16 近づく黒い影(第2章プロローグ)
第2章スタートです…!
夜の大陸は、静まり返っていた。月は雲に隠れ、星の光だけが僅かに地上を照らしている。
その北方、古い山脈の奥深くに、漆黒に包まれる大きな王城の地下で、コツコツ、と足音が響いていた。
石造りの廊下は、先が見えないほど長く、壁には松明の炎が揺れる。
その奥にある巨大な扉の前で、黒曜影団の証である、三つ巴の紋章を右肩に背負った男が立ち止まった。
ギィ、と扉を押し開く重い音を広間に響かせて。
入れば、すでに数人の人影が集まっていたのだ。全員が身体のどこかしらに三つ巴の紋章を刻んでいる。
広間は全体的に古く、まるで廃墟のようだ。何もない部屋にひとつだけ、立派な玉座が備えられており、そこには炎が灯されていなくて、座っている人物の顔は分からない。
しかし、黒曜影団の紋章を刻んだ集団で、玉座に座る人物を考えれば誰だってそのトップに立つものだと想像はつく。
広間に入った男は、玉座の前へ膝をついた。
「ご報告がございます」
玉座に座る男は、足を組み、肘掛けに頬杖をつきながら、興味がなさそうに視線を向ける。
「話せ」
「ノワール村を…、占拠していたハンスが敗れました…」
男は一瞬言葉を詰まらせながらも、ノワール村での出来事を話した。言葉を詰まらせ怯えているのは、目の前のリーダーと思われる男が、瞳に底知れない冷たさを宿しているからだ。
少しでも男の機嫌を損なわせれば、命が容易に散るだろう。
「それで?」
「……っ!」
広間の空気は僅かに変わったが、男の表情は変わらず、跪く男を見下ろした。
その態度は驚きも、怒りも感じ取れない無だ。だから、余計に何を考えているのかと恐怖が増す。
「ハンスは星紋巡守団のレイル・ノルドレイクによって捕らえられております。兵器のことを口にしていたので、恐らくこれから尋問が続くと思われるかと…」
男は何も言わなかった。その代わりに、別の幹部たちが低く笑いながら答えたのだ。
「レイル…聞いたことあるぞ。黒曜潰しのレイル、銀髪のガキだ」
「あんなガキにやられるとは、ハンスも堕ちたな」
馬鹿にしたように話す幹部たちを、止めるように男は口を開く。
「星紋巡守団か、いつも邪魔ばかりするな」
その名を口にする声には、怒りが孕んでおり、ハンスに対しては止めるために遮ったわけではないようだ。
「しかし、奴らに邪魔されたところで、我々の真の目的には気づかないでしょう。今のところ、計画に支障はありません」
「当たり前だ」
「まあ、ハンスが兵器を我々が狙っている、と口を滑らせたおかげで警戒は強まるでしょうけど」
片手に本を抱えて、銀縁のメガネをクイっと上げながら幹部の1人が話す。
その銀縁のメガネの男は、天井に魔法陣を描き、やがてそこには地図が浮かび上がった。
それは、アストリア大陸の地図だ。
「さて、我が君主。いかがいたしましょう?」
玉座に深く座っていた男は、ゆっくりと立ち上がって、広間中央の地図へ向かって歩く。
「この世界は偽りだ。生まれた瞬間から地位が決まっている…そんなものが平和か?」
「……」
誰も答えない。なぜなら、男の問いに反対するものはいない集団だからだ。
ここに集まるもの全ての意志は、男の意志。
「強者が世界を手に入れることが正しい。新たに黒曜影団が偽りの世界を、真の世界に戻す」
男の言葉は静かだが、拳には力が入っていて、アストリア大陸の地図を見据えた。
そして、男は地図の一点を指差す。
アークレイン王国より南東部、自然豊かな森に囲まれる国。エラディア王国だ。
「精霊魔導士が多く集うエルフ族の国ですね」
「精霊を扱う魔力は質がいいらしいな」
「ええ、我々の計画に大いに貢献するでしょう」
リーダーの男に、側近であるメガネの男は相槌をうつように答える。
そのまましかし、と話を続けた。
「エラディア王国は、星紋巡守団のあるアークレイン王国と同盟を結んでいます。恐らくまた、星紋巡守団が邪魔するでしょう」
「邪魔する者は全て殺せ。そして、精霊魔導士は捕え、魔力を回収する」
リーダーの男の言葉には、迷いなく目的のためなら、人の命を奪うことに躊躇しない。普通の人なら、背筋がゾッとする会話に、この集団は笑みを浮かべていた。
幹部の1人、右眼に眼帯をしている男が、リーダーの前へ立ちながら言う。
「エラディア王国には、俺の部隊を連れて行こう」
「星紋巡守団らが現れたら、1人は生け捕りにして、兵器の在処を吐かせろ」
「了解」
こうして、幹部達が深く頭を下げた後、広間に静寂が訪れた。
リーダーも、広間から立ち去ろうと踵を返し、『―――ああ、それと』とメガネの男に対して話す。
「自害したあの男はどうなってる」
「兵器がこちらの手に渡るまでには、黒魔法によって復活する予定です」
「───俺たちが世界を変える日はそう遠くないな」
男は、天井を見上げながら答えた。
見上げる景色に、自分が作り上げる未来を想像するように。
黒曜影団の目的は、星紋巡守団にも知らぬまま、着実に進んでいる。
唯一、その計画を止めることのできる存在が、生き延びていることを知らぬまま───




