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引っ越した先で高校生が家に逃げ込んできたけど、嘘はつけない  作者: 白川
未来を予約する前に

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19/25

無計画なショッピングモール巡り。縮まる二人の距離感

 春休みに入ってから、勉強を見る約束は何度か続いていた。

 最初は英語だけのつもりだったのが、気づけば他の教科も混ざり、時間も少しずつ伸びていく。

 机を挟んで向かい合い、問題を解いて、説明して、休憩して。

 やっていること自体は変わらないのに、回数を重ねるごとに空気だけが変わっていった。

 さくらの質問の仕方が、少しずつ遠慮のないものになった。

「分からない」「これの回答って何」じゃなく、「ここ、何でこの表現にするの」「ここで公式を使うが何で分かるの」と言うようになったのも、その頃だ。

 そうして勉強の合間、何気ない会話が増えた。学校の話、友達の話、進路の話。重くならない範囲だけど、そういった話題も避けなくなった。


 ――春休みのうちに、一回ちゃんと出かけよう。

 その約束だけが、曖昧なまま残っていた。


 ある日の勉強会で、その話が自然に出た。

 いつにするか。昼にするか、夕方までに戻れる時間か。

 遠すぎない場所がいい、という点だけは意見が一致していた。

 さくらはいくつか候補を挙げて、スマホを見ながら首を傾げる。

 都会すぎるのは落ち着かないし、近すぎると「お出かけ」じゃなくなる。


「ここ、どう? ちょうどよくない?」


 そう言って見せてきたのは、郊外のショッピングモールだった。

 友達と行ったことはあるけれど、最近は行っていないとのことだ。


 決めてしまうと、あとは早かった。

 日にちを合わせて、バスで行くことだけ確認して、それで終わりだ。

 特別な計画は立てなかった。「行ってから決めればいい」という、さくらの言葉に従った形になる。

 その日から、勉強の進みが少しだけ良くなった。

 後で楽しみが待っていると思うだけで、集中できるらしい。


 そして迎えた当日。

 駅前から出ているバスに乗ると、車内はそれなりに混んでいた。買い物袋を持った家族連れ、高校生、大学生らしい集団。背広を着たサラリーマン。平日と休日が混ざった匂いがした。

 さくらは二人掛けの窓際の席に座り、外を見ながら落ち着きなく足を揺らしている。


「そんなに楽しみか?」

「うん。だって、久しぶりだし」


 即答だった。


「前はさ、友達と来てたんだけど……最近は色々あって。今日はちゃんと“遊びに来た”って感じ」


 それを聞いて、俺は小さく頷いた。

 バスを降り案内板に従って数分歩くと、目の前にモールが広がっていた。ガラス張りの入口、流れる音楽、人の多さ。都会ほどじゃないけど、退屈もしない、日常と非日常が混ざったみたいな場所だ。


「まずどこ行く?」

「えっとね——」


 さくらは迷わなかった。


「あっち。2階の雑貨屋。新作出てるって聞いたんだ」


 店舗の中に入ると、さくらの歩幅が一段階速くなる。

 棚と棚の間を縫うみたいに進んで、立ち止まっては戻って、また進む。


「これ可愛くない?」

「うん」

「……反応薄くない?」

「いや、可愛いと思うけど」


 スマホケース、ペン、メモ帳。実用性より見た目重視のものを、さくらは一つ一つ手に取り、気に入ったものをカゴに入れていく。


「こういうのさ、意味ないって言う人もいるじゃん」

「まあ、いるな」

「でも、意味ない時間があるのって大事じゃない?」


 さくらは真面目な顔でそう言って、すぐに笑った。


「今の……ちょっと語っちゃったね」

「自覚あるのな。あ……これなんか可愛いな」


 そう言ってパンダの置物を指差す。


「わ、7800円……」

「値段見ると、急に現実に戻されるな」

「うんうん」


 レジに向かう途中、さくらは小さなキーホルダーを一つだけ追加した。

 会計を終えて袋を受け取ると、満足そうに息をつく。


「次は?」

「ゲーセン!見ていい?」

「ああ」


 そう言いながら、二人で中に入る。

 クレーンゲームの音、ビデオゲームの画面の光。

 さくらは一つの台の前で足を止めた。


「これ、欲しい」


 ガラス越しに見えるのは、小さなぬいぐるみだ。

 正直、簡単そうにも難しそうにも見える。


「……取れるかな」

「いけると思う。たぶん」


 その「たぶん」に、妙な自信が混じっている。

 さくらは自分の財布を出して、迷いなくコインを入れた。


 一回目。

 アームは景品をかすめただけで、ほとんど動かない。


「あー……」

「今のは、さすがに無理だったな」


 二回目。

 今度は少し揺れた。


「今の見た?」

「見た。ちょっと動いたな」

「でしょ?」


 さくらは画面を覗き込み、少し位置をずらす。


「次、ここからいく」

「お、変えるんだ」

「うん。さっきより、こっちの方が良さそう」


 三回目。

 アームが降りて、引っかかる。

 一瞬、期待したが──落ちない。


「……だめかぁ」


 さくらは悔しそうに口を尖らせて、俺を見る。


「海斗くん、やってみる?」

「え、俺?」

「うん。さっきの、悪くなかったし」


 なんとなく断る流れでもなくて、俺は前に出た。


「じゃあ……一回だけな」

「そこ、もうちょい左」

「このへん?」

「そう、そこ!」


 言われるままに位置を合わせる。

 アームが降りる。


「……お」

「あ、引っかかった」


 少し持ち上がって、

 そのまま、転がり落ちた。


「うわ」

「取れた!」


 さくらが一歩前に出て、ぬいぐるみを受け取る。

 両手で抱えて、すぐにこっちを見る。


「やったね」

「……やったな」


 思ったより声が弾んで、自分で少し驚く。


「タイミング、よかったよ」

「いや、さくらの指示が的確だった」

「ほんと?」

「ほんと」


 さくらは嬉しそうに笑って、ぬいぐるみを胸に寄せた。


「大事にする」

「……そりゃ、よかった」


 思ったより、声が小さくなった。

 目を合わせるのも、なんとなく気恥ずかしくて、視線を外す。


「その……取れてよかったな」

「うん」


 さくらが短く頷く。

 それだけなのに、胸のあたりが少し落ち着かない。

 俺はそれ以上、何も言えなかった。


 昼過ぎ、フードコートは混んでいたけど、少し探せば空席があった。

 さくらは天ぷらうどん、俺は焼肉定食。


「こういうとこ来るとさ」

「うん?」

「変に周り見なくていいのが、楽」


 箸を持ったまま、さくらが言う。


「食べる早さとか……気にしなくていいし」

「そうだな」


 それを“安心”って言わずに、ただ「楽」って言うところが、さくららしい。


 食べ終わって、モール内を歩き回っていると、映画のポスターが目に留まった。


「これ、気になる」

「ホラーだぞ」

「え、無理」

「じゃあ却下だな」

「ひどい」


 笑いながら歩く。

 人混みの中でも、自然と距離が近かった。


 帰りのバスを待つ間、ベンチに並んで座る。さくらはビニール袋に入れたぬいぐるみを膝に乗せて、空を見上げた。


「今日さ……ありがとう」


 少し間を置いて。


「私ね、楽しいって思うと、ちゃんと前向けるみたい」

「うん」

「海斗くんといると、それが出来る」


 俺は返事をしなかった。

 代わりに、さくらの隣に座り直す。


 バスが来る。

 帰り道は、行きより少し静かだった。

 駅前のバスロータリーに降りると、さくらが伸びをした。

 見慣れた景色に、帰ってきたという感覚が生まれる。


 帰りは駅前から伸びる大通りを並んで歩く。

 行きよりも人は少なく、夕方の空気が混じっている。


 会話は途切れがちだったけれど、気まずさはなかった。

 むしろ、静かなままでいられる距離だった。


 しばらく歩くと、見慣れた分かれ道が見えてくる。


「ここで、だね」


 さくらが足を止める。


「また行こうね」

「ああ」

「今度は……海斗くんの行きたいところでもいいよ」


 そう言われて、少しだけ考える。


「……じゃあ、そのうち」

「うん」


 さくらは一歩下がって、軽く手を振った。


「今日は楽しかった」

「俺も」


 それだけ言って、さくらは自分の帰り道へ向かう。

 背中を見送ってから、俺はそのまま自分の道を歩き出した。

 理由を考えなくても、今日が楽しかったのは事実だった。

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