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引っ越した先で高校生が家に逃げ込んできたけど、嘘はつけない  作者: 白川


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8/9

『いま』から書く

「……」


 さくらの口が開いたまま止まった。言葉じゃなくて、息だけが出る。

 俺の言った「それはできない」が、二人の間に落ちたまま転がってるみたいだった。さくらはテーブルを見ている……見ているのに、焦点が合ってない感じがした。


「……待って」


 やっと出た俺の声は小さかった。

 俺は何か、続きを言わなきゃと思って、でも、軽い言葉を足したら余計こじれる気がして、喉の奥で詰まる。

 そうだ。

 口にすると、たぶんズレる。だから書いて並べよう。

 レポートみたいに、順番だけでも外に出せば、まとまるかもしれない。


 俺は棚のいちばん上を開けた。ノートの背が何冊か並んでる。その中から、まだ白いページが残ってるやつを引っこ抜いた。

 テーブルに置く。紙が開く音が、やけに静かな部屋に響く。

 ペンケースから二本出して、一本は自分の手元に。もう一本は、さくらのほうへ滑らせる。


「書こう」


 短すぎるのは分かってた。でも、他の言い方が出ない。

 さくらの視線がノートに落ちて、また俺に戻ってくる。


「……何を?」

「今から、どうするか。……嘘じゃなくて」


 言った瞬間、自分の声がちょっと硬いって分かった。

 だから、誤魔化すみたいに俺は先にペンを持って、いちばん上に小さく書いた。


『いま』


 一文字だけ書いたら、少しだけ呼吸が戻る。


「まずはこれだけでいい。……思いついた順で。俺も書くから」


 さくらは唇を噛んだ。噛んで、ほどいて、ペンを握る。

 でも、まだ書かない。ペン先が紙の上で迷っている。

 俺は何も言わずに、次の行にもう一個だけ書いた。


『連絡』


 さくらの指が、ほんの少し動いた。


「……ママ、絶対、聞く。“どこにいたの”って」

「うん」


 俺はノートの『連絡』の横に、少し離して『どこにいたの』と書いた。

 そのまま線で結ぶ。

 俺はペン先を止めたまま、さっき書いた一文字――『いま』のところに戻る。

 そこに、小さく付け足した。


『いま:落ち着く』


 字が汚い。急いだせいで、線がガタついてる。


「……それ、意味ある?」


 さくらの声にちょっとだけ棘が混じった。

 でも、語尾が少し弱くなった。


「俺には、ある」


 言い切ってから、俺は自分のペンを握り直した。強く握ってたのに気づく。

 さくらは笑わない。

 ペン先をノートの端で迷わせてから、俺の下に小さく書いた。


『帰る』


 一文字だけ。短いのに、胸が少しだけ詰まった。


「帰る、のは……今日?」

「うん」


 そう言い切って、さくらは目を伏せた。伏せたまま、続ける。


「でも、今すぐ帰ったら……怒られる」


 その『怒られる』が、軽い話じゃないのは伝わった。喉がきゅっとした。……でも、俺が決めるのは違う気がした。


「じゃあ……“いつ”帰るか、決めよ。あと、“先に何をするか”」


 さくらが小さく息を吸って、吐いた。


「……連絡、して帰る」


 俺は頷き、線を引く。


『連絡→帰る』


 さくらが、その横に小さく『いっしょ』と足した。見た瞬間、喉の奥が熱くなった。


「次は……連絡はどうやって――電話?」

「……電話は、こわい」


 さくらの指先が、ペンの軸をきつく握った。指先が白い。


「じゃあ、メッセだ。まずは……短いやつ」


 俺は自分のスマホをポケットから出して、メモの横にそっと置いた。


「文章、考えるのは手伝うから。送るのは……さくらがやる」


 さくらの目が、俺のスマホに落ちた。すぐに自分の膝へ逃げる。


「わかった。けど……“どこにいたの”って来たら……答え、どうするの?」


 さくらの話を聞きながらメモに追記する。


連絡メッセ→帰る』

『メッセ:どこにいる、いつ帰る』


 そこでやっと、さくらが俺を見た。泣いてはいない。でも、目の縁が危ない。俺はメモの余白を指で叩いた。カン、じゃなくて、トン、って鳴る程度に。


「どこにいたの、は聞かれると思う。……けど、場所は言わない」


 さくらの眉が動く。


「え」

「“いま落ち着いてる”だけ言う。あと、“これから帰る”」

 それを言った瞬間、さくらの顔が少しだけ歪んだ。納得じゃなくて、焦り。


「……それで、信じる、かな?」

「信じる……とは思う。たぶん。でも、すぐに納得は……しないかも」


 正直に言ったら、さくらが一瞬固まった。

 俺は慌てて続ける。声が強くならないように、でも途切れないように。


「待って。でも、ここで嘘ついたら……あとで、もっとやばい。……次、何言っても信じてもらえなくなる」


 言いながら、自分の手が汗ばんでるのに気づいた。俺もビビってる。

 さくらはメモを見て、言葉を並べ直した。


『いま:落ち着く、

連絡メッセ→帰る』

『いっしょ』


 三つ並ぶと、少しだけ“道”に見えた。

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