第18話:黒い疾風
カストール平原に、地響きを立てて黒い濁流が奔った。
アルトリアス自らが率いる、黒の部隊・先鋒騎馬隊。
「見ろ! 閣下が先頭だ!」
「王自らが行かれるぞ! 遅れるな!」
叫び声と共に、兵たちの士気が狂信的な熱を帯びて膨れ上がる。
本来、総大将が突撃の先頭に立つなど、戦術的には愚策中の愚策だ。
だが、今のアルトリアスには、兵の心を繋ぎ止めるための言葉がない。
だからこそ、彼は自分の命を最も危険な場所に晒すことで、全軍の魂を一つに束縛した。
対するソル・ガルド公国「太陽騎士団」。
黄金の盾を連ねたその軍勢は、まさに不動の壁。
「愚かな。一千年の伝統を持つ我らの障壁を、たかが数千の烏合の衆で砕けると思うたか!」
ガルト軍の大将、ガルバが嘲笑と共に剣を振り下ろした。
「放てッ! 太陽の裁きを!」
天から降り注ぐ火炎の雨。
だが、アルトリアスは一切の速度を落とさない。
彼の概念視は、炎の落ちる隙間、風のうねり、敵の魔導障壁が波打つ瞬間の「穴」を完璧に捉えていた。
「……右、十五。……加速」
彼の短い号令に合わせて、黒き騎馬隊が奇跡のような軌道を描いて火の海を潜り抜ける。 そして――。
――ガギィィィィィィィン!!
アルトリアスの剣が、ガルバが展開した最前線の障壁に叩きつけられた。
火花が散り、空気が悲鳴を上げる。
「なっ……我が障壁を、正面から受け止めるだと!?」
アルトリアスの瞳が、ガルバを射抜いた。
その瞳には憎しみも怒りもなく、ただ「目的」を遂行するための冷徹で強固な意志だけがあった。
数刻の凄惨な交戦。
アルトリアスは敵の陣形を十分に乱し、自軍の消耗が計算された限界に達する前に、馬の手綱を引いた。
「……退却しろ。……全隊、後退」
「何だと!? 押し込んでいるではないか!」
兵たちの間に動揺が走る。
だが、アルトリアスの命令は絶対だ。
黒の部隊は、まるで見捨てられた敗残兵のように、平原を逆方向に駆け出した。
「ははは! 見ろ、魔王が尻尾を巻いて逃げ出すぞ!」
ガルバが勝ち誇り、全軍に追撃の合図を送る。
「追え! 一人も生かして帰すな! アルトリアスの首を太陽に捧げるのだ!」
黄金の騎士たちが、統制を乱してアルトリアスの背中を追い、両脇の切り立った丘に囲まれた回廊へと誘い込まれていく。
後方の馬車でそれを見守るフェリシテは、恐怖に顔を白くした。
(アルト、アンタ……まさか、自分自身を餌にして、敵を……!)
丘の上。 伏せていたレオが、片手を高く掲げた。 その視線の先には、土煙を上げて逃げてくるアルトリアスの騎馬隊と、それを追うガルト軍の主力。
「……引き付けろ。……まだだ。……まだだ……」
レオの額に、緊張の汗が流れる。 アルトリアスが振り返った。 その無機質な瞳と、レオの視線が交差する。
「今だッ!! 左右同時、火線交錯!!」
レオの叫びと共に、回廊の両脇から、これまで潜めていた数百の魔導銃が一斉にその口を開いた。
――ドォォォォォン!!
耳を裂く轟音。 空気が爆ぜ、青白い魔力の礫が、無防備なガルト軍の側面に突き刺さる。 それは戦いではない。数式によって導き出された、一方的な「破砕」の始まりだった。




