第91話 なんでも食べる君が好き
上から尖った氷が白い冷気を振りまきながら、オリビアの目の前まで迫ってくる。ジッと迫りくる氷をオリビアは獲物を狙う獣のような瞳で見つめていた。
「はっ!」
気合を入れてタイミングを見計いオリビアはメイスを突き出した。
バラバラに砕かれた氷は地面へと落ちて、尖った先端の一部が地面へと突き刺さった。氷が刺さった地面の周囲が凍りつき白くなっている。
「あちゃー…… でも…… 次は…… フフ」
凍った地面を見た悔しそうにつぶやきすぐにオリビアは笑顔になる。
「何を笑っている?」
地底湖の上にいるエスコバルが不機嫌そうにたずねる。オリビアは名残惜しそうに地面から、視線を離して彼の方に顔を向けた。
「いやな。割れちゃったなって…… せっかくの新大陸でのかき氷なのに…… でも…… 味は…… どうだろうか?」
地面を見てから前を向き左手で、困った様子で頭をかくオリビアだった。彼女の言葉の意味がわからず、エスコバルは苛ついた表情をした。
「フン。くだらん!」
エスコバルは両手を前に出した、数十メートル先の地面に見えるオリビアを両手に挟むようにして見た。エスコバルの両手から小さな白い煙のような冷気がのぼり、二本の尖った氷が彼の両腕から飛び出した。
猛スピードで二つの氷は、弧を描きオリビアに向かって左右から飛んでくる。視線を動かして交互に飛んでくる、氷を確認したオリビアは笑って小さくうなずいた。
「なるほど…… でも甘いよ」
つぶやくとオリビアは、猛スピードで迫る氷が彼女に届く直前に、大きく背後に向かって飛んだ。氷はオリビアが立っていた場所へ突っ込んで行く……
「なっ!?」
オリビアが驚きの声をあげる。二つの氷は地面にぶつかる直前に急停止して、上に向きを変えてオリビアに向かって再度飛んできたのだ。
「はははっ! どうだ私の操船氷は? 氷は私の意志で動くのだ。今度こそ終わりだ!」
エスコバルは笑いながら、再度上にあげた両手でオリビアを挟むようにした見た。彼の手の動きに反応して氷はスピードをあげてオリビアへと向かっていく。
空気を切り裂きながら、数十センチの間隔をあけ並んで飛ぶ二つの氷がオリビアへと迫ってくる。
「そういうことか。ならば…… 私も本気でやらせてもらおう」
目を鋭く光らせたオリビアは二メートル近い長さがある、彼女のメイスを両手で持つ。ほぼ水平に持ったメイスを両手で下に振り下ろした。
振ったメイスが起こした風により、彼女の体を押し下げられスピードが落ちた。遅くなったオリビアの体は氷に近づき彼女は体を横に向けて氷の氷の間に体を入れた。
「はっ!」
素早く両手に持ったメイスで二つの氷をつく。一つは先端で突き、反動を利用するようにして、反対の石突の部分でもう一つの氷を突いた。先端で突かれた氷は砕かれて地面へと落ちていった。
「おぉ! なるほど! こうすればよかったのか!」
オリビアが嬉しそうに声をあげた。彼女のメイスの石突きに氷が突き刺さっていた。すぐにオリビアの体は下がっていき地面へと着地した。
「くっクソ!」
悔しそうにエスコバルがつぶやく。しかし……
「やっと捕まえたぞ。へへ」
メイスを反対に持って嬉しそうに笑うオリビア、彼女は口の端からよだれを垂らして口を開けた。
「はっ!? 貴様!? 何を!?」
オリビアを見たエスコバルが驚きの声をあげ、目と口を大きく開け呆然と彼女を見つめる。
「ガリガリボリボリガリ…… なるほど…… 中身は普通の氷か……」
メイスに刺さった氷をオリビアは食べ始めた。彼女は味わうようにしてゆっくりと顎を動かし、難しい顔で味の感想をつぶやいている。魔法で作られた氷を貪り食う勇者とそれを見つめる魔族という、奇妙な光景が地底湖に繰り広げられていた。
「ジャムとかシロップとかつけたらうまいかもな…… あっ!? ペロペロ」
氷を食い尽くし残念そうにメイスを舐めるオリビアだった。
メイスに残った水滴まで舐め尽くすと、オリビアは地底湖に立つエスコバルへ顔を向けた。
「さぁて…… じゃあエスコバル君だっけ? そろそろ終わろうか」
オリビアはそう言うと左腕を上げて手のひらをエスコバルに向けた。
直後に何かがエスコバルの頬をかすめて通り過ぎていった。かすったエスコバルの頬がわずかに切れて血がたれていく。何が起こったかわからずにエスコバルは恐怖に顔を引き連れて後ろを向いた。
地底湖の上に尖った氷が浮かんでいた。
「あれは…… おっ俺の氷……」
ほほを撫でて血を拭って前を向く。オリビアは不敵に笑っていた。
「そう君の魔法だ」
「お前は魔法が使えないんじゃ……」
「失礼だな! 使えるよ! 退魔の魔法はな!」
「いや今のは退魔の魔法じゃ……」
魔法が使えないと言われオリビアは即座に否定し、口を尖らせムッとした顔をするのだった。
「まぁいい。今のは食べて能力アップの能力さ。私は攻撃魔法を食べてその攻撃魔法を使えるようになるんだ」
ゆっくりと左手をまたエスコバルに向けるオリビアだった。
「ヒッ!」
悲鳴のような声をあげるエスコバル。彼の様子にオリビアは笑って左手を天井に向けた。
「はははっ。心配しなくても食べて魔法を出せるのは一度きりだ」
彼女の言葉にホッとした表情を浮かべたエスコバル。だが…… 直後に腹に激しい衝撃と痛みが走る。
「でもね。食べた魔法は消化吸収されても使わなければずっと私の体の中に残るんだ……」
オリビアは上げた左手の人指し指を伸ばし彼に向け姿勢でエスコバルに話しかける。
「がっは…… ひっ光が……」
血を吹き出すエスコバル、彼の腹にオリビアの左手の人差し指から伸びた白い光の剣が突き刺さっていた。
「閃光聖剣…… これはかつて一緒に旅した仲間が得意だった魔法でね。私は何百回とその魔法を食べたんだ。もちろん、他の仲間が得意な炎や氷、稲妻や土なんかもね」
オリビアは話しながら、ゆっくりと中指、薬指、小指、親指を伸ばしていく。
エスコバルの左に風が集まって竜巻が起こり、頭上の天井から土の槍が突き出す。さらに彼の右足の下の水が凍り氷の刃となって伸びていく。最後にエスコバルの背後に赤い光が集約し炎の渦となっていく。
視線を動かして自分の状況を確認したエスコバルは絶望し、彼の顔は真っ青になりひきつり小刻みに震えだした。
「ほうら。魔法のフルコースだ。珍しく私が奢ってやるから《《よおく》》味わって食べるといいさ」
左手の指を上に軽くオリビアが動かした。光の剣は彼女の指に戻っていく。オリビアはエスコバルに微笑むと背を向けて歩き出すのだった
同時に竜巻、土の槍、氷の刃、渦巻く炎が同時にエスコバルへと向かって行った。
「くっ来るな! 来るなああああああああああああああああああああーーーーーーーー!!!!!!! ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
激しい断末魔が聞こえる。エスコバルの脳天に土の槍がささり、彼の背中は燃え上がる炎に包まれて、左の脇腹に氷の刃が突き刺さった。
最後に竜巻が彼の体をバラバラに引き裂いた。血は一滴もださず粉微塵となった彼は湖にばらまかれるのだった。
「ふう」
エスコバルが消えるのを確認したオリビアは小さく息を吐き。メイスを背中に戻しクロースの元へと戻る。
「さすがですわね…… でも、遊びすぎですわよ」
戻って来たオリビアにクロースが声をかける。オリビアは彼女の言葉を否定するように首を横に振った。
「違うな。なかなか骨が折れる相手だっただけさ。あの二人も大丈夫だといいがな」
「そうですわね……」
心配そうに視線を上に向けるオリビアとクロース。彼女たちの話しを聞いていたキティルは首をかしげた。
「どういうことですか?」
「グレンとクレアはゴールド司教の元へ向かったんだろう。我々が彼らを引き付けてる間にな」
「えっ!?」
驚くキティルにメルダは腕を組んで不満そうにしている。
「何よそれ…… 私達は囮なの?」
「えぇ。彼女の性格なら当然ですわ。それに…… ねぇ?」
「あぁ」
メルダの質問に答えるクロース、笑った彼女はオリビアと目を合わせた。二人は互いにうなずく。オリビアが少し間を開けてから口を開く。
「二人がゴールド司教を始末すれば…… 後は何事もなく全てなかったことってわけだ」
「ですわね…… ゴールド司教は口を封じられ…… 全てはさきほどの魔族のせいという筋書きでしょうね。証人のイアンもクレア達の手の中ですもの」
「なっ!?」
「そんな……」
オリビアとクロースの会話を聞いていたキティルとメルダが驚く。だが、二人の言うことはもっともである。グレンとクレアは冒険者ギルドに所属しており、冒険者ギルドは教会の傘下にある。
「やっぱりあいつらは…… ただの教会の犬だったのね…… やっぱり許せないわ」
「でっでもグレンさん達が……」
悔しそうに拳を握って怒りをあらわにするメルダ、キティルは彼女の横で信じられないと言うような顔をしていた。オリビアは二人の様子を見て首を横に振った。
「おいおい。君は視野が狭いな…… 昔の私みたいだ」
「なっ何よ! あの二人は教会のために私達を囮にしたんでしょ!!」
首を横に振るオリビアに向かって不服そうに叫ぶメルダだった。オリビアは彼女の言葉に小さくうなずく。
「あぁ。確かに二人は教会側の人間だ。ただし冒険者側の人間でもある…… 違うか?」
「はい。グレンさんは私の……」
「キティル!」
目を輝かせてグレンにうなずくキティルをメルダが止める。クロースはキティルを見て笑う。
「フフ。二人が教会のために動くのは冒険者の為ですわ。教会の支援がなければ…… 冒険者は何事も成し遂げられないでしょうからね」
「だから何よ! 教会の責任がそんなんで消えるわけ……」
「あぁ。消えない。だからゴールド司教を秘密裏に消すんだ。見せしめにするためにな」
オリビアはメルダの言葉に大きくうなずいて答えたのだった。
「えっ!? 見せしめって誰ですか? 秘密裏に処理したら見せしめになんか……」
「教会への見せしめですわよ。あそこは所詮各国から集められた寄せ集めの集団ってことですわね。中は各国の利害がひしめき合っているのでしょう」
「そうだ。ゴールド司教を消しても次が現れる。そしてそいつも何かしらのしがらみに囚われているのさ」
「ふん…… 知った風に話すわね。教会の人間でもないのに……」
不服そうに腕を組んだメルダにオリビアは淡々と答える。
「どんな組織だって一枚岩ってわけじゃない…… 魔王討伐に集まった仲間だってそうだったんだ」
「えぇ…… あの時は大変でしたわね…… ふふ。でも、クレアは変わってませんわ。昔のまま……」
天井を見上げながらどこか悲しく懐かし気に話すクロースとオリビアの二人。
二人の会話を聞いたメルダとキティルは何も言えずに黙っている。
「あぁ。変わってないな…… クレアは……」
小さく首を縦に振って、オリビアは寂しそうにつぶやくのだった。