03 旅立ち
食卓には、湯気の立つ大鍋のシチューや焼きたてのパン、山菜の炒め物が並び、和やかな空気が流れていた。
レイルは怪我人の治療をし終えて、ようやく腰をおろす。
テーブルや椅子はなくて、絨毯の中心にご馳走が並んで、皆が囲むような形だ。
少し離れた場所には、村人に囲まれて楽しそうにニナが笑っている。
「おねーちゃん強くてかっこよかったよ」
「嬉しいな、ありがとう」
「僕も強くなるから…そしたらおねーちゃんと結婚する!」
「あらあら、この子ったら。でも、本当にうちの子を助けてくれてありがとう」
子供も大人も、この短時間でニナに懐いていた。どこにいても自然と輪の中心になる女の子だ。
その姿を見て、レイルは気付かぬうちに微笑む。
(食べてたり、話したり、踊ったり…忙しい奴)
村人から勧められた皿を両手で受け取って、ニナは銀髪の少年の隣にちょこんと座った。
「レイル、これめっちゃ美味しい。早く一口食べてみて!」
「はいはい、落ち着けって」
言いながらレイルは箸を取り、口に運ぶ。
自分たちのために作られた料理は、温かくて優しい味だった。体の芯に沁みていくように。
「美味しいよね」
「ああ、美味い」
2人は同じタイミングで笑った。見つめあったわけではないのに、何故か笑いが重なる。
そんなほのぼのした空気の中で、エメラルドの瞳に影を落として呟いた。
「…誰かと一緒に食べるのって、温かくていいね」
声は明るいはずなのに、胸の奥が揺れるような響き。
なにせ、ニナにとっては唯一である家族の兄は行方知れずで、ずっと一人だった。
久しぶりに人と触れ合うこの時間は、かけがえのないものひと時なのだ。
(夜が明けたら、私はまた一人で兄を探すんだ)
「ニナ…?」
「ああ、ごめんね!久しぶりに皆で食べるから、胃の容量がまだあるなって」
「なんだそれ。ほら、これも食え」
「わーい!ありがとう、レイル優しい」
さっきまでの心の寂しさを打ち払い、今この時の幸せを噛み締める。
そして、優しい心を持つサファイアの瞳の少年から受け取ったパンを頬張った。
────夜が更け、村人が眠った頃
レイル達にも布団が用意されて、川の字で横になっている。
1人、エメラルドの瞳だけがぱっちり開いていた。
誰も起こさないように、そっと布団から抜け出して外へ出る。その横で、同じく目を覚ましていた少年に気づかずに。
(太陽が昇ったら、この村を旅立ってレイルともお別れだ)
「…───やだな」
ポツリと、心の声が無意識に出てしまった。
「何がだよ」
「れ、レイル?起きたの?」
「隣でそわそわされてたら、眠れねえよ」
「それは…ごめん」
運動神経の良いニナは、屋根に上がっていてそこで膝を抱えて座っていたのだ。
その隣に、並ぶようにレイルも腰を下ろした。
「で、なにをそんな寂しそうにしてんだ?」
「…明日になったらみんなとお別れだなって」
サファイアの瞳と目を合わせて言った。
「あたしね、誰かと関わっちゃいけないってお兄ちゃんから言われてるの。関われば、あたしとその人に良くないことが起きるって」
(だから1人だった。誰かを巻き込むのは嫌だから)
レイルは何も言わずに、自身の腕についているバンドを外した───
と思ったらそれを、ニナの腕に巻き付ける。
「…?」
「ニナ、星紋巡守団に入れよ」
「え、あたしの話聞いてた?」
「俺が、お前の言う良くないことが起きたら、守ってやるよ」
胸の奥が熱くなって、一筋の涙が頬を伝う。
なぜならその一言は、ニナにとって救いの言葉だったから。
誰に頼ることもできず、彷徨い…時には魔獣にも襲われて旅をしてきた。
そんな彼女を泣かせるには充分である。
「うちの依頼には、アストリア大陸全体から来るから、情報は多いし俺も探せる。そして、依頼をこなせば報酬も手に入って一石二鳥だ」
「…どうして、あたしを誘ってくれるの?」
いつの間にか屋根の上に立つ、レイルを見上げた。月の光で銀色の髪は、絹のように輝いて、まっすぐニナを見るサファイアの瞳は、深みを増している。
手を差し出して、ニカッと笑って見せた。
「だってお前、人と関わるの好きだろ?」
「…!」
その言葉は、リーヴェ村に来る前の道中でニナがレイルに向けて言ったもの。
ニナ自身が人が好きだから、レイルと似たようなものを感じて、同じくレイルもニナに対してそう感じたのだろう。
「俺と一緒に依頼をこなして、アストリア大陸を冒険しよう」
溢れた涙を拭って、差し出された手を握った。
「うん…!あたし、星紋巡守団に入りたい」
月を背景に手を繋いでいる、少年と少女はまるで映画のワンシーンに出てきそう。
──こうして、星紋巡守団の少年と少女の旅路が、大陸の未来を揺るがすことになると知らないまま、冒険の幕が開けるのだ。




