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第92話 不屈の釣り人

 グレンとクレアの二人はロボイセ教会へと向かっていた。教会へ向かう理由はもちろん天使の涙を実行するためだ。標的はこの町の不幸の元凶であるゴールド司教…… 教会の目は第五十三坑道へと向かったオリビア達に向いている。二人はその隙をつき教会強襲し彼をノウレッジ大陸から生死を問わずに排除するのだ。

 二人はソーラの猫を通じて、テオドールの冒険者ギルドのマスターキーセン神父に、ゴールド司教を排除することに許可を求めていた。

 キーセン神父の回答は…… ”このようなやり方に教会は賛成しない。またこの件については一切の関与はしない”というものだった。

 賛成しないは気持ちと建前に過ぎず、関与しないは罪に問うことはないということと同義だ。

 行き違う幾多の冒険者と同じように周囲に溶け込んだ二人は、胸にしまった殺意以外は周りに居る町人と変わらなかった。


「ナー」


 賑やかな通りを歩く二人を呼び止めるように、両足の先と腹と鼻の下が白い毛で他が黒い毛の猫が路地から顔を出して鳴いた。

 この猫は地底湖へ来た猫妖精(ケットシー)のナーだ。ナーは二人に教会の様子を伝えに来たようだ。クレアはナーを見ると笑って嬉しそうに路地の前へと走っていった。ナーの前に来たしゃがんで顎を撫でようと手をのばす。


「ナーちゃん。よしよし…… あれ!?」


 クレアの手をかわしたナーは彼女の背を向け、路地裏の奥へと向かい顔だけこちらに向けた。


「ナー!」


 振り向いて二人を見て鳴くナー、クレアは首をかしげて少し考えてから笑った。


「ついて来いってことですね」

「そうだな。行くか」


 ナーに続いてクレアが路地裏へと進むグレンも彼女に続く。人がやっとすれ違えるくらいの狭い道を十メートルほど進む。

 路地は小さな広場へとつながっており、そこには十数匹の猫が居て座っていた。その真ん中でしゃがんでソーラが猫に小さく切った魚をあげていた。彼の足元には釣り竿がおいてある。


「ナー!」


 鳴き声をあげ、ナーがソーラの元へと向かう。


「おう! よーしよ…… あっ!!!!」


 笑顔でソーラはナーを受け止めようと両手を伸ばすが、ナーはソーラの手をすり抜けて一目散に魚の元へとかけていった。

 呆然と自分の手を見つめていた、ソーラは静かに立ち上がり恥ずかしそうに頭をかいた。グレンとクレアは必死に笑うのを我慢していた。

 気恥ずかしそうに二人に近づくソーラは右手をあげた。


「やぁ。久しぶり…… まったくナーめ!」

「ソーラさん…… どうしたんですか?」


 首をかしげたクレアにソーラは右拳を握り笑顔で口を開く。


「ロボイセの魚に挑みに来たのさ。いち釣り人としてね」


 振り向いて得意げにソーラは、地面においた釣り竿を指差す。クレアとグレンは呆れた顔をする。


「もう…… 私達に用があったんですよね?」

「へへへっ。冗談冗談。ごめんね。あのね……」


 笑って謝ったソーラが真剣な表情に変わり教会の方角を指した。


「ゴールド司教は教会からもう一つの別荘に移動したみたいだ」

「そうですか…… じゃあ大エレベーターに戻らないとですね」


 クレアに向かってソーラが小さく首を横に振った。


「大丈夫だよ。この子たちが良い通路を見つけてくれた。君らはそっちを使うといいよ。ナーに案内させるね」

「えっ!? わかりました。ありがとうございます」

「ナー! お願いね」


 振り向いてソーラがナーを呼んだ…… だが、魚に夢中のナーは一切反応しなかった。


「もう…… あいつめ!」


 怒った顔でソーラはナーの元へ向かうのだった。


「にゃー! にゃーにゃん! にゃー!」

「ナーン」


 必死にナーに話しかけるソーラ、彼の言葉にめんどくさそうに返事をするナーだった。

 クレアは二人の様子を羨ましそうに見つめていた。


「にゃー…… にゃんにゃにゃ?」

「ナーナーナー!」

「にゃっ!? にゃ~…… にゃにゃんにゃ!」

「ナー!」


 ソーラの説得でやる気になったのか、グレン達が来た方角とは逆の教会へ続く路地の前に座ってグレン達を呼ぶ。


「もう…… 食べ過ぎは良くないんだぞ…… まったく…… じゃあ早く倒してね。地底湖での釣りをみんな楽しみにしてるんだから」


 置いていた釣り竿を持って空に掲げてソーラが笑う。彼の声に反応して足元で魚をがっついていた猫たちが、顔をあげ期待した瞳でクレア達を見つめている。


「えっ!? すみません。地底湖は……」


 申し訳なさそうにするクレア、猫達がクレアをジッと見つめる。猫たちの視線に彼女の言葉の勢いがなくなるとグレンが割り込んで口を開く。


「第五十三坑道の地底湖はゴールド司教を片付けたら水が抜かれるんだぞ。だいたい今はもうオリビア達が下に行って作業中だ。それにそもそも魚なんかいねえだろう」

「ですよね。潜ってみましたけど魚なんか見てませんよ」

「えぇ!? そうなの!? うぅ…… 騙したな! タワー課長めぇ! よーし! こうなったら地底湖があったところで猫たちと昼寝してサボってやる!」


 昼寝という言葉に猫たちの目が輝く。グレンは右手を顔の前に持ってきて大きく横に振った。


「いやいや…… 水がなくなったら今度は掘削作業するんだからうるさくて昼寝なんてできないぞ」

「そっそんなぁ……」


 しょんぼりとするソーラにグレンとクレアは顔を見合わせて笑うのだった。


「ナーナー!」


 グレン達に早く来いとナーが鳴く。慌ててクレアがナーに謝るだった。


「ごめんなさい! じゃあ。私たちはもう行きますね」


 ナーの元へ向かうクレア、グレンは彼女に続く。二人の背中にソーラが声をかける。


「気をつけてね。ゴールド司教には上級聖騎士よりも厄介なのが側に居るみたいだ」

「ありがとうございます。十分に気をつけますよ」


 振り向いてグレンとクレアは右手をあげてソーラに挨拶をする。ソーラは笑ってグレン達を見送るのだった。

 ソーラと別れた二人は、ナーに案内されて狭い路地を進む。

 教会を通り過ぎて裏手に回る。すり鉢町の北側に壁へとやってきた。ゴツゴツした岩肌が続く大きな壁が続いていく。

 壁に沿ってナーは移動していく。そして……


「ナー!」


 何の変哲のない壁の前でナーが立ち止まり鳴いた。ナーは壁の二メートルほど前で、座って前足を揃えて壁を見つめている。

 グレンは前に出てナーと壁の間に入った、彼は壁の前に行き右手で壁をさわる。日に照らされて、ややぬくもりがある岩肌の感触が彼の右手に伝わる。壁は見た目にも触った感触も特に違和感もなく普通の壁だ。


「なんだ? ただの壁じゃないか…… なぁナーどうしたんだ?」

「ナー!」


 壁から手を離して振り向いたグレンは壁の前に座ってるナーに問いかける。ナーはグレンの問いかけに更に強く大きな声で鳴く。


「グレン君。代わってください」


 クレアがグレンに声をかけた。彼と代わってクレアが前に出て壁の前に立った。クレアはそっと壁に手をついて目をつむる。日に照らされたほのかに温かい壁の感触が彼女に伝わってくる。

 彼女の背負った剣がわずかに振動した。


「これは教会の結界ですね。ちょっと待ってください」


 そう言うとクレアは背負っていた大剣に手をかけた。

 壁に白く光る教会の象徴であるまっすぐに立つ十字架を囲む茨の紋章が浮かび上がる。


「天の剣よ。我が行く手を遮る茨を振り払いたまえ……」


 紋章を見たクレアは大剣に手をかけたまま目をつむってつぶやく。

 浮かび上がった紋章が光り輝くと、やがてガラスが割れるような音とともに紋章がバラバラに砕かれて消えていった。


「ふぅ。もう大丈夫ですね」


 目を開けたクレアの前に幅と高さともに二メートルほどのトンネルが現れた。結界でこのトンネルを隠していたようだ。

 トンネルは松明で照らされ明るく数メートル行くと階段になっており、地下へと続いているようだった。真顔でトンネルを向こうを見つめていたクレアが急に振り返ってグレンの顔を見た。


「行きましょうか。グレン君……」

「あぁ」


 静かにうなずいたグレン、クレアは鞄からフードを出し彼に渡す。二人はフードを被りトンネルの中へ向かうのだった。


「ナー!」


 鳴いたナーはトンネルの中へ向かって走りだしクレアの前へ出た。


「うふふ。まだ先導してくれんですか。でも…… 危ないですから…… おいで」


 しゃがんだクレアはナーを抱きかかえると鞄の中へナーを入れた。ナーは暴れることなく鞄から顔を出してクレアに視線を向けた。


「戦闘になったらその中へ身をかくすんですよ」

「ナー」

 

 返事をしたナーの頭をクレアは優しく撫でる。二人は階段を下りて地下へと向かうのだった。

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