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アウストロメリアの炎  作者: 白月一
第四幕:虚空の英雄

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第七十一話:漆黒の塔

「敵陣後方、動きあり!」


 見張りの声が飛び、ヤラミラは目を凝らす。

 黒い軍勢が左右へ割れ、その奥から何かが姿を現そうとしていた。

 最初に見えたのは、巨大な長方形の影だった。太い木々を束ねて組み上げた、箱のような構造物。その表面には幾重にも獣皮が張られ、さらに厚い泥が塗り重ねられている。

 下部では無数の”平鎧”が身を寄せ合い、巨大な車輪を軋ませながら、それを押していた。


「……なんだ、あれは」


 誰かが困惑の声をこぼした。

 建物に見える。だが、建物が動くはずはない。巨大な盾なのか。その内側へ兵を隠し、矢や術を防ぎながら進むためのものか。あるいは、まだ別の目的があるのか。いくつもの可能性が浮かんだが、どれにも確信を持てなかった。


「状況を確認!」


「不明!まだ全体が見えません!」


 構造物は大勢の”平鎧”に押されながら、ゆっくりと前進してくる。その全容が黒い軍勢の中から現れるにつれ、城壁上から声が消えていった。


 高い。


 ワラネの家屋を優に見下ろし、見張り台にさえ迫ろうとする高さがあった。

 しかも、一つではない。最初の影に続き、その後ろから二つ、三つと、黒い影がゆっくりと立ち上がっていく。

 構造物が前進するたびに巨大な車輪が大地を踏み固め、低い振動が城壁まで届いた。

 その行く手を阻む空堀も、杭も、土塁も、あまりに小さく見える。


「まさか、奴らにあのような建築技術が……」


 副官が信じ難そうに呟いた。

 人類は、鎧人がどのような暮らしを営んでいるのか知らない。

 青き森の奥深くに拠点が存在することは推測されていたが、そこへ足を踏み入れ、生還した者はいなかった。住居を建てるのか。集落を形成するのか。それとも獣と変わらず、洞穴や木陰で雨露を凌いでいるのか。それさえ分かっていない。


「そうとは限らない」


 ヤラミラは巨大な影から目を離さずに答えた。


「我々の荷車や城壁を見て、組み合わせただけかもしれない」


 改めて観察すれば、その造りは決して精緻ではなかった。木材の太さは揃っておらず、組み上げた骨組みもところどころ歪んでいる。木同士を繋いでいるのも金属の留め具ではなく、獣皮を裂いて作った縄だった。

 それでも倒れずに動いている。長く使うための建物ではない。その役目を果たすまで保てばいい。最初からそのためだけに組み上げられたような構造物だった。


「それだけで、あんなものを?」


「どちらにせよ、できている以上は認めるしかないがな」


 その間にも構造物は近づいてくる。

 敵軍の中から全容が現れるにつれ、見張りから新たな報告が上がった。


「構造物下部を確認!巨大な車輪が左右に四つずつ!」


「前方に”平鎧”多数!何かを運んでいます!」


 ヤラミラは、さらに目を凝らした。

 構造物の前を進む”平鎧”たちは、背に膨らんだ袋を担いでいる。何体もの”平鎧”が空堀の縁へ駆け寄り、次々と袋を投げ落としていた。

 袋が杭の上で破れ、中から大量の土がこぼれ出す。


「土嚢……?」


 空堀へ落ちた第一陣の死骸。その隙間へ梯子や丸太が投げ込まれる。さらに土嚢を積み重ね、上から土を被せていく。

 城壁からは絶えず矢が降り注ぎ、土嚢を運ぶ”平鎧”が次々と倒れていく。だが、後続は足を止めなかった。倒れた者から土嚢を奪い空堀へ放り、さらには倒れた者まで投げ落とす。

 塔の正面を進む一団が並び、背甲から削り出した盾を頭上へ掲げた。鏃が盾を叩き、何本も突き刺さる。その陰へ新たな”平鎧”が入り込み、途切れることなく土を運び続けた。

 一体を倒しても、次が同じ役割を引き継ぐ。命令が行き届いているというより、一つの目的を軍勢全体で共有しているような動きだった。

 そうして埋められた空堀の上を、巨大な車輪がゆっくりと踏み越えた。

 第一陣は、ただ無為に突撃したのではない。罠の位置を突き止め、空堀を死骸で埋め、後続のために道を作ったのだ。

 構造物がさらに近づく。その高さ。前進する方角。上部に設けられた広い足場。ばらばらだった情報が、ヤラミラの中で一つに繋がった。


「……まさか!?」


 あれを城壁まで近づけるつもりだ。

 同じ高さまで並べ、内部に隠した兵を壁上へ直接送り込む。そうなれば空堀も、高さを誇る城壁も意味を失う。


「伝令!」


「はい!」


「壁上の全術士官へ通達!あの構造物を城壁へ近づかせるな!最優先で破壊しろ!」


 伝令が駆け出す。

 同時に色旗が大きく振られ、城壁の各区画へ命令が送られていった。

 弓矢では、あの分厚い構造物を破壊できない。投石器なら損傷を与えられるかもしれないが、動く標的へ狙って当てられるほど精度は高くない。

 止められる可能性があるとすれば、術士だけだった。


「術士官、迎撃用意!」


 城壁上の十数名が、一斉に構造物へ向けて火術を練り上げる。

 それぞれの前方で火の粉が渦を巻き、周囲の空気が急速に熱を帯びていった。


「どれを狙いますか!」


 副官の問いに、ヤラミラは迫る塔を見比べた。

 全術士官の攻撃を分散させれば、どの塔も破壊できずに終わる。かといって一基へ集中すれば、その間にも残る塔は前進を続ける。

 最も城壁へ近いのは中央の一基。だが、その進路にはまだ埋まりきっていない空堀が残っている。対して南側を進む塔は距離こそあるものの、第一陣によって罠の大半を踏み潰されていた。


「南側へ集中!まず一基、確実に止める!」


 すべてを一度に救おうとして、すべてを取り逃がすわけにはいかなかった。


「放て!」


 幾筋もの火炎が、城壁から荒野へ伸びる。

 別々に放たれた炎は構造物の手前で重なり、巨大な火柱となって正面から呑み込んだ。


「当たった!」


 兵士たちから声が上がる。

 火柱は構造物全体へ燃え広がり、瞬く間にその姿を覆い隠した。内部で押していた”平鎧”のものと思われる悲鳴が、炎の奥から響いてくる。

 これほどの火勢を受ければ、組み上げられた木材が無事で済むはずはない。

 だが、構造物は止まらなかった。炎の中で車輪が回る。濡れた獣皮から大量の水蒸気が噴き出し、その上へ塗り重ねられた泥が炎を遮っていた。

 表面は焼かれ、黒く変色している。ところどころから煙も上がっている。それでも、内部を支える木材まで火は届いていない。

 火炎の勢いが衰える。立ち込めた黒煙の奥から、巨大な影が再び姿を現した。

 先ほどまで泥と獣皮に覆われていた構造物は、今や焼け焦げた黒一色へ変わっている。

 漆黒の塔。

 そう呼ぶほかない巨影が、炎を抜けて城壁へ迫っていた。


「構造物上部に動きあり!」


 見張りの切迫した声が飛ぶ。


「”ツノ持ち”!上部に複数の”横ツノ”を確認!」


 漆黒の塔の最上部。

 胸壁のように組まれた木材の隙間から、巨大な横角が次々と姿を現した。

 ヤラミラの脳裏に、キャンベラでの戦いが蘇る。城壁へ送り込まれた”横ツノ”は、壁上の兵を薙ぎ払い、内側から防衛線を崩壊させようとした。あのときは力任せに放り込まれたため、着地までに多くが損傷していた。

 だが、この塔が城壁へ辿り着けば違う。無傷の”横ツノ”が、壁上へ一斉に乗り込んでくる。


「火術中止!全術士官、狙いを下へ!」


 燃やし切れないのなら、倒せばいい。どれほど巨大であろうと、構造物を動かしているのは下部の車輪だ。


「基部を狙え!車輪と軸を破壊しろ!」


 火炎が止まり、代わって岩塊と圧縮された水の弾が放たれる。

 一発目は外れた。二発目が車輪の傍らへ着弾し、泥と”平鎧”をまとめて弾き飛ばす。三発目の岩塊が、左前方の車輪を正面から捉えた。

 鈍い破砕音が荒野に響く。巨大な車輪へ亀裂が走った。それでも回転を続けようとした結果、亀裂は瞬く間に全体へ広がり、車軸ごと崩れ落ちる。

 漆黒の塔が大きく傾いた。

 下部にいた”平鎧”たちが慌てて逃げ出そうとする。だが、遅い。均衡を失った巨体は傾きを増し、内部の木材を軋ませながら横倒しになった。


 ズズゥゥゥンッッ!!


 大地が震えた。

 舞い上がった土煙が敵軍を覆い、押し潰された”平鎧”たちの悲鳴が途切れる。塔上にいた”横ツノ”も、崩れた木材とともに地面へ投げ出されていた。


「やったぞ!」


「止めた!」


 城壁上から爆発的な歓声が上がった。

 未知の構造物だった。その目論みを実行される前に見抜き、城壁へ届くより先に破壊した。

 先ほどまで兵士たちを覆っていた恐怖が薄れ、代わって熱を帯びた活気が広がっていく。


「次も同じだ!慌てるな!車輪を狙えば止められる!」


 ヤラミラの号令に、兵士たちが力強く応じる。

 そのとき、背後から足音が近づいてきた。


「ヤラミラ大隊長!緊急伝令!」


「今度は何だ!」


 伝令は息を切らしながら敬礼した。


「北方哨戒班の生存者より報告!敵軍は鎧人のみではありません!」


 ヤラミラの表情が凍りついた。


 五十万。それだけでも、ワラネの全人口を二度呑み込む数だ。

 だが、目の前にいる敵は、そのすべてではなかった。

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