第10話:試作部隊、演習の衝撃
フェリデ公領、広大な北の演習場。 鉛色の空から、刺すような冷たい雪が舞い落ちていた。観覧台には、この国の「旧き秩序」が勢揃いしている。母イザベラ、困惑を隠せない弟ジュリアン、そして彼らを背後で支える老臣たち。
「ジュリアン、ご覧なさい。あの不気味な黒い塊を。あれが、あの子が心血を注いだという『軍勢』ですって。失笑を禁じ得ないわ」
イザベラが扇で口元を隠し、冷たく笑った。
彼女の視線の先には、レオ率いる「黒の部隊」が整列していた。
昨日まで鍬や金槌を握っていたはずの若者たちが、家紋を排した黒一色の鎧に身を包み、手には奇妙な鉄の筒――「魔導銃」を携えている。その立ち姿には、騎士特有の華やかさは微塵もなく、ただ無機質な機能性だけが漂っていた。
対するは、猛将ダナ・ガラン率いる白銀騎士団。フェリデ最強と謳われる重装騎兵と、洗練された魔法騎士の混成部隊だ。 ダナは愛馬に跨り、背負った大斧を軽く振るった。
「アルトリアス殿! 最後に一度だけ忠告する。騎士の誇りを、そんな棒切れで汚すのはおやめなさい! 貴公が泥遊びで鍛えた若い騎士、農民たちが、我が一撃でどうなるか……その目に焼き付けるがいい!」
高台に立つアルトリアスは、ダナの咆哮を無表情に受け流した。隣に立つフェリシテが、その瞳に宿る静かな狂熱を読み取り、悦びに唇を震わせる。
「さあ、マイ・ロード。世界がひっくり返る合図を」
アルトリアスはゆっくりと右手を掲げ、冷徹に命じた。
「……演習、開始。……第一列、膝を突け」
ダナ・ガランが咆哮した。
「突撃! 伝統の重みを知らしめよ!」
地響きを立てて、白銀騎士団が動き出した。
先頭を行くダナの周囲には、複数の魔法騎士による強固な『連鎖魔力障壁』が展開されている。それは、並の弓矢や魔法攻撃では傷一つ付かない、無敵の盾だ。
馬の蹄が大地を削り、凄まじい質量が黒の部隊へと迫る。 レオの心臓は激しく波打っていた。だが、視界の端に立つアルトリアスの「沈黙」が、彼を恐怖から繋ぎ止めていた。
(……五百歩。……三百歩。……まだだ)
アルトリアスの瞳は、敵の突撃速度と、風向き、そして大気の湿度を数式として処理していた。
「……第二列、照準」
「何をボサッとしている! 踏み潰せ!」
ダナの距離が、百歩を切る。騎士たちの槍が、月光を反射して鋭く輝いた。勝利を確信したイザベラたちの顔に、残忍な笑みが浮かぶ。
その刹那――。
「……放て」
アルトリアスの細い指先が、空を斬った。
――ドォォォォォン!!
耳を裂く轟音が演習場に響き渡った。 火薬の煙ではない。魔石が強制爆縮される際に放たれる、青白い魔力の噴流が黒の部勢の銃口から一斉に溢れ出した。
魔法の才能など一欠片もないはずの平民たちが、ただ「引き金を引く」という一動作のみで、一千年の修練を嘲笑う破滅の力を解き放ったのだ。
「な……っ!?」
ダナ・ガランの視界が、青白い光に染まった。 絶対の自信を誇っていた魔法騎士たちの『障壁』が、ガラス細工のようにあっけなく砕け散る。
一発、また一発と、目に見えぬ魔力の礫が、重装甲の騎士たちを馬ごと叩き伏せていった。それは戦いではなく、一方的な「破砕作業」だった。
「馬鹿な……! 防げ! 魔法で防げと言っているのだ!」
ダナの叫びも虚しく、彼の愛馬が脚を撃ち抜かれ、泥の中に沈んだ。
地響きを立てて落馬したダナの視界に、整然と歩み寄る「黒」の靴が見えた。
レオが、銃口をダナの額に突きつけていた。その瞳には、昨日までの「怯え」はなく、ただ命じられた任務を遂行する「部品」としての冷徹さがあった。
「……そこまでだ。……ダナ」
アルトリアスが、高台から静かに歩み寄ってきた。 周囲には、動けなくなった白銀騎士たちの呻き声と、硝煙に似た魔力の匂いが立ち込めている。
ダナ・ガランは、泥にまみれたまま、膝をついて愛斧を杖代わりに体を支えた。彼の誇りは、今、粉々に打ち砕かれていた。
「……これが、これからの戦か。血を吐くような鍛錬も、一族の誇りも……そんな、誰にでも扱える鉄の筒に負けるというのか」
「……誇りは、人を守れない。……だが、効率は、国を守る」
アルトリアスはダナの前に立ち、その巨大な斧を見つめた。
「……ダナ。お前の力は、昨日までの世界のものだ。……だが、その忠義の厚さだけは、私が拓く『海』にも必要だ」
アルトリアスが右手を差し出す。それは、主君としての情けではなく、優秀なリソースを確保するための「合理的な提案」だった。
ダナは、主君を見上げ、その無機質な瞳の奥にある、絶望的なほどに遠い未来を視た。 この男は、今、世界を壊したのだ。そして、その破片で新しい何かを創ろうとしている。
「……フン。これほど無残に負けては、言い訳もできんわ」
ダナ・ガランは自らの斧を放り出し、泥の中に両膝を突いた。
「……アルトリアス殿。いや、我が公爵閣下。このダナ・ガラン……貴公のその『可愛げのない正論』、最後まで見届けさせてもらう!」
観覧台のイザベラは、もはや悲鳴を上げることすら忘れ、腰を抜かして座り込んでいた。ジュリアンは、兄の背中に向かって震える声を絞り出す。
「兄上……あなたは、一体何を……」
「……革命だ。……ジュリアン」
アルトリアスは弟を振り返ることなく、隣に立つフェリシテを見た。 フェリシテは、満足げに微笑み、彼の手を力強く握りしめる。指先から伝わる、言葉を超えた共鳴。
「素晴らしいわ、アルト。さあ、次は世界を驚かせてあげましょう」
この演習の結果は、すぐさま闇に紛れた密偵たちによって、ソル・ガルド公国をはじめとする近隣諸国へともたらされることになる。 フェリデの「愚者」が、騎士の時代を終わらせる「魔王」へと変貌したという驚愕と共に。




