第8章 サヨナラだけが人生だ
バイクの話から車の話にスライドしてしまい、バイク狂の方々の期待を裏切ったかもしれないが、スピードに魅せられたことがある方なら、スポーツカーに心が揺れた経験もおありなのではないだろうか。そして私と同じように買う気もないのに外車ディーラーに顔を出したあげくに、高飛車な態度を取られて拳を握りしめた経験も・・
GB400TTと復縁したのも束の間、私がショップの社長から紹介されたのは極上といっていいほどのGT380だった。
以前に乗っていたサンパチは‘72年式の初期型だったが、今度は’74年式の新型で、フォークブーツが無くなってフロントフォーク周りがすっきりした他、ラムエアーヘッドの造形も洗練されたものになり、全体的に引き締まった印象だった。あと、有難いことにメーターの中央にギアインジケーターが加えられたおかげでシフトミスからも解放されることになった。
新型のサンパチは大学三年の時に初めて見て、サンパチに憧れるきっかけとなったモデルである。そこからバイク雑誌にサンパチが載っていると貪るように読んだものだが、雑誌『ライダーズクラブ』(昭和六十三年四月号)の「鉄と心とふれあいと」というコラムは大きな衝撃だった。
その号には自分と同世代のサンパチのオーナーが愛車とともに紹介されていたのだが、カラーも含めて8ページもまるで特集記事のように組まれており、細部の写真まで載っていた。オーナーは同世代で、最初に所有したバイクがホークⅢというところにも何か因縁めいたものを感じたが、サンパチもグレードの悪いものを経て、二台目をレストアして雑誌掲載されるほどに仕上げたというところにある種の羨ましさを覚えたことは記憶している。
リアルタイムでサンパチに乗っていた筋金入りのワンオーナーならともかく、私と同世代ということが一種の競争心のようなものを掻き立てたのだろう。私はいつの日かこれよりもグレードの高いサンパチを手に入れてみせると誓うと同時に、雑誌も購入し、一時期はかなりの頻度でその頁ばかり読み返していた。至誠通天を信じて。
『ライダーズクラブ』購入から十年余、ようやく願いが叶った。その『ライダーズクラブ』は現在でも大切に保管しているが、ヨンフォアを手に入れた時も、古本屋でヨンフォア発売当時の『オートバイ』という雑誌を購入して飽きずに眺めていたことを考えると、偶然とは思えない(ちなみにヨンフォアが表紙を飾った雑誌『オートバイ』(昭和五十年二月号)もまだ保管している)。
フルノーマルの上物のサンパチに出会えただけでも奇跡的なのに、さらに驚いたことには、その車体価格である。すでにバブルが弾けて、一時期のようなビンテージバイクの価格の吊り上げは収まっていたとはいえ(それでも現在とは比べ物にならないが)、上物なら50万円くらいの時代に、何と15万円ほどだった。
なぜこんな価格になったかというと、そのサンパチはワンオーナー物で、私の行きつけのショップにレストアに出されていたものだった。ところがオーナーがレストア費用を捻出できなくなり、結果として、一種の差し押さえ物件になってしまったのだ。
というわけで、社長はレストア費用を肩代わりしてくれれば、サンパチは名義変更すると言って私に声を掛けてくれ、私は最低限の出費で以前よりずっとグレードアップしたサンパチの再婚相手となった。
見かけはかなり綺麗だったが、右マフラーの調子がイマイチで、スロットルを開けるとオイルミストを後方に撒き散らすという粗相もあったが、フロートをレストアすると症状も治まり、エンジンの回転も格段にスムーズになった。市街地のみの走行だとリッター15~16kmの燃費だったが、郊外も含めると18km強といったところで、2スト3気筒にしては上々だった。
少しずつ手を入れた結果、私のサンパチは目標にしていた『ライダーズクラブ』掲載のものと比べても全く見劣りしないものに仕上がった。
新車の乗り心地はこんなものだったのではないかと実感できるほど、3気筒にしては加速が滑らかで扱いやすく、同じ2ストでも低速がスカスカのKRあたりとはトルクの太さも別物だった。
『ライダーズクラブ』のサンパチはヘッドをⅢ型に換装したと記載があったうえ、メーターにギアインジケーターが付いていなかったので、おそらく初期型がベースだったと思われる。それに比べて私のサンパチは出所がはっきりとしているワンオーナー物なので、オリジナル度も高い。というわけで、某雑誌に投稿してみたところ、予想どおりカラーで掲載された。『ライダーズクラブ』の特集とまではいかなかったものの、ガソリンスタンドはもとより、信号停止中にも見知らぬライダーから声をかけられるようになり、自分なりに満足のゆくバイクライフを送っていたが、幸福と同じく不幸もまた突然やってきた。
本屋の前にサンパチを停めていた時、通りがかりの年配者から「盗られんようにせんとな」と声をかけられたのが、省みれば悪い予兆だったのかもしれない。
実は駐車場でシートの横に錐のようなもので穴を開けられたり、キイボックスを鋏のようなものを突っ込まれて壊されるというトラブルは以前にもあったのだ。シートを剥いでそこまでやるのは「嫉妬」くらいに考えていたが、甘かったようだ。
同じ駐車場にはゼッツーも停まっていて、シートを被せた上からチェーンのようなものでぐるぐる巻きにしていたが、そちらは被害がなかったので、こちらもハンドルロックだけでなくチェーンも巻いていたが、キイボックスは二度壊された。
実は一度目で頭にきたので、悪戯されやすいメーター中央のキイボックスはダミーにして、サイドカバーに小さな丸穴を開けて、そこからキイを差し込んでエンジンが始動できるよう改装していたのだ。そのため二度目は実害はなかったのだが、あまりにしつこいことを考えると、もっと危機感を募らせるべきだった。
サンパチは普通にキイボックスを回してハンドルロックもできるが、フロントステー横にも小さなロックが付いていて、これをキイで回すと金属の棒が飛び出してきてステーがある角度で固定された状態になる。これがあるから、チェーンを切られても運び出すことは不可能と思っていたのが失敗だった。
ある日の朝、チェーンを切られたサンパチは姿を消していた。
ショップの社長によると、前輪がロックされている場合、窃盗犯はスケボーに前輪を乗せて二人がかりで運び出すのだそうだ。もちろん、大きなバンに収納しなければいけないので、その見張り兼運転手もいただろうから、最低三人がかりである。
また私の住む団地は駐車場が離れて三ヶ所あり、一度は移動しているので、何百台単位のチャリとバイク(シートを被っているものも何台もある)の中から、移動後の位置も把握していたことになり、団地内に手引き役がいたのではないかと今でも思っている。
団地の駐車場は機械式のゲートなので、外部の人が日常的に通り抜けるところではないし、最初に停めていたところは表通りからは見えないので、存在を知っているのは同じ団地の住人か、バイク屋を装って「あななのバイク○○万円で買います」などというタグを付けて回っている連中しかいない。
私が大学の時も、他大学の奴で高校時代によくバイクを盗んでいたという常習犯がいたので(彼曰くGSXがチョロイのだそうだ)、最初は暴走族系のバイク小僧の大人版かと推測して、族関係を当たってみたが不発だった。
たまたま、かつては近隣の中学、高校を配下に置いていたという半グレ系に顔が利く後輩がいたので、そいつにバイク探しを頼んでみたところ、携帯で連絡網を通じてバイクの特徴から何から通達してもらい、現役の族関係にまで手を回してくれたのだが、残念ながら再会は叶わなかった。
あれほど目立つバイクなので、後輩も市内なら自分のネットワークで見つかるはずと言っており、犯人を見つけたあかつきにはお仕置きまで請け負ってくれたのだが、おそらくプロの仕業で、他県で車体番号とエンジン番号を打ち直して遠方でさばいたのだろう。
もし、サイドカバーに鍵穴があるGT380を見かけた方には是非警察に通報していただきたいものだ。そんなサンパチは日本に一台しかないはずだ。サイドカバーもタンクも塗り替えているかもしれないが、下地はシルバーである(現所有者の登録は2003年以降のはずだ)。しかし、あまり手を入れていると経費がかかりすぎるから、案外番号の打ち直しだけなのかもしれない。それにしても実行犯は最低3人で番号の偽造から、搬送、非正規の販売ルートまで確保するとなると、事前視察と含めて何度も窃盗にトライしたことを考えると、この時代だったらせいぜい一人あたりの儲けは十数万円というところで、リスクとかけた時間のわりには大した稼ぎにはならない。
これが大枚を叩いて買ったサンパチだったら、相当悲観にくれたところだが、手出しは15万プラスその後の車検、整備料金くらいで、質流れのような形で転がり込んできたものだということもあって、月に帰っていったかぐや姫のような思いしか残らなかった。
上物のサンパチを手に入れた三番目のオーナーは、盗難品とは知らなかったで通せば、法的には「善意の第三者」ということで、返却義務はないが、所詮はキズモノの美女である。サンパチの良さを堪能できた幸運と引き換えに、倍返しの不幸が黙示録の四騎士に導かれて降臨してくるに違いない。
あれだけ熱望したサンパチが窃盗に遭いながら、さほど未練がましくないので、薄情な男と思われるかもしれないが、私は人生は出会いと別れの繰り返しであり、去った者に未練たらたらに生きるより、そのぶん新しい出会いを楽しみにするべきだと考えているクチだ(サンパチとは8年ほどの付き合いだった)。
ちょうどサンパチが盗難に遭った頃、私はABSがないため雪道の交差点で停まれなかったマークⅡに危機感を覚え、発売当初から気になっていたBMW318コンパクトをオークションの代行業者に頼んでいた。
新車だとキツかったが、中古市場でも最終型が出回り始めた時期だったので、予算を決めて、その範囲内での落札という条件で気長に待っていたところ、実走3万キロ台のモントリオールブルーの最終型が落札でき、整備終了後に入金というところでサンパチとの別離に見舞われたのだった。
BMWとの出会いもちょっと紆余曲折があっただけに、上物が手に入って両手に花と思ったのも束の間、サンパチから逃げられたのはちょっと複雑な思いもあった。
BMW318を最初に依頼したのは、父の知り合いのBMWのディーラーで、ディーラー物の中古を探してもらったのだが、ディーラーの上から目線の態度がどうにも我慢ならずに、さっさとそことの交渉は打ち切ってしまった。そこで、福岡に数あるBMWディーラーの中でも別のところを当たってみたところ、ここでも「サラリーマンが買うような車ではない」と言わんばかりの態度だった。
そこでBMWは一旦棚上げして、ジャガーXK8を見るだけのつもりで自宅近くのジャガーのディーラーを訪れたところ、こちらの方がよほど親切丁寧で、見るからに絶対ジャガーなど買えるはずもないいちげんさんに来るべき福岡モーターショーのチケットまで家族分プレゼントしてくれたのだ。
実際、モーターショーに出品されていたモスグリーンメタリックのVK8コンバーティブルは、“ビッグキャット”の愛称さながらの猫科の肉食獣を思わせる優雅な曲線がとてもスタイリッシュで、車格がEタイプくらいなら実用的だと思ったが、あのロングノーズは見切りが悪いのか、スーパーの駐車場でXK8に乗った初老男性が停めてあった自転車を跳ね飛ばすところを見ているだけに、燃費の異常なまでの悪さも加えると、手に余りそうだった。
この時のモーターショーで一番親切だったのは、アルファロメオのブース担当の女性職員だった。
アルファの156はヨーロッパのカー・オブ・ジ・イヤーに選ばれた人気車種であり、車格もコンパクトで実用性も十分だったので、すごく気になって熱心に見入っていたところ、「マニュアルの左ハンドルですけど、運転してみますか」と声を掛けられた。
911経験者なので、マニュアルの左ハンドルでも違和感にない私が二つ返事で試乗に応じると、建物の外に停めてあったGTAのところまで案内され、都市高速の循環路線を一回りしてくることになった。
さすがに新型のアルファ、しかもスポーツグレードのGTAだけあって、加速性能もなかなかのものだったが、クラッチペダルは軽いうえ、ギアの入りも小気味良く、遺憾ながら乗り心地は古い911とは段違いだった。価格も試乗車なら150万円くらい値引きしてくれると言われ、かなり心も動いたが、それでもこの頃のディーノ308GT4が買えそうな価格ということもあり、泣く泣く断念した。
後にブレラが発売された時は、半分本気でアルファのディーラーを訪れたのだが、その時の担当者から「故障を気になさるような方はアルファには乗りません」と講釈を垂れられて、「セールスマンのお前よりは、俺の方が年収は上じゃ」という言葉を飲み込んで、店舗を後にした。
なぜに外車のディーラーはこうも高飛車なのだろうか。自分でも買えやしない車でも、日頃から高級車に囲まれていると麻痺するのか、バーチャルな世界に酔ってしまうのかわからないが、言っていることも訳がわからない。金持ちは高級車の修理費は気に留めないだろうが、故障にまで寛容だとはとても思えない。かのエルヴィス・プレスリーにも、愛車のフェラーリで出かけようと思ったところイグニションを回しても反応がないことで頭にきて、リアのガラスとエンジンに銃弾をぶち込んでスクラップにしてしまったという逸話があるように、金持ちほど思い通りにならないことに対しては苛立ちを募らせるはずだ。
それを小さな故障を気にするのが貧乏人と言わんばかりの態度は、どういう教育を受けたらそんな人格になるのか不思議でならない。少なくとも金持ちのお坊ちゃん、お嬢ちゃんではないことだけは確かだろう。そんな家系に育った人なら、自分がセールスマンなどやらずに経営者になるはずだからだ。
もちろん、全てのディーラーが横柄というわけではない。近所のヤナセなど、買う気もなさそうな私を最新の’94年式キャデラック・セビルに乗せて近所を一回りしてくれたあげくに、キャデラックのビデオやピローなどのグッズまでお土産にくれたものだ。全長が5・2メートルもあって燃費も最悪のセビルなどもちろん考慮の外だったが、ノーススターエンジンは想像以上にメリハリが効いていて、後部座席の快適さは、一度乗せてもらったことがある‘70年代製のロールスロイス・シルバーシャドウを超えていた。
フロントの見切りが悪そうなのに、狭い道もすいすい入って行くので、「前、見えてるんですか」と尋ねると、「多分バンパーがこの辺にあると思いながら、想像で走ってます」と扱いにくさを本音で語ってくれたのが印象に残っている。そういえば、「ノルマが満たせない時は、店の車を2割引くらいで購入することになるので、ボーナス残らないんですよ」なんていう愚痴まで聞かせてくれた。
むしろ、ここまで舞台裏をさらけ出してくれた方が、客と同じ目線に立ってくれていると思って安心感も湧いてくるものだが、高飛車なセールスマンの方々は、ノルマが果たせているがゆえに自信満々で強気なのだろうか。
またまた貧乏人の愚痴になってしまったが、ディーラーには不快感を抱くことが多かったため、行きつけのブックオフ近くに開店したばかりのカーショップを覗いてみたところ、そこは親子で経営していて、親父さんとも息子とも話が合ったので、オークションでBMWを購入することに決めたのである。
E36型エンジンは最も壊れにくいと言われていただけあって、本当に丈夫で中国地方から九州の津々浦々の出張にも活躍し、十二年も乗ってエンジントラブルとは全く無縁だった。
待望のBMW318コンパクトが手に入ったのと、サンパチを失ったのがほとんど被っているのは、まさに出会いあれば別れありである。ただしコンパクトを落札してもらった時点ではサンパチは手元にあったが、318に乗って帰った時にはサンパチはいなかった。
サンパチを失くした直後とはいえ、キャッシュを封筒に入れてBMWの初お目見えに向った時の心は晴れているとまでは言わないまでも、平常心を取り戻してはいた。しかも神様も私のことを哀れに思ってくれたのか、予想外の喜捨をして下さっていた。
実はショップはオークションの落札価格に手数料を上乗せするのを忘れてしまっており、請求書の額は落札価格そのままだったのだ。つまりショップは損こそしてないものの、下取りしたマークⅡを除けば只働きしたというわけで、親父さんがしょげ返っていた息子に「お前が間違えたんやから、仕方がなかろうが」と諭していたのを思い出す。良心的なショップだったので、その後も仲良くさせていただいたが、実質的に値引きしてもらったようなもので、その値引き分だけでサンパチの購入と整備にかかった費用がちょうど相殺された形になった。
やがて318コンパクトとも別れがやってきたが、コンパクトな車格のFRに慣れると、その後に乗ったFFのDセグメント車は勝手が違って、意外な苦労を強いられた。
318はそれなりに気に入っていたのだが、家族や友人から「もう型が古いよ」と言われるようになった頃、ちょうど走行距離2000kmのボルボV40が百万円引きで手に入る目処がついたので、渡りに船と乗り換えた。乗り出して2ヶ月の新車同様の車がそれだけ安かったのは、前のオーナーが右のフロントフェンダーから後部ドアまで盛大に擦ってしまったという前歴があったからである。
V40は一見スリムに見えるが、車幅は180cmあり、BMW3シリーズより10cmほど広い。国産の普通車から乗り換えたとしたら、感覚に戸惑うかもしれない。見た目は絶対に大きいマークⅡグランデより幅は広いのだから。
しかしそれ以上に問題だったのは、FF(フロントエンジン、フロントドライブ)はRRの911とは真逆でフロントヘビーである。そのためBMWよりフロントの沈みが数センチ深く、BMWではリップスポイラーを擦らないようなところでも、擦ってしまうのである。
私はまずBMWではスルーしていた段差で擦り、渋滞時に通っていた住宅地の裏道で下り勾配が急なところでも擦り、購入から一ヶ月足らずでウンザリしてしまった。その時、前のオーナーが即手放した理由もわかったような気がした(といいながら私も十年乗っているが)。
BMWと違ってセンサーもたくさんついているわりに誤作動も多く、普段は操作を切っているセンサーも多い。要するにセンサーを当てにしすぎるとかえって事故に繋がりそうな気がするからだ。
癖があるという意味では911が一番扱いに慎重を要したが、実用性という意味ではBMWだと今でも思っている。ボルボなんかに目覚めたのは、堅牢でもらい事故でも死ななくて済むだろうという単純な理由によるものだが、福岡のような渋滞が慢性化した都市で、アップダウンのきつい裏道で使えないのは痛い。私が暮らし始めた頃の福岡はここまで人口も多くなかったし、走行車両も少なかったが、今では街中で空き駐車場を探すのも一苦労のうえ、スペースが狭いところも多く、ちょっと車格が大きいと、雨天時の入庫は大変である。
かといって、軽は事故るとそのまま棺桶になりかねないので、軽のスペースでも駐車できた318コンパクトが懐かしく感じられる今日この頃である。そのせいか、日頃はリード90ばかり乗っているが、独り者だったら、メットインスペースのある小型スクーターこそ終生の友にふさわしいのではないかと思うようになってきた。
死ぬ前にもう一度ポルシェとヨンフォアかサンパチと誓って久しいが、変わりゆく街の姿に気持ちがついてゆけなくなってきた。そういう意味では都会暮らしよりバイクや車にやさしい田舎暮らしの方が、最後は笑って死ねそうな気がしてならない。バイク乗りの行き着く先はカントリーライフなのだろうか。
少なくともこのまま利便性の高い都会での生活に固執し続ければ、かつて別れた車やバイクとの復縁どころか、今の足である車とスクーターともサヨナラする日がやってくるかもしれない。
最後は子供の頃に戻って、チャリンコじいさんの老後が待っているのか、はたまた安全を期したチャリンコでも交通量の多い福岡のこと、車道でダンプに巻き込まれてジ・エンドという終り方もありえないわけではないだろう(高校時代、普通車から撥ねられて入院したこともあるし)。
やはり寄り添って死ねるなら、キャンディレッドのタンクが艶かしいヨンフォアがいいかな・・・
最近、50~60代のライダーが最新式のバイクで事故死したニュースをよく耳にする。運動神経が衰えたにもかかわらず、制御困難なほどの馬力があるバイクを転がすのは、スピード狂のロマンと言えば聞こえがいいが、若者たちから見れば年寄りの冷や水だろう。年寄りに若いパートナーはミスマッチなのだ。分相応にビンテージバイクでゆっくり流すのがアダルトなバイク乗りにふさわしい気がする。といいながらも、ヨンフォアで最新の750ccのレーサーレプリカを峠でぶっちぎる平忠彦みたいなオヤジの登場を心待ちにする私である。




