01 少年と少女
ー15年後 アークレイン王国
アークレイン王国北部に広がる森道を、1人の少年が軽やかな足取りで歩いていた。
陽光の差し込む緑のトンネル、鳥の歌声、葉擦れの音。
一件のどかな景色に見えていても、少年はピンと張り詰めた空気を漂わせている。
絹のような銀色の髪に、輝くサファイアをはめ込んだ瞳はクリっとしていて、通った鼻と薄い唇は、少年の美形を更に強調していた。
それでいて、そのビジュアルには似合わない大剣を背中に背負い、右腕には何かの紋章がついたバンドを巻いているのだ。
彼の名は、レイル・ノルドレイク。
アークレイン王国の星紋巡守団所属の若き巡守士である。
「うーん…道合ってるよな?」
レイルは地図を回転させながら首を傾げた。
目的地は、小さな村・リーヴェ村。
魔獣が現れ数名の負傷者が出た、という依頼を受けての巡回任務だ。
「やっぱり、カインも連れてくれば良かったかな…いや、あいつ今日別の任務があったんだ」
レイルは戦いにおいては、優秀でそれなりの成果を出しているものの、ひとつだけ皆が頭を抱えるほどの弱点がある。
それは…度が過ぎる方向音痴。
今日の任務は2日前に急遽決まって、同期であるカインも途中まで方向が一緒だったため、近くまで送り届けられたばっかり。
「…よし!森が見えたから多分合ってる!!」
(獣の匂いもさっきからするしな)
自信満々な顔で歩き続けた、その時だった。
森の奥から、バキバキっと何本もの木が倒される音と、地面が揺れているのは。
レイルは迷わず背負っている大剣に、手を回して戦闘態勢に入る。
「依頼のあった魔獣か…?」
(でも、おかしい。ここには人の気配が全くない)
そう、リーヴェ村からの依頼内容には、村の人々の魔力を狙って暴れていると書いてあったにも関わらず、この周辺には人1人の魔力すら感じない。
魔獣が迫ってくる方向へ、大剣を構えた刹那ー
「うわっ!?」
1人の少女が飛んできて、瞬時に下敷きとなるレイル。
その少女を追うように魔獣は、ゆっくりと木々を薙ぎ払いながら出てきた。
「……あれ?痛くない…?」
「無事か? あとは俺がやるから下がってて」
「わー!ごめん!すぐ退くね」
少女はレイルから離れて立ち上がると、目線を合わすように向き合う。
「でも、あたしも戦えるよ」
少女は肩まで伸びた桃色の髪を揺らし、通った鼻に、ピンク色の唇。そして、透き通ったエメラルドの瞳は、真っ直ぐとレイルを見つめている。片手に短剣を握りしめながら…
レイルの心臓が一度だけ、大きく跳ねた。
次の瞬間──
ガアアアアっ!
魔獣の咆哮が森を揺らす。
咆哮は、強風以上の威力で少しでも気を抜いたら、地面から足が離れてしまいそうになる。
レイルは、反射的に少女の腕を掴み、後方へと引き下がらせた。
「危ないから一旦下がって!」
「大丈夫!」
少女はそのままレイルの脇をすり抜けて、魔獣へと突き進む。
「あ、おい!」
レイルは完全に意表を突かれて出遅れてしまった。
魔獣は、4本の腕と鋭い牙をもつ巨体で、長くて太い尻尾は地面を叩く度に足元が揺れるのだ。
その尻尾が地面についた瞬間に、少女はそれに飛び乗って背中までかけ上がろうとするも、振り払われて飛ばされる。
「きゃああっ!」
飛ばされた方向にレイルは走り、少女が地へ激突しないように受け止めた。
「ほら、言わんこっちゃねえ」
「えへへ」
「笑い事じゃねえっての、ばか」
レイルは抱き抱えてた少女を優しく、下ろしてから今度こそ大剣を構える。
「ねえ、あなた強いの?」
「まあそれなりには」
「じゃあ、あたしが注意を引くからその間に魔獣の背中に上って」
「お前な──」
「あの魔獣には背中に小さな核があるの。それを壊さなければ復活しちゃう」
少女は魔獣の背中に指を指した。
「あれか」
「え、その距離で見えるの?」
「目はいい方なんだ」
「じゃあ、引きつけるからよろしく!」
レイルが返事をする隙も与えずに彼女は、短剣を握りしめ魔獣へと向かっていく。
そして何をするかと思えば、その短剣を魔獣の足へ突き刺したのだ。
「おーいこっちまでおいで〜っ」
少女は気を引きつけるように大きく両手を振ったあと、木々をすり抜けて駆け出した。
(ガキかあいつは)
呆れながら魔獣の背後に移動をして、木から背に飛び移り、レイルは大剣に自分の魔力を込める。
彼の属性は光で、大剣が薄黄色い光を纏って核を引き裂いた。
「光刃!」
──刹那、魔獣は灰へと変わって蒼天の空へ舞う。
「すごーい!ほんとに強いんだね」
「お前も結構やるじゃん」
「あたし、ニナ」
「俺はレイル。レイル・ノルドレイクで、星紋巡守士」
「だから強いんだ。でも、どうしてこんな何もないところに?」
ニナの問にレイルは、先日星紋巡守団のリーダーから渡された依頼書を開いた。
「この先にあるリーヴェ村から魔獣を退治してほしいって依頼があったんだ」
「……」
「ニナ?」
「…っぷ!あはは、リーヴェ村はこっちの方角じゃないよ?」
エメラルドグリーンの瞳には、涙が滲んでお腹を抱えて笑っている。
ニナは、白ベースの襟付きノースリーブに、デニムのミニスカートを合わせた服装で、さっきまでレイルと戦っていたとは思えないほど普通の女の子だ。
自分が夢を見ているんじゃないかと疑うが、彼女の腰を見ると、横向きに短剣が収められていた。
「ええ!俺、仲間に途中まで送り届けてもらったはずなんだけどな」
「いつの間にか東側の森林に来ちゃってたんだね」
(森が見えたからあってるって突き進んだけど、すでに間違えてた…)
レイルはもう一度地図を広げて、ニナに尋ねる。
「この地図だと俺たちの現在地どこかわかる?」
「あたしもリーヴェ村に用があるから良かったら一緒に行こうよ」
「うわ、まじ助かる!ありがとうニナ」
「普通に行ってもここからだと、半日かかるからレイルが1人だったら、1日あってもつかないね?」
(完全に面白がってるし)
2人は並んで森道を歩き出した。しばらくレイルの方向音痴をネタに笑われて。
まだこの出会いの意味が偶然なのか必然なのか分からずに。
アストリア大陸の運命を変える2人が、今はただ並んで歩き始めた。




