11 諦めない
『弱そうなお前から犠牲になってもらう』
ニナの背後で、低く冷たい声が落ちてきた。
(…───来る!)
反射的にニナは短剣を握り直して、振り返ると同時に、自身へ向けられた攻撃を受け止める。
雷の魔力を纏った拳を、短剣ひとつで受け止めるには、あまりにも重い一撃だ。
無意識に呼吸を止めていたため、小さな息がこぼれた。
「……っ!」
細い腕は衝撃でビキンと痺れて、足は地面を削りながら滑って後退してしまう。
その先には、まだ逃げきれていない村人の姿が目に入って、ニナは1度左腕につけている星マークのバンドに触れた。
(ここで倒れられない、あたしだってレイルのように…笑顔を守るために戦う!)
「女だからって舐めていたが…少しはやるようだな」
「ここから先は行かせない」
力いっぱい睨んでハンスと対峙する。
ニナは前の時も、誰かが傷つくとなると迷わず戦い、自分のことなんて後回しのお人好しだ。
だから、今の彼女はどんな格上の相手でも、初めて人を傷つけることになっても、戦うことを諦めないだろう。
「怖くて震えてるくせに立ち向かうか」
「あたしは…星紋巡守団だから」
意思に反してニナの身体は、小さく震えていてそれを目の前の男は見逃さなかった。
ハンスは、嘲笑うように口端をつりあげて、乱暴に桃色の髪を掴んだ。
「いっ……!」
「今度こそ終わりだ」
頭皮が引き裂かれるような痛みに、ニナは顔を歪ませる。けど、髪を掴む男は容赦なく反対の手に雷の拳を作り、振り下ろそうとした。
───刹那
「その手を離せハンス!」
男と少女の間に、眩い光が割り込んだ。
掴まれていた髪は解放され、身体が後方へよろける。
代わりに前へ出た影は、銀色の髪をなびかせていた。
「レイル…?」
「ニナ、お前を星紋巡守団に誘って良かった。誰かを助ける仕事向いてるぞ」
「…──────っ」
「て、わりい遅くなったって言うのが先だよな。後は俺に任せろ、10秒で終わらせる」
ニナを見る横顔は笑っていて、『初めてでよく頑張った』と褒められているみたいだ。
そしてレイルの一言は、まだ終わっていないのに彼女を安心させるには充分である。
(まだ…泣けない。あたしにはまだやることが残ってる)
レイルに背を向けて、最後村人をジェットの攻撃範囲外に避難させた。
「あともうちょっと一緒に走って!」
「ああ、お嬢さんありがとう…」
ニナは、おじいさんの腕を肩にかけて走るのだ。
◇◇◇◇
「ったく、キリがねえぜ」
「弟子が頑張ってる、もう少しだ」
一方、カインとジェットは背中を合わせて、村人の方へ攻撃がいかないように戦っていた。
怪我して動けなくても、気絶させても、後ろで守られながら回復魔法を使う人物によって、敵の戦力は落ちない。
「つか、あの回復魔導士の魔力バケモンすぎんだろ」
「それは我も思っていた」
「魔力切れ起こさねえかな」
「望みは薄い」
『だよな』とカインは鼻で笑い、向かってくる攻撃を防御しながら、氷の結晶を瞬時に生み出して放った。
ジェットは、双剣に雷を纏い敵を切り裂いていく。
「氷壁展開からの氷晶創成」
「雷瞬連斬」
それからも倒し復活する戦いがしばらく続いた頃。
遠くから力強い、透き通った声が合図を送った。
「カイン!師匠!お待たせ、こっちは全員避難し終えたよ」
「ナイスだニナ!行けジェット」
「参る、雷撃崩壊」
地面は電気がビリビリ走っている。そして、その中央にジェットが剣を突き刺した瞬間、範囲内にいたものは全員感電した。
「ったく、厄介な回復魔導士だったな」
「我らももっと修行に励まねばな」
倒れた黒曜影団の下っ端を見下ろしながら、2人は一息つく。そこに、笑顔で走りながら向かってくるのがニナだ。
「2人共、あたし頑張ったよ!」
「ああ、えらいな。上出来だ」
「さすがは我の弟子」
「レイルのやつも終わったみたいだぜ」
カインが視線を促し、その方向を見ると倒れるハンスに、それを捕縛する副リーダーと剣を背中にしまうレイルの姿があった。
視線に気づいた銀髪の少年は、ピースサインをニナ達に送ったのだ。
***
───時は遡り、レイルとニナが別れた頃
ハンスに狙われていたニナを、レイルは遠ざけて大剣に魔力を纏い構え直した。
「ガキがふざけやがって。俺を10秒で倒す…?笑わせんな」
「ああ、間違えた…5秒だ」
レイルの煽りにまんまとハンスは乗ってしまい、ブチッと青筋をつくる。
そんなのはお構いなしに、レイルは言葉を紡いだ。
「お前達は俺の仲間を傷つけようとしたんだ。星紋巡守団の名においてお前を倒す」
「余程殺されたいらしいな。お前から殺してやる」
自身の服が破けるほど身体に、ビリビリと雷を纏った。
これがハンスの隠し玉だったのだろう。
しかし、レイルにとって雷相手で苦戦するのは、同じチームであるジェットだけ。
どんなに強力な技を持っていても、銀髪の少年がハンスに驚くことはない。
「この技は魔力を膨大に使う奥義、雷獄崩拳」
「雷を扱うスペシャリストが俺の仲間にいるんだ。お前の攻撃は当たらねえよ、閃光断!」
(スピード攻撃はジェットだけじゃねえ)
レイルが剣を振ると、ハンスに瞬きと同じ速度でダメージが入った。
普段はスピードに特化したジェットがいるため、爆風や衝撃波がメインの攻撃だが、レイルも劣らないぐらい速いのだ。
今の攻撃はまさに高速の一閃。
「うあああっ!」
ハンスは背から地面に倒れ、肩で息をしていた。
「はあっ、はあ…てめえ、銀髪に青い瞳そして光属性…まさか黒曜潰しのレイル」
「俺は星紋巡守団のレイル・ノルドレイクだ。人々の笑顔を奪うやつは許さねえ」
ハンスを見下ろしながら背に剣を収めると、レイルの頭を誰かがわしゃわしゃ動物を愛でるように撫でまくる。
「随分と腕を上げたなレイル。俺は嬉しいぞ、ありがとうな」
「ガキじゃねんだ、それやめてくれよ。…それと、いつかは副リーダーも超えっから!」
レイルは、副リーダーの心臓にコツンと、右の拳を押し当てた。
白い歯を見せながら無邪気に笑って。
副リーダーは、フッと余裕そうに笑いながら言うのだ。
「まだ負けられねえな!」
「で、こいつはどうする?」
「ああ、お前たちが来る前に応援要請を出していてな、そのうち来るだろうから後は任せろ」
「そっか、じゃあ俺たちは拠点に帰って、リーダーに報告しておく」
「頼んだ」
そうして、レイルは誰かの視線を感じてその方向を見ると、戦いが既に終了していたニナ達が目に入る。
ニナはルディと一緒に満遍な笑みを浮かべて、カインは相変わらずすかした顔して、ジェットは腕組みをしていた。
そんなニナ達に終わったという意味も込めて、ピースサインを送れば、桃色の髪の少女はレイルに駆け寄る。
「レイルー!初任務成功だねっ」
「初めてでだいぶ難易度は高かったけど、よく頑張ったなニナ」
「みんなが助けてくれたからだよ」
少女は仲間たちに囲われて、先程まで緊張して強ばっていた身体が開放されたように、膝からカクンと力が抜けた。
後ろに倒れそうになったニナの腕を、レイルが掴んで支える。
「───っぶね、大丈夫か」
「えへへ、ホッとしたら立てなくなっちゃった」
「仕方ねえな」
「わっ!?」
その後すぐにニナの足は宙に浮いて、レイルの顔がどアップになった。
レイルは、ニナの膝裏を掬ってお姫様抱っこをしているのだ。
「お、重いから…!もうちょっとしたら歩ける」
「今更だろ」
「レイルのバカ」
「いてえって」
デリカシーのないレイルを、ニナは頬ふくらませて怒り、耳を思い切り引っ張った。
その様子を見ていたカインとジェットとルディは、呆れている。
そしてルディとカインが、レイルに向けてダメだしを入れるのだ。
「レイル、デリカシーなさすぎじゃ」
「おにーさんが、もっとレディの扱いを教えないとだな」
「ちげえって!もう何度も抱えてるから慣れてるって意味だ!」
(初めて会ったときは、吹っ飛んできたニナを受け止めてるんだ。しかも受け止められるほどニナは軽い)
その後も『言葉足らず』など言われて、銀髪の少年は拗ねて、桃色の髪の少女は笑顔で初任務が終了したのである。




