第十一話:議会報告
王国の中枢は王家と貴族院によって成り立っている。
貴族院は、王国の最高意思決定機関である。国王を議長とし、二十七の貴族家の代表者が席を持つ。七省、十庁、六局、四都市軍、そして王国軍。それら二十八の機関のうち、王国軍を王家がまとめ、残る二十七機関を二十七家が分掌する。
ゆえに、貴族とは単なる血筋ではない。役目の名であり、責任の名だった。
議場は広かった。
貴族院の議場は王都の他の建物と同じく豪奢さより堅牢さを優先した造りだ。白灰色の壁は厚く、太い柱が天井を支え、梁は低く重い。窓は深く切られ、外光を取り込みつつも外の熱気を直接通さぬよう工夫されている。壁面には炉と水路の意匠が彫られ、この国の始まりが、ただの飾りではなく今も制度の芯にあることを示していた。
文官に導かれ、カランたちが議場へ足を踏み入れた瞬間、ざわめきがわずかに形を変えた。
誰もがあからさまにこちらを見るわけではない。だが、意識は確かに向けられている。報告者を見る目、軍務卿の孫娘を見る目、英雄と呼ばれる若い術士を見る目。
戦場の敵意より、こちらの方がよほど面倒だと、カランは無言で思った。
正面奥の一段高い位置には王座がある。黄金を誇る椅子ではない。初代王の炉印を背に刻んだ、重厚な席だ。その左右には半円を描くように二十七の議員席が並んでいた。それぞれの卓には家紋と役職名が刻まれている。ほか諸機関を束ねる貴族たちの席である。いくつかの空席はある。しかし主要な席は埋まっていた。
法を司る法務省。
財を司る財務省。
軍を司る軍務省。
治水と水路を司る水利省。
土木と生産を司る工務省。
食材と備蓄を司る食糧省。
商業と流通を司る交易省。
ワラン王が玉座に着くと黒炉の玉笏をその傍らへ置いた。議場のざわめきが、そこで一度途切れる。
「これより、術士兵団第一戦団の遠征任務。及び第九大隊遭遇戦に関する報告議会を開きます」
文官の声が議場に響く。
定例ならばこのまま報告者に発言が求められる。しかし、その前に低い声が上がった。
「やはり」
最初に口を開いたのは、目つきの悪い不機嫌そうな男だった。
頑固一徹。王国の金庫番とまで言われる重鎮。財務卿、バルナムその人だ。日頃の激務の苦労からくるものか、その茶髪には白髪が混ざり、小柄ながら腹回りには年相応以上の厚みがある。
「上級術士官は早かったのではないかね」
その一言にヤラミラは表情こそ変えぬものの、拳を硬く握りしめた。
この国の軍隊は、上級術士官が大隊、中級が中隊、下級が小隊を率いる。大隊の上となると、それは軍団となり、王国軍、都市軍の現場最高単位だ。
若くして上級術士官に任命されたヤラミラを色眼鏡で見るものは少なくない。大隊を新設する事に最も難色を示したのも、財務卿バルナムだった。
「死者十三名。重傷者二十六名。内二名は現場復帰不可。それに加え死者の中には下級術士官まで含まれている。新設とはいえ、いや新設だからこそ、この損害は小さくない。この責任をどう取るつもりかね?」
財務卿バルナムは、報告板で卓を何度か叩きながら問うた。
ヤラミラは応えない。報告者にはまだ発言が許されていないからだ。
その代わりに軍務卿ガルンダが口を開いた。
「新設大隊で”ツノ持ち”を受けた。歴戦個体の”ツノ持ち”を、だ。それに行動も不可解だったと聞く。死者十三で済んだのは持ち堪えたと評価すべきだ」
ガルンダのこの反論は間違いではない。歴戦個体の”ツノ持ち”の脅威は計り知れない。
「死者十三名。確かに数字だけで見れば壊滅ではない」
ただし、バルナムの言い分にも理はあった。
軍編成における小隊とは、一部隊で”ツノ持ち”に対抗できる最小単位として編成されている。ならば下級術士官の戦死は単なる不運では済まされない。
バルナムは、そこで一度だけ手元の報告板に目を落とした。
「だが下級術士官を一名失っている。術士官を一人育てるのに一体どれだけかかるか、それがわからんわけではないだろう?軍務卿殿」
その発言には明確な悪感情が見える。
対する軍務卿ガルンダの返答は至極単純なものだった。
「戦場では死ぬ」
「便利な言葉だな軍務卿」
「事実だ」
だがそれはおそらく議場では使い古された返答だったのだろう。財務卿バルナムは苛立つ様に指で卓を叩き始めた。
そしてこの応酬に新たな人物が加わった。
「戦場では死ぬ。ね」
法務卿、ミラング。男性としては長めの波打つ茶髪。灰色の目は優しげだが、その表情は不敵だ。まるで酒屋の席にでも座っているかのような軽薄な雰囲気は、法を司る機関の長とは思えぬ人物だった。
「それはそうだ。けれどね、それを言えるのは死なせた側ではないよ、軍務卿」
しかし、その発言は鋭い。
「それに財務卿。術士官を失った損失は確かに大きい。でもそれを指揮責任の証拠にするには足りない」
ミラングは日頃部下から不平不満を集める不真面目な法務卿だが、発言自体は一番筋を通す。
「別に指揮責任などとは一言も言っていない」
確かに指揮責任を糾弾するといった類の発言は一言もしていない。あくまでも責任の取り方を問うたものだった。
「ならいいんだ」
財務卿バルナムの指揮官の瑕疵を問う姿勢は明らかだったが、無駄を嫌う法務卿ミラングはそれ以上追求しない。ヒラヒラと手を振り発言の矛を収めた。ただ面倒なだけだったかもしれないが。
「ふんっ」
相変わらず機嫌の悪そうな表情で頬杖をつくバルナム。反対の腕の先では、変わらず神経質そうに卓を指で叩いている。
その間、軍務卿ガルンダは表情を変えずに、威圧感を放ちながら座っていた。今にも卓を叩きそうだ。
「新設大隊だったことは理解している。理解した上で言うが、指揮官が未熟なら兵は死ぬ」
財務卿バルナムは続ける。
「術士官まで失った。これは畑から採れるものではない」
当然の言葉だ。それができたらどれだけ楽か。
「勇敢だった、よく耐えた、気概はあった、結構だ。だがそれで死者の数は減らんのだ」
会議とは事実を並べる場所ではないらしい。事実を使って、それぞれの立場を殴り合う場所のようだ。
少なくとも、カランの目にはそう映った。
「ならば次は貴様が前に立つか金庫番。得意の金勘定は戦場では役に立たんぞ」
「金勘定あっての戦場だ」
睨み合う二人、法務卿ミラングは嘆息する。
そして、また新たな発言者が加わる。
「バルナム、あんたが怒るのはわかるよ」
食糧卿、カラワナ。焦茶の髪は一本の三つ編みにまとめられ、背に垂れている。黒の垂れ目と微笑みは食堂の女将とでも言うべき朗らかな印象だが、現役時代は狩猟班で獣を狩り回っていたとか。王国の食糧事情に精通し、食文化にも造詣が深い人物。
「死んだ子は、あんたのところで学んだ子だろう」
卓を叩いていた指が、そこで止まった。
バルナムは答えなかった。答えられなかったのかもしれない。しかし、その表情は、カラワナの発言が事実だと如実に表していた。
「だけど、若い隊長ひとり吊るしてどうなる」
食糧卿カラワナが朗らかな顔のまま言った。
「死んだ子が戻るのかい、怪我した兵が立てるのかい、次に出す飯の量が増えるのかい」
朗らかな顔だったが、その発言はしっかり現実を見据えている。
「責めるなとは言わないよ。けどね、責めて終わる話でもないだろう?」
一連の応酬に一区切りついたと見たのか、議場が少しだけざわついた。
「よろしいでしょうか」
静かな声だった。
だが、その声は不思議と議場のざわめきの上に乗った。
交易卿ブールナンだった。明るい茶の髪は短く整えられ、衣の襟元から袖口まで隙がない。背筋は伸びており、髪色に似て明るい茶の瞳は利発そのもので視線は落ち着いている。何から何まで計算されていそうな男だった。
「現時点で混ざっている論点は三つです」
ブールナンは指を一本立てた。
「一つ、第九大隊長の指揮判断と任命について」
続け様に二本目。
「二つ、下級術士官を含む損耗への補填と再編」
最後に三本目の指を立てる。
「三つ、敵個体の行動が通常の鎧人襲撃と異なる可能性」
そこで一度、彼は議場を見渡した。
他者に問いを求めるものではない、これから大事なことを言うぞ、という行動的主張だった。
「最初の二つは確かに重要です。ですが、三つ目を誤れば同じ損害を繰り返します」
ワラン王は静かに頷いた。
「責任は後で逃げない、損失も消えない。ならばまずは次に同じことを起こさぬための話をするべきだろう」
その穏やかな声で、議場の向きが変わった。
「第九大隊長ヤラミラ。報告を」
「はっ」
ヤラミラは、はっきりした声で返事した。
残る二つの省の長、その片方の工務卿タルナグは、珍しく真面目な顔で報告板を見ていた。ただし、その指先は卓の端に塹壕と防壁の図面らしきものを描いている。
もう片方の人物、水利卿ナールミラは、長すぎる黒髪の奥で小さくなっていた。何かを言いたげに唇が動いたが、声にはならない。
隣の補佐官だけが、慣れた様子で記録板を彼女の前に寄せていた。
ようやく報告が始まる。そう思った時点で、カランは自分の見通しが甘かったことに気がついた。報告が始まるということは、質問も始まるということだった。
市場へ行くには、まだ少し時間がかかりそうだった。




