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第79話 秘密はつぶされる

「うわあああああーーー!」


 男は必死に逃げる。地底湖の影響か湿り気を帯びた、空気が走る彼の手足にまとわりつく。怯えて一心不乱に逃げる彼の視線はさっきまで隠れていた場所へと固定されている。彼が必死に目指す理由は……


「逃げちゃダメですよ」


 ふと人の気配を感じた男、背後から女性の優しくおっとりとした口調で彼は叱られた。同時に目の間がパッと光って体と足がほぼ同時に浮かび上がり目の前には、さきほどまで蹴りつけていた細かい石が転がる地面が近づく。


「ギャッ!」


 そのまま顔から男は地面に叩きつけられ悲鳴を上げた。彼の傍らに右手に一メートルほどの光の棒を持ったクレアが立っていた。


「ぐひぃ!?」


 男は急に現れたクレアを見て、怯えた様子で立ち上がて逃げようと両手を地面につけた。ニコッと笑ってクレアは、静かに光の棒を持ち上げて即座に男の足に向かって振り下ろした。

 振り下ろされた光の棒は男の右膝の下辺りに直撃する。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」


 グシャッという男の足が折れる音がした。男の膝から足がくの字に曲がってかかとが内側に曲がった。

 起き上がろうとしていた男は悲痛な叫び声をあげながら、足の激痛でバランスを崩して地面に体を沈めるのだった。


「あぅあっ……」


 男はうめき声を上げて必死に地面をかいて前に進もうとしてる。ころんだ衝撃を足が折れた激痛で男は意識を失いそうになる。クレアはすっと光の棒を振り上げた。彼女の手首を何者かの手がつかんで止めた。


「おっと! 義姉ちゃん! それ以上やったら話が聞けなくなる」


 手首をつかんだのグレンだった。クレアはグレンを見るとにっこりと笑う、彼女が持っていた光の棒が小さくなって消えていった。


「そうですね。じゃあグレン君。捕まえといてください」

「あぁ」


 クレアはうなずいて鞄を開けて縄を出してグレンに渡すのだった。男はぐったりと倒れて気絶していた。縄を受け取ったグレンは気絶した男の腕を縛り上げる。

 地底湖から上がってクロースとオリビアはクレアの元へとやってきた。オリビアが手を叩きながら嬉しそうにクレアに声をかける。


「いやあ。さすが聖剣大師(ソードマスター)クレアだな……」

「ですわね。最後まで居てくれたらどんなに楽だったか」

「うっそれは……」


 申し訳なさそうにするクレア、グレンは男の腕を縄で縛るのに集中し声は聞こえるが二人の方に視線は向けていなかった。

 二人の後ろを怯えた様子でプリシラも付いて来ていた。クレアの横に来たクロースは立ち止まって彼女に視線を向けた。


「あなた…… 彼らが来るのわかってましたわね」

「うふふ。オリビアちゃん達なら安心です」

「まったく……」


 あきれた様子のクロースの横でクレアは笑っている。プリシラはクロースの後ろに恥ずかしそうに隠れている。

 笑っていたクロースが真顔になって倒れている白い男へ視線を向けた。


「それでこの人達が例の?」

「えぇ」


 クレアは小さくうなずいて彼女の質問に答えた。


「ご苦労だな。弟」


 クロースとクレアが会話をする横で男を縛っていたグレン、彼にオリビアが近づいて背中を軽く叩いて声をかけた。


「えっ!? あぁ……」


 振り向いたグレンは顔を赤くして慌てて前を向いた。オリビアは下着姿のままで、しゃがんだグレンが振り返るとちょうど腹と胸の間くらいが目に入った。

 勇者だった彼女の体は刀傷や魔物に噛まれた歯型の傷などがあり、お世辞に綺麗とは言えないが張りのある肌に引き締まった腹に谷間ができるほどの大きな胸は若者を恥ずかしくさせる色気に包まれていた。

 グレンは恥ずかしく反応が悪い。オリビアはムッとして彼の首に腕を回して体を密着させてきた。下着しかつけてないオリビアの大きな胸の感触とぬくもりがグレンの背中に感じる。

 さらに恥ずかしくなったグレンは、黙ってうつむいたままで何もできない。そんな彼に不満げにオリビアが口を開く。


「どうした? なんで返事してくれないんだ?」

「なっなんでもない……」


 チラッと横を向いて答えるグレン、グレンと目があったオリビアは嬉しそうに笑う。しかし、グレンはまたすぐに前を向いてしまった。オリビアは不満そうに口を尖らせてグレンの肩を揺らす。


「なぁ。どうしたんだ? なぁなぁ」

「あっあの…… 服を着てください……」

「えっ!?」


 恥ずかしそうに小声でささやくグレン、オリビアは彼の言葉でグレンから体を離す。まじまじと自分の姿を見たオリビアはおどけた顔をする。


「あぁ。そうだった。パンツのままだったな! 失礼」


 オリビアは顔の前に右手を上げた笑っている。クロースが慌ててオリビアの手を引っ張った。


「もう! ほら早く戻って着替えますわよ」

「はいはいっと」


 クロースに素直に手を引かれていくオリビアだった。二人の後を恥ずかしそうに頬を赤くしてプリシラがついていく。三人は地底湖へと戻っていった。三人の戻っていく背中を見て、ホッとして安堵の表情を浮かべるグレンだった……

 しかし、なぜか視線を感じて横を向いた。彼の横でクレアが真顔でグレンを見つめている。


「なっなんだよ……」

「ジー…… オリビアちゃんを見て鼻を伸ばして…… エッチ!」

「違うよ。ビックリしててそんなに見てない」

「ふーん」


 クレアは腕を組み不満そうな顔で地底湖へと戻っていく三人に視線を向けた。男を縛る作業に戻ろうとした、グレンにおもむろにクレアが問いかけた。


「誰の下着がかわいかったですか?」

「うーん。クロースさんかな…… 白で上品な感じで似合ってる。でも…… プリシラさんのあの意外なのも捨てがたく…… いた!」

「グレン君! 嫌いです」

「聞いたのは義姉ちゃんだろうが!!」


 クレアはグレンの足を踏みつけた。足を押さえるグレンに向かってクレアは目に涙をためて叫ぶ。彼女は腕を組んでそっぽを向いて口を尖らせるのだった。


「ナーン」

「あら!? どうしたの? ここまで来ちゃったんですか?」


 猫の鳴き声がして下を向くと、リンガル洞窟亭で見た白黒の猫が、クレアの足元に体を擦り寄せていた。クレアはすぐに嬉しそうな表情に変わりしゃがんで猫に話しかけ抱き上げたのだった。

 しばらくしてオリビア達が着替えを終えて戻ってきた。男を縛り終えたグレンと交代でクレアは折れた彼の足の治療をしていた。

 治療が終わり男は後ろ手に縛られたまま、グレンが作った焚き火から数メートル離れた場所で横に寝かされた。グレン達は焚き火を囲んで座り時々視線を男へと向け見張っていた。

 グレンは薬を作成しクレアは猫を膝に乗せている。オリビアはまだ残っていた鶏肉を食べ、クロースとプリシラはおしゃべりをしていた。


「よし! もういいな」


 火にかけていた鍋を外しグレンは中の液体を空き瓶につめ始めた。


「さて…… 出来たぞ。次は……」


 瓶を地面に置いたグレン。彼はクレアの鞄から小さな薄いオレンジ色の透明な石を出した。

 彼が鞄から出しのは魔石だ。グレンは手を伸ばして、オリビアに魔石を差し出した。オリビアは鶏肉を食べる手を止めた。


「あのこれ…… お願いしてもいいですか?」

「あぁ。任せておけ」


 オリビアは魔石をグレンから受け取った。グレンは次の薬を作るためにクレアの鞄に手を突っ込むのだった。グレンはもう一つ薬を作っているようだ。彼は今度はすり鉢と黄色の葉っぱを鞄から出して葉をすりつぶしだした。

 グレンが鞄からだした黄色の葉は茎からハート型のニ枚の葉が形をしている。この葉の名前はダブルベル草といい振動を与えると葉からわずかに音を出す。


「出来たぞ」


 オリビアがグレンに声をかけ、さきほど渡された石をグレンに返す。


「早い…… さすが勇者ですね」

「はははっ。褒めても何も出ないぞ」


 魔石を受け取ったグレンはオリビアを称えた。笑ってオリビアはグレンに答える。オリビアから受け取った魔石にグレンは、すりつぶした葉を布で取り塗り込む。グレンが作業をしているすぐ脇で、プリシラと会話をしていたクロースが寝ている白い男の方に視線を向けた。彼は両手を縛られて横向きに寝かされたまま動かない。


「彼は全然起きませんわね」


 男を見つめてクロースがつぶやいた。彼女の言葉を聞いてオリビアが立ち上がった。


「よし! 私が……」


 立ち上がったオリビアは腕をまくる仕草をした。すぐにクロースが彼女の肩をつかんで止めた。


「お待ちなさい。クレア…… 起こす前に……」


 クロースが視線をクレアに向ける。猫を膝に置いて座っていたクレアは小さくうなずいた。


「そうですね。グレン君! お願いします」

「あぁ。わかった」


 返事をした持っていた魔石をポケットに入れ立ち上がったグレンは、近くに座っていたプリシラの前へと向かう。クレアは座ったまま猫を撫でながら満足そうにしていた。

 顔をあげグレンを見るプリシラ、グレンは彼女と目が合うとにっこり笑ってウインクする。プリシラは少し恥ずかしそうに顔を赤くした。そっとグレンは右手をプリシラの首元へと伸ばす。


「あっあの……」


 顔を赤くして声を震わせプリシラが声をあげようとする。グレンは左手の人差し指を立て、口に当てて静かにするように合図する。プリシラが黙るとグレンは彼女の冒険者ギルドの職員の証である首飾りを外した。


「えっ!?」


 グレンは手に持った首飾りを地面に置くと、勢いよく首飾りを踏みつけた。ガキっと言う音がして何かが砕かれる音がした。

 にっこりと笑ってグレンがゆっくりと足を上げた。彼の足の下には粉々に砕かれた首飾りがあった。


「もう大丈夫だ」


 砕かれた首飾りを見たグレンは、小さくうなずいて満足そうにしてプリシラに声をかけた。


「なっなんてことするんですか!」


 プリシラは踏みつぶされた首飾りを見てグレンに叫ぶ。


「ごめんなさい。でも…… この首飾りにはアーヴァントがかけられてます…… これの近くでプリシラさんと私達の会話はゴールド司教たちに聞かれてしまうんです」

「えっ!?」


 アーヴァントとは風属性の集音魔法だ。密偵などに重宝される魔法で、石などにアーヴァントの魔法をかけて、敵の近くに投げ込み会話を盗聴するなどの用途に使われる。


「本当なんですか?」

「あぁ。俺達がプリシラに予定を話すと必ずゴールド司教の息がかかった人間が現れるからな。リンガル洞窟亭、教会、シャサの家…… そしてここだ」


 指を一本ずつ立てながら話すグレン、プリシラは彼の言葉に顔が青ざめていく。グレンがあげた場所にはゴールド司教の部下がグレン達を待っていた。


「最初はあなたが私達の情報を流してるんだと思いました」


 首をかしげてプリシラを見て笑うクレア、目を見開いて激しくプリシラは首を横に振った。


「わっ私は…… そんな…… 違います!」

「えぇ。わかってます。この子達があなたは何も知らないって教えてくれました」


 膝の上に置いていた猫を見て撫でるクレア、猫は人間の話しなんか興味がないような顔で目をつむっている。

 唖然とするプリシラにクレアは口を開く。


「この猫さんはテオドールの冒険者ギルド情報収集課ソーラさんのお友達です」

「えっ!? お友達……」


 首をかしげるプリシラ、クレアは猫を撫でながら話しを続ける。


「えぇ、私達に情報をくれるんですよ。まぁ私達の言葉は理解してくれますけど私たちは彼らの言葉はわからないので複雑な情報交換はできないですけどね……」


 ソーラが使役する猫や犬は、彼との訓練により人間の言葉を理解する。グレン達の質問にイエスなら三回、ノーなら二回と鳴くと訓練されており簡単なコミュニケーションが取れるのだ。

 ちなみにクレアはソーラから猫語を教えてもらえると騙され、猫の餌やりを一週間代わりにやらされたことがある。

 もちろん激怒したクレアにソーラはいっぱい泣かされたが……


「ナーナー」


 急に顔をあげて猫が鳴き出した。クレアはそっと猫の背中を撫でるのであった。彼女は視線を背中に向けた。地面が盛り上がり地中から複数の人型の魔物が姿を現すのだった。

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