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第83話 現地調達は大変だ

 急旋回したグレンの背中を水の刃がかすめて飛んでいく。


「おっと! あぶねえ」


 逃げるグレンの背後から、執拗にダークオーシャンワームを操るイアンが追いかけていた。


「飛ぶのも相当魔力を使うぞ。そろそろ体力が持たないだろう? 楽になれ!」


 前を飛ぶグレンにイアンが声をかける。彼はもう勝ちを確信したかのように余裕が溢れる顔していた。顔を後ろに向けてグレンは笑った。


「はははっ。こんなの普段の訓練に比べればなんてことない。お前のしょっぱい攻撃なんざ何時間もかわしたところで疲れねえよ」

「なっ!?」


 グレンは笑いながらバカにしたように答える。イアンは彼をにらみつけていた。前を向いたグレンは真剣な顔をして悔しそうに歯を噛みしめる。

 もちろん彼が言ったこの何時間もかわせるというのは虚だ。ただ、弱気で逃げ回ればダークオーシャンワームの圧力に飲み込まれてしまうため、グレンは弱みを見せないため虚勢をはってるだけだった。彼は逃げ回りながら時間を稼ぎ、打開策がないか必死に頭を巡らせている。


「うん!? 水? なんで上から……」


 頬にわずかに水滴があたった感触がした。グレンは視線を上に向けようと……

 だが、背後で音がして急速に何かが迫ってくる気配がした。ダークオーシャンワームが水の刃を撃って来たのだ。


「チッ!」


 舌打ちをしてグレンは急旋回する。上空から舞い落ちてきた水滴が、パラパラと彼のコートの袖にかかる。跳ねた水滴が彼の顔や口にも当たっている

 逃げるグレンを上空からクロースが見つめている。彼女とクレアはダークオーシャンワームの周囲を飛んでおり、逃げるグレンとなぞるような軌道になっていた。


「おっ終わりました。もう良いですか?」


 上を向いて顔を真っ赤にして、声を震わせてプリシラがクロースに声をかけた。


「えぇ。ありがとうございます。早くしまいなさい。グレンさんに見られてしまいますわよ」

「はっはい!?」


 声をあげて恥ずかしそうに、足を曲げてプリシラは膝に手をのばし下ろしていた下着をあげる。


「ふぅ! こっちも終わったぞ」


 すっきりとした様子で息を吐いたオリビアは、プリシラを見てから笑って膝まで下ろしていた下着をあげた。プリシラとオリビアは水面に向けて上から小便をていた、オリビアの言う通りユニコワックスの材料を現地調達したのだった。


「クロース! 仕上げを頼むぞ」


 オリビアは横を向き、数メートル離れたところを飛ぶクロースに指示をだした。

 大きくうなずいた、クロースはしっかりとプリシラを抱きかかえると、背負っていたハルバードを下に向けるため頭を下にする姿勢になる。プリシラを抱きかかえたまま、頭を下にしたクロースが意識を集中させる。

 徐々にハンマーの先端が白く光りだし、ピリピリと空気が振動を始め彼女の髪の毛のいくつかが逆立った。


「はあああああ!」


 気合の声をあげると同時に、クロースの背負ったハンマーの先端から稲妻が発生する。青白く光った稲妻は轟音を残して一直線に水面を泳ぐダークオーシャンワームへと向かっていった。


「はっ!? うわああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


 光に気づいたイアンが上を向いた。気づいた時には遅く彼の周囲は白い光に包まれ目の前が真っ白になっていた。顔を防ぐように両手を前に出して目をつむったイアン、目をつぶってもなおまぶたの裏を稲妻の強烈な白い光が照らしていた。しかし、稲妻に襲われたはずのイアンだったが、体になにも異常はなく彼は両手を下ろしゆっくりと目を開けた

 稲妻はダークオーシャンワームから外れて水の上に落ちていた。ダークオーシャンワームの周囲の水が白く濁って沸騰しブクブクと泡立っていた。イアンはその光景を見て笑った。


「ははっ! 残念だったな」


 上を向いてイアンは、クロースを勝ち誇った顔で見つめていた。クロースは満足そうに勝ち誇るイアンを見つめていた。その光景を呆然と見つめていたグレンが水面の異変に気づいた。


「あれは……」


 ブクブクと沸騰する白く濁った水を見たグレンがつぶやいた。稲妻の威力で水がこんなに濁ったとは考えららず、また彼はほのかなレインボーベリーの香りとちょっとした刺激臭が混ざる、沸騰する白く濁った液体に見覚えがあった。


「キシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!???????」

「わっ!? こら!? どうした」


 ダークオーシャンワームが顔を斜め上に叫び声をあげた。イアンはすべり落ちそうになって必死にしがみついた。体をくねらせるダークオーシャンワーム、その動きは周囲の水を本能的に嫌がっているようだった。


「ほら! グレン! もうあいつは再生しないぞ。やってしまえ」


 上空でオリビアがダークオーシャンワームを指さして、嬉しそうにグレンに向かって叫んだ。彼女の言葉を理解したグレンは、左手をあげてオリビアに答える。

 前へと飛び始めたグレンは、速度をあげ一気にダークオーシャンワームとの距離を詰める。


「クソ! エウテ、エチィンッテパ、イケグンパ!」


 グレンに接近に慌ててイアンがダークオーシャンワームを操作する。ダークオーシャンワームは水の刃を放つ。水の刃は鋭く空気を切り裂く音をたて、グレンの額をめがけ一直線に飛んでくる。グレンはまた水の刃を剣で弾いた。弾かれた刃はダークオーシャンワームへと返って体に穴が開いた。

 開いた穴から吹き出た血が水面をそめる。イアンはその光景を見て笑う。


「学ばないねぇ。なんどやっても無駄だよ……」


 だが…… イアンの足元が激しく揺れた。


「キシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「どっどうした!?」


 叫び声をあげて暴れるダークオーシャンワームだった。イアンが視線を向けるとグレンに弾き返され氷の刃を受けた箇所が再生せずに血を流していた。


「なっ!? バカな…… あいつの剣にワックスは……」

「残念だったな…… 水を見ろよ」

「はっ!?」


 グレンに言われたイアンは視線を下に向けた。周囲の水が沸騰し白く濁り独特な臭いを放っているのに気づいた。目を見開き濁った水を見つめイアンだった。


「なんで…… 水が白く…… それにこの臭い…… はっ!!!!」


 ハッと目を見開いて水を見ていたイアンが顔をあげた。グレンとイアンの目が合った。グレンはニヤリと笑いうなずく。


「そうだ! その白い水はユニコワックスだ!!!」

「クソ!!!!」

「もうダークオーシャンワームは再生できない!」


 悔しそうに膝を拳で叩くイアン、グレンは叫ぶとダークオーシャンワームへ向かって飛んで行く。


「チッ!!! イケグンパ!」

「キシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


 傷ついた体で口を大きく開けて、ダークオーシャンワームはグレンを喰らおうとした。


「遅い!」


 叫んだグレンの目は赤く光り体はオーラを纏い。纏ったオーラが赤く強く光り、光は狼の毛のようになってなびく。速度をあげグレンは旋回しダークオーシャンワームの口をあっさりとかわした。彼は横からすれ違うようにして背後へ抜けていった。

 振り返りダークオーシャンワームへ体を向けグレンは素早く剣を左脇に挟み、アンバーグローブからフェアリーアンバーを抜いて剣の鍔に差し込んみすぐに抜いた。グレンが右手に持つ剣ムーンライトは大剣月樹大剣(ムーンフォレスト)へと変化する。

 大剣を持って前へと出たグレンは大剣を自身の右横へと持って行き水面とほぼ水平になるように構える。

 目の前に青みががった銀色の鱗に覆われた、大きなダークオーシャンワームの背中が迫って来る。


「終わりだ!!!」


 グレンは駆け抜けながら、ダークオーシャンワームの体を斬りつけた。体を横に移動させる、グレンの刃はダークオーシャンワームの体を切り裂いていく。

 切り裂かれたダークオーシャンワームの体から血が吹き出し、グレンの目の前を赤い飛沫が飛び跳ねている。グレンがダークオーシャンワームの背後へと抜けた。


「キシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 甲高い悲鳴が響き渡った。グレンは剣を振り切った姿勢でダークオーシャンワームの前に立って居た。

 グレンの一撃はダークオーシャンワームの頭から、十メートルほど下をとらえていた。獣化(ビーストモード)によって強化されたグレンの斬撃は鋭く、ダークオーシャンワームの体をえぐり切っていった。ダークオーシャンワームは、反対側の鱗だけでかろうじて体がつながった状態になっていた。

 ゆっくりとグレンは剣を戻していく。ほぼ同時にえぐられた反対の部分が頭の重さを支えきれずに、木が倒れるようにして頭が外れて落下していった。


「水が引いていくな……・」


 グレンがつぶやく。ダークオーシャンワームの頭がくずれおちると同時に、地底湖から溢れ出していた水が引き始めた。

 水は消えて地底湖だけが広がる空間に戻り、水がなくなったダークオーシャンワームの巨体は、支えるものがなくなり倒れて音を立てた。


「クソが!」


 イアンは地面に落ちていく頭から飛び降りた。水しぶきをあげる地面に立った彼はエレベーターへ向けて走っていた。


「おっと! 逃さないぞ!」


 肩に月樹大剣(ムーンフォレスト)をかついだ姿勢でグレンはイアンの間へとスーッと下りて来た。イアンは目の前をグレンに塞がれてしまった。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 イアンは持っていた杖ドラゴンシャウトで、グレンに向かって殴りかかってきた。

 すっとグレンは大剣を肩から下し左足を前に踏み込んだ。イアンがドラゴンシャウトを振り下ろすとグレンは素早く大剣を振り上げる。大剣は

 グレンは大剣を引き剣先をイアンに向けると前へと突き出した。突き出された大剣は両手を上げた姿勢のイアンの脇腹をえぐっていった。グレンは突き出した右腕をゆっくりと戻した。彼の大剣の刀身にはイアンの血とダークオーシャンワームの血が付着しており、数滴の血が大剣の動きによって空中に舞い散っていった。


「なっ!!!??? くっクソ……」


 イアンは脇腹を押さえ膝をつき倒れたのだった。


「ふぅ…… さて」


 息を吐き静かに剣を動かし血を拭いグレンは大剣を右肩に担ぐとイアンの横にしゃがむ。グレンは左手を首すじにあて彼が生きてることを確認し安堵の表情を浮かべた。

 グレンは顔を上に向けると、オリビアを抱えて飛んでこちらに向かってくるクレアに声をかけた。


「義姉ちゃーーん! イアンの治療を頼む。死なれちゃ困る」

「はーい」


 返事をしたクレアは着地すると、すぐにイアンの治療に当たる。


「よっと…… どうした?」


 グレンはクレアと交代するように立ち上がった。何かの気配がして横を向いたグレンの目に、クレアと一緒に地上へと下りたオリビアが彼の持つ大剣をまじまじと見つめる姿が映った。


月樹大剣(ムーンフォレスト)か…… 懐かしいな」

「あぁ。そうか! 勇者が使った剣だっけ……」


 ニコッと笑ってオリビアはグレンの言葉に小さく首を横に振った。やや暗い表情をしたオリビアが話を続ける。


「いや私はそれはほとんど使ってないんだ。手に入れたはいいがさすがに私には大きすぎた。すぐに使わなくなって帝国の倉庫に送ったんだ。それをクレアがな…… まさかフェアリーアンバーを分離していたとは……」

「おいおい。ここは新大陸だぞ。過去は問わないんだぜ」

「おっと! そうだったな…… それはもう君のだ」


 グレンはオリビアをたしなめるようにして右手の指を立て口に当てる。オリビアは大きくうなずいてグレンの肩に手を置き笑うのだった。

 グレンはフェアリーアンバーを外し剣を元に戻し鞘に納める。水が引いた周囲を見ながらオリビアに声をかける。


「まさか。湖を使ってユニコワックスを作るとはな。さすが勇者様だな」

「物資の供給がいつも受けられるとは限らないからな。現地調達は基本だぞ」


 褒められたオリビアは嬉しそうに横に立っているグレンの胸を軽く叩いた。

 しかし…… 彼はすぐにあることに気づく……


「待てよ…… ユニコワックスを作ったってことは…… さっき上から降ってきたのって……」

「えっ!? あぁ…… まぁそうだな」


 グレンから目をそらし気まずそうにするオリビアだった。クロース、プリシラ、クレアも恥ずかしさと気まずさでグレンから目をそむけ頬を赤くするのだった。


「きっっっっったねぇな! 俺の制服とか顔にかかったぞ!!!!!」


 大きな声で自分のコートの袖をだして騒ぎ出すグレン。オリビアとプリシラは顔を真赤にしてうつむいた。うつむくプリシラの背中を優しくクロースが撫でるのだった。


「はっ!? そうだ! 口にも入ったぞ! どうするんだよ…… うえええええ!」


 喉に手を当てて吐くような声をあげるグレン、プリシラは手で顔を覆った。


「グレン君…… もうやめてあげてください。助かったんですから……」


 クレアはグレンの袖を引っ張って彼を止めた。顔を上げたグレンは彼女が、横目で何かを気にして視線を送っているのに気づく。

 グレンはクレアの視線を追った。そこには…… 顔を真っ赤にしてうつむいてるプリシラと、彼女に背中をさすって慰めるクロースがいた。上から放たれたものはオリビアのものだけではなくプリシラも放出したのだ。グレンの心に激しく後悔と気まずさがこみ上げる。


「あぁ…… そうだな。ごっごめん。汚いはいいすぎだな…… きっ綺麗だったよ……」


 気まずくなったグレンはプリシラに声をかけたが、彼に気の利いた言葉だせるわけもなく彼女を傷つける。


「…… いや……」


 顔を覆っていた手を外し、眉間にシワを寄せ嫌悪感丸出してプリシラはグレンを睨みつけてまた手で顔を覆う。

 プリシラの背中をさすっていたクロースがグレンの顔を見た、表情は穏やかなクロースだが、目は明らかにグレンに対して怒ってる。グレンはどうしていいかわからず困惑した表情をする。クレアはため息をつきグレンの袖をまた引っ張るのだった。

 気まずくなったグレンはクロースとプリシラから逃げるように二人に背を向けるのだった。

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