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アウストロメリアの炎  作者: 白月一
第一幕:終わりの始まり

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第九話:軍務卿の挿話

 控え室の扉が叩かれたのは、それから間もなくだった。

 返事をするより早く、扉が開く。


「失礼するぞ」


 まるで遠慮する気のない声だった。

 入ってきたのは禿頭の大柄な老人。老人、と呼ぶには背筋が伸びすぎている。退役兵、と呼ぶには眼光が鋭すぎる。貴族、と呼ぶには足音が荒い。


 ヤラミラは即座に立ち上がる。カランも少し遅れて立った。同じく立ち上がったダルミンの目が完全に死んだ。

 闖入者はズンズンと部屋の中を進んでくる。

 逃げ道は先ほど確認している。が、使えるとは思わなかった。


 軍務卿、ガルンダ。

 王国の軍務を束ねる、貴族院の重鎮。

 貴族家嫡男という立場にありながら、若き日から最前線に身を置き、戦功で軍務の頂点にまで上り詰めた元軍人。現在は当主の座を息子に譲りこそしたが、軍務卿としての辣腕は健在。前線を熟知し、兵の気概を重んじる性質と合わせ、軍部末端からの評価も高い。そして、ヤラミラの祖父である。


「祖父上。ここは報告者控え室です」


「知っている。だから来たのだ」


「……。……そうですか」


 全てを察したような、諦めたような、そんなヤラミラの返答からガルンダの人物像を想像することは難くなかった。

 ガルンダはヤラミラの隣に座った。座る所作は印象に似つかず静かなものだった。


「座れ」


 その一言で三人は再び着席した。


「第九大隊の損害は聞いた」


 その一言で、ヤラミラが身を固くする。


「はっ…」


 表情こそ変わらなかったが、その瞳の奥には隠しきれない動揺がさざ波となって揺れている。短い返答と、その後の沈黙が全てを物語っていた。


「第六小隊は」


「再編が必要です」


 率いる術士官が殉職したのだ。どうあっても再編は必要だろう。


「お前は」


「問題ありません。報告にも支障はありません」


 カランには、ヤラミラが自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。


「そうか」


 ガルンダもそう感じたのだろう。一拍置き、ヤラミラの顔を見据える。


「飯は食ったか」


「はい、食べました」


「本当だな」


「…少しは」


「それは食ったとは言わん、議会が終わったら家に顔を出しなさい」


「それは」


「たまには祖父の昼食に付き合え、話も聞きたい」


「わかりました」


 ガルンダは頷いた。

 納得した時に頷くのは血筋なのだろうか、などと呑気に考えていたカランだったが、ガルンダの視線がこちらを向いた事で意識を改め、姿勢を正した。

 カランもガルンダもお互いの顔は知っていたし、同じ場にいたことはあるが、直接顔を合わせるのはこれが初めてだった。


「挨拶が遅れたな。軍務卿のガルンダだ」


「術士兵団第一戦団所属、カランです。お会いできて光栄です軍務卿閣下」


 体格や顔立ちは似ても似つかぬが、その眼光から感じさせる意志の強さは、ヤラミラと通ずるものがあった。


「堅苦しいのは構わん。功績は聞き及んでいる。大したものだ」


「恐縮です。ですが結果に過ぎません」


「ふん。可愛げのない。だが結果で充分だ」


 やはり血筋というべきか、ガルンダも実直な受け答えを好むようだ。


「此度は第九大隊を救った。礼を言おう」


 そしてただ実直なだけでなく、義心の性質を併せ持つ。


「任務ですので」


「そうか。だが礼ぐらいは受け取っておけ」


 ヤラミラに通ずる。というよりはヤラミラがガルンダに通ずる。と、表現するのが正しいのだろう。おそらくは幼少からガルンダの姿勢を見て育ったのだろうと察するのは容易だった。


「で、どうだ」


「何がでしょうか」


 主語に欠けるガルンダの問いに、問いを返す。


「ヤラミラだ」


 主語こそあるが、再び具体性の欠ける問いだった。重ねて問いを問いで返すわけにもいかない。

 カランは率直にヤラミラの評価を述べた。


「…私見ですが、先日の戦闘の報告から聞き及ぶに、指示は模範に沿って的確。瞬時に狩場を作る応用力もあります。それに術の練度も高い。精度、威力共に術士兵団の主力級と比べても遜色は無いでしょう。総じて優秀かと」


 ヤラミラがガルンダの影に隠れてみじろぎする。


「そうではない」


「…と、おっしゃいますと?」


「婚約者にだ」


「へぁっ!?おじいさまっ!!?」


 ヤラミラが素っ頓狂な声を上げた。今日の一連の会話からは想像もつかない声色だった。

 カランは深く息を吸った。

 ダルミンは最初から存在しなかったことになった。


「歳も近い。腕も立つ。頭も回る。余計なしがらみも無い。悪くない話だろう」


「あのっ、そうは言いますが、そのっ!」


「どうした、顔が気に入らんか」


「いえ、そんな事は、ってそうではなく!!」


「性急が過ぎると言うのであれば、まずは交際からでも」


「ですから!そうではなく!性急と言うのはそうですが!」


 二人が何やら言い合っている間に、カランは逃げ道を探した。先ほど確認した窓や扉ではない。言葉の方だ。


「閣下。現在、私は術士兵団第一戦団所属の独立遊兵です。婚姻について簡単に判断できる立場にありません」


「む?自分の婚姻だぞ」


「だからこそ、判断材料が足りません」


「ふん。逃げ方がうまいな」


 あんたが強引なんだろう。と悪態をつきたくなる。

 もちろんそんな事はしないが。


「恐縮です」


 ヤラミラが咳払いをする


「祖父上、今は報告議会前です」


 どうやら多少なり平静は取り戻せたらしい。


「だから今聞いている。逃げられる前にな」


「私が困ります」


「問題ない」


「大問題です」


 その間、ダルミンは香草水の水差しを見つめていた。水差しを見つめることに全神経を注いでいた。自分はここにはいない。そういう覚悟の目だった。


「ダルミン、お前はどう思う」


 無駄な覚悟だったが。


「……大変、いいご縁では、ないかと、思います」


 目が死んでいた。


 カランは、初めて戦団長に明確な抗議の視線を向けた。

 ダルミンは決してこちらを見ない。頑として水差しから目を離さない。


「邪魔するよ」


 再び、まるで遠慮する気のない声だった。

 新たな闖入者は小柄な老婆だった。小柄な背筋は、少女の頃から一度も曲がったことがないように真っ直ぐに伸びている。目つきは柔和で、威圧感を感じさせることなく温かい。しかし、その存在感、存在の質量とでも言うべき圧があった。


 ダルミンの目に生気が戻ってくる。ヤラミラは再び立ち上がる。カランもすかさず身を正した。


 術士院長、アリンタ。

 術士の頂点にして、術士という人種を束ねる、王国で最も面倒な役職の一つを務める女性。現国王の叔母にあたる人物であり、全盛期と比べれば衰えたというのが定評だが、その技術は未だ一流。若かりし頃は術士兵団の団長も務め、高笑いしながら極大火術を連発するその様は大層、異形の民にも恐れられたらしい。

 軍務卿と世代を同じくする傑物だ。


「ウチの若いのをいつまでも拘束すんじゃないよ、このハゲが」


 控え室の空気が凍った。

 瞬く間にダルミンの目から生気が失われる。まるで懸命に咲こうとしていた蕾が萎れていくような変化だった。


「だ、れ、が、ハゲだぁ?」


 軍務卿ガルンダの禿頭がみるみるうちに赤くなってゆく。


「あんた以外いないだろうが、報告議会前に報告者を私物化しやがって図々しい」


 めきめきとガルンダの頭の血管が浮いてくる。


「うるさいぞ枯れ木ババアが!孫の将来を案じて何が悪い!」


「その孫は王国軍の大隊長としてここにいるんだろうが、将来の話は議会の後でするのが筋ってもんだろ」


「ふんぬぅぅぅぅ!!!」


 カランは場違いながらガルンダの頭部を見て、まるで熟れすぎたブッシュトマトのようだと思った。もしかしたら、思考が勝手にダルミンのように現実逃避していたのかもしれない。


「ほら行くよ、議場が整った。報告者をこれ以上疲れさせるんじゃない」


「まだ話は終わっておらん!」


「終わったんだよ、そもそもこれからが本題だろうが」


 アリンタはそう言い切ると、カランへ視線を向けた。

 柔和な視線だったが、その奥底は計り知れない。


「カラン」


「はい」


「余計なことを言いすぎるんじゃないよ」


「事実を述べるだけです」


「だからそれが余計なことになる時があると言ってるんだ」


 またそれも事実かもしれない。この女傑はいつも正しいことを言う。


「ふん。終わったら話の続きをするぞ」


「申し訳ありませんが閣下。報告議会の後は先約があります」


「なにぃ?」


「約束は守るのが男です」


「むっ、それはそうだな」


 この短い時間で、カランはこの軍務卿の扱いが少し分かった気がした。


「では日を改めよう」


 少しだけだが。


「何やってんだいダルミン!あんたも行くよ!」


「はい…」


 ダルミンはまだ水差しを見つめていた。

 ヤラミラはずっとそわそわしていた。

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