表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引っ越した先で高校生が家に逃げ込んできたけど、嘘はつけない  作者: 白川
番外編:私が守る幸せ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/25

ざわめきの通学路

 春の風は、まだ少しだけ意地悪にスカートの裾を揺らす。

 高校二年生。クラス替えという人生のちょっとした博打を終え、新しい教室の匂いにもようやく慣れてきた四月の終わり。


「……悪い。週末、土曜の昼間はちょっと厳しいかも」


 隣を歩く海斗くんが、スマホの画面を見つめたまま申し訳なさそうに言った。


「どうしたの?」

「バイトの面接が入るかも。まだ決まってないけど、良さそうな所があったんだ」

「あ、そっか。決まるといいね」

「ああ」


 それだけの会話。

 私は彼の横顔を盗み見る。

 少しだけ眉を下げて困ったように笑う彼を見て、私の胸の奥が、ちりりと熱くなる。

 海斗くんは、私のために前のバイトを辞めた。それなのに、彼は一度もそれを後悔しているとは言わないし、不満そうな素振りを見せない。

 新しいアルバイト先を探しながら、毎朝こうして駅までの短い距離を、私と一緒に歩いてくれる。


「……さくらとの時間も、大学のレポートも、全部放り出すわけにはいかないし」


 そう言って、彼は曖昧に笑った。


「いいよ、別に。そんなに無理しなくて。……私、待ってるのは得意だし」

「……悪い。埋め合わせは、絶対にするから」

「あはは。じゃあ、次のデートは海斗くんの奢りね」


 軽口を叩きながら、私は彼の袖口をそっと指先で摘まんだ。

 付き合い始めてから数週間。指先を絡めるのにはまだ少し勇気が要るけれど、こうして「触れてもいい理由」があるのは、今の私には何よりも嬉しかった。

 駅が近づくにつれて、人が増える。

 駅の改札前、人混みの手前で、海斗くんが立ち止まる。


「……じゃあ、ここで」


 彼は私の頭を軽く一度だけ、壊れ物を扱うような手つきで触れる。撫でる、というより、確認するみたいな感じ。

 それでも私は、それだけで十分だった。


「学校、遅れるなよ」

「海斗くんこそ、講義頑張ってね。……いってらっしゃい」


 背中が人混みに紛れていく。

 以前の私なら、彼が見えなくなるまでその場で見送っていたと思う。けれど今の私は、彼が見えなくなっても大丈夫。

 付き合い始めた、と言っても、何かが劇的に変わったわけじゃない……ただ、「また会える」が前提になったから。


「おはよ、さくら!今日もごちそうさまでしたー」


 教室に入るなり、親友のミキがニヤニヤしながら近寄ってきた。


「……うるさい。別に、普通でしょ」

「どこが。さくら、あの大学生の彼氏さんと付き合い始めてから、なんか雰囲気変わったもん。なんていうか……余裕があるっていうか」


 余裕――その言葉の響きに、少しだけ頬が緩むのを自覚する。

 ミキや周りの女子たちに、海斗くんとのことを聞かれる時間は、嫌いじゃなかった。


「どこで知り合ったの?」「やっぱり、リードしてくれるの?」


 そういった質問に答えながら、私はふと思う。

 私はもう、誰かに守られるだけの子供じゃない。自分の居場所を、自分の言葉で説明できる。それが、たまらなく嬉しかった。


 けれど――


 昼休み。

 購買から戻る階段の踊り場で足を止めた。

 下の階から、数人の男子の声が聞こえてくる。


「……マジだって。あの大学生、相当ヤバいらしいよ」


 大学生……その一言に心臓が冷えた。


「誰から聞いたんだっけ」

「さあ。でも、バイト先で問題起こしたとか」

「田辺さん、無理やり付き合わされてるって話もあるよな」

「ま、ほんとかどうか知らんけどさ」

「でもさ、あんな可愛い子があんな地味なの選ぶ?」


 責任の所在がどこにもない声。

“らしい”“聞いた”“知らんけど”。


 ゲラゲラと笑う声が、鼓膜を汚していく。

 根も葉もない、デタラメ。海斗くんがバイトを辞めた本当の理由も、私たちがどうやって想いを通わせたかも、何一つ知らないくせに。指先が、怒りで震える。


(……落ち着かなきゃ)


 あいつらは、何も見ていない。私のことも、海斗くんのことも。

 ただ、自分の都合のいいように話を作って、楽しんでいるだけ。

 なんて、幼稚な。

 私は階段の手すりを強く握りしめた。

 怒りは、悲しみに変わることはなかった。それは静かな、深い、漆黒の炎となって私の中に居座った。

 私の海斗くんを、汚すことは許さない。

 私の選択を、勝手に書き換えるな。


「……」


 私は階段を進むのをやめて、元来た道を引き返した。

 背後で聞こえる男子たちの下卑た笑い声は、もはや人間が発する言葉にすら聞こえなかった。


 放課後。

 校門を出たところで、スマホが震えた。海斗くんからのメッセージだ。


 『今週の土曜の昼間に面接が入った。デートは日曜にしてもいいか?時間はさくらに合わせる』


 画面を見つめる私の瞳には、春の暖かさは宿っていなかった。私は小さく息を吐き、画面を指で弾く。


 『面接、応援してるね!日曜日のデート、楽しみにしてる』


 送信ボタンを押して、私は空を見上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ