女性はいませんでしたか?」

 ウィルトは、ベイラの紫色の眼をじっと覗き込みながら、固唾を飲んで返事を待った。

 もしそうだったら? 母に資格を差し向けたのが目の前のベイラというエルフだったら――? 自分がどのような行動に走ってしまうか、ウィルトは自分自身わからずにいた。

「……済まんが、そのような女性は覚えがない」

「そうですか」

「だが」ベイラは続けた。

「今から十年以上前、人間の若者と駆け落ちしたカトリーナというエルフの醜聞は、我々も耳にしたことがある」

「それはどこにいるエルフのことですか?」

「ペンブルックシャーだ」ベイラは答える。ウィルトの生家がある土地だった。

「そしてこの森には、その醜聞の当事者であるカトリーナと、血の繋がっている者が一人だけいる」

 ウィルトは全身の毛が逆立つのを感じた。母さんと血の繋がっている者――僕の血縁者だ。

 ベイラはパンパンと手を叩く。するとエルフたちを掻き分けながら、背の高い細身の男がスッとウィルトの前に現れた。母と同じ栗色の髪、眉の形だ。間違えるはずがない。

「彼がカトリーナの弟、マックスだ」

「……どうして姉のことを。君はいったい――?」マックスは怪訝そうに呟く。

 ウィルトは顔を上げた。自分の顔を見れば、全て察してくれるだろうという確信があった。思った通り、マックスはアッと叫び声をあげた。

「き、き、君は……君の顔は」

「どうした、マックス」近くのエルフが心配そうに尋ねる。

「この子の顔は――姉と駆け落ちした、あの人間にそっくりだ!」マックスは叫んだ。

「そうです。僕はあなたの姉の実子です。あなたの甥なんです!」

「何だと?」

 これには、ベイラも驚きの声を上げた。

「それを言うなら僕もだ! 僕の父――ステファン・リンドバークを知らない?」トムもたまらず口を挟む。

「ステファンのことも、アイルランドからここにやって来た者の話で聞いている」ベイラが答えた。

「彼も、アイルランドで殺されたと聞く」

「何と……我らの汚点の象徴がこの場に二人もいたとは!」

 マックスやベイラを除くエルフたちは、一様にいきり立ち、武器を構える。それでもウィルトは、血族と出会えた嬉しさで、そんな事態になってしまったことさえどうでも良く思えた。

「首長様、今度こそ、この者たちを生かして帰る理由は存在しませんな」

「ま、待ってください!」マックスが言った。

「罪があるのは姉でしょう? この子ではない」

「マックス、お前の甥だからと言って、我々は特別扱いしないぞ!」

 一人のエルフが怒鳴った。

「姉はもう罪を受け、死んだ。それで十分ではありませんか?」

「十分ではない!」ビリエルが言った。

「お前は、姉が犯した罪の重さを分かっていない! エルフが人間と子を成すとは、我々の最も恥ずべき行為だ。一族全体への重大な冒涜だ! 生まれた子供はその穢れた象徴なのだ」

「象徴を殺したところで、事実は何も変わらない。汚点は一生残り続ける!」マックスは声を張り上げた。

「私もマックスに賛成だ」ベイラが頷く。

「失礼ながら首長様、これは我々の区域だけではなく、生きとし生けるエルフ全てに関わる重大な問題ですぞ」

「いいや、違う」ベイラはきっぱりと断言した。

「これらは、とある州で起こった単なる駆け落ち事件だ。罪を受けるべき者は受けた。それでケジメはついたと私は考えている」

「しかし首長様――」

「いい加減にしないか! 考えてもみろ、この子たちは片親を殺されるという、筆舌に尽くしがたい悲劇を既に味わっているのだぞ! その上、我らの名誉のためにその命を奪うとは、あまりにも惨いことだとは思わないのか?」

 誰も何も言い返さなかった。ビリエルも唇をわなわなとふるわせるだけで、必死で言葉を探しているようだった。

「いや、彼らを殺すのは名誉のためですらない。我々の単なる自己満足だ。その点に関しては私の考えは一族とは相容れない」

「首長様、今はあなたがリーダーです。私はあなたに従いましょう」

 ビリエルは歯がゆそうに言った。

「しかし、あなたは一族の慣習に反する行動をとった。……いずれは、然るべき処置がとられますよ?」

「構わん」ベイラは即座に答えた。

 ビリエルは無言のまましばらくベイラを睨み付けていたが、やがてクルリと背を向け、近くのエルフたちに命じた。

「この者たちを森の出口に連れて行け。縄を解いて解放しろ。危害を加えてはならん」






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