第80話 溢れ出す水
地中から出てきたのは、マウンテンデスワームに寄生された五匹のオーク達だった。
「あぁ…… あぁうぅ……」
うめき声をあげながらオーク達は地底湖側から、不規則に横に並んで一歩ずつグレン達へと向かってくる。オーク達は鎧で武装し手に剣や手斧などを持ち、後頭部からから数十本のマウンテンデスワームが垂れている。
数歩動くとベチャッと言う音がして、オークの頭からマウンテンデスワームが地面に落ちている。クロースはプリシラを守るように前に立つ、オリビアはメイスを抜いて構えてクレアは猫を左手に抱えたまま背中の大剣に手をかける。
「急襲ってやつだな」
ニヤリと笑ってグレンは地面に置いていた瓶を、クレアの鞄につめそのまま自分の肩にかけた。彼は義姉の大事な鞄をとっさに守るという義弟とし優秀な行動に出た。
だが、その行動のせいでグレンは身構えるのが遅れた。グレンは地底湖を背にして焚き火に向かって座っており、オーク達から一番近い場所に居た。オークの一匹が出遅れたグレンを見逃さなかった。片刃の湾曲した剣を持つオークの一匹がグレンに向かって走り出した。それに続いてオーク達がクレア達に襲いかかろうと走り出した。
「キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」
奇声を上げながらグレンとの距離を詰め、オークは右手に持った剣を振りかぶった、ワームに寄生されだらしなく口を開けよだれをたらし、光を無くした焦点の合わないオークの目がグレンを見つめる。
「おっと……」
立ち上がるグレンの目が赤く光り体にオーラを纏う。彼は腰にさしている剣の鞘を左手で持ち、右手で剣の持ち手を握って素早く振り向いた。グレンは正面から向かってくるオークの左に向かって足を踏み出すと剣を鞘から一気に引き抜く。
グレンはオークの左へすれ違いながら、彼が抜いた剣はオーガの首筋へと向かっていく。鋭く伸びたグレンの剣は瞬時にオークの首を切り裂いた。グレンがオークの背後に駆け抜けた。目を大きく見開いたまま声を上げること無く、静かにオークの首は体からゆっくりと滑り落ちるように離れて地面に転がった。
手首を返すとグレンは刃先を下に向けて剣を軽く振って血を払うのだった。
「「「ぎゃーーー!」」」
彼が振り返ると同時に複数のオークの悲鳴が聞こえた。
クレアにより顔ごと大剣で貫かれたオーク、オリビアのメイスに横から叩かれて首が吹っ飛んだオーク、クロースのハルバードで首を吹き飛ばされたオークと三匹のオークが同時に倒された。
ゆっくりと右手を引いて、オークの顔から大剣をクレアが引き抜く。血と同時に後頭部からマウンテンデスワームが、地面に落ちてビチャビチャという音を立てる。そのまま後ろに倒れたオーク、その背後には最後に生き残ったオークが呆然と立ち尽くしていた。
「あっ…… あが……」
大剣の剣先を伸ばしてクレアは、生き残ったオークの前に出した。オークの数十センチ前に、白く磨かれた美しい刀身に赤黒い血が付いた大剣が突き出された。ハルバードを右手で一つで軽々と肩にかつぎ、耳にかかった髪をそっとかきあげたクロースがオークに笑って声をかけた。
「あなた達ではわたくし達にかすり傷すらつけることはできませんのよ」
ニッコリと微笑んだクロースだった。オリビアが頬についたオークの赤黒い血を手でそっと拭う。クレアは片手で大剣を持ったまま一歩前へと出た。
「あが…… あが……」
目の前に迫る大剣に、うめき声をあげながらオークはゆっくりと後退りした。クレアの表情が厳しくなり、目が鋭く光った。
オークはクレアの変化に気づいたのか、持っていた武器をその場に落とし慌てて身を翻して走り出した。
必死に走って逃げるオーク、グレン達は真剣な表情でオークが逃げる方向を見つめている。プリシラが逃げるオークを見て口を開く。
「逃げましたよ! おっ追わないんですか?」
クロースに問いかけるプリシラだった。クロースは彼女の方を向いてニコッと笑った。
「大丈夫。放って置いてよさそうですわ」
「それに…… 逃げたんじゃないですよ。あれは……」
「えっ!?」
「あぁ。知らせに行ったんだろうな…… 仲間…… いやご主人さまかな」
地底湖を見つめてつぶやくグレンだった。バチャバチャという水しぶきの音がする。オークが地底湖へ走って行っていったしまったようだ。すぐにグレンは腕を伸ばして、そっと持っていたクレアの鞄を彼女の前へ持っていく。クレアは鞄を受け取り肩にかける。その直後に辺りが少し暗くなった。
いつの間にか起こしていた焚き火が消えたのだ。
「えっ!? あっあれ! みっ水が!?」
プリシラが驚きの声をあげた。グレン達の足元を水が覆っている、地底湖の方角から水が流れ来たようだ。水は足元からすぐに足首へと上がりふくらはぎへと迫る。
「チッ! 地底湖を溢れさせてるな…… 義姉ちゃん!」
グレンの言葉にクレアはうなずいてすぐに武器をしまう。
「クロースちゃんはプリシラちゃんをお願いします」
「承知ですわ」
クレアは猫を肩に乗せると側にいた、オリビアの手を掴み地面を蹴って飛んだ。プリシラはクロースに抱えられた飛ぶ。四人が飛び立つのを確認したグレンは最後に空へと上がった。
浮かび上がり数十秒も立たないうちに水は、二メートル以上の高さにさきほどクロース達が着替えを置いて岩も沈む。
「たっ助けて! グアップ!」
水の上から声がした。さっきまで寝ていた白い服の男が目を覚まして声を上げていたのだ。彼は縛らたまま足だけで必死に泳ぎ水の上に浮かんでいた。
「あっ! 悪い…… 忘れてた……」
男の存在をすっかり忘れていたグレンは、ごまかすように右手で頭をかきながら降下して男の元へと向かう。
「グレン! ダメだ! 後ろ!」
抱きかかえられたオリビアがグレンに向かって叫んだ。グレンが振り返ると、大きな長い蛇のような影が泳ぎながら迫ってきていた。体を背面に向けグレンは、剣を抜き剣先を下にして構える。だが、影はグレンの手前で止まり、ぶくぶくと泡を出してゆっくりと浮上してきた。
青みがかがった銀色の輝く体に、頭には上下に牙の生えた大きな口を持つ数十メートルはあろうかという巨大なワームが姿を表した。ワームは口を大きく口を開けて水を吸い込む…… 唸りをあげて水がワームの口へと流れ男も一緒にワームの口へと流さられていく。
「やめろ! いやだいやだーーーー!」
男は泣き叫びながらワームの口へと流されていく。水の流れが早くグレンが彼を助けるには危険で、彼は黙って男が流されるのを見るしか出来なかった。真っ暗な大きな口の中へ男は流されていった。男の姿が見えなくなるとワームは口を閉じてまたすぐに開く。
「グェッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーープ!!!!!!!!!!!!!!」
臭い息が風となってグレンに吹き付ける。ワームは大きなゲップをした。静かに水から体を出し数メートル伸ばした状態で止まる。鱗のような皮膚に覆われたワームの体の隙間から水が染み出している。
「あいつは……」
グレンがつぶやく。ワームの頭の上に大きな球体の泡がありそれに包まれた状態で、白い服の男と一緒に居たローブの男が立っていた。ワームの動きが止まると男を包んでいた泡がパッと消えた。
「証拠隠滅完了だな。後は……」
口元を緩ませ男は顔を上げ、飛んでいるグレン達を見た。
「お前は誰だ?」
グレンの問いかけに男は両手を広げて答える。
「私はイアン。とある方からここの番人を頼まれた。ただの魔獣使いの冒険者でですよ」
「そうかい。イアン。良いもんに乗ってんな」
「はい。いいでしょう。これはダークオーシャンワーム…… 主に海に棲息するワームです。まぁ数も少なく北海にしかいないので、船乗りでも無い限り見たことはないと思いますけどね」
イアンと名乗った冒険者は、自慢気にワームの名前をグレンに告げた。ダークオーシャンワームは深海に棲息し海を泳ぎながら、口に入った者を何でも捕食する肉食の魔物で水を体内で生成し自在に操り空を飛ぶ獲物にぶつけたりすることもある。
また、クイーンデスワームと同様で目はなく、臭いと音で獲物を探知するが水棲のため特に音に敏感である。その長い体のシルエットは遠くから見た姿が似てるため、リヴァイアサンなどと間違われることがある。
「イアンさんは冒険者なんですね。私たちは冒険者ギルドの者です。ここの調査をしますので大人しくしててください」
クレアの言葉にイアンは大きく首を横に振った。
「そうは行きません。ここに足を踏み入れたあなた達を無事に帰すわけにはいかないんでね! エスクティウコウェテブッシュ!!」
イアンの声が響く。ダークオーシャンワームがイアンを乗せたたまま大きく回転を始めた。徐々に水の流れがはやくなり渦をまく、またワームの体が出た水で水位が上がってくる。
「グレン君! 来ますよ!」
「わかってる。義姉ちゃん! クロース! 離れてろ。ここは俺が片付ける」
天井を左手で指して、クレア達にグレンは浮かび上がるように指示した。グレンの目が強く光り赤いオーラが濃くなる、彼はダークオーシャンとイアンに体を向け右手に握った剣を強く握りしめるのだった。