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政略結婚からはじまる、覇王と刺客姫の共犯関係  作者: 秦江湖


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第9話:誓いは未来の決別?

ソル・ガルド公国の特使が城門で「黒い塊」となって晒されてから数日。フェリデ公領には、嵐の前の静けさが漂っていた。


「……おかしい。ソル・ガルドの大軍が押し寄せる気配がない」


守役のバド・バルカスが、地図を睨みながら唸る。


「……当然だ。バド。……奴らにとって、使者の死は『投資の失敗』に過ぎない」


アルトリアスは窓の外、黒き軍勢が魔導銃の扱いに習熟していく様子を眺めながら、淡々と語る。


「……現在、ソル・ガルドは東の『帝国』と小競り合いを続けている。……わざわざ消耗しきったフェリデのために、全軍を動かす道理がない。……奴らは、私が母上と争い、この地がさらに疲弊するのを待っている。……その後で、果実を拾うつもりだ」


「つまり、我らはソル・ガルドにすら『内乱で自滅する程度の価値』と見られているのですな」


バドは苦く笑った。その忠義の奥底には、主君のあまりに冷徹な現状分析への、言いようのない不安が芽生えていた。




一方、城の奥深く。 母イザベラは、狂おしい手つきで鏡の中の自分を見つめていた。その背後には、彼女が実家を通じて雇い入れた、顔のない刺客たちが控えている。


「あの男は……アルトリアスは、私の息子ではないわ」


彼女の震える声は、もはや理性を失っていた。


「あの子は、私がソル・ガルドから持ってきた高貴な美しさを、その汚れた瞳で汚し続けてきた。……赤ん坊の頃からよ。私が抱き上げても、あの子は愛を求めず、ただ私の醜い内面を探るような目で私を見ていた。……あれは鏡よ。私の虚栄を映し出す、忌々しい鏡だわ」


イザベラにとって、アルトリアスは自分の思い通りにならない「失敗作」であり、同時に自分の「罪」を映し出す存在だった。


対照的に、甘い言葉で自分を慕うジュリアンこそが、彼女にとっての「正しい息子」だったのだ。


「行きなさい。……私の鏡を、粉々に砕いてきて」




その夜。フェリシテは、ガレリアの王族にしか扱えない秘術を用いた遠隔通信で、父「北の毒蛇王ローラン」と対峙していた。


『……フェリシテよ。報告は受けている。使者を殺し、魔導銃などという禁忌に手を染めたか』


通信用の魔石に浮かぶ、父の冷厳な横顔。


『お前が選んだその男は、既存の秩序すべてを敵に回す「魔王」だ。今ならまだ、死体として持ち帰ればガレリアの面目は保てるが?』


「お父様。私は、あなたが用意した『暗殺者』というつまらない役を降りたの」


フェリシテは、アルトリアスから借りた黒いマントを指先でなぞりながら微笑んだ。


「この男が視ている世界は、アンタが一生をかけて守ってきた、その狭い領地よりもずっと広いわ。……私はこの男の『翻訳者』として、世界がひっくり返る瞬間を一番特等席で見ることに決めたのよ」


『……毒蛇の娘が、魔王の毒婦になるか。……よかろう。だが、その男が「機械」になり、お前を道具としてしか見なくなった時……その時は、自分の手でその男を葬るのだな』


「……ええ。その時は、最高の毒を贈ってあげるわ」




深夜のフェリデ城。 アルトリアスの寝室へ通じる屋根裏で、音のない殺戮が始まった。 イザベラが放った暗殺者たちは、フェリデ家直属の隠密部隊「からす」の中でも、特に冷酷な者たちだった。


「……来たわね。ネズミ共」


梁の上で待ち構えていたのは、シオンと銀鱗衆の面々だった。 ガレリアの隠密術と、フェリデの「烏」が激突する。火花を散らす短剣。フェリシテが仕掛けた「感知の糸」が、闇の中を泳ぐ刺客たちの動きを確実に捉えていた。


「シオン姉! こいつら、魔導具を使ってやがる!」


カイの叫び。刺客たちは、イザベラがソル・ガルドから横流しさせた「身体強化」の腕輪を装着していた。


「関係ない。……姫様の邪魔をする者は、すべて肉塊に変える」


シオンの銀の髪が闇に閃く。 超人的な反射速度で、刺客の首を次々と刈り取っていく。しかし、最後の一人を仕留めた際、シオンはその男の懐から落ちた「フェリデ家当主代行の印」を見て、息を呑んだ。

母が実の息子を、国家反逆者として正式に「処刑」しようとしている。その意志の重さに、シオンは戦慄を覚えた。





騒ぎが収まった後、アルトリアスはバルコニーに出て、静寂を取り戻した城内を見下ろしていた。 隣に立つバドが、沈痛な面持ちで口を開く。


「閣下……。奥方様は、本気でございます。……これ以上は、もはや……」


「……わかっている。バド。……母上は、私の中に『自分を否定する何か』を視ている。……それを消さない限り、彼女の夜は明けないのだ」


「私は……、私は最後まで、貴方様にお仕えいたします。たとえそれが、どのような汚名を背負うことになろうとも」


バドは膝をつき、アルトリアスの手を取った。


「ですが、閣下。……もし貴方が、人の心を完全に捨て、ただの『冷徹な計算機』になってしまわれたら……その時は、この老いぼれが貴方を止めます。……それが、私にできる最後の忠義です」


「……そうか。……お前が止めるなら、私はそれを受け入れよう。……だが、今はまだ、その時ではない」



アルトリアスは、バドの手を力強く握り返した。 その掌の熱。言葉にできない膨大な情報量が、バドの心に流れ込む。 二人の「主従」を超えた、しかし「いつか決裂する」ことを予感した残酷な誓い。


「……夜が明ける。……準備しろ。……演習を始める」


「……はっ。……黒き軍勢、閣下の下へ!」




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