第90話 白い稲妻と深紅の炎
エスコバルとオリビアが戦っている数十メートル後方で、クロースは一人で魔族と戦っていた。飛んでくる魔族達に向かってクロースはハルバードで向かって来る魔族を一人、また一人と切り落として行った。クロースを突破できない魔族達は勢いがなくなり止まってその場で浮かぶしかなかった。
「ふぅ」
メルダ、キティル、ハンナの前に着地したクロースはハルバードの石突の部分で地面をつけて立つ。彼女は左手で頬について血を拭って魔族達をにらみけるのだった。
「なに!? えっ!? そんな……」
メルダがキティルの背中を押した。振り向いたキティルにメルダがなにやら耳打ちをした。メルダが顔を離すとキティルがうなずいた。キティルは少し緊張しているようだった。
「何よ! あんなやつ! 何をしてるの! 名誉ある魔族の戦士達よ! 堕ちた姫を殺して名をあげよ! 我に続け!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
叫びながら一匹の魔族の女が、メルダを指さして飛んでくる。勢いを失っていた魔族達は彼女の声に奮い立ちクロースへと向かって飛んで来た。
顔をあげ彼女を見たクロースは目を細め馬鹿にしたように笑い、左手で挑発するように手招きして挑発する。クロースの態度に魔族は目を吊り上げ怒りだし飛ぶスピードを上げる。
「死ねえええええええええええええええええ!!!!!!!!!」
叫びながら飛んで来る魔族の女と、クロースとの距離が一メートルほどに近づく。右腕を引いて持っていた剣の先端をクロースへと向ける。魔族の女は勢いよくクロースの胸に向けて剣を突き出す。
剣をさけることもぜず、クロースはただ立っている。魔族の女はクロースが自分の動きに反応できていないと確信して笑った。だが……
「残念ですわね。もうそこは私の領域ですの……」
憐れむような顔を魔族の女に向け、クロースはつぶやき胸の前に突き出される剣に視線を向けた。直後に…… ハルバードの先端から青白く光る稲妻が飛び出し魔族の女が持っていた剣へと落ちた。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!」
瞬く稲妻の光に包まれた、魔族の女の声をあげた。瞬いた彼女の体は一瞬にして真っ黒になり、消し炭のようになってクロースの前に倒れた。
クロースは右足を前にだし、地面に落ちた魔族を軽く蹴った。魔族の女の体はバラバラと細かく崩れて散り埃のように舞って粉々になり地面に積もる。
「さぁ残りのみなさんもすぐに同じようにして差し上げますわ」
右腕を伸ばしハルバードを天井に向けて掲げるクロース、魔族達は目の前に消し炭にされた女を見つめ恐怖に顔を引きつらせ動けないでいた。
「今よ! クロース! 動かないで!」
メルダが声をあげた。クロースが振り向くと、メルダの横に立つキティルが、杖を持って先端をこちらに向け口を動かしている。
「精霊よ…… 聖なる炎の精霊よ。主に抗いし忌まわしき者たちをあるべき場所へと還せ! ヘルファイア!」
キティルの叫び声が響くとほぼ同時に空を飛ぶ、魔族達の下にある地面から炎が湧き上がる。炎はあっという間の地底にある空間の天井近くまで燃え上がった。
「「「「うぎゃあああああ!!!」」」」
魔族達は炎に包まれて断末魔をあげる。目を大きく開いて驚いた様子でクロースは、魔族が焼かれる光景を見つめるのだった。
しかし、一匹の魔族が難を逃れた。残った一匹はたまたま地底湖の上にいた魔族で、彼の足元から吹き出した炎は水によってわずかに動きが鈍っていた。
生き残った魔族は炎に焼かれる魔族達を、呆然と見つめているクロースの背後へと回り込む。彼は持っていた剣を彼女の首に向けて振り下ろした。
「あら!? 遅いですわよ!」
背後から近づく気配に気づいたクロースは、即座に振り向いてハルバードを振り抜いた。グチャッという音がする、クロースのハルバードは背後に回り込んだ、魔族の頭を真っ二つにした。地面に切り落とされた頭が転がり血で周囲を染めていく。
「終わりましたわね」
刃に魔族の赤黒い血がついたハルバードを。ゆっくりと戻したクロースは小さく息を吐いた。
ハルバードの血を拭い背中にしまったクロースは、地底湖に背を向けてキティルの元へと歩く。キティルは魔法をはなった反動で息を切らして、体を前に少し倒して左手で持った杖で体を支え右手は膝においていた。
「先程の魔法はヘルファイアですわね。さすがクレアが見込んだ魔法使いだけはありますわ」
顔をあげて少し恥ずかしそうにするキティル、なぜか褒められたキティルではなくメルダが得意げな顔をする。
「どう? キティルは一流の炎魔法の使い手なのよ」
「えへへ。そんな一流なんて……」
謙遜するキティルだった。メルダはニヤッと笑い少し間を開けてから口を開いた。
「《《ただし》》 炎魔法だけしか一流じゃないけどね」
「うっそれは……」
うつむいてしょんぼりとするキティル、メルダの言葉を聞いたクロースはキティルに興味を持って尋ねる
「炎魔法だけ?」
「そうよ。この子は炎魔法はすごいできるけど他はからっきし使えないのよ」
「違うもん…… つかえるもん…… 弱いだけだもん……」
うなずいて片手の手のひらを、上に向け肩をすぼめてメルダが答える。彼女の言葉にキティルは不満そうにブツブツとつぶやいていた。
「ちょっとよろしいですか?」
クロースはキティルの頭の後ろに手を回して、自分の方に彼女の頭を引き寄せる。クロースは自分の頭もだして、キティルとクロースがおでこをくっつけた。
「えっ!? あの……」
「大丈夫ですわ。すぐ終わります」
何をされてるわからず動揺して声をあげるキティル、クロースは落ち着いた口調で優しくキティルに答えるのだった。額同士をくっつけクロースがにっこりと微笑む、上品で綺麗なクロースが目の前で笑う姿にキティルは恥ずかしくなって頬を赤くする。
すぐにクロースがつけている青い丸い耳飾りが震えた。彼女は耳に感じた震えを確かめるように静かに目をつむった。しばらくするとゆっくりとクロースはキティルから顔を離した。
「なるほど」
「なっなんですか……」
うなずくクロースに、キティルはますます訳がわからず首をかしげていた。クロースは微笑み、ベルトにぶら下げていた小袋から何かを取り出して左手に持った。
「これをあなたにあげますわ。ヘルファイアや他の炎上級魔法を登録するといいですわ」
すっと丁寧にキティルの右手を持ち上げ、クロースは小袋から出した物を彼女に手渡した。
「これは……」
キティルに手渡されたものは、横五センチ、縦十センチほどの木製の薄い長方形の札四枚だった。
この札は精霊樹から作り出した魔法道具である魔法の刻印だ。魔法の刻印は詠唱を使用せずとも魔法が使えるようになる道具だ。使い方は札に魔法の詠唱を記載し包帯などで魔法を登録したい場所に固定し発動するための動作を行った後に三日三晩過ごす。すると刻印が体に刻まれ魔法を詠唱することなく使えるようになる。
ジッと魔法の刻印を見つめるキティル、何もいわないクロースは首をかしげた。
「魔法の刻印ですよ。知っていますわよね?」
「はい。でっでもヘルファイアは上級魔法ですよ。上級魔法に刻印を使っても魔力に耐えきれずに……」
キティルが申し訳なさそうにクロースに魔法の刻印を戻そうと右手を伸ばした。彼女の言う通り魔法の刻印は詠唱にたよることなく、魔法が発動できるようになる便利な道具だが魔力に上限があり例外を除いて中級から下級の魔法しか登録できない。
クロースは魔法使いではないため知らないと思いキティルは思っている。クロースは右手を前に出して横に振って魔法の刻印の返却を拒否した。
「大丈夫ですわ。あなたはわたくしたちと同じ…… 深紅の炎使い…… 炎なら全て支配下における存在です」
「マッ深紅の炎使い…… それって私の特殊能力…… ですか?」
「えぇ。騙されたと思って登録してください。あなたの真の力が発揮されるはずですわ」
優しく微笑むクロース、信じられないと言う顔をするキティルだった。キティルの特殊能力は深紅の炎使い、これはクロースの白き稲妻の支配者と似たような能力で炎を自在に操れる能力だ。
「でも…… なんでクロースさんは……」
「この耳飾りは我が家に代々伝わる蒼眼の発掘人と言いまして…… 特殊能力の詳細を教えてくれますのよ」
クロースの家はウィンターツリー魔法王国で代々商売をしていた商人だ。耳飾りは彼女の先祖が作らせた鑑定道具である。商売人と厳しかった先祖は蒼眼の発掘人を、物だけではなく信用できる人物かを鑑定できるようにしたのだ。
「えっ!? すごい」
話を聞いたキティルは目を輝かせた。しかし、クロースは彼女がから目を背けすぐに寂しそうな顔をする。
「すごくなんかありませんわ…… この道具は我が家の呪われた道具ですのよ。これのせいで何百…… いえ数え切れない人間を戦場へ送り込んで死なせましたから……」
魔王ディスタードとの戦争の際、クロースの父親は教会からの依頼で、蒼眼の発掘人を使い特殊能力を開花した者を探し勇者候補と戦場へと送り出していた。戦況が悪化し父親の死後はクロースは後継者として勇者候補探しを続けた。
世界が滅ぶ瀬戸際だったとはいえ、数千の人間を戦場へと送り込み死なせた事実を彼女はひどく後悔していた。オリビアを鑑定した後に、自らが特殊能力を開花させたことに気づいたクロースは贖罪の為に彼女の仲間として戦場へと赴いたのだ。
「キティル! 話は後にしたほうがいいわ。オリビアを助けないと! まずいわよ」
メルダが地底湖を指して叫んだ。クロースが地底湖へ目を向ける。彼女の目に地底湖に浮かぶエスコバルが、クロースに向けて魔法を放っている姿が映る。
「任せて」
「待ちなさい」
キティルはすぐに杖を構えた。しかし、すぐにクロースが杖をつかんでキティルを止めた。驚いた顔でクロースを見るキティル、彼女はキティルに向かって笑うのだった。
「平気ですわ。オリビアに任せておけばいいんですのよ」
「でも……」
「彼女は魔王を倒した勇者ですわよ。ブランクがあるとはいえ下っ端の魔族に後れを取るなんてことはありませんわ」
「わっわかりました」
うなずくキティル、クロースは杖から手を離した。彼女は少し前に出てエスコバルとオリビアと様子を見つめるのだった。