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1話 灰かぶりと王女

新連載です

フランスのロココ時代を舞台にしたシンデレラストーリー

デュ・バリー夫人ことジャンヌ・べキュの物語


史実ベースですが仮説や脚色多めなので、あくまで小説としてお楽しみ頂けたらと思います


よろしくお願いします!

「今日のベルサイユは大変な人ですこと!」

 1772年1月1日、フランス、ベルサイユ宮殿。

 震えるように、けれども力強く、彼女は言った。

 

 彼女は生まれながらの王女、名門ハプスブルク家に生まれた末の姫、僅か14歳の幼さで敵国フランスのブルボン家に嫁ぎ、王太子妃となった少女。


 のちに革命によって断頭台に消えた王妃として、誰もが知っている王妃マリー・アントワネットは、当時16歳の薔薇のつぼみのような可憐な王太子妃。


 けれども、この台詞を聞いて勝ち誇ったように笑ったとされる、寵妃デュ・バリー夫人はやたら悪様に言われてきた。


 曰く、贅沢をし放題の卑しい身分の汚らしい娼婦のようなイメージでよく語られがちだ。


 

 デュ・バリー夫人、本名マリー・ジャンヌ・べキュ。

 貧しいお針子の私生児として生まれたジャンヌ・べキュの半生を辿ると、それはまさにシンデレラストーリーだと言えなくもない。


 貧しい少女が、国王の愛妾までのぼりつめる。

 おとぎ話のような、魔法使いが彼女に全くいなかったわけではなかったが、それ以上に少女は大変な努力をして、シンデレラの座を掴むことができた。


 ただ努力すればいいわけではなかった。

 目と、口と、言葉と、身体を使って彼女自身がかける魅惑の魔法。


 おとぎ話のように、魔法使いがドレスを出して、王子様と踊るだけで掴める幸運ではない。


 綺麗でキラキラした世界の裏で、ベッドの上で、宮廷の複雑な人間関係の中で、立ち回りながら国王に愛された可憐な灰かぶり姫。



 デュ・バリー夫人はアントワネットから新年の挨拶として声をかけられて、何を思ったのだろう。


 彼女がもし本当に、勝ち誇っていたとしたら、それはただの国王の愛妾としての勝利ではなく、貧しい平民から自分の力で、今の地位を築いたというジャンヌ・べキュとしてのプライドだったかもしれない。


 生まれながらの王女、マリー・アントワネットに、貧しい平民出身の自分が勝てたという喜び。

 国王の隣で、微笑み続けた彼女、デュ・バリー夫人は当時28歳の女ざかりだった。


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