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引っ越した先で高校生が家に逃げ込んできたけど、嘘はつけない  作者: 白川
未来を予約する前に

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16/25

さくらが逃げずに向き合う場所

 静かになった部屋で、俺はしばらく動けなかった。

 さっきまで三人分あった空気が、一人分に戻っただけなのに、広さが違う。

 テーブルの上に、コーンスープの空のカップが二つ残っている。

 今は洗う気にならなかった

 ソファの端の、さくらが座っていた場所――クッションの沈みは、まだ戻っていない。


 俺は椅子に腰を下ろして、膝に肘をついた。

 指を組んで、ほどいて……また組む。

 胸がざわついて落ち着かない。

 ノートがない机は、少しだけ軽く見えた。


 庇わなかった。

 横に並んで、同じ立場で話をしたつもりだった。

 だが、その「つもり」は、本当だったのか……


 さくらと同じ高さに立つ。同じ視線の高さで、同じ言葉を発する。それは「対等」に見えた。

 でも、本当にそうなのか。

 俺は、昨日まで二人で準備したノートを、さくらの母の前で「開く」ことが出来たのに、ただノートを差し出しただけだった。中身を説明したのは、さくら自身だった。

 昨日、さくらを泊めた理由を、話を聞くからだと、俺はさくらの母に言った。

 でも、俺は何をしたんだろうか。

 さくらの考えを、まとめただけ、意見を添わせただけじゃないのか……

 付箋を書いた。ノートをまとめた。

 そして、母親の前では、さくらに「言わせた」んじゃないのか。

 それは、責任をさくらと一緒に背負ったつもりで、逃げているだったのかもしれない。


「泊めた」と言った瞬間の、さくらの母の目。

 怒ってはいなかった。でも、理解しようともしていなかった。

 怒鳴られていない。責められ切ってもいない。

 ……俺は、さくらを泊めたことの重さを、本当には理解していなかったんじゃないのか。

 反射的に、さくらを部屋に招いて、感情のままに、話を聞いた。

「話を聞く」

「支える」

「信頼する」

 そういう綺麗な言葉で、自分を正当化していただけじゃないのか。

 今日、二人で「準備した」という名目で、俺たちの都合を、説明できるように整えただけじゃないのか。

 そして、俺の部屋は、さくらにとって「安全な場所」だったのか。それとも、「逃げ込む場所」だったのか。

 俺には、分からない。

 明日、さくらの母と話す席で、俺は何を言うのか、何が出来るのか。

 庇うのか。任せるのか。それとも、もっと別の形で、向き合うべきなのか。

 俺には、まだ見えていない。


 スマホを手に取ると、俺は画面をスクロールした。

 さくらへのメッセージ入力欄を開く。


『明日について、確認したい。どこで話す?俺の家かさくらの家の、どちらでも大丈夫。俺は、さくらの判断を支持する』


 送信。

 返信は、すぐには来なかった。5分。10分。やがて、画面が光ると、通知欄に、さくらの名前。

 メッセージを開く。


『ママに聞いてみてもいい?』


 その文字を見た瞬間、胸の奥で、何かが少しだけ引っかかった。

 さくらは、俺に許可を取りたいわけじゃない。でも、背中を押してほしいとも、違う気がした。

 一度、文字を打ちかけて消す。

 結局、残ったのは、今のさくらの言葉そのものだった。


『俺は、ママに聞いてみるのはアリだと思う。さくらが納得できる方で大丈夫』


 今度は、返信がすぐに来た。


『ありがとう。ママに聞いてみるね』


 その後、


『海斗くん。私の家で話すのがいいと思う』

『明日、朝から話がしたいから、一緒に居てくれませんか』


 最後のメッセージの文体が敬語に変わっていた。

 それは決意の表れなのか。それとも、俺と距離を置こうとしているのか。

 画面を見つめたまま――俺は推測することを止めた。

 理由は、どちらでもいい。

 大事なのは、さくらが、俺の家ではなく自分の家で話す……と自分で決めたことだ。

 それは親から逃げずに向き合うという選択だと思った。

 俺は、返信を返した。


『分かった。朝、何時に行けばいい?』

『7時に家の前で』


 スケジュールが決まり、俺はスマホを机に置いた。

 さくらの言葉が頭に浮かぶ。

 私の話、ちゃんと聞いて。勝手に決めないで。美容師になりたい。

 ……昨日は「さくらの要望」だったそれが、今日は「さくらの決意」に変わっていて、俺は、その決意にどう応えるべきなのか。

 その答えは、まだ見つからない。

 でも、一つだけ分かったことがある。さくらは、単なるかわいい女の子ではなくなっていて……そんな彼女に対して、俺は何ができるのか。庇うのか。支えるのか。ただ、横にいるのか。

 その答えは、明日の朝7時に、さくらの家の前で始まる。


 スマホをもう一度、手に取ると、タイマーをセットする。

 朝6時。

 もう、後戻りはできないと思った。


 朝6時前に目が覚めた。タイマーが鳴る前だった。

 カーテンの隙間から、まだ白くなりきらない空が見える。スマホを手に取って、画面を確認する。通知は来ていない。


 昨日は、さくらのやりたいことを少しだけ調べた。美容師になるまでの道筋。専門学校。通信制。国家試験。年数。学費。スクロールして、いくつかのページを開いて、確認して……覚えたのは数字より、段取りの形だけだった。就職する方法が一直線じゃないこと。回り道があっても、戻れなくなるわけじゃないこと。


 七時少し前、さくらの家の前に着いた。住宅街の朝は静かで、音が少ない。自分の足音だけがやけに響いた。


 インターホンを押して、深呼吸を一つ。すぐにドアが開いて、さくらが出てきた。

 髪はまとめていて、いつもより張りつめた顔だった。覚悟を決めた、という感じの顔だ。


「おはようございます」


 敬語のままだった。俺も、つられて背筋が伸びる。


「おはよう」


 家の中に入ると、すぐにさくらの母がいた。リビングのテーブルの前で立って待っていた。

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