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政略結婚からはじまる、覇王と刺客姫の共犯関係  作者: 秦江湖


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第15話:逆転の祝杯

フェリデ城の大広間は、かつてないほど絢爛な光に包まれていた。


シャンデリアの魔導光が、並べられた銀食器と高価なワインを照らし出している。


集まった貴族たちは、昨夜までの「沈黙の覇王」への恐怖など忘れたかのように、新しい時代の夜明けを祝う美酒に酔いしれていた。



「皆様、お聞きなさい。フェリデの長い冬は終わりました」


教壇の上、公爵代行の証である深紅の肩掛けを纏ったイザベラが、優雅に杯を掲げた。


その隣には、顔色を失い、借り物の衣装を着せられた人形のように立ち尽くすジュリアンの姿がある。


「不気味な瞳で我らを監視し、伝統を壊し続けたあの『鏡』は、もうどこにもありません。今ここに、正統なる血筋による、美しきフェリデの再興を宣言いたします!」


割れんばかりの拍手。


その熱狂のただ中に、彼女は「余興」を引き出させた。


広間の中央。魔法の鎖で両手を拘束され、跪かされているのはフェリデ公妃フェリシテであった。


昨夜の絶望を物語るように、その髪は乱れ、瞳は伏せられている。


「……お義母様。そんなに声を張り上げて、喉を痛めないかしら」


フェリシテが低く、震える声で呟いた。イザベラは満足げに彼女へ近づき、扇の先でその顎を持ち上げた。


「あら、夫を殺した大罪人の分際で、まだ口だけは達者なのね。ガレリアの毒蛇も、牙を抜かれればただのトカゲだわ」


「牙を抜かれたのは、アンタの頭の方じゃない? ソル・ガルドに国を切り売りしてまで手に入れたその席、座り心地はどうかしら」


「黙りなさい!」


イザベラは嘲笑を浮かべ、周囲の貴族たちへ聞こえるように声を張り上げた。


「皆様、お聞きになりましたか? この女はまだ、私を陥れようとしています。私がソル・ガルドと手を組んだのは、あの子の暴走を止めるため……そう、すべては我が国の平穏のためだったのです!」


勝利の全能感が、イザベラの口を軽くさせていた。彼女は、フェリシテが密かに会場内の「黒の部隊」の配置を確認し、合図を待っていることなど、露ほども疑っていなかった。



「では、新公爵ジュリアンの誕生と、反逆者フェリシテの処刑を祝して――祝杯を!」


イザベラが杯を高く掲げた、その瞬間だった。


――ドォォォォン!!


地響きと共に、大広間の重厚な扉が内側から爆砕された。 硝煙と火花が舞う中、悲鳴を上げて逃げ惑う貴族たち。その静寂を切り裂いて、規則正しく、冷徹な足音が石床を叩いた。


「母上。その祝杯、私が毒見をしましょうか?」


煙の中から現れたのは、死装束の白ではなく、漆黒の軍服に身を包んだ男。 アルトリアス・フェリデ。


死んだはずの「沈黙の覇王」が、一切の隙なく、死神のような威圧感を纏ってそこに立っていた。



「あ……あ……っ!?」


イザベラの顔から血の気が引き、杯が床に落ちて砕け散った。


「幽霊……!? いえ、そんなはずは! 貴方は確かに、あの毒を……!」


「母上、貴方の用意した毒は、解析するにはあまりに単純すぎました。数式を組み替えれば、ただの眠り薬にすぎない」


アルトリアスは迷いのない歩調で歩み寄り、立ち尽くすジュリアンの前で止まった。その瞳は無機質だが、確かな王者の風格を湛えている。


「ジュリアン。その冠は、お前にはまだ重すぎる。……返してもらおうか」




「姫様、お待たせいたしました!」


広間の高窓から、シオンとレオが飛び込んできた。シオンの腕には、傷を負いながらも凛とした表情を崩さない乳母マルタの姿があった。


「残念だったわね、イザベラ様。貴女が隠していた『贈り物』、私たちが先にいただいちゃったわ」


マルタが、イザベラの足元に数枚の羊皮紙を叩きつけた。それは、イザベラがソル・ガルドの特使と交わした領土割譲の密約書、そしてバルカスを通じて行わせた暗殺教唆の記録であった。


「な……それを、どこで……!」


「アンタの詰めの甘さを紙に書いたら、一冊の本が書けるくらいよ。お義母様」


フェリシテが、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。彼女の両手を縛っていた魔法の鎖が、彼女自身の魔力によって内側から弾け飛ぶ。


「昨夜、私が地下牢から逃げ出したことに、アンタは最後まで気づかなかった。わざわざ捕まったフリをしてここに来たのはね、アンタが全貴族の前で、自分の口からその罪を自白するのを待つためだったのよ」


「……母上。チェックメイトだ」


アルトリアスの言葉と共に、広間の四方の壁から、魔導銃を構えた「黒の部隊」が姿を現した。銃口のすべてが、イザベラを支持していた貴族たちに向けられる。


「ひ、ひぃっ……! 助けてくれ、私は無理やり従わされただけだ!」


昨日までイザベラを称賛していた老臣たちが、蜘蛛の子を散らすようにアルトリアスの前に跪いた。




「……おのれ、おのれぇっ! あの毒蛇の娘……最初から私を……!」


絶体絶命の窮地。だが、イザベラは狂気に身を任せ、懐からソル・ガルド製の魔導具を取り出した。


「ジュリアン、来なさい! まだ終わらないわ、あの方々が、ソル・ガルドの大軍が必ず私を救ってくださる!」


「母上……!」


無理やり腕を引かれたジュリアンと共に、イザベラは隠し通路の扉へと飛び込んだ。 「追え!」というレオの叫びを、アルトリアスが制した。


「……待て。深追いは禁物だ。南方の要塞には、奴らの残党がいる」


「逃がしてよかったの? アルト」


フェリシテが、煤で汚れたドレスの裾を払いながら歩み寄ってきた。アルトリアスは彼女の視線を受け止め、静かに頷いた。


「膿を出し切るには、拠点を一つに固めさせた方が効率がいい。……それよりも、怪我はないか。フェリシテ」


「別に。このくらい、アンタの下手な死んだフリを見せられた精神的苦痛に比べれば、どうってことないわよ」


フェリシテは顔を背け、差し出されたアルトリアスの手を取ろうとはしなかった。



「助けに来るのが遅いのよ。私の計算では、あと三秒は早く扉を壊すはずだったのに。演出に凝りすぎて、主役の座を奪う気満々だったんじゃないかしら?」


「悪かった。火薬の調整に手間取ったんだ。……次は、三秒早くしよう」


「次なんてないわよ! 二度も未亡人のフリをさせないで!」


フェリシテはまくしたてたが、その瞳には隠しきれない安堵の色が滲んでいた。 アルトリアスは、そんな彼女の肩に自分の黒いマントをそっと掛けた。


「……決着だ。だが、内乱の火蓋は、今切られた。極力早く鎮火させる」


城下町から上がる、アルトリアスの生存を祝う民衆の声。 しかし、その歓喜の裏側で、南へと逃れた母と弟、そして大国ソル・ガルドという巨大な影が、フェリデ公領を飲み込もうと動き出していた。


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