Initium
昔むかし、この世界には悪魔がいました。悪魔はこの世の支配者で、人間もエルフも、ありとあらゆる生き物がみんな、一人残らず悪魔のしもべでした。悪魔は非常に強い魔力を持っていたので、誰も逆らうことができず、悪魔の気まぐれで無茶苦茶な命令に従うことしかできませんでした。人々は重い税金を悪魔に払わなければならず、もし払えなければ衛兵に殺されました。また、定期的に何人かの生け贄を差し出すことも強いられていました。悪魔は取り立てたたくさんの税金を使って、自分だけ普通の人より何百倍も贅沢な暮らしをしていました。悪魔の横暴な支配は何百年も続きました。でもどうすることもできず、人々は悪魔をやっつけることをほとんど諦めていました。
しかしあるとき、五人の若者が悪魔を倒すために立ち上がりました。五人はみんな人間とエルフの混血、<メクシタス>で、一人は万能の賢者、一人は霊魂と話せる使者、一人は絶世の美女、一人は一騎当千の猛者、一人は世界一の名医でした。五人は協力して戦略を練りました。
まず五人は城に行って悪魔の元を訪れ、寿命をいくらか差し出す代わりに、魔力を分けてほしいと頼みました。五人は、悪魔が生け贄の寿命を奪うことで、命を永らえていることを知っていたのです。悪魔は五人の鋭さに感心し、城に仕えることを条件に、五人の頼みを引き受けました。五人は混血で、人間の何倍もの寿命を持っていたので、多少削られてもまだ数百年は生きることができるということも計算してありました。また人間より多く寿命を差し出す分、より強い魔力を得られるだろうということも見越していました。魔力を手に入れると、五人は自分たちの魔力を道具の中に封じ込めました。その道具とは、それぞれ真紅の石、白銀のマント、黄金の鏡、漆黒の聖剣、深緑のペンダントです。五人はその道具を持って、ある新月の晩、悪魔の眠る部屋へと向かいました。
ところが五人の行く手を、小悪魔たちが阻みました。まず最初の小悪魔は、恐ろしい不治の病をもたらす菌を撒き散らしました。でも医者が持っていたペンダントはその菌をみんな殺してしまいました。小悪魔は恐れ入って、持っていた緑色のゴブレットを差し出し、許しを乞いました。医者はそのゴブレットを受け取り、小悪魔を許しました。
次に出てきた小悪魔は、穢らわしいゾンビを率いて現れました。ゾンビはいくら攻撃されても、全く怯まずに再生し、何度も何度も襲い掛かってきました。そこで猛者は漆黒の聖剣を振りかざし、ゾンビたちに切り付けました。穢れたゾンビは聖なる剣の力にはかなわず、もう立ち上がっては来ません。猛者は聖剣を使ってあっという間にゾンビを全部やっつけてしまいました。小悪魔は降参し、黒い指輪を差し出す代わりに命乞いしました。猛者は指輪を受け取り、小悪魔を許しました。
次に出てきた小悪魔は、とても美しい女性の姿をしていました。賢者と使者と猛者と医者はそのあまりの美しさにすっかり見とれてしまい、あんな美しいものを傷つけることはとてもできないと言って、戦えなくなってしまいました。でも美女だけは違いました。美女は小悪魔の近くに歩み寄り、その鼻先に黄金の鏡をかざしました。それは真実の姿を写し出す魔法の鏡だったので、小悪魔はたちまち、元の醜い姿に戻ってしまいました。美女以外の四人はカンカンに怒りました。そこで小悪魔は金色の香水を差し出す代わりに、命だけは助けてほしいと言いました。美女は香水を受け取ると、その通りにしました。
次の小悪魔は、手下のおびただしい亡霊たちを引き連れて現れました。亡霊が来ると、あたりはいっそう寒く暗くなり、恐ろしい雰囲気が漂うようになりました。亡霊たちは恐怖や絶望をあおる言葉を発して、五人を苦しめました。しかし使者は、これまでにたくさん亡霊と話をして、彼らの嫌いな色は白だと知っていたので、白銀のマントをさっと掲げました。それを見たとたん、亡霊たちはいっせいに恐れをなして、苦痛の悲鳴を上げながら散り散りに逃げていってしまいました。小悪魔は負けを認め、白い小さな壺を渡す代わりに許しを乞いました。使者はそれを受け取り、小悪魔を見逃してやりました。
最後に出てきた小悪魔は、悪魔の部屋の前に特別な防御の魔法をかけていました。突破するには、小悪魔の出すいくつもの難しい問題に答えなければなりません。まず小悪魔は、いくつかのなぞなぞを出してきました。四人は答えられませんでしたが、賢者だけはすらすらとなぞなぞをクリアしました。次に小悪魔は、薄汚れた石ころや鉛のつぶて出現させ、黄金に変えろと言いました。賢者は持っていた真紅の石を取り出して、石ころや鉛にかざしました。するとそれらは一瞬眩く光ったかと思うと、見る見るうちに美しい輝きを放つ金塊へと変わりました。 すると小悪魔は降参し、美しいルビーを差し出す代わりに許しを請いました。でも賢者は承知せず、悪魔を倒すための道具を渡せと命じました。しかたなく、その小悪魔は悪魔を殺してしまう弓矢を差し出しました。
ついに悪魔の部屋へと侵入した五人は、おのおのの道具や小悪魔から奪った宝物で悪魔を攻撃しました。悪魔は最初のうちびくともせず、逆に五人に重傷を負わせました。でも賢者が、スキを見て持っていた弓矢で悪魔を射抜いたとたん、悪魔は世にも恐ろしい断末魔の悲鳴を上げ、五つの影に分裂したかと思うと、それぞれ五人が持っていた小悪魔から奪った宝物の中へ吸い込まれ、消えてしまいました。
こうして悪魔は五人の宝物に封印され、世の中は恐怖の支配から解放され、五人は賢明な統治者として国を治めましたとさ。
めでたし、めでたし
この小説に目を留めていただき、有り難うございます。
この物語は、ウェールズがサクソン人に征服されるという史実及び幾つかの神話や伝説、そしてもちろんオリジナルの設定がベースです。
実際にウェールズが征服されたのは七世紀から十一世紀頃ですが、この物語では文化水準は中世〜近世という設定で進めていきます。
違和感を抱かせてしまうかもしれませんが、予めご了承ください。
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