第81話 洗われた刃
グレンが剣を構えたまま浮かんでいる。下から膨れあがった泡がイアンを包むと、ワームは素早く静かに水へと潜った。
水面に見える黒い影が長い蛇のような大きな体が円になる、水面が波打って渦巻きどんどんと大きくなっていく。どうやらダークオーシャンワームが水中をグルグルと回っているようだ。
徐々に水面は上昇しグレンの足元数十センチまで水が迫ってくる。ダークオーシャンワームはグレンを大きく囲むようにして回っている。
「来る……」
グレンがつぶやく。彼の背後に大きな泡がブクブクと浮かんで、直後にダークオーシャンワームが頭をだした。
蛇のように頭を上げると口を大きく開け、グレンに向かって頭を伸ばして来る。グレンは素早く振り返りダークオーシャンワームと正対して身構える。
「キシャーーーーーー!」
ダークオーシャンがグレンに向かって威嚇するように鳴く。直後に一筋の水がダークオーシャンワームの口から発射された。水は鋭く一直線にグレンに向かってくる。ワームの大きな体の中で、圧縮された水が鋭い刃となってグレンを襲う。
「チッ!」
目を鋭くしてグレンは素早く右手を振りかぶりると、向かってくる水の刃に向かって剣を振り下す。大きな音がして剣と水の刃がぶつかりグレンの右手にズシリと重たい感触が伝わる。
水の刃は弾き返されダークオーシャンワームへ向かっていった。
「キシャーーーーーーーーーーーー!!!」
悲鳴のような甲高い鳴き声が響き渡る。跳ね返された水の刃はダークオーシャンワームの体を貫いた。直径十センチほどの穴がダークオーシャンワームに開きそこから血がドバっと流れ出す。ダークオーシャンワームが顔を出した、周囲に赤黒い血が広がり水面を染めていく。
「へっ……」
グレンは強がるように鼻で笑うと、悔しそうに右手首辺りを左手で確かめるようにさすった。下ろしたグレンの剣の刃がわずかに震えている。打ち返したグレンの剣にまだ強力な水圧の力が影響してるようだ。だが……
「チッ! 再生…… こいつもか」
悔しそうに舌打ちをするグレン、血がすぐに止まりダークオーシャンワームに開いた穴みるみるうちに閉じていく。ダークオーシャンワームの上に立つ、イアンはグレンを見て余裕の表情で笑っている。
「そうさ。いくら弾き返しても無駄だよ。ダークオーシャンワームもクイーンデスワームと同じなんだ」
「なら直接…… たたっ斬るまでだ!」
グレンは剣を強く握りしめると、勢いよくイアンに向かって飛んでいく。
彼の剣にはユニコワックスを塗ってある、ダークオーシャンワームの再生能力を無効化し斬りつければダメージを与えられる。
「ふっ! 無駄だよ。ウォーンネスックヨアンゼ!」
イアンが手を前に向け叫ぶ。ダークオーシャンワームは口を開くとまた水の刃をグレンに向かって撃つ。
「無駄なのはお前だよ!」
向かってくる水の刃をグレンは飛びながら弾き返す。ダークオーシャンワームを水の刃が貫いた。
しかし、ダークオーシャンワームは先程と違い体を再生させながら、怯むこと無く何でも水の刃を撃ち込んで来た。
グレンは水の刃をかわしたり打ち返しながら、ダークオーシャンワームとの距離を詰めていく。水の刃が波状攻撃をくぐり抜けグレンは、ダークオーシャンワームの目の前までやってきた。
「キシャーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
激しい叫び声をあげながら、ダークオーシャンワームは水の刃を口から放った。鋭い水の刃が空気を切り裂きながら一瞬でグレンの目の前まで迫る。
「遅い!」
水の刃をかわしながらグレンは飛ぶ速度をあげ、ダークオーシャンワームの横を通り抜けていく。銀色に光り水をしたらせるダークオーシャンワームの巨体が彼の目に入る
「はっ!」
グレンは飛びながらダークオーシャンワーム体に剣を突き立てた。そのまま剣を力強く握り飛び続ける。
動く度にグレンの剣はダークオーシャンワームの体を切り裂いて行く。一気に速度をあげたグレンはそのままダークオーシャンワームの背後へと抜けた。
「キシャーーーーーー!!!!」
血を吹き出しながらダークオーシャンワームは、鳴き声をあげ体を大きく揺らしている。
「どうだ!」
振り向いて勝ち誇ったように叫ぶグレン、彼の右腕からさきは吹き出した血で真っ赤に染まり剣先からは血が水面とへと滴り落ちていた。
しかし…… 直後に彼の表情から余裕が消えて顔は青ざめていく。切り裂かれたダークオーシャンワームの体の傷は修復されていくやがて血が止まった。
「なに!? 再生されただと!? 俺の剣にはユニコワックスが……」
驚愕の表情でダークオーシャンワームを見て、声を震わせるグレンだった。その彼の言葉が聞こえたイアンは両手を広げ大きな声が笑う。
「はははっ! ユニコワックスくらい想定済みだよ。こいつを使ったのは君達がクイーンデスワームを仕留めたからだからな」
イアンの言葉を聞いて慌てた様子で剣を見るグレンだった。ワックスを塗った際にうっすらと白く濁った輝きになっていた刀身は、ワックスがすっかり剥がれて銀の輝きを放っていた。
「クソ! どうやってワックスを……」
剣を見つめて悔しそうにするグレン、ニヤリと笑ってイアンだった。彼はグレンの剣を指して口を開く。
「君の剣はだいぶ水を浴びたね……」
イアンの言葉んグレンはハッという表情をした。そして悔しそうに舌打ちをする。
「チッ! そうか。あの水の刃で俺のワックスを……」
「素晴らしい。その通りだよ。君が弾いた水は君を狙ったんだじゃないよ。その厄介なワックスを落とすためさ」
手をたたきグレンが気づいた事をわざとらしく称賛するイアンだった。イアンはグレンが剣に塗ったワックスを落とすために、わざと水の刃をダークオーシャンワームに撃つように指示をしていたのだ。
「さぁ。もう終わりにしようか!」
ダークオーシャンワームが口を開いて水の刃を放った。グレンは横に飛んで避けた。
「ちょこまかと…… グロッテ!」
イアンが叫ぶとダークオーシャンワームの体が水中へと消えていった。水中へと潜ったダークオーシャンワームはゆっくりとグレンの回りを周り始めるのだった。
剣先を下に向け、水面から数十センチ上に浮かんでいるグレン、彼は真顔で水面をじっと見つめていた。未だにダークオーシャンワームはグレンの周りを円を描きながら悠然と泳いでいる。
ダークオーシャンワームが回転する度に、徐々に水位は上がり続けているため、自然とグレンは足が水につかないよう上昇していた。
「(なにか手は……)」
見た感じは普段と、変わらない様子だったグレンだが、内心はひどく焦っていた。ダークオーシャンワームに対抗する手段を彼はずっと考えていた。
「おっと…… !!!!」
どこからともなくふわりと風が吹き彼が羽織っていたコートが動いた。グレンはコートを押さえようと左手をのばした。ハッと目を大きく見開いてグレンはコートのポケットに手を突っ込んだ。
「これは…… さっきオリビアと作ったオーム石……」
グレンがポケットから出したのは、焚き火で彼が緑の草が塗り込んだ魔石だった。これは第五十三坑道へ来る道中で、オリビアと話していた手懐けられたワームを元に出来るアイテムだ。
とっさにグレンはポケットに魔石を戻すのだった。水中に居るイアンに魔石のことを悟られるわけはないはずだが、追い詰められた彼は慎重になっていた。彼の背後のニメートルほど水面が丸く盛り上がっていく。ダークオーシャンワームの頭が水中から姿を現し、口を大きく開けグレンに向かって来るのだった。