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2話 魅惑の天使と魔法使い

 1743年、フランス。

 シャンパーニュ地方、ヴォクルールにマリー・ジャンヌ・べキュは生まれた。


 母はアンヌ・べキュ、美しいお針子の女性。

 幼少期のジャンヌは天使と呼ばれていたらしい。彼女は確かに愛くるしい少女で、彼女自身もそう呼ばれるのにまだ疑問すら浮かばない年齢だった。


 けれど天使というあだ名は、そう。

 まるで聖母が天使のお告げを受けて、身籠った伝説かのように、未婚の女性が父のいない子を産んだときに。

 まるで天使のお告げがもたらした子、のような意味あいもあるらしい。


 ジャンヌ・べキュが、いつそのことを知ったのか。

 恐らくかなり幼いうちに、自然に何があったのかわかったのではないだろうか?


 その頃からジャンヌは天使のような無垢な少女から、無意識のうちに、魅惑的な娘へと脱皮を始めたのだろう。


☆ ☆ ☆


 ジャンヌが4歳になる前に、弟ピエールが生まれ、間もなく母アンヌは駆け落ちして姉弟の前から姿をくらました。

 ジャンヌは叔母に引き取られて育ったが、弟は早くに亡くなっている。


 7歳になった時、母アンヌに恋人ができた。

 裕福な商人のクロード・デュ・モンソーである。

 クロードはアンヌの美貌に惹きつけられ交際を始めたが、間もなく引き取った幼くも魅惑的な少女、ジャンヌを見い出し、彼女の最初の魔法使いになった。


 魔法使いクロードがジャンヌにかけた魔法、それはドレスでも、恋の魔法でもなかった。

 それは「教育」である。


☆ ☆ ☆


「クロードおじ様!あたし、最近考えていることがあるのよ!」

 幼いジャンヌが、愛くるしい瞳でクロードに訴えかけるように見上げる。


 ジャンヌの瞳はごく平凡な茶色だったが、複雑な家庭に育った彼女は、天然のうちに魅惑とは何なのか知っていたらしく、クロードはジャンヌを大層可愛がっていた。


「なんだい、天使ちゃん、おじ様に聞かせてごらん?」

「かぼちゃの馬車を出すにはどうしたら良いのかしらね?ガラスの靴はどうしたら手に入るのかしら?」

 ませた口ぶりで、ジャンヌは可愛らしくクロードに問いかけた。


「ジャンヌはおとぎ話が好きだね、魔法を信じるのかい?よっぽどあのお話が気にいってるようだね?」

 クロードは「ペロー童話集」をジャンヌの手習い代わりに買い与えたのだが、その中でもあの「サンドリヨン、またはガラスの靴」の話を彼女はよっぽど気にいっているようだった。


 最初はかぼちゃの馬車だの、魔法で変身してドレスが出るだの、子どもが喜びそうな要素を気に入っているのかとクロードは考えたが、ジャンヌの関心は最初から「どうやったら王子様と平凡な娘が結ばれるか」ということそのもので、どうやら手段は何でも良いようだった。


 クロードははじめ、ジャンヌにせがまれるがまま、平凡な少女が王子と結ばれる話のバリエーションを捻り続けて、ジャンヌに話して聞かせていたが、とうとう彼女は、現実で平凡な娘が王子と結ばれたエピソードをせがみ始めたので、仕方なくクロードは「とっておき」のお話をジャンヌに聞かせてあげることにした。


 「とっておきのお話」それは、フランス国王ルイ15世の公娼となったポンパドゥール夫人の物語。

 ポンパドゥール夫人、ジャンヌ・アントワネット・ポワソンはパリの銀行家の娘だったが、裕福だったので平民ながら貴族の娘のような教育を受けて、やがて国王の目に止まり、宮廷に迎えられた。

 国王の愛妾となったポンパドゥール夫人は大変贅沢な暮らしをしたばかりではなく、国王に才能を見出されて政治を任されるまでになり、大変権勢を振るっているという。


「クロードおじ様!あたし、王様に愛されるためにお勉強してみたいわ!」

 ジャンヌはこれまでになく、目をキラキラ輝かせてクロードにお願いをした。

 最初は子どもの言うことだしと、幾ら可愛がっているジャンヌの願い事だとしても、あまりにも大袈裟な話だったから、クロードはただ微笑んで頷くだけだったが、あまりにもジャンヌが繰り返し言っていて、目が次第に本気になってきたので、仕方なくクロードは折れることにした。


「ジャンヌ、王様に愛されるお勉強をするために、おじ様が修道院に入れる手配をしよう」


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