表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引っ越した先で高校生が家に逃げ込んできたけど、嘘はつけない  作者: 白川


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/8

チャイムのあとで

 事情を聞く前に、俺は“助ける側”に座らされている気がした。


「……うん」


 さくらから、その一言が落ちてから、部屋が静かになった。


 俺はクローゼットから薄いひざ掛けを引っ張り出すと、さくらに渡して、ソファのほうへ手で示した。

 さくらは「ありがとう」って言いながら腰掛ける。


 しばらくして、さくらのスマホが小さく震えた。

 画面が一瞬だけ光って、すぐ消える。

 さくらは見ない。


 俺はコップを持って立ち上がった。

 台所へ行って棚からティーバッグの箱を開ける。どれがいいとか考える余裕もなくて、いちばん無難そうなやつを取った。

 電気ケトルのスイッチを入れると「カチッ」という音がする。

 沸くまでの数十秒が長い。

 その間に、マグカップを二つ出す。片方は、さくらの前に置くやつだ。


 湯気が立ったカップにティーバッグを沈めると、色がゆっくり広がっていく。紅茶の香りが、さっきまでの冷たい空気を少しだけ押し返した。


 俺は言葉を探す代わりに、カップをソファ前のローテーブルまで運んだ。

 コトン、と置く音がまた大きい。


「……熱いから気をつけて」


 それだけ言って、台所に戻ると、自分の分をかき混ぜる。


「……ねえ」


 呼ばれてさくらの方に顔を向けると、さくらはソファの端で膝を抱えていた。制服のスカートが少しだけ皺になっているが、気にしていないみたいだった。


「ママに……」


 それだけ言うと、唇を噛んで、ほどいて、また噛む。


「……なんて言えばいい?」


 その言い方が、今すぐ答えを出せって意味じゃないのは分かる。

 俺は返事を急がなかった。急いで言葉を選ぶと、変な形になる気がした。


「……うん」


 そう言いながら、自分のマグカップを持ってさくらの隣に座る。


 さくらは湯気の立つマグカップを、膝のあたりに寄せる。両手で包んで、熱を確かめるみたいに指先を動かした。


「……今すぐ、返さなきゃいけない?」

「……わかんない。でも、たぶん……連絡来てる」


 さくらのスマホが、ソファの横でじっとしている。画面は暗いまま。

 さくらの袖口を見ると、握りしめたみたいに跡がついていて、指は白くなってる。


「……今日は、休も」

「え」

「ちゃんと考えるの……今は、無理じゃないかな」


 言い切ったあとで、自分の声が少しだけ強かったことに気づいて、俺は視線を外した。誤魔化すように、テーブルの上のマグカップを触ると、カチャっと鳴った。


「連絡するなら……明日でいい。朝、起きてからで。……どう?」


 そう言うと、さくらはゆっくり顔を上げた。

 すぐに返事は出ない。喉の奥で何かを飲み込むみたいに、口が一度だけ動く。


「……うん。……明日」


 その一言で、肩の位置がほんの少し下がった気がした。

 俺は立って、押し入れを開ける。出てきた毛布を、ソファの背に掛けた。


「ここ、使って」

「……ありがとう」


 さくらは毛布を引き寄せる。でも、まだちゃんと掛けない。指先で端をいじってる。


「スマホ、充電しとく?」

「……うん」


 俺は延長コードを引っ張って、ローテーブルの横に置いた。

 さくらのスマホは震えない。震えないのに、さくらの視線だけが一度そこに落ちる。


「……お風呂は」

 俺が言いかけたら、さくらが先に首を振った。


「いい。今日は……無理」

「……じゃあ、顔だけでも洗う? タオルあるから、新品。」


 言いながら、俺は洗面所のほうを指した。

 さくらは小さく頷いて、ソファからゆっくり立ち上がる。

 毛布を一回だけ握って、離して。

 洗面所のほうへ案内する。


 リビングに戻ると、洗面所からすぐ水の音がした。

 蛇口をひねる音。紙を引き出す音。鼻をかむみたいな、短い音。


 俺はその間に、ローテーブルの上を片づけた。

 紅茶のカップを流しに運んで、スプーンを洗って、布巾で拭く。

 手を動かしてないと、変に落ち着かない。


 ドアが開く。

 さくらが出てきた。頬が少しだけ赤い。

 タオルを手に持ったまま、所在なさげに立っている。


「……ありがと」

「うん」


 俺はそれだけ返して、タオルを受け取って、ハンガーに掛けた。

 さくらはソファに戻って、毛布を肩まで引き上げる。今度はちゃんと掛けた。


「……海斗くん」

「ん」

「……ありがと」


 俺は頷くだけにした。返事を足すと、変に重くなる気がしたから。

 俺はローテーブルの端に置いてあったリモコンを二つ掴んだ。照明と、テレビ。


「これ、ここ置いとく」


 さくらの視線が一度だけ動く。


「寝れなかったら……テレビつけて。音、気になるなら小さくして」

「……うん」


「俺、隣行くね、寝室。……さくらは、そのまま。ここ使って」


 さくらは一瞬だけ口を開いた。でも、すぐ閉じて、毛布を胸のほうに寄せた。

 小さく頷く。


「……うん」


 俺は立ち上がって、隣の寝室の引き戸の前まで歩く。

 取っ手に指をかけて、止まる。


 振り返るのは一瞬だけにした。目を合わせたら、余計なものが増えそうだったから。


「おやすみ」

「……おやすみ」


 引き戸を静かに閉める。

 薄い板一枚なのに、部屋の空気が少しだけ変わった気がした。


 寝室の暗さの中で、俺はベッドの端に腰を下ろす。

 向こうの部屋は、まだ音がしない――と思った次の瞬間、かすかにテレビの音がした。


 ニュースかバラエティか……内容の分からない声。

 気をつけてるのが分かるくらい、音量は小さい。


 俺は息を吐いた。

 眠れるかどうか分からないまま、それでも目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ