4話 愛の妖精、恋の天使、そして妖艶なサキュバス
「15歳のお祝いだよ、ジャンヌ」
「クロードおじ様、なんて素敵な」
クリスタルガラスのミュール。
パリの銀行家クロード・デュ・モンソーからの、娘同様に可愛がってきたジャンヌ・べキュへの贈り物。
ジャンヌの両足に、ミュールを履かせると、クロードは言った。
「この靴は特別な日のため、取っておきなさい、ジャンヌ。そして、魔法の杖は自分で見つけなさい。
ーー王様に見そめられるための、魔法の杖を探すための知恵は、十分持っているよ、ジャンヌ。今の君は、もう一人前に、大人の階段を登り始めた。
靴はそのお祝いだ、行きなさい、ジャンヌ」
☆ ☆ ☆
修道院を出たジャンヌ・べキュは幾つかの職を転々とした。クロードの口利きで採用されたお屋敷のメイド、侍女、解雇の理由は決まって、「素行上の問題」ということであった。
どこへ行ってもジャンヌはその美しさと魅力で男性たちを虜にした。決して彼女は妖艶というわけではなかった。
ーーむしろ、天使であり妖精だった。だから、ジャンヌの魅力に触れた男性はたちまち堕ちる。
ジャンヌはまるで、天使の顔をした堕天使、妖精の羽根を持つサキュバス、それくらいに自然に、ジャンヌは男たちをベッドに導き、そして結局は「素行上の問題」でクビにされるのは決まってジャンヌのほうだった。
魅惑的な女、誘惑に負ける男、男性だって十分罪深いはずなのに、ーーなぜか当時の価値観は、「女が罪深い、神がそう決めたのだ」ということになっていた。
どう考えても不均衡で、歪つにも思えるがーージャンヌ・べキュは修道院に入る前から、何か本質的に知っていたような気がする。
ジャンヌが悪びれることは、無かったからである。
☆ ☆ ☆
やがてジャンヌはお針子として働き始める。ジャンヌにとってお針子は天職のようなものだった。
当時のお針子ーー女性に許されていた、数少ない職のひとつだったーーただ服を仕立てて売るだけでは、労力に対してあまりにも収入が少なかったので、彼女たちの多くが、女の魅力を最大限に活かして収入を得ていた。ーーまあ、春を売っていたのである。
ジャンヌはドレスを仕立てるよりも、男を堕としてベッドに導くほうが上手かった。いつの間にか、ジャンヌは店で一等美しいドレスを着て、いつしか店の看板になるようになっていた。
1760年、17歳のジャンヌ・べキュはパリの仕立て屋、ア・ラ・トワレットでお針子をしていた。
そして、ジャンヌの運命が動き始める。
デュ・バリー子爵との出会いであった。
☆ ☆ ☆
デュ・バリー子爵は、慇懃無礼な男だった。
店に入って来るなり、ジャンヌを一瞥して、
「妙に下品な女がいるな」
彼の視線は、ジャンヌの胸の谷間に注がれていた。
「いらっしゃいませ、旦那さま。何かご入用で?」
ジャンヌはデュ・バリー子爵に丁寧に応対する。けれども、デュ・バリー子爵は顔色ひとつ変えず、ただ、
「ーー私に下品な女を連れて歩く趣味は無いのでね」
そのまま店を出て行ってしまった。
「怒らせてしまったみたいね」
ジャンヌが言うと、同僚のソフィアが歌うような声でささやいた。
「安心して、あれは貴女に期待しているのよ」
「どう考えても顰めっ面だわ」
「顰めっ面の子爵を、魅惑するだけの才能が貴女にはあるから彼は声をかけたの。あたしなんてまるでスルーだったわ、ジャンヌ」
(ーーそういうことなら、やりがいがあるわね、デュ・バリー子爵は。あたしはあの男を落としてみせるわ。でもどうしたらいいか、策を練らなければ。
それにしてもーー下品な女なのかしら、あたしは)
ふとジャンヌは、店の鏡に映る自分の姿を見る。ピンクのドレスから見える肢体は、ヴィーナスのような二つの胸がたっぷりと見えている。腕はほっそりとしていて、陶磁器のよう。顔はまぁ美しい方に入るだろう、均整な顔立ちの陶磁器の滑らかな肌に頬紅が乗り、両目は天使の微笑みを浮かべている。
ジャンヌは子爵の、自分の胸元に注がれた視線を思い出していた。
(ーーあれは、値踏みをする目だわ)
慣れていたのだ、ジャンヌは。そういう視線に。
(ーーけれどあの、顰めっ面と下品な女というセリフ……)
ジャンヌはニヤリと紅色の口元を歪ませた。
(利用できそうだわ、デュ・バリー子爵)
サキュバスの心が、ジャンヌに芽生えていた。




