第11話:血塗られた関所
「……この地は、死にかけている」
アルトリアスは、領地の地図を指先でなぞった。
そこには、網の目のように「関所」を示す赤い点が打たれている。
フェリデ公領。先代の頃から、各地方を治める領主たちは、己の懐を肥やすために勝手に関所を設け、行き交う商人に法外な通行税を課していた。
「血管が詰まれば、体は腐る。国も同じだ……経済が詰まれば腐るだけだ……バド。領内すべての関所を、今日限りで廃止する。……抗う者は、関所ごと排除してかまわない」
傍らに控える守役のバドは、一瞬だけ息を呑んだ。
それは、イザベラを支える老臣たちの経済的基盤を、根こそぎ奪うことを意味する。
「閣下、それは……もはや宣戦布告に等しゅうございます。地方の領主たちは、死に物狂いで抵抗いたしましょう」
「毒を出すには、切開が必要だ」
アルトリアスの言葉を裏付けるように、フェリシテが艶やかな笑みを浮かべて部屋に入ってきた。彼女の手には、銀鱗衆が持ち帰った報告書がある。
「アルト、いいタイミングね。南部を牛耳るヘンリック伯爵が、アンタの布告を無視して、視察に送った役人の首を跳ねたわ。……『若造に、我らの権利を渡す筋合いはない』って仰っているそうよ」
「ならば。……ダナを呼べ」
アルトリアスは深いため息を着いた。
数日後。
南部の要衝、ヘンリック伯爵が守る「鉄門の関」の前に、黒一色の軍勢が現れた。
先頭に立つのは、猛将ダナ・ガランである。彼はアルトリアスから与えられた、装飾を排した黒い甲冑を纏い、愛斧を担いでいた。
関所の上では、ヘンリック伯爵が震える声で叫んでいた。
「ダナ・ガラン! 貴様、先代への忠義を捨てて、あのような『愚者』の犬に成り下がったのか! 恥を知れ!」
ダナは顔をしかめ、斧を地面に突き立てた。
「ヘンリック。俺が捨てたのは忠義ではない、『時代遅れの誇り』だ。……閣下が視ているのは、この狭い領地の小銭にあらず。……どけ。さもなくば、その立派な門と一緒に、貴公の首も吹き飛ばすことになるぞ」
「抜かせ! 撃てッ! 」
関所の壁から、無数の矢が降り注ぐ。だが、ダナ・ガランが率いる「黒の部隊」は、それを冷徹な陣形で受け流した。
「門の中央を狙え!…… 撃て!!」
ダナ・ガランの声が響いた。 「黒の部隊」が、魔導銃を水平に構える。
――ドォォン!!
一斉射撃。魔石の爆縮が放つ青白い閃光が、数世紀にわたって難攻不落とされた鉄の門を、紙細工のように引き裂いた。
「……な、何だ、この威力は……!?魔法か?いや、違う」
崩れ落ちる門。煙の中から現れたのは、感情を失った黒い仮面のような兵士たちの列だった。
ダナ・ガランが先陣を切って突入する。
「死にたくない者は武器を捨てろ! これはアルトリアス閣下の御命令であるぞ!」
戦闘は一時間もかからなかった。 私兵たちは魔導銃の恐怖に戦意を喪失し、主であるヘンリック伯爵は、自慢の関所の残骸の前でダナによって捕縛された。
前線指揮をダナ・ガランに任せていたアルトリアスが、馬を降りて関所の中を歩いた。
そこには、徴収されたまま行き場を失った大量の穀物や、商たちの荷が積まれていた。
「これらは、すべて商人に返せ。……そして。……今日からこの道を通る者に、びた一文も要求してはならない」
アルトリアスの命令に、捕らえられた商人たちが驚き、やがて歓声を上げた。 だが、その光景を冷ややかに見つめる者がいた。
「アルト。これで、アンタは完全に『支配者たちの敵』になったわね」
フェリシテが歩み寄り、彼にマントをかけ直す。
「……ああ。旧勢力との衝突、避けては通れぬ道だ」
アルトリアスは、血の色に染まった夕陽を見つめた。
関所の廃止。それは、イザベラが隠し持っていた「地方の権力」を一つずつ剥ぎ取っていく、冷酷な解体作業の始まりだった。
フェリデ城。
イザベラは、ヘンリック伯爵の敗北を聞き、発狂したように自室の調度品を叩き壊していた。
「あの男……! 私からすべてを奪うつもりか! ジュリアンの、ジュリアンの未来まで!」
彼女の瞳は、もはや正常な思考を失い、深い闇に沈んでいた。
「……こうなれば、もう手段は選ばない。……フェリシテ。あの娘が、あの子の唯一の『隙』よ」
イザベラは、鏡の中の自分を見つめ、不気味な笑みを浮かべた。
「マルタという乳母がいたわね。……ふふ、面白いことになりそうだわ」
イザベラは、その双眼に暗く残虐な光を宿した。
敵が正攻法でくるなら、搦め手で動けなくすれば良い。
敵の最も弱いところを狙って。




