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不良とバイクと煙草のけむり  - わが自虐的青春譜 -   作者: 滝 城太郎


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第3章 クーデタかボランティアか

どんな大企業の社長だろうが経営者だろうが、人か対価を払ってくれるほどの個人技でも会得していない限りは、社員全員が仕事をボイコットした時点で会社は潰れてしまう。「辞めたい奴は辞めろ。入社したい奴は幾らでもいる」などと強がりを言ったところで、絶対的に人手が必要な繁忙期などに辞められてしまえば(最近流行のリベンジ退職ってやつ)、業務が滞って会社の命運を左右するような契約上のトラブルに発展しかねないし、何より社員にごっそり抜けられるような経営者は、その業界で無能扱いされるのがオチというものだ。そんな社員の気分次第で地獄に直行しかねないようなエッジに立っているにもかかわらず、平社員の何十倍どころか何百倍もの報酬を得て当たり前のような顔をしている社長や経営者って何なんだ、なんて思ったことがある人もいるはずだ。だからといってロシア革命やフランス革命を起こすのはリスクが大きい。それでも歴史の授業で学んだように、世の中は栄枯盛衰で源平、足利、徳川ですら本家の繁栄なんて百年と続かない。止まない雨はないし、邪魔者はいずれ消えてゆくものである。突然われわれの前からいなくなったフセインやカダフィのように。

 実は私は大学院生時代にバイト先でクーデタの真似事に加担したことがある。

 素行不良のため仕送りを止められていた私は、全国的に著名な大手の塾で講師のアルバイトをしながら学費を払うはめに陥っており、偶然というかはたまた計画的というべきか、そこの事務方の非正規雇用でバイトリーダーのような役割を担っていたのが、高校から福岡にいる親友Sだった。

 この塾は入塾希望者にテストを課してパスしなければ門前払いするほど繁盛しており、そのおかげで短期間で私たちの給料は倍増したが、1年遅れで入ってきた新人の大学生講師たちは、試用期間の3ヶ月を過ぎても、試用期間と同額の安価な時間給でこき使われていることに憤りを覚えていた。

 塾長はやり手だがワンマンで、女子大生には異常にやさしく気前がいいくせに、男子学生には小言が多くシブチンだったため、高学歴の大学生講師たちは「不細工なくせに女好き」「低学歴のくせに偉そうに」などと陰では言いたい放題だった。

 私も一度、先輩の社会人講師から数ヶ月に一回の時給改定交渉の時に「もっとねばれば時給が上がる」とそそのかされ、その通りにしたら、逆鱗に触れて逆に二百円も下げられたことがあり、新人講師たちには同情していた。

 しかし夏季講習会の時間割が決定しても、新人の時給の件は何の音沙汰もなかったので、中には条件は少し下がっても、こんな嘘つきの下で働くより別の塾に行った方がましという者まで現れはじめた。

 私が採用された頃はまだ生徒が少なく、採用基準も低かったのだが、生徒数が急上昇するにつれ、評判を聞きつけた講師希望者も増加し、その頃は履歴書提出の段階で大学名で足切りされるほど狭き門になっていた。したがって新しい面子は概して優秀で、貴重な戦力だったし、スケートやボウリングに一緒に出かけるなど、仲間意識も高まっていたので、彼らの望む時給を実現させるため、親友のSや気心の知れた先輩講師たちと頭を捻った結果、非常勤講師によるクーデタに行き着いたのだ。

 その塾の講師は四分の三が非常勤で、そのうちの半数が現役学生だった。しかも夏期講習は受講者が多く、一日で一八〇分の授業が3コマという日もあるモーレツなスケジュールだったので、誰か一人でも夏風邪などで病欠しようものなら、健常者には投資詐欺集団の自転車操業並みの金策に匹敵する試練が待ち構えていた。

 しかし裏を返せば、学生講師がごっそり抜けたが最後、夏期講習は成り立たなくなるのだ。それを逆手にとって、私たちはいざとなったら辞職覚悟で計画に賛同する仲間を募ったうえで、塾長と賃上げ交渉をする算段を整えた。要するにこちらの要求を飲まなければ、集団辞職するというわけだ。それも東京本部からの応援も間に合わないよう、夏期講習の数日前に交渉することに決定した。

 たとえ最初の一週間であろうが、予定通り講習が実施できなければ、神経過敏なお受験ママたちの怒りの鉄拳が炸裂し、関東圏の一流中学への実質合格率が福岡県トップクラスにまで上り詰めたこの塾の評判の失墜は免れないであろう。そうなれば、塾長の進退問題に発展することは目に見えている。

 だが、悪知恵の働く私たちは、むやみに事を荒立てて生徒たちの不安感を募らせるより平和裏に問題を解決するための予備策も用意していた。この計画の仲間を募る段階で、社会人講師を数名抱きこんでおいたのは、学生の私たちと違って辞職が死活問題となる社会人講師の中には、塾長に忖度してこっそりご注進に及ぶ者が現れることを確信していたからである。

 かくして思い描いていた通り、誰かさんからクーデタの噂を耳にしたと思われる塾長が、夏期講習直前に新人講師の時給を一律で採用時の契約額に増額したことで、クーデタは未遂に終り、私たちは無血革命を成し遂げたのである。


 だいたい誰が裏切りそうか想像はついていたとはいえ、同僚が裏切ることを確信してダシに使うとは、私たちも大した悪党だったと思う。こうやって腹黒い塾長をやり込めた私たちだが、人によっては学生らしからぬ計算高さとあざとさに呆れる向きもあるかもしれない。

 ところが話はこれで終りではないのだ。それから2~3年後のことになるが、実はこの塾長、運営費用の一部を着服していることが発覚し、本部から馘首されたのだ。そう考えると、私たちは悪党だが、人を見る目はあったということになる。

 悪は滅びて、一件落着。まるで遠山の金さんのようなフィナーレだった。


 少し過激な話になってしまったが、クーデタはリスクも大きいため同意を得るのは困難だろう。誰かに裏切られたりでもしようものなら、自分ひとりが馬鹿を見て、目も当てられなくなってしまうかもしれないからだ。

 いざとなると寝返り、自己保身に走る連中はどこにでもいるし、そういう例は数多く見てきたが、一番タチの悪かったのは、良き理解者ぶる教師だった。フレンドリーでこちらからも気兼ねなく話しかけられるような若手教師は、年齢も近いため価値観も近いと錯覚してしまうが、管理職や保護者の前で熱血教師を演じている者も少なからずいて、高校生くらいだとコロリと騙されてしまう。

 あと意外にやっかいなのが、カウンセラー的な役割を担っていた養護教諭、いわゆる“保健室の先生”という方々だった。養護教諭は悩める生徒たちのプライバシーに精通しているぶん、何かの話の拍子にころっと秘密を漏らすこともあるし、普段は保健室で授業をさぼっているような生徒たちの良き相談相手を演じているくせに、真面目な生徒の前では、劣等生たちをクズ扱いしていたとその場で話を聞いていた女子から教えてもらったこともある。

 いじめが一向に減らず、無策な学校側が隠蔽に走ったケースが数多く報道されるのも当然である。

 教師の中にもこんな連中が潜りこんでいるというのに、一体誰を信じたらいいだろうか。


 そういう悩みを持つ方には、絶対に信頼できる心強い仲間を得る方法を紹介したい。

 それはボランティア活動である。

 ボランティア活動で最も必要なものは、困っている人を助けたいという善意であって、学習能力も運動神経も関係ない。異常気象や地震による自然災害は、狭い日本の中でもあちこちで起こっており、都市圏以外は同情は口だけの政府にないがしろにされているのが実情である。

 どうせ何もせずに篭るのであれば、一日でも二日でも被災地に足を運んで、人助けのために汗を流すことをお奨めしたい。ここでは何をどれだけやったかなんていう評価は存在しない。ほんの少ししか役に立たなかったとしても、その積み重ねがどれほどの労力になるかを考えれば、猫の手も借りたいほど困っている人の中に、「余計なお世話」と迷惑がる者などいようはずがない。

 学校生活や社会では、好き嫌いに関わらず与えられた勉強や仕事の作業効率が悪ければ、生産性が低いと見なされ、時には叱責されたり役立たず扱いされることもあるかもしれない。

 しかし、ボランティアは善意や同情心を持って一生懸命取り組めば、作業効率など関係なく、みんなから感謝されるはずだ。これまでどこにいても邪魔者扱いされ、居場所がなかった人ほど、感謝され、自分が頼りにされるという経験は、大きな自信につながるに違いない。

 無償でボランティアを続けていても、見返りを求めるようなさもしい気持ちにならない限り、自分の人生における生産性はゼロかもしれないが、困っている時に他人から施しを受けたことのある人は、今度は自分に余裕ができた時に何らかの形で恩返ししたいと思うものだから、自分が他人のために労苦を惜しまず尽くしていれば、きっとめぐりめぐって、誰かが自分のピンチを救ってくれるはずだ。

 学校や会社をドロップアウトしても、当面は食うに困らない経済状況ならボランティアをライフワークにして、全国をめぐってみるのも手かも知れない。もし、自転車でボランティアしながら日本を一周したら、きっとこれまでの人生で出会えなかったような素晴らしい友達がたくさんできていること請け合いである。

 難しいことなんて何もない。力仕事がだめなら被災地の児童の世話をしたり、勉強を見てあげるだけでも十分ボランティア活動である。何だったら、被災地で絶対に必要な真水をペットボトルで配って回るだけでもいい。

 かくいう私は、病気で不登校だった子の家庭教師を一年間無償で務めたことと(悪党だった私の唯一の贖罪行為だ)、知り合いのボランティア団体のビラ配りを手伝ったくらいの経験しかないが、部活動経験もこれといった取柄もなくちょっと行き詰まっている仲間に、箔付けのために介護施設や被災地訪問などのボランティア活動を勧めた結果、そのことが高評価を得て進学や就職に役立った例もあるので、まんざら理想論を並べているわけではない。


 能動的に動けば、空間の粒子配置が変わるから、何かが起こるかもしれない。SF好きならそれを信じて Let’s move on!


 不登校のTは、母親が過保護ということもあって、登校する見返りにバイクを買い与えられたのだろう。しかし、田舎で息抜きにバイクを転がすだけで、果たしてストレスが発散できたのだろうか。メカニックオタクにでもなって、近隣住民の原チャリの修理でもできるようになればまだしも、一人の楽しみでは、そこから不登校治療の次の段階に進むのは難しかったに違いない。

 だからといって知り合いの族に紹介していたら、もっと悲惨な事故に巻き込まれていたかもしれない。Tはバイク好きでもツーリング志向であって、スピード狂ではなかったからだ。

 そう考えると、素人JCやJK専門のカメラ小僧に仕立て上げれば、放課後の街頭撮影を楽しみに毎日登校してきた可能性は高いと思う。とはいえ、エスカレートして性犯罪にでも走られたら、常習犯になって民衆の敵と見なされるのがオチだろう。

 その辺の匙加減をうまくやって、JCやJKに撮影料を払って生写真をマニアに販売するというビジネスに発展させれば、Tは映像の編集技術にも長けていたので、その方向で生計を立てることができたかもしれない。

 私たちはTをおだてるだけおだてて、篠山紀信か加納典明の弟子でも目指させておくべきだったのだろうか。

基本的には不良とバイクと煙草の話だが、過去の経験をただ並べて「昔はこうだった」「こんな時代もあった」とまくしたてたところで、「それがどうした?」と切り捨てられてしまうのも芸が無いので、過去から現代につながる何かの問題提起になればという思いから、説教じみた人生論的な語りも入れてみた。ところどころで話が飛躍して脱線するかもしれないが、脱線は予想に反した展開であり、意に反した予想がつかない方向に向って行くことで、人は非日常的な感覚を覚えたり、意外性の中だからこそ普段は眠っている感性が刺激されて自己覚醒するかもしれないと思ってのことだ。私は二十歳の頃、極道の兄貴格の方から、「素人は喧嘩などすべきでない」ということをとくとくと説かれたことがある。暴力を生業としている極道がそれを言う?と思われるかもしれないが、実に理論的で説得力があってとても勉強になった。ずっとビビリながら拝聴していたが、校長の綺麗ごとの訓話よりはるかに印象深く、今でもよく覚えている。いったいどちらが先生なのだ?

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