プロローグ
私の仕事は通訳だ。
「語学が得意なんですね」とか言われるけど、正直ちょっと違う。
他人の言いたいことを、自分が理解できる範囲で適当にまとめて伝える仕事だ。
会議室で肩肘張って訳すのも、観光案内で笑顔作るのも、全部その延長線上にすぎない。
要するに、通訳ってのは「言葉の通じない相手と話す仕事」なんて聞こえはカッコいいけど、ほとんどが雑務と我慢だ。
今日も作り笑顔なんて浮かべず黙々と通訳をする。つまらない、と考えながら。
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朝の通勤電車は、今日も満員だった。
千家真白___私は文庫本を片手に人波をかき分ける。通勤ラッシュの丸の内線はサラリーマン、学生など職業問わず幅広く人間が入替している。
忘れ物に気付いた私は独り言のように呟いた。
「まぁ、なんとかなるでしょ」
そう、呟いた時だった。
人々の悲鳴と共に背中に強い衝撃を感じた。体が熱くなり、痛い。
足元を見ると血の海ができていて鉄のような血の匂いが鼻をくすぐる。
頭が回って上手く立てず膝をつくとそこで意識を失った。
呆気ない『死』だった。
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今日午前8時頃、東京千代田区丸の内線のホームで「人が刺された」と通報があり、警察が駆けつけると
千代田区在住
通訳会社勤務
千家真白さんが心臓を刺された状態で病院に搬送されました。その後、死亡が確認されました。
犯人はすでに逃走しており警察は今も行方を追っています。
次のニュースです.........
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気づけば、落下していた。
落ちる、というより――抜けた、に近かった。
さっきまで私は、確かに駅のホームにいた。
人の流れ、アナウンス、足元の白線。
全部ちゃんと現実だったはずなのに、次の瞬間には、それらがまとめて消えた。
音が、ない。
耳鳴りすらなく、ただ静かだった。
上下の感覚も曖昧で、身体があるのかどうかもよく分からない。
「……あ、これ」
思わず口に出た。
予感だけは、やけに冷静に当たる。
視界に、ゆっくりと色が滲む。
霧のような白、その奥に影。
人の形をしているものもあれば、どう見てもそうじゃないものもある。
――夢にしては、現実すぎる。
「なるほど。死んだか」
独り言は、驚くほど落ち着いていた。
悲嘆も後悔も、今のところ見当たらない。
まあ、そういうものは後から来るのかもしれない。
足元に、いつの間にか地面があった。
土とも石とも言えない、不思議な感触。
踏みしめると、ちゃんと重さが返ってくる。
上を見上げると思わず目を見開く。
まるで沢山の建物の美しい部分だけを切り取ったような空間だった。
何処か和風で提灯などがたくさん吊るされている。
死後の世界にしては綺麗だ。
私みたいな人間は地獄行きかと思っていたが、
「地獄でも、天国でも無い........」
その狭間のような空間だった。
「此処は、何処?」
不思議な空間に私の声が響いた。




