第8話:量産される魔導銃
城下、人目に付かぬ廃倉庫を改造した工房に、重苦しい鉄の匂いが立ち込めていた。
アルトリアスは、煤で汚れた作業台の上に、一挺の無骨な「筒」を置いた。
木製の銃床と、継ぎ目の目立つ鉄製の銃身。芸術的な美しさは微塵もない、ただ「殺すこと」だけに特化された機能の塊。
「……バド。……撃て」
促された守役のバド・バルカスは、困惑しながらもその筒を手に取った。長年、重厚な剣と盾を振るってきた彼にとって、この羽のように軽い鉄の棒はあまりに頼りなく感じられた。
「閣下、しかしこれは……魔力を持たぬ者に、どう扱えと?」
「……引き金を、引け。……それだけで、内蔵された『魔石弾』が、あらかじめ刻まれた魔法式を強制起動させる」
バドが言われるがままに、設置された鋼鉄の標的に向かって引き金を引いた。
――ドォォン!
鼓膜を揺らす轟音と共に、筒の先から青白い閃光が走り、鋼鉄の板がバターのように溶け落ち、ひしゃげた。
「……なっ、これは……!」
バドの手が震えた。反動は少なく、今の放たれた威力は、フェリデ公領でも上位に位置する魔導騎士の全力の一撃に等しい。
「これほどの力が、魔力を持たぬ者にも……? 閣下、これでは修行を積んだ騎士の誇りが……」
「……誇りで、腹は膨れない。……バド。……一人の天才を育てるのに二十年かかるが、この筒を使えば、百人の凡人を三日で戦力にできる。……それが、私の戦いだ」
アルトリアスの瞳は、熱狂もなく、ただ冷徹に戦場の効率を計算していた。そのあまりの合理性に、バドは背筋に走る戦慄を抑えきれなかった。
その日の夕刻、城の薄暗い回廊の影で、バドはガレリアから来た乳母マルタと鉢合わせた。 バドは顔をしかめ、周囲に人がいないことを確認してから口を開いた。
「マルタ殿。あの方々は、正気だろうか。特にアルトリアス閣下だ。あの方は、騎士という存在そのものを歴史の塵にしようとなさっている」
マルタは丁寧に淹れた茶を盆に乗せたまま、ふう、と溜息をついた。
「バド様。あの方々は、賢すぎるのです。賢すぎて、世界の行く末が視えすぎてしまっている。だから、自分たちがどれほど危うい橋を渡っているかさえ、数式の一部として処理してしまわれる」
「……危ういのは、あの方々の心だ。フェリシテ様が来てから、閣下は確かに変わられた。だが、それは『冷酷な覇王』、いや、『魔王』としての覚醒だ。……人としての温もりを忘れてしまわぬか、私はそれが恐ろしい」
「ええ、本当に。うちの姫様もそうですわ。アルトリアス様の話をする時、あんなに嬉しそうに『駒として優秀だ』なんて仰って。素直に『頼りにしている』と言えばよろしいのに」
二人の視線が交差する。そこにあるのは、行き過ぎた知性を持つ主君を持つ、凡人なりの切実な親心だった。
「どうでしょう、バド様。今夜の夕食、あえて執務机ではなく、あの奥まったテラスにセッティングしては? 月が綺麗ですから、少しは『非合理的』なお話も弾むかもしれませんわよ」
「……ふむ。兵站の相談を装えば、あの方もテラスに向かうだろう。……共謀成立ですな、マルタ殿」
「おほほ。若いうちは、周りが少しお節介を焼いてあげなくてはね」 老練な二人は、不敵に、そして少し楽しげに微笑みを交わして別れた。
一方、その夜の魔導銃の輸送任務中。 アルトリアスの直属となったレオと、護衛に加わったシオンの間には、張り詰めた緊張感が漂っていた。
「……貴様、さっきから不躾な視線だな」
シオンが、月明かりを反射する銀の髪をなびかせ、レオを睨み据えた。
「ガレリアの影(銀鱗衆)が、閣下の最高機密に触れるのが気に入らないだけだ。お前たちは本当に、閣下の味方なのか?」
「姫様が味方だと言えば、私たちは味方だわ。……でも、あのアルトリアスという男、姫様を危険な場所に引きずり込みすぎている。魔導銃なんて、あんなものを作れば世界中の騎士から恨みを買う。……姫様を道連れにするつもりなら、容赦しないわよ」
「閣下は、世界を変えようとしているんだ! お前たちのような暗殺者には理解できない、もっと高い場所を見ておられる!」
レオの叫びに、シオンは鼻で笑った。
「高い場所? ……その場所がどれほど寒いか、あいつは分かっていない。……だから、うちの姫様が必要なんでしょうけどね」
主君二人が奇妙な「共犯関係」を築く一方で、その「手足」となる者たちは、まだ互いの正義を譲れずにいた。その歪みは、いつか大きな亀裂となるかもしれない。
バドとマルタの小細工が功を奏したのか、アルトリアスとフェリシテは、月光に照らされたテラスで二人きりになっていた。 テーブルには、マルタが用意した贅沢な料理が並んでいる。
「……バドが、ここで兵站の報告をすると言っていた。……遅いな」
「私のシオンも、武器の納品状況をここで話すって言ってたのに。……まったく、うちの従者はアンタの教育が移ったのかしら、不器用ね」
フェリシテは、マントを羽織り直しながら夜風に肩を震わせた。
「……寒そうだな。……フェリ」
「……別に。このくらいの寒さ、ガレリアに比べれば春みたいなものよ」
アルトリアスは、じっと彼女の横顔を見つめた。 魔導銃という、時代を終わらせる兵器を作り上げた高揚感はない。あるのは、これから始まる嵐のような日々への、静かな覚悟だけだ。
「……量産が始まれば、もう引き返せない。……お前は、後悔していないか」
「今さら何を。アンタを選んだ瞬間に、私は安穏とした人生なんて捨てたわよ。……世界を敵に回しても、アンタが視ている『海』を、私も視てみたい。……ただ、それだけ」
フェリシテは不敵に笑い、ワイングラスを掲げた。
「さあ、飲みなさい。マイ・ロード。今夜くらいは、戦術計算以外の話をしても……まあ、許してあげるわ」
「……そうか。……ならば。……明日の、弾薬製造の歩留まりについて……」
「アンタね……!」
フェリシテの呆れたような溜息が、夜の静寂に溶けていく。 影で見守るバドとマルタは、互いに顔を見合わせて、深く、深いため息をついた。




